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Episode.2:関門

エリーシャ・ベイカーは緊張していた。

それもそのはず、今日は彼女にとって初仕事の日である。

誰しも初めて何かをするときは、気が引き締まることがある。

初登校、初出社、初恋。

とにかく経験がないものだから、何が起こるか分からない。

しかし初めては誰にでも平等に降りかかってくる。


「エリーシャ。もう少し背筋を伸ばして歩きなさい。」


今日も早速注意されてしまった。

エリーシャは反射的に背筋をピンと伸ばした。


「すみません。セシア先輩。以後気を付けます。」


「今日はあなたが受付嬢として独り立ちする重要な日。

これからは私がいつも傍にいられるとは限りませんよ」


「はい。」


エリーシャは元来物静かで控えめな性格であった。

将来の夢は、実家のパン屋で両親と楽しく働いてゆったりとした日常を過ごすこと。

ただ何を間違ったか、軽い気持ちで受付嬢の学校を受けたのが運の尽きだった。

最初はパン屋の店番をしっかりやるために役に立つかなと思っていたのだが、

思いの外、意識の高い学校であることに加え、

校長が様々な界隈の重要人物と謎のパイプでつながっており、

ありとあらゆる国中の行事の際には、学校の卒業生を派遣するという、

一大受付嬢派遣ビジネスを精力的に進めていたのだった。


はあ・・・。大先輩でありチューターでもあるセシアに聞こえないように、嘆息する。

セシアはエリーシャの母親と同じくらいの年らしく、

噂では特に問題児を厳しく指導する専門家ということだった。

自分が問題児かは分からないが、指導は厳しい。

ただ、理不尽なことを言われるわけではなく、言っていることは至極正論が多かった。

それゆえに、反論することもできず、ただひたすら謝りながら、日々精進するしかなかった。


(こんなはずじゃなかったんだけどな~。お父さんの作ったパン食べたいな~)

やはり自分は問題児なのだろう。とエリーシャは妙に納得していた。

その様子を感じ取ったのか何なのか、セシアが口を開く。


「もう一度おさらいしておきますよ。本日は、4年に1度の騎士学校、

魔術学校合同の入学式が行われます。

例年であれば、二つの学校はそれぞれ別に入学式を行うのですが、

国王の意向もあり、剣と魔法が協力して国を発展させていくという理念の基、

合同で執り行われます。極めて重要な行事であることは間違いありません。」


よどみなく説明する口調はなるほど、受付嬢としての年季を感じさせる。


「さらに、今年はもう一つ重要なことがあります。

ある特別なVIPが魔術学校に入学されるのです。そのため、警備も厳重になっており、

受付嬢の責任も増しています。本来、受付嬢の独り立ちには、

チューターは付き添わないのですが、行事の規模や重要性を鑑み、

特別に私も同行します。

しかし、だからと言って私を頼ってはいけませんよ。エリーシャ。

私の存在は無いものとして業務に専念するように。」


「承知しております。セシア先輩。不手際を起こさぬよう細心の注意を払い、

業務を遂行させていただきます。」


(パン屋に・・・私のホームに帰りたい・・・)


表面上は取り繕っているが、心の中では泣きたい気持ちで一杯だった。

しかし、一方で今まで学校で学んだ様々な知識やつらい指導の日々を思い出すと、

自分は現場でどの程度通用するのだろうという、一種の好奇心も芽生えていた。


(今日は私の人生でもおそらくかなり大変な一日になるのかもしれない。

でも、今日を乗り越えたら、もしかしたら私は何かを得られるのかもしれない。)


