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初投稿作品です。よろしくどうぞお願いします。

 セミの鳴き声、壊れかけの扇風機の機動音、スマホから流れる音楽、隣の部屋から聞こえる重低音。

 夏休みに入って数日経った真夏日に私達は部室に集まっていた。なんでこの部屋クーラーないんだろう。他の教室には当たり前にあるのに。

 服は夏の間だけ学校から許されている無地の白いポロシャツ。学校にバレない程度に少しだけ茶に染めた髪はポニーテールにして首元を出している。スカートは女子高生らしく少し短く、靴下は親が適当に買ってきていた足首までの灰色もの。上履きは脱いでその辺に放ってある。

 最大限まで涼しさを追求した格好であるはずなのだが、夏の暑さには敵わないようで、また一粒額に汗が流るる状況でありまする。限界だ。

「凪、もう帰ろうか。」

「まだ来たばっかりなんだけど……。」

 凪は壁に背を預け、女の子座りで暑さを耐えるかのように下を向いたまま答えた。

 こういう重苦しい空気の時に大声を出したくなる気持ちは皆一度は経験してると思う。そして大体はそれが出来ない状況故に我慢して過ごすところだが今はその必要はなかった。

「ここでメンバー紹介をしていこうと思います!!」

 熱を跳ね除けるような勢いで声を出した。

「え、うるさい……。」

 返事がたった一言だけ。うん、限界のようだなあ。

 艶やかな黒髪のセミロングを結びもせずそのままにしてるけどすごく暑そうで、髪に隠れている首は蒸し焼きになってそうだ。

 服は私と違いワイシャツを着ていて、靴下は学校指定のものを履いている。

 比較的着崩していない方だけれど、ワイシャツの場合は首元につけるはずのリボンが無い。流石に外して鞄にしまっているようだ。

 静かめ系女子の凪ちゃん、と私。

 軽音楽部1年生バンド、名前はまだない。そしてメンバーは以上です。あれ、少なくないですか?

「でも、確かにいてもやることないよね。」

 凪の言葉に返事をする気にもならず、んーーと声にならない声を出す。最近はずっとこんな状態で、部室に来ても何もしていない。

 まず駅で待ち合わせして暑いだなんだ言いながらも、乗り込んだバスの冷気に救われつつ10分程で高校の最寄りバス停まで着く。何かの呪文かのように暑いを連呼しながら部室に着いて、天井を見上げたり暑いと言ってみたり。たまにちゃんと持ってきてはいるギターをアンプに繋げて音を出すこともあるけど、下手くそで何も弾けない。悲しくなって、んーーと唸りながら片付ける。

 凪も同じようなもので真剣な表情を携えベースをべんべん弾いたりしてるけど、しばらくするとため息をついて床に座り込む。そしてだんだんと帰ろうという雰囲気になって帰宅する。

 もう少し演奏が上手ければやりようがあるんだろうけれど未経験で部に入ってすぐの私達はよく言う"何がわからないのかわからない"状態である。手探りで上達するしかないのだ。

 正直、部活体験の時は先輩達が"あるぺじお"だなんだって教えてくれたりしてたから、今後もそんな感じなんだと考えていたんだけど、実態は全く違った。当たり前だけど先輩達も新しく曲を練習したりするので教える時間に費やしたりは基本しない。

 そりゃ少し仲良くなって、教えを乞う事も可能だと思うけれど、どうにも先輩という存在が苦手で喋りかけるなんて到底無理だった。逆に入りたての部活で先輩と仲良くなれる人はどういう精神性をしてるんだろう。

 まあそんな人間だから放任主義的な姿勢も別に嫌なわけではない。ないんだけど、1人で何も無いところから上手くなるというのは、精神的にもかなり頑張らなくちゃいけない。勉強と同じで難しくて分からないことはやる気もあまり継続しない。加えてこの熱さだし。んーー。

 ぼーっとしていると隣の部室から迫力のある音が響きだした。我が軽音楽部は部室が二つ隣り合っており、大体一バンド一時間で交代制の時間割が組まれている。つまりこの音は同じ時間帯の、隣のバンドだ。

 音が大きいから驚いたものの、一つ一つの楽器の音は全くもってバラバラでとてもじゃないが聞いてられない。確か隣も1年生だったか。バンド名もあった気がするけど忘れた。

 凪と目が合うと2人してへへへとふにゃふにゃ笑いあった。自分たちも含めて、まだまだ下手くそだよなあ。上手く弾けている自分が全く想像できないし、この先不安だけどお隣さんもこの調子だし焦ることはないだろう。

 というか、私達には技術どうのこうのという更に前の段階の問題が目の前に立ちはだかっていることをこの数日忘れていた。いや、考えないようにしていた。自然にため息が出てきて全身から力が抜ける。天井も見飽きたので目を瞑った。

