シルフの照り焼き⑧
「ぷひー……」
詩怨は、皮の脂でくっついた唇から、破裂音の息を吐き出した。
「モツ炒めやってみたけど食う?」
「ぷひ!」
素嚢やら心臓やら気管やら銀皮つきの砂肝やらレバーやら、なんでもかんでもニラと塩と黒こしょうとチューブにんにくで炒めてみた。
大皿に雑に盛ってご提供。
箸でがばーっとすくって、どじゃーっとほおばる。
「内臓! 内臓やっば! いっぺんに色んな味!」
「まあこれはビールでしょ」
手渡したクリアアサヒを、即かしゅっ、即ぐいーっ。
缶をだーんと机に叩きつける。
「んかあっ!」
「朝昇じゃん」
「一本いただきましたっ!」
詩怨は一瞬でクリアアサヒを空にした。
「もうこれは……しゃきしゃきなのと、くにゅくにゅなのと、こりこりなのと、ぷりぷりなのと……ばかほどおいしい!」
なんかだんだん押し切られてきたな。
いいんじゃないの、ばかほどおいしい。
流行るまでやろうぜ。
「あー朦朧と……朦朧としてきました。ちょっこの、この、脂と、お酒がすごい、原始の多幸感でこう、ユーフォリア以外のなにものでもないです」
ユーフォリア以外のなにものでもなくてよかったよ。
「はいー……というわけでね、人類どもー……チャンネル登録と、あとなんか……なんか忘れたけど、よろしくどうぞー……」
またぞろ適当に打ち切ったな。
元気な内に動画終わらせれば?
ナレーション後入れでもいいし。
詩怨は口を閉じたままあくびして、なんの断りもなく寝に入った。
食って呑んですぐ寝て最高だな。
後片付けしたら、部屋に運んでやるか。
◇
で、翌朝。
しこたま重い中年の体をぎしぎし動かして洗面所に辿り着き、ぼへーっと歯を磨く。
顔を洗って顔を上げると、鏡越しに、詩怨と目があった。
扉から半身を乗り出して、こっちの様子を伺うように見ている。
「おはよ」
鏡越しに声をかけると、詩怨はなんか背筋を伸ばした。
「あ! お、おはよう! ございます!」
「えっなに? 気合い入ってんね」
「先に言おうかと! タイミングを!」
「ほーん?」
「へ……へへ……」
いやー分からん。
なんでへらへらすんの。
「おはようって、誰かに、久しぶりに言いました」
「ああ」
「むずかしいですね。どこで言うんだろうってなっちゃいます」
「いいよ別に。好きなタイミングで」
俺は顔を拭いながら、ややあれこれ考えた。
「んー……なんかだるいから今日休みにするわ」
「えっ大丈夫なんですかそれ?」
「平日だし、予約入ってないし。ツイッターとインスタで告知しときゃいいでしょ」
それなりにキャッシュある自営業の強みだよね。
それぐらいしか良いことないとも言える。
外食なんて人類のやるこっちゃないよ本当に。
「後でららぽーとでも行くか。詩怨の日用品も揃えなきゃなんないし」
「や、ドラッグストアで揃えますけど」
なんなんだよこの察しの悪さ。
いやもう、ここまで来たら俺が悪い。
察し悪い奴に察してもらおうとしちゃダメだよな。
「服見たり、フードコートでめし食ったり、成城石井でフルグラ買ったりしようぜ。で、帰ったらプライムビデオで映画観んの。テンションだけで買ったお高い総菜つまんで、酒飲んで」
詩怨はぽかんとした。
えー?
ここまで言っても駄目?
中年の照れ隠しにぜんぜん容赦ないね君。
「ふたり暮らしってそういうことでしょ」
「あ、あああー! わー! わー!」
詩怨はインパラみたいなねじれ角を掴んで、なんか、上下した。
「い、行きます! 行きますよ今すぐ! 歯ブラシとイブと鉄のサプリ買わなきゃですし!」
きれいにドラッグストアで揃うもんだけ列挙したじゃん。
プリキュアの光るパジャマは要らない?
「金出すけど、動画が収益化したら返してくれ」
「はい! 一瞬で返しますよ! 絶対バズりますから!」
で、俺たちはららぽーとまで、ふたりでてろてろ歩いていく。
正しいかどうかは知らんよ。
でもたぶん、ふたりでららぽーとぷらぷらするのは楽しいだろうなって、俺はもう思っている。
シルフの照り焼き おしまい!




