ワイバーンの松かさ揚げ①
「へえー、今日は鍋島入ってんのか。いいセンスしてんねえ、大将」
カウンター越しにお客さんに話しかけられ、俺はにっこりした。
「特別純米、冷やでいい感じっすよ」
「んじゃそれ、あとなんか適当につまみも」
「ありがとうございます」
湯通ししたささみをバーナーでがーっと炙る。
焦げ目がついたらそぎ切りにして、大葉を敷いた皿に並べ、ねぎを散らす。
すりたてのわさびをたっぷり盛って、日本酒といっしょにご提供。
「お待たせしました。カーバンクルわさと鍋島の冷やです」
「どもね、大将。んっはは、いいねえ。この……うお、わさびうめえな」
「修善寺産の、沼津港で売ってるんです。うまいっすよね、カーバンクル。ぎゅーっと噛みしめたくなる味で」
「そんで特別純米がな、合いすぎるよな」
お客さんはうまそうに食ってくれる。
このお客さん、犬歯しかないからこういうチマチマしたの食うの大変そうだな。
なんの獣人なんだろう。
タイリクオオカミっぽいな。
「大将、今日はヤバかったぜ。十五層でシルフの群れとエンカウントしちまってさ」
獣人のお客さんはカーバンクルわさをつまみながら苦笑した。
「へー? やばくないっすかそれ」
「やっべえよ。逃げ帰ってきた。ありゃ当分近づけねえな」
酒とツマミで、冒険話に花が咲く。
いつもの夜だ。
数年前、異世界リンヴァース擁するダンジョン“大イスタリ宮”とつながるポータルが、世界のあっちこっちに開かれた。
ポータルを通じてリンヴァースと地球を行き来する者が現れ、泥縄で法整備が進み、外交チャンネルが開かれ……なんやかんやあったけど細かいことは割愛。
とにかくこの居酒屋さんまるいちは、県下唯一のモンスター食居酒屋ということで、ふつうの人から異世界人までいろんなお客さんがやってくる。
ヒト、エルフ、ニンフ、けも耳、アラクネ、なんか昆虫っぽい顔のやつ、不定形のやつ。
「今度は百層にアタックするぜ! アーティファクトを持ち帰るんだ!」
「おう、やったれやったれ! 死んだら装備を剥ぎに行ってやるよ!」
「ガッハッハ! 儂の鍛えた剣なら邪竜の首も切り落とせるだろうとも!」
とか騒々しい。
楽しく呑んで食ってくれてなによりだ。
居酒屋さんまるいち。
通称、ダンジョン居酒屋。
静岡県沼津市、国道一号線沿いにある、ちいさな店だ。
Googleの口コミは2038件、☆☆☆。
まだまだ精進だね。
ラストオーダーを出し終えて、のれんをしまい、掃除の時間。
残っているお客さんはひとりだけ。
カウンターの端で、タブレットをいじりながらひとり呑みしてる幼女だ。
二時間前に出したコークハイは氷が溶けきって、薄い麦茶みたいな色になっている。
隣の椅子に置かれた、ハピネスチャージプリキュアのきったねえバッグが、物悲しい雰囲気を漂わせている。
紫銀のふわふわロングヘアにインパラみたいなねじれ角、白目が黒くて黒目が白い。
あからさまに異世界人なので、いちいち年齢確認はしない。
しまむらっぽい子供服を着ていても、150歳だったりするからだ。
「すいません、ちょっとうるさくしますね」
幼女に声をかけて厨房から出た俺は、ふたつきりのテーブル席をダスターで拭いた。
カウンターも、幼女のパーソナルスペースを侵害しないよう気遣いながら掃除していく。
視界の隅に、幼女が見てるタブレットの画面が映った。
俺の店じゃんってなった。
ロケットニュースの取材を受けたときの記事じゃん。
居酒屋さんまるいち開店直後、ネットメディアに数秒だけチヤホヤされた。
日経やダイヤモンド方面じゃなくて、ねとらぼやロケットニュース方面で。
勤めてた会社がモンスターに跡形もなく消し飛ばされて失職し、仕方なく実家に戻って後を継いだだけなんだけどな。
モンスター食居酒屋をやりたいと言ったら親に激怒され、屋号を変えさせられたけど。
しかしまあ、めし屋入ってめし食いながら、その店の評判調べることってあるよな。
高評価が味の足しになったり、俺いい店で食ってんなーって実感したり、低評価つけてるやつにエアプだろコイツとか思ったり。
ひとりで観光してるときによくやる。
幼女がタブレットから顔を上げ、黒い白目と白い黒目がこっちを向いた。
「店主さん、ちょっと付き合ってください」
結露でびっしゃびしゃになったコップを持ち上げ、幼女が言った。
「閉店まで待ってたんすか?」
「そうです。話をしてみたくて」
飲み屋をやってれば、こういうことがないではない。
どっちかと言えば、俺は多い方かもしれない。
たとえば異世界人がこっちで住みはじめるにあたって、コミュニティを紹介してほしいとか。
俺は幼女のしまむらっぽい服を見ながら、そんなところだろうと推測をはたらかせた。
「いっすよ。ちょっと待っててください。つまむもん用意するんで」
俺は厨房に戻って、低温調理中のジップロックをステン槽から引き上げた。
八角をきかせた甘辛ダレごと竜ウデ肉を低温調理した、ドラゴンチャーシュー。
居酒屋さんまるいちの一番人気だ。
この肉塊を切って、バーナーでぶわーっと炙ってやる。
焦がし醤油と焼けた肉、とろけた脂肪と八角の、甘くてずっしり重たい香り。
問答無用で人の腹を減らすにおいだ。
しゃっきしゃきの白髪ねぎをあほほど盛って、幼女にご提供。
んでこいつには、もう間違いなくビール。
我らが沼津の誇るブルワリー、ベアードビールより沼津ラガーを出しちゃおう。
足つきのビールグラスにぴったり注ぐ。
「んじゃ失礼しゃして」
提供ついでに、幼女の隣に座る。
「あらためて、お疲れっす」
「お疲れ様です」
俺たちはグラスをちんと打ち鳴らし、ビールをするするっと口に運んだ。
「あー……うっま。やっば。やばいなー。仕事上がりだからなー」
沼津ラガーは口当たりも苦味もやわらかく、疲れた体にしみじみ染みとおる。
で、ここにドラゴンチャーシューだ。
甘辛いタレで琥珀色に染まった脂肪は、むっちむちでとろとろで甘い。
ローストビーフみたいにまっかな赤身は、ぎゅむぎゅむで肉の味が濃い。
しゃっきしゃきでさわやかな白髪ねぎがあまりにもえらい。
ビールがチャーシューを、チャーシューがビールを循環参照してどこまでも美味すぎ、脳がとろけていく。
幼女はチャーシューをほおばり、静かに息を吐いた。
あれ、なんか期待してたほどのリアクションじゃないな。
俺としては必殺技のつもりだったんだけど。
ドラゴンチャーシューの味でぶん殴って距離をちぢめ、ちょっとずつ敬語を取り払って話しやすい流れを作るつもりだったんだけど。
「実は私……」
深刻な表情をカウンターの木目に向けながら、幼女が言った。
思ってたより重要な相談っぽいな。
俺が身構えていると、
「……Vtuberなんですよ」
と幼女は言った。




