Episode.3:式典
式典会場となるホールの入り口に勢いよく騎士が走りこんでくる。
「ラーセル副団長殿!新入生は、ほぼ入場したようです!」
若い騎士は、あからさまに暇そうにしている騎士に大声で報告する。
「ご苦労。ここはもういい。会場周辺の警戒にまわれ。」
ラーセルと呼ばれた騎士は気だるそうに指示をだす。
「ハッ!」
若い騎士はすぐさま踵を返し、会場の外に走っていった。
「やれやれ。ようやく退屈な警備が終わりそうだぜ・・・」
あくびをしながら、つぶやく。
大体、副団長の俺が門番まがいの警備とは、人手が足りないにも程がある。
まあ、不審な輩が紛れ込んできた場合、俺が叩き切ったほうが話は早いのだが。
その点では、やはり兄貴の言うことは間違いないのだ。
しかし騎士団長様は街道の魔物退治とは、実に楽しそうな仕事だ。
「あー、俺が行きたかったぜ」
暇になると、独り言は増えるもんだ。
兄貴への不満を虚空にぶつける。
しかし当然のように何の反応もない。やはり暇は暇なのだ。
にわかに遠くの受付で、悲鳴のような声が聞こえた気がした。
なんだ!事件か! 急にやる気がみなぎってくる。
受付から会場入口までは少し距離があり、
受付で何が起こっているのか詳細は分からない。
しかし、受付から会場に入るにはラーセルのいるこの入口への道を通る必要がある。
言わば一本道の構造である。
不審者を一人たりとも中に入れてはならない。
ラーセルは愛剣を撫でながら、どのような輩がくるのかワクワクしていた。
どうやら、その後大声は少し聞こえたが、特に騒ぎが大きくなった風にも感じない。
そういえば、今回は超一流の受付嬢を擁する受付嬢学校が
全面的に協力しているとのことだった。
超一流の受付嬢とはいまいちピンとこないが、
まあ一流といわれる理由はあるのだろう。
などと、考え込んでいると、騒々しい足音が聞こえてきた。
ガシャガシャガシャガシャ
おいおい、なんかフルアーマーが二人も走ってくるぞ・・・。
超一流の受付嬢、勘弁してくれよ。
受付を辛くも突破したマグナとルーザーは気まずい時間を過ごしていた。
どうやら、受付から式典会場までは少し距離があるようで、しかも一本道。
どうしたって隣のフルアーマーと並んで仲良く走ることになる。
「おい、ルーザー。」
マグナは意を決して、話しかける。
「なんだよ。」
ルーザーも一応答える
「さっきは絡んで悪かった。朝から気が立っててな。
あの受付嬢の言葉で目が覚めたよ。」
マグナは素直に謝ってみる。
朝からというか、朝からの一連の出来事が要因なのだが。
「知らねーよ。俺は謝らんぞ。フルアーマー変態野郎。」
ルーザーは頑なだった。
なんだ、こいつ。かわいくねーな。
育ちが知れるぜ。と、マグナは少し苛ついた。
ただ、先ほどの反省もあり、これ以上突っかかることはしない。
「そうかよ。」
ぶっきらぼうに答える。
そうこうするうちに、入り口に近づいてきた。
もうすぐこの気まずい空間ともおさらばだ。
ん?・・・入口に誰かいるような。
「止まれ。」
短いが威圧感のある声で制止される。
「チッ」
ルーザーが短く舌打ちした。
とりあえず、二人のフルアーマーは、
声をかけてきた人物とやや距離を開けて止まった。
「新入生のマグナです。式典に出席しに来ました。」
誤解があってはならない。冷静に自己紹介だ。
マグナは今日一日をこれ以上の揉め事を起こさず、無難に乗り切りたい。
相手が訝しげに聞いてくる。
「なぜ、フルアーマーなんだ。」
まただよ・・・
この質問は微妙に哲学的なんだよ。
「いえ、騎士学校に入れる喜びから、気合を入れすぎました。」
マグナはもっともらしい?言い訳を述べる。
「俺はいいだろ。目立ちたいだけだぜ、ラーセル副団長殿。」
ルーザーはふてぶてしく答えた。
ここでラーセルと呼ばれた騎士は何かに気づいたように言ってきた。
「どっかでみたことある鎧だと思ったぜ、お前正気か?」
マグナは驚いた。どうやらルーザーとラーセル副団長さん?は知り合いらしい。
というか副団長って騎士団のNo2じゃねーか。やっべーぞ。
ラーセルはルーザーに近づいて鎧をまじまじと見ながら驚く。
「ひい爺さんの鎧じゃねーか、しかも一番上等な奴だ。ザック、いい加減にしろよ!」
ん?こいつはルーザーじゃないのか。マグナはやや混乱した。
「関係ねーよ。あと、俺はルーザーだ。」
ルーザーは相変わらずふてぶてしい。
やれやれとラーセルは呆れて言った。
「そうか・・・まあいい。式典では大人しくしとけよ。」
ヘッとばかりに、ルーザーは入口に駆け込んでいく。
さあて、俺も会場に急ぎますかね。
とマグナもラーセルの横を小走りで走り抜け、入口に向かおうとしたところ・・・
瞬間、とてつもない殺気を感じ、咄嗟に横に体をひねった。
拍子に鎧の可動域の狭さも相まって体勢を崩し、顔面から地面に突き刺さる。
「ぶびょっ」
変な声が出た。
「待て。」
完全に振り切った剣を鞘に戻しながら、ラーセルは言ってきた。
避けられたことに多少の驚きを感じながら。
いや、待てというか。あんた殺しに来てんじゃん。
何様だよ!
