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Episode.1:目覚め

目覚めると視界が狭くなっていた。

何を言っているのか分からないとは思うが、いつもより見える範囲が明らかに狭い。

おおよそ3㎝くらいの幅で横長の長方形の隙間から外を覗いているようだ。

段ボールの中に入って持ち手の隙間から外を覗いているような感じだ。

とりあえずその隙間から外を見てみる。間違いなく自分の部屋だ。

安心して起き上がろうとするが、今度は明らかに体が重い。


「一体なんなんだ・・・」


ようやく声を出してみると、自分の声が反響して、耳が痛い。

どうやら全身が何かの中に閉じ込められているようだ。

思い切って体を動かしてみる。

ガチャ・・・聞きなれない金属音がする。

ガチャガチャ・・・ガチャン!!


「だから、なんなんだよ!」


思わず叫んで後悔した。やはり耳が痛い。

どうやら力を入れれば、体は動くようだ。

夢かとも思うが、このまま寝ているわけにもいかない。


何しろ今日は、憧れの騎士学校の入学式当日だ。

ところで、自分で言うのもなんだが俺はただ者じゃない。

故郷の田舎から、家族に涙の別れを告げ、

村長からは送別のありがたいお言葉を聞かされ、

村人皆が、村始まって以来の有望な若者の未来を祝福し、

総出で送り出してくれた期待の星だ。


それが入学式早々遅刻?ありえない話だ。

ここから俺の華々しい物語が始まる。まずは学年首席。

1年で生徒会長の座を手に入れ、そのままトップの成績を維持、

卒業後は栄えある騎士団に入団し、

騎士団長まで上り詰め、ゆくゆくはこの国を治め、故郷に凱旋する予定だ。

剣技にはかなりの自信がある。

なにせ、徒歩では危険極まりなく踏破不可能といわれた故郷から王都までの道のりを、

たった一人で突破してきた。道中の魔物も俺の剣の前では雑魚同然。

こればかりは師匠に感謝しなければ。


などと思い出に浸っている場合ではない。思い切って重たい体を起きあげてみた。

相変わらずガシャガシャ鳴ってるが、もはや気にする意味が分からないのでスルー。


とりあえずは、鏡だ。

鏡で自分の状況を把握するのだ。あくまで冷静に。首席は焦らない。

というか鎧だなこれ。鎧着て寝るか普通。

というか鎧持ってたっけ。持ってねーわ。

どうにか鏡の前まで歩いていく。これクッソ重いな。歩きづれーわ。

鏡の前に立ち、改めて確認した。


「うん、鎧だこれ。」


自分の姿をしっかりみると、かなり重厚な鎧に身を包んでいた。


「これ、何層になってんだ・・・」


一見大型のフルプレートアーマーだが、さらに多層構造になっているのだろうか。

かなりの厚みで体がでかく見える。というかごつすぎて自分の身体の原型が分からない。

素材は何の金属だろう。鉄ではないし、銀でもない。

やや金が混じっているのか。とにかくただの金属ではない。

魔法で鍛えられたミスリルか?

というかフルプレートアーマーって、

実はガチャガチャ鳴らないとか聞いたことあるけど、

めっちゃガチャガチャ鳴るんだけど、不良品?


とにかく、謎だらけだ。このような鎧を買った記憶はないし、

そもそも今はじめて見た。

しかもこんな立派な鎧を買う金はそもそも持っていない。


「ま、脱ぎますか」


至極当然の結論だが、脱げば終わりだ。謎はその後ゆっくり解いていけばいい。

まずは入学式に行き、友人を作りつつ、色々と街も見たい。

そのあと宿舎に帰った後、風呂に入り、初日は疲れたな~と眠る前に、

謎について少しくらいは考えてやらんでもない。


しかし、脱ぐのも大変そうだ。


まずはガントレットからかなと手をかけると、

『この装備は呪われています。』


ん?

『この装備は呪われています。』


んん?