エリーシャは、背筋を伸ばし、まっすぐ前を向いて式典会場に急ぐ。

その胸には、大いなる不安とひとかけらの希望を秘めながら。


気持ちはあくまでまっすぐ、前向きに。

一人の受付嬢見習いがどのように成長していくのかは現時点では誰にも分らなかった。


一方、騎士学校の宿舎の一室からは、今まさに一人(一つ?)のフルアーマーが

何事かをつぶやきながら、勢いよく飛び出してくるところだった。


重い、歩きづらい、全てがだるい。

マグナはかなりの疲労感を感じながら、ようやく部屋の外に出た。

宿舎から、式典会場まではものの10分もあればつくのだが、この鎧という重荷を背負っている状態だと、いつ到着するか分からない。マグナは今更ながら、今日一日自分が成し遂げようとしていることの過酷さを痛感するのだった。


―と、勢いよく何かがぶつかってきた。


「ぶべっ」


ぶべってなんだ?マグナは自分に当たったものが、勢いよく跳ね返り、

地面に倒れこむのを狭い視界で何とかとらえようとした。

そこには女の子が倒れこんでいた。一見すると、かなり高級そうな衣服を着ており、

よく手入れされた長い金髪が育ちの良さを感じさせた。

少なくとも、マグナの村にはこのような女の子はいなかった。

村にいるのは、その辺のフィールドで獲物をハンティングして、これ見よがしに自慢してくる。

自分の姉のような野生児だけだ。


「大丈夫ですか。お嬢さん。」


我ながら、白々しい言葉をかけながら、手を差し伸べようとして、また苦痛を感じる。

しゃがむことすらできない。

だから、この鎧、可動域狭すぎだろ。誰向けに作ってんだよ。


「ああ、すみません。急いでいたもので」


しゃがもうとしながら、しゃがめない。手を差し伸べようとしているのか、していないのか。

何をしようとしているのかわからないフルアーマーに向けて、

少女は謝りながら、自力で起き上がった。


「ここは、騎士学校の宿舎ですよ。このようなところに何か用事が?」


と正直な疑問を言いながら、マグナは遠方から数人の男が走ってくる気配を感じた。


「あの!少し体の後ろに隠れさせてもらっていいですか!」

少女は小声で勢いよくしゃべると、すぐにマグナの背後に移動した。


やべえ。この鎧。背後に回り込まれたらマジで何も見えねえ。と思いながらも

「あ、はい」


と返事をすると、前方から騎士っぽい人が駆け寄ってくる。


「そこの騎士殿。ここらで身なりの良い女の子を見なかったでしょうか。」


丁寧な口調で聞いてくる。


「金髪でいかにも育ちがよさそうでありつつも、おてんばで、

すぐに勝手な行動をとり、周囲を困らせ、イラつかせそうな、そんな女の子です。」


いや、最後の方ちょっと悪口はいってないか。

と思いつつも。


「いや、見ておりませんな。ここは騎士学校ですし。何かの間違いでは。」


一応かばってみる。


「そうですか。失礼いたしました。

全く、どこに行かれたのか。

少し気分転換したいと言っていたと思ったら、この有様。目を離すのではなかった。」


と愚痴をこぼしつつ、周りに集まってきた仲間に向けて指示を飛ばす。

「この辺りにはいないようだ。もう少しだけ周辺を捜索したのち、

見つからなければ切り上げて、式典の警護にまわれ。

先ほど情報が入ってきたが、今日は朝から、

王都周辺の街道で高レベルの魔物が多数出没しているらしく、

騎士団長はじめ騎士団の半数はそちらの討伐に向かっている。

我らロイヤルガードも式典警護に回らねば、人手が足りぬからな。

・・・あの方も時間になれば出てこられるだろう。」


承知とばかりに、集まってきた仲間は、

各々全速力で散っていった。なんとも素早い動きだ。


「騎士殿。お手間を取らせました。それでは!」

隊長っぽい騎士も全速力で駆け出していた。


「ふう・・」

背後に回った(と思われる)少女が出てきた。


「ありがとうございます。騎士様。助かりました。」

少女はにこやかな笑みを浮かべながら感謝の言葉を発した。


(カワイイ・・)


