シルフの照り焼き④
俺は絶叫し、腰に提げてた刃物を引き抜くと横に払った。
シルフは垂直上昇してあっさり一撃を回避。
だが、魔法は見当外れのところに飛んでいき、遠くに見える丘を一つ消し飛ばした。
魔法を放ち終えたシルフの体から、光がすうっと抜けていった。
魂が抜けるように。
というのも、シルフがいきなり即死し、ぽてっと地面に落ちたからだ。
「えっえっ?」
「後ろからっ!」
戸惑う俺を、詩怨が揺さぶった。
我に返って、死骸を後に駆け出す。
「働きシルフは、一発の魔法で魔力を使い切って絶命するんです」
「働きシルフ」
「働きシルフです」
「えっなに? そんな、ミツバチみたいな?」
「シルフは、その、なんでしたっけ、なんか性の……」
「真社会性?」
「そう、それです! 女王シルフを頂点とした階層社会なんです!」
意外な生態が明らかになってしまった。
「それより臣下さん、さっきの武器って」
「ああこれ?」
俺はルーン文字がびっしり刻まれた包丁を持ちだした。
「竜骨砕きの呪文がエンチャントされてる」
「竜骨砕きの呪文がエンチャント」
びっくりしすぎた詩怨は、ピーリカピリララポポリナペーペルトのリズムで言った。
「そうですか……臣下さんが所有者だったんですね」
「まあね、いい思い出はないだろうけどね」
折れたる剣、竜喰らいの刃を包丁に仕立て直したものだ。
仕入れ先に昔もらった。
勇者はかつて、冥王ヴェルガシオンをこの剣で封印したらしい。
バーチャル冥界王ヴェルガシオンの栄光もまた、この剣で終わった。
竜喰らいを手にした冒険者パーティに、寄ってたかってぼこられたのだ。
「……いえ、昔のことです! ありがとうございます、臣下さん!」
「水に流していくねえ」
へらへらしながら着地し、そこで俺の足は止まった。
なんか急に、詩怨が重い。
おまけに角から腐敗臭がする。
「あっダメっぽい」
俺はその場にへたりこんだ。
バフ切れだ。
「めっちゃ眠い。もうめっちゃくちゃに眠いんだけど」
「身体能力の落差に精神が戸惑っているんですね。そのうち馴れますよ」
「次があればね」
木にもたれる。
あくびが止まらん。
失神が近い。
詩怨は両こめかみに指を当て、目を閉じ、んむむむむとうなった。
「シルフからは離れたみたいです。休憩といきましょう」
「時間は? 大丈夫?」
「ポータル消失まで、あと十五分といったところですね」
ってことは、血のバフは保って十五分か。
この世一どうでもいい知識を得てしまった。
「シルフの魔法をかわすため、じぐざぐに走っちゃいましたから……」
詩怨は角をあっちこっちに向けた。
「見つけた。ポータルとの距離は、三キロです」
「俺の回復次第ってことね」
座った詩怨は、ハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグからスマイルプリキュアのきったねえ水筒を取り出した。
「それ、どこで買ったの? プリキュアの」
「リサイクルショップの店頭にありました。ご自由にお持ち帰りくださいって。ハピプリもスマプリも好きだったからうれしいです」
だから、寄る辺ない父性を刺激しないでくれ頼むからもう二度と。
絶対に一番新しいプリキュアの光るパジャマを買ってあげたい。
ふたを取って、中身を注ぎ、俺に渡す。
茶色っぽい液体だった。
「ミロです」
「なんでそんな粉っぽいものを」
もっとも呑みたくないタイミングで出してきたな。
「冷え性改善にいいって聞いたんです。それから、朕の血も混ぜてありますよ。“回帰力”のバフは、HPの自然回復ですね」
「ああ、ちょうどいいじゃん」
俺は粉っぽくなる覚悟を決めてミロを口に運んだ。
「あれえ? すっごいおいしい。粉っぽくない」
うわこれ、いくらでも呑めちゃうな。
ただでさえうまいミロが粉っぽさを脱ぎ捨てて完全飲料に進化してる。
ミロの夜明けが訪れた。
「臣下さん、もしかして冷水で作ってませんか?」
「え? ミロって水ジャーってやって作るんじゃないの?」
詩怨は、分かってねーなこいつの顔をした。
「ココアといっしょですよ。あっためたミルクで最初によく練ってください」
「はえー」
なんならココアも水ジャーで作ってたよ俺。
「フルグラ入れてもおいしいです。高くてあんまり買えませんけど」
「ミロの夜明けにフルグラ入っちゃうの? やばいな、魅力的がすぎるレシピじゃん。帰ったらすぐやろうか」
「いいんですか!?」
え、そこで今日一の食いつき?
「成城石井のフルグラで」
「成城石井のフルグラで!」
もうめっちゃくちゃに興奮してるな。
成城石井のフルグラを手に取るときは、俺でも興奮があるけど。
「ありがとうございます、臣下さん! まさかなんですけど……ドライフルーツとオーツの比率を考えて、いっぱい出ちゃったアプリコットをパックに戻さなくても!?」
なんかすっごい確信を持ってボケてきたけど、それフルグラあるあるなの?
フルーツグラノーラって最終的にオーツばっか残るけど、そんなん食べるに当たって気にしたこともなかったよ。
大事に大事に食べ伸ばしてたの?
フルーツグラノーラを?
「だいぶ窮乏してたんだな」
何気ない問いに、詩怨はやっちまったの顔をした。
「あ! 気を遣わせるかなーって思って黙ってたんでした!」
「手遅れだね」
「ああー! 同情だけは引きたくなかったのに! 天衣無縫の冥王でいたかった……」
詩怨はその場で卵みたいに丸くなった。
それから顔を上げ、けっこう卑屈な笑みを浮かべ、
「あ、これはダークソウルのカラスに連れ去られるジェスチャーです」
中途半端すぎる小ボケで話題を逸らそうとしてきた。
本当にもう……なんなんだよこの子のこれ、気遣いのギリギリさと要領の悪さ。
ダークソウルの話はあとでゆっくりしような。
「察しはついてたよ。ぜんっぜんフードのオーダー入れてくれないし。ドリンク一杯でめちゃくちゃ粘ってたし」
カウンター席についといてコークハイだけで二時間居座るやつ、あんまりいないぞ。
「うっわー! 観察眼!」
「けっこうね、客商売してる人ってお客さんのこと見てるよ。こいつ尋常じゃねえなって思ったらなおさら」
「ううー……」
丸まったまま、詩怨がこっちに顔を向ける。
「やっぱり……間違ってますかね?」
弱気にへたったまゆ毛の下で、黒白目と白黒目が決壊寸前の不安をたたえていた。
あーあーあーあー。
もー。
強がってたんじゃん。
出会ってからこっちずっと強がってたんじゃん君。
言ってよそういうの。