よろよろと立ち上がりながら、マグナは何とか声を出した。
「何用でございましょう。」
なぜか執事風になってしまった。
「お前の素性は明らかになっていないからな。
もっと言えば、今の剣を避けたことで、
お前が本当に新入生なのかという疑念が増している。」
だからあ、気合入れすぎた痛い新入生って言ってんじゃん。
つっても全然信じてねーよな、この人。
先ほどの一閃は、副団長というだけあり中々の鋭さだった。
ただ師匠ほどではないとも感じたが。
どうしたものか。もう式典が始まってしまう。
ここで門前払いは勘弁してほしい。
なんとしても通してもらわねば。
しかし策がない。万事休すか・・・
そこに遠くから、受付嬢らしき女性が走ってきた。
「ラーセル様!その者は怪しいものではないです!」
見ると、先ほどのベテラン受付嬢だった。
近くまで来て、改めて挨拶してきた。
「受付嬢のセシアです。その者は先ほど受付でもちょっとした騒ぎを起こしましたが、
問題はないと判断しております。」
ラーセルも応じる。
「フレイダイト騎士団副団長のラーセルだ。
受付では問題ないとのこと、にわかには信じられんが・・」
「我々もプロとして、仕事をしております。本日、国の重要行事の式典のために、
懸命に受付を行った全ての受付嬢のためにも、我々を信じていただきたく。」
毅然とした態度でセシアは言い切る。
ラーセルは少し迷ったが、剣から手を放し降参した。
「承知した。セシア殿。貴殿とその受付嬢達に免じて、この者を通そう。」
セシアは無言で深く礼をした。
「さ、グズグズするな。もう式典が始まるぞ!」
ラーセルは明るく新入生を急かす。
なんなんだ。この切り替えの早さは、人に切りつけておきながら・・
根本的に人として大丈夫か。
マグナはかなり恨みがましい目つきで、ラーセルを見たが、
当然のごとくフルアーマーの中の目は、相手には見えない。
ささ、どーした。とばかりにラーセルは笑みを浮かべて急かしてくる。
まあ、せっかく通れるんだし、早く行くのが上策だ。
「お世話になりました。あの受付嬢にもよろしく。」
マグナはセシアに礼を言い、走っていく。
「分かったわ。式典楽しんでらっしゃい。」
セシアも応じた。
走り去るマグナの後ろ姿を見ながら、セシアは本音をつぶやいた。
「暇つぶしも度が過ぎるといけませんよ。ラーセル様。」
ラーセルは苦笑した。
「さすがは超一流だ。見抜かれていたか。
ただ手加減したとはいえ、俺の剣を完全に見切っていた。
あのような者が新米騎士とはこの国の未来も安泰だな。
しかも王女ソフィリア様もついに魔術学校に入学するらしいではないか。
いや~、今年は当たり年とみていいだろう。
ついでと言っては何だが、不肖の弟もいるし!」
照れ隠しなのか饒舌な副団長を、呆れて横目で見つつ、セシアはほっとしていた。
後輩の頑張りを無駄にせずに済んだのだ。
式典会場に入ったマグナは驚いた。
入り口付近の新入生の目線が一斉に自分に注がれていたからだ。
会場には既に新入生の入場がほぼ終わっていたようで、
ほとんどが席に座っており、全体としてはかなりざわついていたのだが、
入り口付近だけが異様な雰囲気になっていた。
口々に囁く声が聞こえる
(またフルアーマーよ。なんで式典にあんな格好で・・)
(流行ってんのか・・)
(さっきの奴は喜んでたけど・・)
ルーザーは目的を達成したようだな・・
少し苛立ったが、くじけるわけにはいかない。
目立つのは本意ではないので、視線を感じながらも素早く自分の席に移動する。
既に座っている新入生達に怪訝な顔をされながら、
席についた。
G-35は幸いにも、端の席であり助かった。
もし、中央の席などであれば、他の新入生を押しのけながら席に着く必要があったが、
流れが来ているのかもしれない。
「ふぅ・・」
マグナはようやく席について、安堵した。
「うわぁ、カッコいい鎧だなあ」
いきなり隣から話しかけられて、マグナはビクッとした。
ガチャ・・と鎧が鳴る。
マグナは隣を見てみると、やたらでかい円錐帽子をかぶった女の子がこちらを見ていた。
「カッコいい・・・か?」
マグナはあまり目立ちたくないのだが、一応答えてみる。
「すごくカッコいいと思うよ!強い魔力を感じるし。」
女の子は元気よく答えてきた。
何を言ってるんだ、この子は。また魔術師見習いかなんかか。
