シルフの照り焼き⑥
木々のあわいが再び魔法の光で満ちる。
俺は立ち上がり、竜骨砕きの呪文がエンチャントされた包丁を抜く。
刻まれたルーン文字が青く発光し、う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……みたいに唸った。
こういう得物を使ってる友達がいたんだよな。
今はどこで何してんのか分かんないけど、まあモンスターをバラバラに切り裂いたり、レア装備を求めて脳死周回したりしてるんだろうな。
そいつが使ってた必殺技のことを、俺は今でも覚えてる。
「ルーンブレイブスラッシュ!」
縦横二連の十文字斬りは青く輝くルーンの光を放ってどこまでも奔った。
生い茂る木々を、岩塊を、放たれた魔法を、無数の働きシルフを、軌跡上の全てを形も残らず消し飛ばした。
周辺がきれいさっぱり更地になって、清々しい陽光が、秘匿を暴いた。
必殺技の暴威に耐えて、たった一本残った数百メートルの異様な喬木。
幹をずたずたに引き裂き、樹脂だのなんだので固めて作り替えられた、それがシルフの巣だ。
巣から一匹のシルフが飛び出してきて、大樹を守るようにホバリングした。
「女王シルフです」
「なんかデカいと思ったよ」
働きシルフがうずら大なら、コイツはにわとりサイズといったところ。
きょけっけっけっけっけっ!
鳴きながら、襲っては来ない。
「残った仲間に指示を出してます。はやく片付けましょう」
うなずいた俺は包丁をかまえ、ふとなんか、たぶん緊張しすぎてるせいなんだろうけど、めちゃくちゃどうでもいいことが気になって頭から離れなくなってしまった。
「ところで、今かかってるのはどんなバフなの?」
「“血の魔力”です」
「なるほどですね」
MAGだかINTだか、そのへんが底上げされてるんだろう。
となると、あれをやれるかもしれんな。
「友達が魔法撃ってたんだよな。なんか、時! 時! みたいな、単語を連呼するやつ」
「魔女フリーケの連想魔法ですか。いい思い出が一つもないです」
「やり方知ってる?」
「勇者ミルガルデヴャルドも使ってましたから」
詩怨は不承不承うなずいた。
「魔力を品詞で何重にも変質させるんです。言霊の一種ですけど、なにが飛んでくるか分かんなすぎて大嫌いでした。ぜんぶ初見殺しなんですよ」
「そういう仕組みなんだ」
粘土こねて形を作るみたいなもんだな。
ちょっとやってみっか。
俺は深呼吸して、友達の話を思い出す。
たしか、こんな感じの詠唱だった。
「這いずる朽縄……怯える木々……見下ろす夢……」
切っ先を巣に向けた包丁が、手の中でガタガタ震えだした。
両手で力いっぱい握りしめて、抑え込む。
「行き詰まる水……支配する腕……腕! 腕! 暴き立てる腕! ラプチャー!」
巣が、ひしゃげた。
事象の地平線を目指す原子のように、ある一点めがけ、べぎべぎべぎべぎと音を立てながら潰れていく。
女王シルフが慌てて巣に飛び寄ったが、手遅れだった。
ぶちまけられた女王の血と肉と内臓は、凄絶な速度の収縮に巻き込まれ、かすかな染みに転じたかと思えば中心点にずるりと引き込まれて不可視化した。
魔力の奔流が収まると、中空に数センチほどの球体が浮かんでいた。
かつて巣だった物体は、ぽとっと落下して岩盤に蜘蛛の巣状のヒビを入れた。
めちゃくちゃ高密度に圧縮されてる。
中性子星とかにならなくてよかった。
「……こわー」
俺は心底震えて泣き言をもらした。
どう考えてもやりすぎだ。
陰の者がたまに調子乗るとこういうことになっちゃうんだよな。
「あ! 大変です!」
詩怨が声を張り上げて、とことこーっと走っていき、どっかそのへんで這いつくばった。
「なになになに。どした」
「臣下さん! ほらこれ!」
詩怨は、なにか握りしめた手を掲げた。
シルフだ。
「女王が死んで一時的に気絶してるんです! チャンスですよ!」
詩怨は躊躇なくシルフの頭をひねった。
ペットボトルの蓋ぐらい簡単にひねった。
1080度回転した頭は、当然の帰結として、簡単にもげた。
「血抜き血抜き!」
死体をひっくり返すと、首から血がだーっとこぼれた。
うそだろこいつ、嬉々として小動物の頭をもいでるぞ。
「臣下さん、急いでください! 次の女王が誕生しちゃいますよっ!」
「えっえっそうなの? 仕組みが分かんない」
「女王は権能の一種なんです!」
「その説明も分かんないけど」
俺は、足もとに転がるシルフを拾ってみた。
うっわ、あったかさが生々しい。
めちゃくちゃ命じゃん。
俺はそっとシルフを地面に戻した。
巣ごとぶっ潰しといてなに言ってんだよって思うじゃん。
でもどっかで食料とか外敵から生き物に切り替わっちゃうんだよ、認識が。
君らどうせ飼育委員だったと思うけど、飼育小屋のニワトリを絞めて血抜きして焼き鳥にしたことある?
クソ田舎のクソ学校のクソ猟奇的なクソ授業でもない限りそんなことしないでしょ?
「どうしたんですかっ! こんなの、落ちてるおもちを拾うようなものですよ!」
「落ちてるおもちはたいてい食べたらダメなおもちだよ」
「あ! 蜜シルフですね! ほらここ、見てください! 蜜みっちりですよ!」
「なんでもいいけど、ほどほどにね」
ハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグが死骸でぱんぱんになっていくのを、俺はただただぼんやりと眺めた。