思わずニヤケそうになりながら、

だめだ、だめだ。首席たるもの剣以外にうつつを抜かす暇などないはずだ。

と師匠も言うだろう。


「いや、別にどうってことはないよ。それに俺は騎士じゃない。

マグナと呼んでくれてかまわない。」


と、正直に話してみた。


「そうなの?とても不思議な鎧を着ているから、てっきり騎士様かと思ったわ。

ふーん。騎士ではないのに、やけに重装備なのね。まあいいけど。

私は・・・ソフィリアよ。好きに呼んでいいわ。」


「じゃあ、ソフィリア。なんでさっきの騎士から逃げてたんだ。

何か追われるようなことでも?」


「追われるようなことは何もしていないけど、・・えーと。

私の家はとても厳しくて、おし・・じゃなくて、お屋敷から抜け出すこともできないから、

監禁状態なのよ。それでちょっと外に出てみたくて、追っ手をまいた感じかな。」


おてんばで、周囲を困らせ、イラつかせるというのは正解だったのか・・


「そうか。まあ、あまり深入りしてもあれだし。ここらで別れた方がお互い良いかもな」


俺も式典に間に合わなくなると困るしな。


「そうね。ありがとう。ところで、その鎧だけど。やっぱり気になるわね。

明らかに普通の金属ではない。ミスリルとも違うまさか希少なハイミスリル?

もう少し見せてもらうわ。」


といってソフィリアは鎧の表面をまじまじと観察し始めた。

近づかれると視界から外れるので厄介だな・・・とマグナは鎧の不便さにイラついた。


「ふむふむ。これは・・・もしかしてハイミスリルよりも希少なオリハルコン!?

でもうちにあるオリハルコンの盾とも違うような・・・」


オリハルコンうちにあるって、どんだけ金持ちなんだよ。

やっぱわがままお嬢じゃねーか。

マグナはやや呆れたが、ある可能性に気づき、

にわかにこの少女との出会いに運命を感じ始めていた。


「オリハルコンでもないとすると・・・、

まさか伝説のエクストラバージンオリハルコン!!??」


なんだ。そのオリハルコン。どんだけ新鮮なんだよ。


「いや、ちょっと待ってくれ。君はもしかして魔術師なのか」


核心をつく質問をする。


「ええ、まあ・・・見習いだけどね」

ソフィリアは気まずそうに答えた。


(よっしゃあああああ!)

マグナは心の中で喜びを爆発させた。心の中だけで抑えきれなかったのか。

体が揺れた拍子に、鎧がガチャガチャ鳴った。


「なに!?」

ソフィリアは急にガチャガチャ言い始めたフルアーマーに若干の恐怖を感じた。


「君は解呪の魔法は使えるのか?」

マグナはにわかに現れた一筋の救いの糸に全身全霊でしがみつこうとする。


「使えないわ」

希望の糸は、あっさりと、切り捨てられた・・・

フルアーマーは落胆のあまりその場にへたり込んだ。


見かねて、ソフィリアはフォローする。

「ごめん、ごめん。

私は使えないんだけど、街の魔術屋にいけば、

たぶん使える人はいると思うわよ。」


そんなことは俺の先読み力ですでに分かっている。

と、やさぐれたマグナは思ったが、

気遣ってくれたソフィリアを無下にもできない。


「いや、ありがとう。魔術屋に相談してみるよ。

ちなみにソフィリアはどんな魔法を使えるんだ?」


「あんまり言いたくはないんだけど、私は今のところ、1種類の魔法しか使えないの。

浮遊魔法よ。お屋敷から出られない日々が続いたとき、

せめて広い世界が見たいと空を飛ぶ魔法を猛練習したのよ。

自由に飛ぶことはできないけど。上下の移動ならできるの。

高い位置から見渡した王都の景色は最高よ。」


やっぱ逃げ出すために魔法使ってるんだ・・・

というか定期的に空に浮いてる女の子ってかなり変わってないか・・・。


しかし、俺は感じたことは無かったが、やはり狭い世界に閉じ込められると、

外に出たいという欲求は強まるのかもしれない。

世の中には色んな人種がいるもんだ。

やはり村から出て正解だったのかもな。

マグナは今更ながら、自分がより強くなるために村から出たことを思い出していた。


というか現在めっちゃ狭い空間に囚われているけどね。

今すぐ外の世界に出たいけどね。


「じゃあね!またどこかで会うことがあったらよろしく!

