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異界の勇者として召喚されたために人生が狂い始めました

戦士としての訓練の日々は幸せだったのかもしれない

作者: ナード

 児島龍汰。親友が牢獄送りになっちゃってちょっと憂鬱な16歳。

 ……ってそんなモノローグにでもしていなければやってられねえ。

 一応、剣とか鎧とか一通りの装備は配給されたので、それを身に着けて訓練を始めている。

 魔法戦士とはいえ、一通り扱えたほうが生存率が上がる。それがルヴァートの説明だった。

 測定組は男女別の大部屋が与えられてそこで寝食を共にしながら訓練、だそうだ。

 測定拒否組は、別の部屋でのんびりするんだと。で、奴らは帰ること賭けたようだ。俺は分の悪い賭けには乗らん。

 で、そんな訓練中、意識を失った。そして気がついたらベッドに寝ていた。何があった?


 翌日。召喚された大広間に全員が呼び出された。が、人数が足りない。慶太はいいとして……

「皆に大変残念な知らせがある。

 危険分子クリハラケイタと魔軍の長が脱走した。


 脱走の手引きをしたのはチバシュンスケ、ハセガワヒロト、キクチサトコ、マエダカナ」

 ルヴァートの言葉には違和感しかない。千葉、長谷川はいつもツルんでいたが、慶太と仲よかったか?

 菊池は長谷川と、前田は千葉と付き合ってたからその関係はわからないでもない。じゃあ菊池、前田が慶太と?それもどうだ。

「4人はおそらく脱走時に魔軍の長と危険分子クリハラケイタが殺害。その後かの二人は30人以上の警備兵を殺害し逃走した」

「30人……そんな……」

 イインチョが呆然としている。クラスメートが殺人を犯した。衝撃はわからなくもないが、明日は我が身なんだけどねえ……俺ら軍人になるんだぜ?

「死体は腐敗が進まぬよう、すでに埋葬した。そしてこの30人の被害を立て直すために配置転換を行う。君たちには戦場に出てもらう」

「はぁ⁉一日しか訓練してねえじゃねえかよ」

 江藤がブチギレ、詰め寄る。俺も同意見。

「現場教育というやつだ。教官としてここにいるレグラス、ダレッタ、ジーン、ヴァリアをつける。彼らは優秀な戦士だ。激戦区ではないがそこそこ戦闘はある地域で戦士としての心得と戦い方を学び、その後再配置を行う。再配置のときにはそれぞれの教官がそのまま上官となる。以上だ」

 レグラスは優男、ダレッタはでけえおっさん、ジーンは逆三角形、ヴァリアはムチムチお姉さん、ただし薹が立ちすぎ、ってところ。このメンバーならできればヴァリアさんとこがいいなあ、次点でレグラスさん、かね。ダレッタとジーンは絶対ヤバい。ビリーさんのキャンプみたいな目にあう(やったことねえけど)

 レグラスと呼ばれた優男が命令書を眺めて、ヴァリアに渡す。その後俺らに向かって一言絶望の呪文を唱えた。

「私たち三人がそれぞれ得意分野を教える。私は魔術、ダレッタは武器の扱い、ジーンは基礎体力。現地移動してやるぞ」

 大部屋に私物を取りに行かされ、装備入りバックパックを配給される。中には水筒が5本、クソ重たいポーチ、赤、青、黄色の袋が5つずつ。そこそこの大きさの皿とカップ、フォーク、スプーン。そこに私物を詰めて出発。


「まずバックパックから水筒を一つ取り出し、ベルトにつけろ。そして適宜水を飲め。一日取らなければならない水分がそのバックパックに入っている水筒一本だ」

 レグラスの指示に従い、全員がバックパックから水筒を一つ取り出す。ベルトに水筒を止めるためのハトメ穴があるので紐を通してぶら下げる。そのあとは平坦な道をひたすら歩く。6時間は歩いただろうか。

「このあたりで一旦野営する。野営用の個人天幕がバックパックに入っている。これだ」

 レグラスがクソ重たいポーチを示す。

「中には分割されたセンターポールと、下に敷く布、ポンチョ兼用の布。単独ではポンチョとしても使えるがこれを繋いで天幕にする」

 ボタンを通して繋ぐ方法を丁寧に教えてくれるレグラス。いい人だ。

「一回しかやらんからな」

 厳しい。

「繋ぎ終えたら設営場所に下に敷く布を広げ、天幕端にあるハトメ穴と紐とペグを使って仮止め。ポールを繋いで中央に立て、仮止めしたペグをバランスを取りながら移動させて設置する」

 小さな円錐形のテントが立つ。

「さあ、やれ」

 悪戦苦闘しつつテントを立てる。女子はボタンを止めるのも一苦労のようだ。

「加奈子、できるか?」

「むーりーーー」

 仕方ないので手伝ってやる。

「ありがと、龍ちゃん」

 頬にキスされた。他の女子は江藤が面倒見ている。あいつはそういうヤツなんだよな。だからモテるんだけど、硬派、なんだよなあ。

 なんとかテントを立て、火をおこして飯。小分け食料の袋の赤いものを指定された。中身はえらく硬いパンと、干し肉と玉ねぎ。玉ねぎを切って干し肉と共に中央の鍋に入れろ、と指示が出る。しばらく煮込むと干し肉と玉ねぎのスープの出来上がり、だそうだ。