「ねえ、春。」

「なん、うおっ。」

 呼ばれて目を開けると凪の顔がすぐ近くにあった。いや近くと言ってもマイク1つ分くらいは離れているとは思うけど。驚きすぎて伝わりづらい表現が頭に浮かんでしまった。どこのハンバーガー屋のマスコットだよ。

 凪はたまにこういう所がある。人との物理的距離感が狂ってるんじゃないか。でも精神的な距離感はと言われるとわからない。他の人よりは仲がいい自信があるけど、と思ってから凪の交友関係を全く知らないことに気づいた。他の人とどんな話をしたりするんだろう。

「驚きすぎじゃない?もう帰ろうかなって。」

「いやあ、え、私がおかしいのかな……。うん、帰るべ〜。」

「べ~って、どこの田舎?」

 笑われてしまった。その後は中学の時何故かこの語尾が流行っていた事とか、たわいのないことを話しながら帰った。本当、どこから流行ったんだよ。

 丁度よく到着したバスに小走りで乗り込むと冷気に包まれて自然と顔が綻んだ。傍から見たら相当気色悪いかもしれない。

 二人席に一緒に座った。少しの間を置いて、凪が喋りだす。

「バンド、どうしよっか。」

「……禁忌のその話題に触れてしまいますか、凪さん。」

「禁忌だったの?……でも確かにちょっと話したくなかったかも。何も思いつかないし。」

 沈黙が降りる。いや私が返事しないからなんだけど。どう返すか一瞬悩んで、それなとかいう薄っぺらい言葉しか浮かばなかった。仕方ない。

「それな……。」

「なんでこうなっちゃったんだろ。」

「まさしく、音楽性の違いだな。」

 今度は凪の返事が返ってこなかった。無言という最大級のツッコミである、と思っておきます。

「まあでも、最初からなんかおかしかったというかなんというか、こうなる予感が無きにしもあらずんばだったな。」

 あらずんばってどういう意味だったかな、古典の授業で聞いたような、どうだったかな、忘れた。真面目な話題は昔から苦手だから、こういう時に無駄に茶化してしまうのは自覚している癖である。直さなきゃとは特に思っていない。

「あらずんば……?」

 今度は反応するのか。基準がわからない。いや、もしかしたら凪もあらずんばの意味を忘れたけど聞いた事はあるし、理解しておく必要があると思ったのかもしれない。無論その必要は無いのだけど。

「ふむ、凪殿はあらずんばを知らないのかね?」

「やや、聞いたことはあるんだけどな……

 。」

 真剣に考え始めてしまった。このままだとどんどん脱線してしまいそうだが、夏休みの練習真っ盛りなこの時期に二人だけでなあなあと過ごしている理由の全てがこの話題に集結しているのだ。真剣に話し込むのは苦手だけれど、この事については放置できない問題であるし、二人の性格からして次に同じ話題が出てくるのがいつになるのか分かったものじゃない。

 深呼吸の後、意を決して話を進める。

「まず、軽音楽部として頑張っていくんだったら、やっぱりバンドとしてやっていかなきゃいけないよな。」

「それはそうだね……。」

「素人二人でバンドって、無理があるよなあ。」

「先輩達もみんな、四人か五人かなって。言ってたしね……。」

 スリーピースバンドと呼ばれる三人構成のバンドも世の中にはあるが、個々の技術力あっての物だろう。始めたてで何も出来ない私達には厳しい。というかそもそもスリーピースだとしても足りない。そう、足りない。

「つまり、今どうしなきゃ、いけないかと、言うと……。」

 言いながら段々とその先に見えているハードルが異常に高くて、また目を逸らしたくなってきた。恐らく、いや確実に私も凪もそれに気づいててこれまで話をしてこなかった。

「メンバー、集めなきゃだよね。」

 台風の日に休校の連絡が来なくて嫌々家を出る時くらいに嫌な顔をしながら凪の顔を見る。概ね同じような表情だ、と思う。

「春、誘える友達いない?」

「いやあ、音楽に興味あるような人は知らないな。……凪は?」

「私も……そもそも友達少ないし。」

 凪の方に当てがないのはなんとなくわかっていたけど、一応聞いてみたら案の定だった。友達が多いタイプにも思えない。

 かく言う私も、友達と称してもいい存在が凪よりはいるかもしれないが、みんなバンドなんて柄ではないし、こちらから強気に勧誘できる程の関係性ではない。

「んーー、そっか。」

 また沈黙。

 気づくとバスの車内にな私たち二人しか残っていなくて、既に目的地である終点の駅に着いていた。運転手さんが怪訝そうな顔でこちらを伺っている。

 二人して慌ててバスを飛び降りて、一緒に大きなため息をついた。某軽音楽漫画みたいな楽しい学生生活が始まると思っていたのに、全くそんな気配ないんだけど。本当、どうしてこうなっちゃったんだろうね……。


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