匿ってくれたことは本当に感謝してるわ!」

ソフィリアが元気よく駆け出していく。


「ああ、またな。」

まあ、もう会うこともないだろうが。


少女が去って、また一人となったマグナは考えを整理していた。

やはり、振出しに戻ったのだ。

先ほどは急に現れた魔術師に縋り付きそうになったが、

やはり確実にこの鎧と縁を切るためには、当初のプランを粛々と実行していくしかないだろう。

それにしても、急に現れた希望に縋り付いて、一喜一憂するとは、

俺もまだまだ未熟だな。


「さあて、やりますか」


気合を入れなおすマグナ。

ソフィリアとの会話で少し元気も出てきたので、会場周辺まではすぐにつけそうだ。


そして時間が過ぎ、入学式の開始が近づいてきた。


「列になって、順番に受付をお願いしまーす!」


エリーシャは大声で、あふれかえる新入生に向けて叫びながら、受付業務を行っていた。

さすがは魔術学校と騎士学校の合同入学式、会場受付周辺は集まってきた新入生でごった返していた。


(まさかここまでなんて・・・甘く見ていたわ)


今回は受付嬢学校からも多くの応援が来ていて、数ラインで受付を行っているのだが、

エリーシャもそのうちの1ラインを担当していた。

自分が受付をやっていては埒が明かない。セシアに助力を求めたい。

と何度も思ったが、セシアに言われたことを守るため、

なんとか全力で次から次へとくる新入生を捌いていた。


(やっぱり、私はこの仕事に向いてない。式典が終わったら辞表を出そう。

パン屋の受付嬢としてゆっくりとした時間の中で人生を送ろう。)


すでに精神は限界ギリギリになっており、頭の中ではパン屋で働く幸せな自分を妄想していた。

しかし不思議なことに身体はなんとか受付業務をこなしていた。


ほとんど朦朧となりながら、ある程度の新入生を捌ききって、

新たに受付にくる新入生もまばらになってきたころ、極度の疲労で一旦休憩をもらうことにした。


「エリーシャ。あなたは自分でどう思っているのか分からないのだけれど、

とても良くやっていると思うわ」

いつもは厳しいセシアが、珍しく褒めてくれている。

しかしエリーシャはそれどころではない。朦朧とした精神を何とか保たせようと必死だった。


「ただ、まだ受付嬢としての気位が足りないようにも見えるわ。」

セシアは指導を忘れない。


気位って・・・。そんなこともう考えられない。一体何が楽しいんだろう。

一人一人の顔も覚えられないくらい、大量に人を会場に入れる。席を案内する。

確かに必要だけど、自分が好んでやりたいとは思わない。

それに加えて気位とかもう理解できない・・・


「セシア先輩。私・・・実は今日の業務が終わったら、相談したいことがあります。」

覚悟を決めてエリーシャは言ってみた。


「相談ですか?今でもいいわよ。何かしら。」

セシアはかまわず聞いてくる。


「いえ、今はちょっと・・・終わった後でいいます。」

エリーシャは絞り出すように言った。

フラフラしながら、受付に戻る。


「残り5分!」


他ラインで対応している受付嬢が、大声を出しながらベルを鳴らして

式典開始時間までの猶予を知らせる。


それを聞きながらエリーシャは、おぼろげに考えていた。

(ああ、あと5分で終わるんだ・・・私の受付嬢人生も、もうすぐ・・・)


一方、会場受付付近の草むらでは、

「くそっ。草むらに隠れたはいいが、周囲の状況がつかめん!」


マグナはフルアーマーを器用に草むらに隠して、時が来るのを待ちながら、

得意の独り言を繰り出していた。


時間ギリギリを狙う。しかしギリギリがいつなのかが分からない。

合同入学式ということも関係しているのだろうか、はたまた警備の関係もあるのか。

受付がやたら厳重に感じる。


その時、大声とベルの音が聞こえた。


「残り5分!」


受付嬢の澄んだ声が聞こえる。


よしっ!機は熟した。今こそ出陣の時!