『この装備は呪われています。』


いや意味わからんし。

なんで急にナレーションみたいな声が聞こえてくるんだ。ゲームか。


「うーん。困ったな・・・」


もう一度チャレンジだ。

『この装備は呪われています。』


「いや、マジで困るんだが!」


やばい。心拍数が上がってきた。これなんなんだよ。

マジなのか。夢じゃないのか。

夢であってくれ。どうすんだこれ。

入学式行けねーじゃん。どうすんのよ、俺。


冷静?れいせい?なんだっけ

「うわああああああああッッッ」

俺は絶叫し、その声のでかさでその場に倒れこんだ・・・。


どれくらい経ったのか。再び目覚めていた。天井が遠い。

夢じゃなかった。


「しゃーねーか。とりあえず入学式には出席しねーと。」


入学式早々欠席で退学となれば、故郷に帰るに帰れない。

どの面下げて村長に会えるのか。というか師匠に殺されるかもしれない。


とりあえず時間を確認しなければ。

起き上がって時計を探す。視界の狭さにいちいちイラつくが、それどころではない。

時刻は6時。入学式は9時からだから、まだまだ時間はある。

宿舎から式典会場まではそう遠くない。普通なら余裕で到着できるはずだ。


少し安堵した。今後のことを考えよう。首席は焦らない。

まず現状把握だ。課題を箇条書きだ。冷静になれ。


①俺が目を覚ましたら、視界が狭くなっていた。

うん。ここから確認してたら時間がいくらあっても足りないね。

式に遅れるね。もうすこし端折ろう。まる100くらいまで課題でてきそうだし。

というか課題というより事実だし。1文目だし。


やりなおし。


①鎧が脱げない。

これだ。これだけが問題なのだ。本質はこれなんだ。①で終わったよ。


そーだよ。目を逸らしてたよ。鎧が脱げなくて困ってんだよ。それだけなんだよ。

また冷静さを失ってきたので、深呼吸をして落ち着こう。

ふー。鎧のせいで微妙に息がしづらい。


こうなったら、覚悟を決めるしかない。鎧は脱げないのだ。

その事実を受け入れるしかない。

達人はいかなる環境にも適応できるから、

達人なのだと師匠も言っていたではないか。


考えてみれば当たり前だ。

夏暑いからだるくて力でません~とか。冬寒いからやる気おきません~とか

言ってる奴が達人になれるわけがない。

周囲の環境に左右されず実力を発揮するのが達人だ。


謎の鎧脱げないから、入学式出れません~というのは達人ではない。

そうに違いない。

そして俺は村一番の達人のはずだ。


かなり落ち着いてきた。やはり世の中マインドだ。

良いマインドさえあれば如何なる困難にも立ち向かうことができる。

ありがとう師匠。


「さしあたっては式典会場までどうやって移動するか・・・だな」


と言いながら、村を出てから独り言多くなったよな~と今更ながら思う。

今まで家族と一緒に暮らしてたから、人間急に一人になると独り言多くなるよね。

あるあるだよね。

ちょっと壁とか扉とかに当たった時にイテッとか言っちゃうよね。別に痛くないんだけど。


ああ、だめだ。集中しよう。


確かに鎧は重いのだが、動けないことはない。視界不良と足の可動域の狭さで、

階段などはかなり難しいだろうが、幸い俺の部屋は1階なので階段は使わずに済むだろう。


となると、式典会場までの移動という意味では問題は無いと考えていいだろう。


物理的には到着できる。席番は通知されているので、

会場の座席表をみて、自分の席に座ればいいだけだ。

後は式典終了までひたすら耐えれば、時が解決してくれる。

式典終了と同時に会場を後にして、魔術屋に直行しよう。

そこで解呪をしてもらえれば、この忌々しい鎧ともおさらばだ。

魔術屋が朝開いていれば良かったのだが、あいにくこの辺りの店は開くのが遅い。


しかしこうなると、俺が今後首席になるにあたっての悪影響はないかという話になってくる。

幸いなこと(なのか悪いことなのか分からないが)に、

この鎧はかなり重厚なので、中の人の顔は全く見えない。

となると、入学式に変なフルアーマーいたよね~という軽い噂が立つ程度で、

翌日から何食わぬ顔で登校すれば何の問題も無い ということになる。


勝った。

完全勝利だ。

ありがとう村長。


一時はどうなることかと思って取り乱してしまったが、なんということはない。

たかだか鎧が脱げない程度で何を騒いでいたのか。自分の未熟さにあきれるぜ。


よーしよし万事うまくいく。ノープロブレム。


では式典に遅れないように、早めに出発しますかね~。

しかし早く行きすぎて、フルアーマー1人でポツンと座ってたら、かなり目立つよなー。


会場近くまで行っておいて、時間ギリギリに滑り込むのが良いかもしれない。

おそらく全員が時間に余裕をもって会場に来るとも思えない。

遅刻寸前で会場に滑り込む輩が数名から数十名はいるはずだ。

そのタイミングで、フルアーマーが受付に来たとしても、係の人も気にする余裕はないだろう。

なぜなら早く会場に入れなければ式典が始まってしまうからだ。

フルアーマーの一人や二人見過ごすだろう。

我ながら自分の思考力と先読み力はずば抜けている。安心しろ、俺。


いざ出陣とばかりに、ドアの方に向かおうとして、ふと思った。


「腹減ったな」


そういえば目覚めからの一連のドタバタで何も食っていない。

これから重い鎧を着ての移動と長時間の式典に備えて、何としても腹は満たしておかなければならない。

そういえば、村を出るときに色々と持たされていたんだったっけ。

