ウィスプダゴンなんきん③
「私はかまわないけれど、サンマルイチ号さんは平気?」
「俺っすか」
MacBookを閉じて、ミル姉さんは俺を見た。
「余計な炎上リスクをひとつ抱えることになるのよ」
「あー、まあそうっすよね、はい、そうなりますよね」
ひとつの価値観を守ろうとすれば、よその価値観にぶん殴られる。
異世界人に与してモンスター料理の動画なんか撮ってたら、エシカルな方々にあれこれなんくせ付けられるかもしれない。
まして俺は、ただでさえふんわりした立場のダンジョン居酒屋を経営しているのだ。
店の前でデモが起きたり、火を放たれたりぐらいはするかもな。
今回のアカウント停止は、渡りに船なのかもしれない。
それは分かってるんだけどね。
「俺、ここまで考え無しで生きてきたんすよね。まあ今後も考え無しでやってくんだろうなーって」
あまりにもなんとなく大学を選び、あまりにもなんとなく就職し、過剰なサビ残にもこんなもんかと思ってた。
で、気づいたらダンジョン居酒屋をはじめてたし、なんか知らんうちに底辺Vチューバーと関わった。
こんな感じの人生送ってると、意外になんとかなんじゃんみたいな根拠ゼロの確信を抱くようになるんだよな。
「それに、けっこう楽しいんすよ。正しいのかは知らないっすけど」
ミル姉さんは呆れたようにため息をつき、笑った。
「変わらないわねえ」
「そりゃまあ、中年っすよもう。プリキュアよりおジャ魔女の方が記憶鮮明っすもん」
試しに小ボケを入れてみると、ミル姉さんはぴりっとした雰囲気をほどいてくれた。
「クレヨン王国は?」
「範囲外っす。俺のときもうおジャ魔女ドッカ~ンでしたし」
「だから私のこと、ボケ抜きにミル姉さんって呼ぶのね」
「え?」
「いいのよ、気にしないで。そのぶん私が歳を取ったってことだもの」
えっなになになに。
ジェネレーションギャップの話?
あとでYouTube検索してみよう。
「ひとつだけ条件を出していいかしら。行き先は、私が決めていい?」
「ああそりゃ、俺はどこだっていいんすけどね。詩怨は?」
「……ぴえん」
口で言っちゃうぐらいの余裕出てきたなら会話に混ざろうよ。
「ち、朕のこと、封印したりしませんか?」
「下手に出られるのも不気味ね」
「どうすれば!」
「冗談よ」
煽るねえ。
「うー……どこに行くつもりなんですか」
「三百一層」
詩怨の肩が、ぴくんと跳ねた。
「あなたの生まれたところで、最初に滅ぼしたところ。忘れてはいないわね、冥王ヴェルガシオン」
あれ?
なんか雲行き怪しくなってきたね?
◇
三百一層の惨状を見た俺は、ヴェルガシオンがどんな気持ちでいたのか、感じ取れる気がした。
ここは、ギザギザの稜線が連なるはげ山の裾野。
地面は見渡す限り乾いて赤茶けて、なんか亀裂から青黒い粘液みたいなのが染み出している。
風はオオオオオオ……って具合に吹き渡り、冷たくて痛い。
空はどす黒い雲にびっちり覆われ、ひたすら陰鬱に暗い。
遠くに目をやると、青っぽい鬼火がぽつぽつ点っている。
「ここは昔、竜の楽園だった。大森林の樹冠に巣をかけたドラゴンたちが、平和に暮らしていたわ」
ビキニアーマー腰マントのミル姉さんが言った。
「往古のドラゴンは、深い森と魔法で三百一層を閉ざしていたのよ。関わらず、関わらせず。竜を静止の象形とするのは、それが由来ね」
竜が静止の象形呼ばわりされてるのも初耳だけど、そういうことに言及する空気じゃないんだよな。
なんでビキニアーマーなのかも、併せてめっちゃ聞きたいんだけど。
「ある冒険者が魔法をすり抜け、ドラゴンと出会った。愛し合って、子を産んだ。半人半竜のヴェルガシオンは、竜とヒトの権能を……知恵と欲望を混ぜ合わせた権能を、生まれながらに持っていたの。強奪。多種族の力を、我が物にできた」
ああなるほど、輸血鬼の権能がどうとかこうとか言ってたのはそういうことなのね。
「疎む側はいつでも正当性を主張するものね。ヴェルガシオンは強奪の権能ゆえに、傷つけられ、排され、除かれた。竜にとっては正しかったのよ」
詩怨はなにも言わず、とぼとぼ歩いている。
「ここに帰ってきたことはある?」
ミル姉さんに問われ、詩怨は首を横に振った。
ここでなにがあったのか、だいたい想像できるけど考えたくはないよな。
世界を根こそぎぶち壊そうと思うに足るようなあれこれが、積み重なったんだろう。
「ヴェルガシオンは、敬虔な祈りの全てを破壊に捧げた。壊して壊して壊し続けて、最後に壊された。やんぬるかな、ね」
ミル姉さんが、くるっと振り向いて両手を広げた。
「もう忘れちゃったかしら? 最後の戦いで着ていた防具よ」
「……朕も覚えてますよ。あのときはうっとうしく輝いてましたね。希望の権能でしたか」
「全リンヴァース人の未来を背負っていたんですもの」
やばい。
めっちゃ怖い。
ミル姉さん、なにを考えてんのかぜんっぜん分かんなくて怖い。
「覚えていてくれてうれしいわ」
ミル姉さんは再び俺たちに背を向けた。
なんだろうな、首切り役人の後を歩く死刑囚みたいな気分だ。
「そうだ、撮影しないといけないわね。サンマルイチ号さん、お願いできるかしら」
「っす」
俺はiPhoneをポッケから取り出し、風景をカメラに収めた。
「ナレーションは後入れでいいわよね」
動画撮影に協力してくれるつもりではあるみたい。
ミル姉さん、何をどうしたいんだろう。
詩怨が反省してるかどうか確かめたい、とか?
でも冥王だしなあ。
これまでやってきたことと釣り合う謝意の示し方って、恨んでるやつ全員の気が済むまで石臼で碾かれ続けるとか、それぐらいしかないと思うんだけど。
え……じゃあそういうこと?
まさか血祭りにあげるつもりなの?
仇敵のよしみで、生まれた地に還してやろう?