マグナは草むらから踊りだし、一直線に受付に向かう。

ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!

我ながらとんでもない騒音をまき散らしながらの疾走だ。

大丈夫かこれ。俺の足もげたりしないよな。


受付は数ラインあった。

どこに行く?できるだけ人の少ないラインがいい。

他の新入生に見られて騒がれでもしたら大事になる。


あ、あそこだ!

1ラインだけ人がいないラインがあった!


狙いをつけてそのラインに駆け寄ろうとして、

別の方角から駆け込もうとする人影を察知する。

その人影もまた、あり得ない騒音をまき散らしていた。

ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!ガシャ!


なん・・・だと・・・


ここにきてもう一人のフルアーマー・・・だと・・・


マグナは驚愕したが、同時に親愛の情も溢れ出してきた。

ああ、朝から変だとは思ってたんだ。

そうだよ、なんで俺だけが呪われないといけないんだよ。

同時期に呪われた奴もいる。これは十分に考えられることであり、

世界的にこういう謎鎧現象が蔓延している可能性もある。

俺と同じ悩みを持った同志がいたんだ・・・・


マグナは本日2回目の涙が目からあふれだしそうになりつつ。

向かってくるフルアーマーに最大限の親愛のポーズ

(両手を大きく左右に広げ、さあ胸に飛び込んで来い!のポーズ)

