ウィスプダゴンなんきん①
「ウ、ウワーーーーーー!」
隣の四畳間から、すさまじい悲鳴が聞こえてきた。
ノイズキャンセリングヘッドホンを余裕で貫通する声量だった。
「臣下さん! 臣下さああああん!」
すぱーんとふすまを開けて、激安クソ雑魚タブレットを抱えた詩怨が転がり込んでくる。
「どした?」
「ウワーーーーー!」
詩怨は号泣しながらディスプレイをこっちに向けた。
残酷なメッセージが、俺の目に飛び込んだ。
“アカウントが良好でない状態のため、YouTubeの一部の機能にアクセスできなくなっています”
「アカウント停止されてんじゃん」
「なんでえ!? なんでええ! 朕の動画が見れなくなっちゃいました! 2000再生いったのにいいい!」
畳にひっくり返った詩怨が、じたばたしながら泣きわめいた。
「なんでえ……」
「クローラのチェックに引っかかったんじゃないかな? 仕組み詳しくは知らんけど」
「えっ分かんない! 臣下さんが通報したんですか!?」
「それ俺を指す固有名詞の方じゃないよね? 登録者じゃなくて、アカウント内容を調査するプログラムだよ」
チャンネル登録者数、俺を除けばいまだに一人だしね。
まあ、いつかはトラブルが起きるだろうと思っていた。
想定の百倍ぐらい早かったけど。
「遵法精神のカケラも無かったからなあ」
日本国内において、民間人のダンジョン資産利用は許されない。
わざわざ大イスタリ宮に出向いて罪のないモンスターをやつざきにし、酒のツマミにしてしまおうなんて動画は、もう最悪と言える。
炎上やBANの可能性は当然あった。
リスクヘッジを考えてはいたんだけど、運営対応がこっちの速度を上回ったわけだ。
「これどうなっちゃうんですか!? 臣下さんねえこれえ!」
「いや詳しくは分からんよ。配信者じゃないし俺」
「おああああ! おああああ!」
やめて、角の先端で畳の目地をぐりぐりしないで。
お菓子の食べかすとか変なちっちゃくて白い虫とか出てきちゃうから。
「なんでえ……」
一通り暴れたおした詩怨は、畳につっぷしてさめざめ泣くモードに入った。
「とりあえず異議申し立てしとく。通るかどうか知らんけど」
しかし、今回のアカウント停止が無事になんとかなったとして、いずれまた起こる問題だよなあ。
先々のことを考えたら、早々にリスクヘッジ発動させるべきか。
俺はスマホを手にとった。
「ちょっと仕入れ先に連絡するわ」
LINEを立ち上げながら、俺は詩怨に声をかけた。
『通話いいですか?』
しゅぽっ。
メッセージを送った瞬間に着信があった。
「あ、どもーミル姉さん、突然すいません。はい、はい、いえ、今日は仕入れの件じゃなくて、ちょっと相談がありまして。時間あります? あ、助かります。ららぽのコメダでいっすかね。メシがてら。あはは、カツサンドね、あれ一人一個は無謀でしたね。ええ、そんじゃあ十一時半に。すんません、ほんと助かります。失礼しゃす」
泣きべそで俺を見上げる詩怨に、俺なりの厳しい目を向ける。
「あのさ詩怨。動画のためならなんでもできる?」
「え?」
「仇敵と手を取り合うことができる?」
「なんですかそれ? なんかそういうゲームの……いえ、分かりました。なんにも分かってませんが、臣下さんにお任せします」
「よし」
言質を取った俺は、重々しくうなずいた。
「じゃあ今から出るよ。ららぽのコメダで、勇者ミルガルデヴャルドと落ち合おう」
詩怨は口をあんぐり開けて、硬直した。
かつて、光と闇の戦いがあった。
冥王ヴェルガシオン率いる闇の軍勢と、勇者ミルガルデヴャルド・ギョリンモルデルの戦いだ。
勇者ミルガルデヴャルド・ギョリンモルデルは、高き御座の光で鍛え直した竜喰いを打ち振るい、闇を払った。
深きところに封印された冥王ヴェルガシオンは、やがてバーチャル冥界王ヴェルガシオンとして蘇り、リンヴァースと地球を繋げることになる……
そして今、ららぽーと沼津のコメダ珈琲店内で、光と闇が向き合っている。
泣きぼくろに垂れ目がすてきなおっとりした雰囲気の勇者ミルガルデヴャルドは、六つ切りにしてもらったカツサンドをおいしそうにむはむはしている。
紫銀のふわふわロングヘアにインパラみたいなねじれ角の冥王ヴェルガシオンは、黒白目と白黒目をすごい速度で泳がせている。
「ふたりで分けるとちょうどいいわねえ、カツサンド」
ミルガルデヴャルドは口元をぬぐい、珈琲のカップを持ち上げた。
「いやほんと、助かります。最近どっすか、ミル姉さん」
「カンが戻ってきた感じがするわ。今なら冥王も切り裂けそう」
詩怨はぴえん面になった。
「冗談よ」
煽るねえ。
詩怨が冥王であることは、顔を合わせた瞬間にバレたっぽい。
表面上はにこにこしながら、ミル姉さんはむちゃくちゃピリついている。
「サンマルイチ号さんも、相変わらず苦労してるのね」
「やー別に。好きでやってるんで」
ミル姉さんは、俺のことを囚人番号みたいに呼ぶ。
というのも……というのも? まあともかく、かつて俺は、ミル姉さんが大家さんをやってるアパートに住んでいたのだ。
ご縁があって、今は居酒屋さんまるいちの仕入れをお願いしている。
「かっ……」
詩怨が勇気を振り絞った。
言ったれ言ったれ。
「帰っていいですか」
クソ雑魚すぎない?
「黙っててもいいけど帰っちゃ駄目でしょ」
「でも……勇者だし」
「今は気楽な冒険者よ」
「朕を、封印して」
「それは私に非のあることかしら? ねえ、ヴェルガシオン」
店内でズアッ! って金色のオーラ出すのやめませんか。
「まーあまあまあまあまあ。ちょっとオーラしまいましょう、ミル姉さん」
俺は急いで今の状況を説明した。
地獄川詩怨が、今のところ世界に隔意を抱いているようには見えないこと。
バーチャルユーチューバーの世界で勝っていきたいこと。
そして規約違反でアカウント停止を食らったこと。
「あらー……」
まあそういう感想になるよね。
「ゲーム配信の方が勝ちやすいんじゃないかしら」
え、そういう感想になるの?
「や、その、朕は……その」
そんで歯切れ悪いね君。
いつものあれはどうした。
好きがどうとか、チヤホヤがどうとか、がつんとぶちかましてやれよ。
「その……」
駄目みたいですね。