「私はリアメル。魔女見習いです!よろしくです。」
「俺は騎士見習いのマグナだ。よろしく。」
聞いてもいないのに自己紹介されたので、返すしかなくなるマグナ。
にしても魔女見習い?魔術師ではないのか・・いやいやそんなことはどうだっていい。
思わず考え込んでしまうが、今は目立つことは避けなければ。
「実は今までずっと魔女の村に住んでて、今回魔術学校への入学で
初めて王都に来たんだよね。
で、今日はせっかくの機会だから、
お母さんから貰った正装で来たんだけど、
結構他の皆は普通の格好で不安だったんだよ。
でも隣に鎧のマグナさんが来たんで、嬉しくて。」
リアメルは照れくさそうにぺらぺらとしゃべり始めた。
鎧のマグナさんって、なんかセットにされてるし・・俺は鎧と一体ではないが。
「魔女の村か・・・。どこかで聞いたことがあるような気がするが、
王都からはかなり遠いはずだ。一人で来たのか?」
マグナはつい聞いてしまった。
「かなり遠いけど、まあ魔法もそこそこ使えるし。なんとかたどり着けたよ。
本当は魔術学校に入るか迷ったんだけどね。
お母さんからもこれからは外の世界を見ておくのも大切だ~って言われて、
まあ私も村の外に興味があったから、ちょうど良かったんだけどね。」
よくしゃべる子だな~とマグナは感心したと同時に、解呪を頼みたかったが、
ソフィリアの件もあったので、言わないことにした。
見習いに縋るのはもうやめておこう。式典が終わるまで我慢だ。
「そうなのか。俺も似たようなもので、田舎から出てきたところだ。
ごつい鎧で迷惑かけるがすまない。」
「全然気にしてないよ!私の帽子も大きいし。」
リアメルは笑って言った。
いやー、良さそうな子が隣で良かった。これで平和に式典をクリアできそうだ。
『もうすぐ、式典が始まります。静粛に。』
場内に声が響き、会場は静まった。
おっ、もう始まるのか。よしよし。
マグナは睡眠モードに入ろうとしていた。
こういう式典は寝て過ごすのに限る。時間がたつのが最も早い。
時空ワープに等しい裏技だ。
『ただいまより、魔術学校、騎士学校の合同入学式を執り行います。
まずは国王様から開会の挨拶をいただきます。』
国王が壇上に出てくる。
『皆さん、本日は・・・』
国王が開会の挨拶を始めたその時、
マグナは瞬間的にとてつもない悪寒を感じた。
これは・・・やばい。
何がやばいって、便意だ。
大きいやつだ。
うぐぅ・・。マグナは泣きそうになった。
ついに来てしまった。
朝この状況になってから、薄々気づいていた。
いや、気づかないようにしていたというのが正確な所かもしれない。
この鎧に包まれた状態で、どのようにして便意を解消したらいいのだろう と。
これは大いなる問題だ。
そしておそらく解決策はほぼない。
もし鎧の中で、万が一にも堤防が決壊するようなことになれば、
周囲への影響は計り知れない。
そして、永遠に伝説として語り継がれることになるだろう。
ちらとリアメルの様子を盗み見る。
この何も知らない無邪気な魔女見習いは、目を輝かせながら国王の話を聞いている。
今まさにすぐそばで、バイオテロが起ころうとしていることなど微塵も考えていない。
そんな平和に満ち溢れた無防備な目だ。
ああ、やはり話などするのではなかった。
マグナと名乗った以上、鎧で顔が見えないといっても既に名前バレはしている。
この子は哀れなバイオテロ犯罪者の名前を言いふらすような子ではないとは思うが、
先ほどの会話を周りで聞いていた奴がいる可能性はゼロではない。
そうでなくとも、この会場のどこかにいるルーザーは俺のことを知っているんだ。
奴なら何を言うか分かったものではない。
と、いうことは。
マグナという野郎は、入学式に場違いな鎧で来るだけでは飽き足らず、
式典の最中に脱糞したという伝説が出来上がることになる。
マグナは再度泣きそうになった。
なんてこった・・・
どうしてこうなった・・・
国王の話長くね?早く終わってほしいんだが。
マグナは追い詰められ、なぜか国王へ苛立ちを募らせていた。
堤防にすべての力を結集させ、一秒でも長く食い止めるのだ。
今はそれだけだ。
『続きまして、騎士学校校長からお話をいただきます。』
あ、国王終わった!国王グッジョブ!次は校長か~。
『諸君、本日は・・・』
校長早くして・・・早く!