をして待った。


相手のフルアーマーも止まらない。

おお、飛び込んでくるのか。よしよしつらかったろう、つらかったろう。

さあ、存分に痛みを分かち合おうじゃないか。


そして―――思いっきり突き飛ばされた。


「ごふぇぅ」


変な声が出た。ただ相手も跳ね返ってかなり吹っ飛んでいた。


「おい!何突っ立ってんだ。邪魔だボケ!!」

吹っ飛んだフルアーマーから思いもよらない罵詈雑言を浴びせられた。


「もう式典まで時間がねーんだよ。それになんでお前もフルアーマーなんだよ。」

フルアーマー2号(仮称)の怒りは収まらない。


「なんでって・・・呪いが・・・」

マグナは茫然として、言葉を探した。


「ああ?よく聞こえねえし。あちいな~。」

次の瞬間、フルアーマー2号はこともなげに兜を取った。


「ふい~、気持ちいい~。やっぱ鎧の中は暑いわー。外は涼しいぜ~」


おい。

フルアーマー2号よ。

今お前は許されない行為をした。

絶対に許してはならない犯罪行為だ。


俺は1時間弱草むらで、鎧に入りながら潜伏し、窮屈な態勢でひたすら時を待っていた。

その間、この鎧が脱げたらどんなにか気持ちいいだろう。すがすがしいだろう。

と妄想していた。

決してかなわない夢を・・・だ。


それをお前は俺の目の前で簡単にやって見せた。

なんの障害もなく、自由を謳歌する姿を俺に見せた。


「おい。」

怒りに満ち溢れた声で、マグナは呼びかけた。


「なんだよ」

フルアーマー2号は怪訝そうに聞いた。


「なぜ、フルアーマーなんだ。」

自分でも言ってて、意味が分からん質問だ。

しかも何か哲学性を感じさせる質問だ。

なぜフルアーマーなのか。なぜなんでしょうか。


「あー、入学式って目立てねーじゃん。合同だか何だか知らねーけど、人が大勢いるしよ~。

それで、俺様が目立つにはどうしたらいいのかを、1週間ほど考えてたら、

フルアーマー着て参加すりゃかなり目立つんじゃね?と思ったわけよ。

天才だろ。騎士学校だし。

まあ、着るのに時間がかかって出遅れちまったがな。」


ほーん。てことは、こいつはただのコスプレ野郎なわけだ。

俺と同じ呪いにかかり、苦悩する哀れな剣士ではないわけだ。


マグナは心の底からの怨嗟の言葉を喚き散らした。

「敵が敵なのはいい。それは分かりやすい。

味方が味方なのもいい。それは当たり前のことだ。

だがな・・・問題は味方と思ってたやつが敵だった時だ!!」


低く構えた姿勢でフルアーマー2号に突進する。

だが全力疾走し足が疲弊していたのか。躓き転んでしまった。

惨めに地べたに這いつくばる、マグナ。


「なんだこいつ。」

フルアーマー2号は吐き捨てるように言うと、受付に向かった。


「おい!嬢ちゃん!受付してくれ、俺の名はルーザーだ。」

フルアーマー2号は、受付に兜を叩きつけながら、

縮こまる受付嬢=エリーシャに大声で言った。


エリーシャは先ほどからのフルアーマー2人の攻防を間近でみて、

すっかり気が動転していた。

一体ここにきて、何が起こっているんだろう。

私今日死ぬのかな・・・とさえ思った。


かろうじて意識を保ち、名簿を確認して、


「ルーザーさんですね。確認取れました。席はこちらの案内図のC-50となります。

式典がもう始まります。お早めに席へおつきください。」


我ながら感心するほどに、捌ききった。


「ちなみに武器は持ってないですよね」

一応確認しておく。


「ああ、鎧だけだ。剣も持ってきたかったが、うっかり忘れた。」

ルーザーは普通に答えた。


「では・・・」

エリーシャが言いかけた時、もう一人のフルアーマーが勢いよく飛び起きてきた。


「待てやあああ」

マグナも受付嬢の前まで、突き進んでくる。


「まだ終わってねーぞ、ルーザー。負け犬野郎。」

マグナは精神の限界を迎え、チンピラのように絡んでいた。


「あの・・・あなたは一体・・・」

エリーシャは恐々聞いてみた。


「俺の名前は、マグナ・ストーリーだ。訳あって鎧を着ている。武器は置いてきた。」

少し理性を取り戻し、マグナは一応答えておく。


「あ、はい。マグナさんですね。確認取れました。案内図のG-35になります。

お早めに・・・」

エリーシャは、一応伝えておく。新入生である限り、お客様なのだ。


「おい、終わってねーとはどーゆうこった。クズ野郎。」

兜をかぶり直しながら、答える。ルーザーも買う気は満々のようだ。


一触即発の空気が流れる。

明らかに異様な光景だ。

平和な入学式の受付でフルアーマー二人が今にも激突しそうになっている。

受付周辺は既に異変を感じて、ざわつき始めている。

このままでは式典の開始にも影響が出るかもしれない。


次の瞬間、エリーシャの中で何かがふっ切れた。


「グダグダ言ってんじゃねーぞ。この変態鎧野郎ども!