なんとか食材棚まで移動して、中を確認してみる。


「ああ。これだよ、これ。」


つい先日のことなのに懐かしい。故郷でいつも食べていた干し芋だよ。

干し芋というと、かなり年齢高めの人達が好物なイメージだ。実際ダサいと思う。

15歳の俺は干し芋好きを公言できるような年頃ではない。

村でもつい恥ずかしがって干し芋なんて別に好きじゃねーし。

食ってるやつの気が知れねーという立場を貫いていた。

しかし実際は大好きなんだよ。干し芋。

だってうまいじゃん。芋の風味とあの何とも言えない優しい甘さ。癒されるじゃん。

特に朝から意味の分からない謎の嫌がらせを受けて、荒んだ心には沁みる、沁みる。


「さて、どう食べるかな」


マスク外せないのかな。と、無意識にマスクに手をかける。

『この装備は呪われています。』


「うっせーんだよ!ちょっと食べるくらいいいだろ!!」


ダメだ、ダメだ、つい声を荒げてしまった。耳が痛い。

自分でも気づいていなかったが、俺のマインドはかなり限界に近付いているのかもしれない。

ナレーション声にかなりイラついてしまった。

大体、このナレーションには愛がない。

冷酷な事実を突きつけながらも、最も残酷な部分はあえて隠している。

なぜなら、問題は装備が呪われているということよりも、呪われているから脱げないという部分なのだ。

それなのに、呪われているという事実だけを通知し、

肝心要の脱げないという問題は当事者に自ら意識させる仕組みになっている。

あえて言わないからこそ、脱げないことが実感を伴って強調されてくる。

このナレーションは人の心を抉ることに最適化されている。


ああ、食べ物、特に好物はやはり危険だ。

一度立て直したマインドを平気でへし折るだけの力を秘めている。


うーむ。仕方がない。幸いなことにマスクの部分はスリットが空いている。

よし。干し芋は薄いので何とか入るかもしれない。しかし。指が動かせない。

ガントレットが明らかにでかい上にほぼ可動域がない。しょうがない。

両手で干し芋を挟み、なんとか狙いをつけて、マスクの隙間に干し芋を押し込む。

押し込む。ただ押し込む。口に干し芋が当たる。


「よっしゃああああああ!!」


今日一の大声で叫ぶと、危うく干し芋が落ちそうになって、焦る。

やばい!万が一干し芋が口に入らず体と鎧の隙間に入り込んだら、取り出すことはほぼ不可能。

今日一日、干し芋が体と鎧の中をあっちこっち動き回るという、

とてつもない不快感と共に過ごすことになってしまう。

すぐさま干し芋にかぶりつく。

その瞬間、優しいあの味が口いっぱいに広がっていた。

ただ、味わう。何も言わずに。

そして・・・

気づけば、一筋の涙が頬を伝っていた。


最初は泣いていることすら、気づかなかった。どうして?どうして俺は泣いているんだ?

人は本当にうまいものを食べたときは無言になるというが、まさにそれは正しいのだろう。

うまいと口に出して言う時、それは本当にうまいものを食べてはいないのだ。

それが真理なのだ と、噛みしめながら思った。


「これだよ、これなんだよ・・・」


ようやく絞り出した言葉はややかすれていた。やはり、自然のままの味は良い。

原材料は正真正銘、芋だけの干し芋だ。やはり人が味付けをしたりすると中々この味はでない。

ただ芋を干すだけ。それだけでいいのだ。こういうのでいいんだよ。


しばらくフルアーマーはへたり込んでいた。

端から見れば、絶望し、うなだれ、立ち上がる力もなくなった、

ただのごつい鎧と思われても仕方がない。それほど惨めな状態だった。

しかし、その分厚い鎧の中では、

今、あり得ないほどの闘志が燃え上がろうとしていることを

ごく一部の方は気づけただろう。

干し芋という好物を食すことで、目覚めからの一連の不条理、世界の残酷さに対して、

立ち向かう力が生まれたのだ。食は偉大だ。


「行くか。」


短いが強い意志を持った声で自分に言い聞かせる。ついに出立の時が来たのだ。


壁に立てかけてあった剣を取ろうとする。

村を出るときに師匠から餞別代りにもらった、名剣。

故郷から王都までを共にした、盟友。

この剣一本で俺はのし上がると決めた、相棒。

それを取ろうとして・・・掴めなかった。


「なん・・・」


続く言葉がでてこない。当たり前の話だが、重厚なガントレットが(略)。


・・・もう気にしてはいられない。

先ほど干し芋を食べた時に誓ったのだ。

俺はもう、くじけない。

愛剣はごついガントレットに押し倒され、無造作に地面に転がっていた。


「さらば・・・相棒。」


つぶやくと同時に、足を踏み出す。

一歩、また一歩と外界につながる扉に向かう。俺は今日一日を乗り切れるのだろうか?

また不安がよぎる。それを振り払うように歩き続け、扉の前まで来た。


ドアノブが下げるタイプのもので助かった。

もし回すタイプのものや、引き戸であったなら、扉を破壊するしかなかっただろう。

ツイてる。俺はツイてるんだ。

自分に言い聞かせ、ドアノブをガントレットで下げて押す。扉は開いた。

明るさに少し目がくらんだが、臆することなく外へ踏み出す。


ふと思った。

両親は俺が生まれたときに、強い子に育てと、偉大な子になれと名をつけてくれたらしい。

俺は、その名に恥じぬ男になれているのだろうか。

いや、なれるのだろうか。


「俺の名前は、マグナ・ストーリー」


歴史を創る男だ。


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