マグナは限界を超えて、力をこめる。
『続きまして、魔術学校校長から~』
魔術学校万歳!早くして!
『続きまして、市長から~』
『続きまして、騎士学校OBの~』
『魔術学校OGの~』
『スペシャルゲスト、ドン・ドッシー!』
ごあああああ。
何人挨拶するんだああああ。
ドン・ドッシーって誰だああああ。
マグナは限界をとうに超えた戦いをしていた。
師匠の顔、村の皆の顔、ソフィリア、受付嬢、ルーザー、副団長
昔の記憶から、さっき会った人まで走馬灯のように回転していた。
(もう限界かもしれない・・。マグナ・ストーリーの物語もここまでか・・)
またリアメルを見やると、さらに目を輝かせている。
「ドン・ドッシーすごい!誰か知らないけど!」
などと呟いている。
(ああ、リアメル。すまない。君が最も被害を受けることは間違いない。
できることなら、魔法で何とかしてくれ。)
『最後に、この方に話をしていただきましょう。
今年の新入生は幸せ者です。
なぜなら・・・魔術学校にこの方が入学されるからです。
王女ソフィリア・アーゼンバイン様!ご登壇ください!』
もはや進行役も熱が入りすぎて、興奮している。
いつの間にか会場は熱気に包まれていた。
おおっとざわめき、拍手が巻き起こる。
ソフィリアが笑いながら、壇上に出てくる。
『みんな、ありがとう!』
ぼえええええ。
マグナは予想外の変化球にえぐられていた。
ソフィリアが王女だったという驚きの事実より、
その驚きが堤防に集中していた力を分散させたからだ。
くおおお。ソフィリアアア、お前もかああ。
マグナは謎の怒りに包まれていた。
あ。
もうだめだ。
限界です。
マグナは全てをあきらめ、悟った。
終わったのだ。
その時、会場の天井があり得ない轟音と共に崩れてきた。
『うわあああああ』
会場にいた新入生、来賓、その他大勢が一瞬にしてパニックになる。
マグナは薄れゆく意識の中で、花畑を見ていた。
はは。終わったんだ。俺のストーリー。ははっ。
「マグナさん!危ない!」
リアメルの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
しばらくして、マグナは意識を取り戻してきた。
見渡すと、会場は崩れてきたがれきなどで惨事になっているようだ。
天井がなくなり、青空が見える。
そこに、憎むべきナレーションが流れてきた。
『排泄物の処理が完了しました。』
ん?
処理が完了?
どういうことだ。
確かに感触は何もなく、便意も完全に解消されている。
臭いもない・・・。
マグナは危機を脱したのだ。
傍らに倒れているリアメルに気づき、声をかける。
「大丈夫か!?」
「はー。びっくりしました!」
元気よく返事をするリアメル。
ふぅ。よかった。なんともないようだ。
そういえば、がれきはうまい具合に人のいないところに
落ちていたり、どこかに消えていた。
「咄嗟に魔法が間に合って、よかった、よかった。」
リアメルがなにやら呟いているが、まあいいだろう。
それにしても。式典会場はボロボロだ。
何が起こったんだ。
ふと、上を見上げると、数人の人影が空から降りてきた。
壇上に降りたち、そのうちの一人が話始める。
「へー。意外に生き残ってんな。
ほとんど死んだと思ったが・・・なかなかの魔法使いがいるようだな」
そして、今度は大きな声で叫んだ。
「王女はどこだ!」