今すぐ会場に入って、自分の席に行儀よく座りやがれ!!」


エリーシャ自身も驚くほどの声量で、こんな口調で喋れたのかと思うほどの汚い言葉で、

二人のフルアーマーに向かって叫んでいた。


フルアーマー二人は完全に意表を突かれ、あっけにとられていた。


そこに心配してきた周りのラインの先輩受付嬢たちが集まってきた。


「エリーシャ!大丈夫なの!?」

「なんなの、このフルアーマーたち?怪しすぎるわ。」

「騎士団を呼びましょう。こいつらを会場に入れるのはどう考えても無理よ!」

口々にフルアーマー二人を不審者扱いし、断罪しようとした。


この時になって、初めてマグナは自分の大きな過ちに気づいた。

なぜ俺はこんな騒ぎを起こしているんだ。

俺がしたかったことは、事をできるだけ荒立てず、無難に式典を終わらせて、

解呪を行うのではなかったのか。

それを急に現れたしょうもないコスプレフルアーマーに対して、逆恨みし、

八つ当たりをして、ここまで話をこじれさせてしまった。

俺はなんて愚かなんだ・・・。


終わりだ・・・式典にも出れず、しかも騒ぎを起こした張本人として、

投獄される可能性すらある。

俺は犯罪者になるのか・・・。


マグナは自分の情けなさとこれから来るであろう絶望の展開を感じて、へたり込んだ。

ルーザーはというと、ぶすっとして突っ立っている。


その時、一人の受付嬢がはっきりとした声で宣言した。

「先輩方!ここにいる二人はまぎれもない新入生です。それは確認いたしました。

そして、お二人は武器も所持しておりません。名簿に名前があり、

武器も所持していないとなれば、この方々は会場に入る資格があります。

本日の式典にフルアーマーで来るなとはどこにも明記されておりません。

単純に怪しいからと見た目で判断するのではなく、ルールに乗っ取り確認を行った結果、

資格があるのなら問題ないと考えます!」

エリーシャだった。


それでも先輩の中には、危惧する声が残る。

「エリーシャ。確かにその通りだわ。でも、この二人は明らかにおかしい。

この二人を通して100%安全だと言い切れるの?」


エリーシャは再び叫んだ。

「フルアーマーの一人や二人通せないで、何が受付嬢ですか!!」


シーンと静まり返る受付嬢たち。


そこへ、拍手をしながら一人のベテラン受付嬢が現れた。セシアだった。

「良い演説だったわ、エリーシャ。ありがとう。

皆さん。エリーシャの言っていることに何か間違いはあるのでしょうか。

受付嬢は憶測や恐怖によって通す人と通さない人を分けるのではありません。

規則に乗っ取り、私情を排除し、毅然と判断を下すのが受付嬢です。」


セシアは続けた。

「この二人は、私が一人前と認める受付嬢が規則に乗っ取り判断した結果、

通してよいと結論付けた。

この二人を妨げる者は、納得のできる異議を述べよ!」


最後は語気を強めて、セシアは言い切った。


その場の誰も、異議を唱える者はいなかった。


マグナといえば、本日3回目の涙を流していた・・・

今思えば2回目の涙は偽物だったが、今度の涙は本物に感じた。

なんという気位。受付嬢とはかくも気高い職業なのか。なんという慈悲。


すごすごとフルアーマー二人は会場の中に消えていった。


全てが終わり、エリーシャは倒れこみそうになった。

それを優しく支えるセシア。


「ありがとう・・・ございます。」

エリーシャは少し微笑んで、大先輩に感謝の言葉を述べた。


「感謝したいのはこちらの方よ。久しぶりに熱い気持ちを思い出させてくれたわ。」

セシアも自慢の後輩を褒めたたえる。


「そういえば、今日の業務が終わったら、相談事があるって言ってたけど・・・」

後輩の相談を受けてあげたい先輩の気遣いである。


「いいえ、セシア先輩。相談事は無くなりました。」

エリーシャは、すがすがしい声で答えた。


「そう・・。少し休んでいなさい。」

少し残念だったが、それ以上は聞くまいとセシアは他の受付嬢と共に後片付けに向かった。


一人残されたエリーシャは疲労からの眠気で意識が遠のくのを感じながら、

一つの答えを見つけていた。


「お母さん、お父さん。私もう少しだけ受付嬢、頑張ってみるね・・・」


人生というのは、何が起こるか分からない。

特に初めてのことであればなおさらだ。

しかし、その体験を通して大きく成長する機会を得る者もいる。


華やかな式典が始まろうとする中、

任務を全うした気高き受付嬢は、しばしの眠りにつくのであった


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