ウィスプダゴンなんきん②
「というわけで、他でもないミル姉さんの力を借りたくて」
メスガキ系クソ雑魚底辺ユーチューバーが名に恥じぬクソ雑魚ぶりを示してしまったので、俺はほっとくことにした。
「いいわよ」
即答されて、むしろ俺はちょっと戸惑った。
「えーと……いいんすか? いや、呼んどいていいんすかもなんも無いんすけど」
「サンマルイチ号さんのお願いですものね。大家と店子は親子も同じよ」
渡世の義理が身に染みるねえ。
「それで、私は何をすればいいのかしら」
「異世界人の勇者ってことで、動画に出て欲しいんすよね」
「いいわよ」
またも即答をいただいた。
ありがたすぎる。
「ありがとうございます。ほら、詩怨。お礼言おうよ」
「うぶぶぶぶぶ」
「なにそれ」
「ぶぶぶぶぶぶぶ」
分かんないよ。
「力の差を感じ取っちゃったみたいね」
「相当オーラ出てましたからね」
「ふふ、大人げなかったかしら?」
「ほら詩怨、光と闇の戦いを繰り広げた仲なんでしょ。また楽しくやれるよ」
俺としてはけっこう際どいボケのつもりだったんだけど、詩怨はずっとぶぶぶぶぶのままだった。
「しゃーなしだね」
俺は鞄からiPadを取り出して、オンラインミーティングアプリを立ち上げた。
「画面共有いっすか」
うなずいたミル姉さんが鞄から出したのは、MacBookProだ。
めっちゃメモリ増設してるらしい。
いいなー、欲しいよなー。
ほんで、手書き可能なPDFアプリを共有する。
「んじゃひとつ、打ち合わせといきますか」
apple pencil片手に、俺は口火を切った。
PDFの一ページ目には、燦然たるHG創英角ポップのレインボーカラーで、こうある。
『今日の多様性と地獄川詩怨ちゃんねるの今後について』
◇
多様性という言葉は、今、ものすごく厄介な状況に置かれている。
異世界と地球がつながってしまったからだ。
身体構造が同じな地球人類の間でさえ、なんかいろいろ面倒みたいだけどがんばってね……みたいな気持ちにさせる感じで揉めまくっていたのに、複雑で厄介なレイヤが一枚重ね塗りされてしまった。
たとえばある種の甲殻人のオスは、メスの体の任意の一点に生殖器を突き立て、精子を血流に乗せて卵子まで運ばせる。
相手が死にかねない暴力抜きには、繁殖できないわけだ。
ある種の獣人はリンヴァースの基準では“二等広義人類”だ。
月の魔力で知性を駆動させており、新月から三日月のあいだはいろいろ見境なくなってしまうため、等級が低いらしい。
なんもかんも違う生物と共生する社会においての多様性とは、はたして一体なんだろう。
たとえば二等広義人類の獣人に月の魔力を供給し、いつでもいろいろ見境がつくようにするのはアリなのか?
それはそれで尊厳破壊のにおいがするよな、ほぼロボトミーだし。
カニみたいな知的生物と地球人類が合意の上で繁殖行為に及び、相手が失血死しちゃったらどうなる?
想像もつかない。
こうして、地球における多様性主攻面は、ありとあらゆる価値観が血で血を洗う文化的最激戦区と化した。
ハッシュタグ#Reinverse Valuesのオンラインデモとか、一瞬見ただけで「こわ……タグごとミュートしとこ…」ってなる。
カニ型知性体の繁殖権について訴えるため、自分の体を切り裂く動画とかうっかり目に入っちゃったし。
血が出るのは怖いって。
デモの文脈はなんも知らないし、そういう行為にもなんかしら歴史とか妥当性があるのかもしれないから、これ以上は言及しないどこう。
長々と語っちゃったけど、これは居酒屋さんまるいちが成立してることとも、無関係な話ではない。
「つまり俺の店は、多様性バリアに守られてるわけです」
ミル姉さんはうんうんうなずいた。
いやはや、どこでなにが関係してくるか分からんもんだね、人生って。
たまたま多様性がホットワードになったおかげで、地球人にも異世界人にもモンスターを食わせ続けた居酒屋さんまるいちは、多様性の象徴みたいに扱われている。
モンスター食なら販売管理費抑えられんじゃんぐらいの気持ちで始めたのにな。
だからこそ俺は異世界人から、地球移住の相談を受けたり、コミュニティ紹介をお願いされたりするのだ。
結果として、ものすごく例外的なお上のお目こぼしを受けている。
逆に言えば、ある日いきなり被差別階層にぶっこまれる可能性だってあるわけだ。
カニみたいな知的生物は、血の出ない繁殖方法を探せとか要求されるかもしれない、というか、多分もうされてるだろう。
見境なくなった獣人が、なんかたとえば、別のマイノリティをズタズタにしちゃったりして、ぼろっかすに糾弾されるかもしれない。
やー怖いっすね。
「だからまあ、詩怨の動画がうっかりバズったら、やばいことになるなーとは思ってたんすよ」
罪のないモンスターを不必要にぶっ殺し、食って動画にするのはセーフか?
普通に考えたら秒でアウトなんだけど、異世界ではありかもしれない。
なんなら、自分で殺してるんだから店で肉を食うより断然道徳的だよね、ぐらい言っちゃう文化だったりしてな。
こうなったら即座に価値観激戦区だ。
「その前に運営が動いたんすけどね」
これはさすがに予想外だった。
チャンネル登録者数二人のアカウントでもしっかり巡回してんのな。
甘く見てたわ。
「まあもうこれはしゃーなしなんで、今後どうやってチャンネルを守るかって戦略の話になるんすけど」
「そこで私なのね」
「勇者ミルガルデヴャルドっす」
リンヴァースにおいて、勇者ミルガルデヴャルドの影響力はものすごくでかい。
ミルガルデヴャルドとの提携をおおっぴらにアピールしていることも、居酒屋さんまるいちの生き残りにつながっている。
勇者とのコラボ配信によって、このメスガキ系ド底辺クソ雑魚Vチューバーの出自が異世界にあると、全方面に分からせるのだ。
多様性という名の文化的バリアによって、通報から地獄川詩怨ちゃんねるを守る。
次に似たようなことがあった場合、YouTubeへの異議申し立ては通りやすくなるはずだ。
異世界人の文化を人類の価値観で裁くようなやり方は、大炎上を引き起こすから。
なんでさっさと提案しなかったかは、まあ分かるだろう。
未だにぶぶぶぶぶぶだし。
その打たれ弱さでよく一度は大陸を二分できたね君。