 スープは塩味が薄いものの肉と一緒に食う分にはうまかった。

「飯食ったら寝るぞお前ら」

 ダレッタに怒られながら全員テントに潜りこみ、死んだように寝た。


 翌朝、ジーンに叩き起こされる。

「飯食ったら畳んで出発だ」

 次は青い袋を指定された。刻んだきのこ類とやはり干し肉、クソ硬いパン。中央の鍋にきのこと干し肉入れろ、と指示が出た。朝はきのこと干し肉のスープ、か。

 徐々に食料と水を消費するから装備は軽くなるとは言え、ざっくり10kgは超えている。ひ弱な現代の高校生にはかなりきつい。加奈子は特に小さい分、辛そうだった。

 テントを畳み終えた後、加奈子に近づく。

「水筒、2本寄越せ。あとテントの袋。持ってやる」

「え、龍ちゃん、悪いよ」

「お前がヘバるほうがマズい。いいから寄越せ」

 加奈子から無理やり奪い取り、バックパックに詰める。かなり重たいが、まあなんとかなるだろ。

 出発。ひたすら歩く。太陽が真上に来た頃、小休止の指示。

「黄色の袋に昼食が入っている」

 クソ硬いパンのみ。全員適当に休みながらボソボソと飯を食う。

「先生、この装備から考えると、あと4日はかかりますか?」

 イインチョが聞く。

「装備は余裕をもたせて支給する。明日の夕方には到着する予定だ」

 レグラスの言葉にみんなが安堵する。午後の行軍開始。

 代わり映えしない景色の中、黙々と歩く。暇なのでいろいろ考える。

 慶太どうしてんだろ、とか。加奈子かわいい、とか。疲れてムラムラしてるけどでも疲れすぎててそれどころじゃねえな、とか。テントと水筒奪い取ったけど重てえな、とか。

 まあそんなことをつらつら考えながら。


 いや多分そうじゃねえかなあと思ったんだよ。夕飯はまた玉ねぎと干し肉のスープ。ってことは明日はきのこのスープだな。

 げんなりしながら飯を食う。体も洗えないし着替えてもいないからかなり臭い。気が滅入る。

「あ、龍ちゃんだ」

 げっそりして飯食ってたら加奈子が来た。

「加奈子、すまん。今俺臭いから近寄らない方がいい」

 加奈子がケラケラ笑いながら近づく。

「臭いのはお互い様だよぅ」

「そうかなあ。すげえ臭いぞ」

「んー……あたしは嫌いじゃないな」

 首筋の匂いを嗅がれる。

「こらやめろ」

「ふふ。あたしの匂いはどう?」

 加奈子は顎を上げ人差し指でクィクィっと首を指し示す。首筋の匂いを嗅ぐ。甘い、くらくらする匂い。

「甘い香りで、クラっとくる。ムラムラするから勘弁してくれ」

 加奈子がまたケラケラ笑う。

「龍ちゃんムッツリームッツリー!」

「違え!俺はムッツリじゃなく赤裸々なスケベだ」

 加奈子は目を丸くしてから大笑い。しばらくしてからポツリと小さく言う。

「ありがとね、龍ちゃん」

「あん?」

「ううん、なんでもない」


 行軍3日、陣地に到着。食料のスープの水は一体誰が……と思っていたら、レグラス、ダレッタ、ジーンの3人で20人分のスープの水を運んでいたようだ。一人250cc分として一人あたり10リットル。軍人というのはとんでもない。

 幸いにしてこの陣は近くに川があり、水には困らないのだそうだ。時間を区切って男女別に水浴びをして、着替える。

 スッキリしたところで陣内の就寝用天幕にそれぞれ案内され、手足を伸ばしてゆったりと寝る。

 翌朝、叩き起こされて軍事演習が始まった。

 午前中はジーン先生の楽しい体操教室。体を作らせるのだそうだ。午後は潜在魔力性能(ポテンシャル)の使い方。

「魔術は戦場ではかかりにくい。これは我々の無意識下の思考の影響の結果だと考えられている。そう、()()()()()()という考えが阻害するのだ。その思考が魔術を阻害し、追加の潜在魔力性能(ポテンシャル)消費を強要される」

 午後イチの座学。午前中体を動かし飯食った後だから眠い。

「そこ!寝るな」

 俺の隣にいた古澤がレグラスの指摘にビクッと反応する。

 理論はわからんが、とにかく望み、方向付けると発動する、らしい。座学の後は実践になった。

「戦場でぶっ放すなら、凍らせるか、燃やすか、あるいは矢を飛ばすか、だ。うまくいったらそれに自分流の名前をつけろ。言葉は思考を制限するが、逆に明確にもする」

 レグラス先生の魔術学校の次はダレッタさんの楽しい戦闘会。剣を振り続ける。

 体はきついが、城内でやるよりこっちのほうが楽しい。

 翌日。雨。

 雨でもやることは変わらなかった。軍行動はどんな天候でも執行しなければならないんだそうだ。まあわからないでもない。でも辛い。

 座学が一番幸せだと思った。


 そんな感じで10日ほど経った。なんとなく潜在魔力性能(ポテンシャル)が使えるようになり、少しだけ体力がついたかな、というころ。夕飯を食っていた俺たちのところへレグラスが悲痛な表情で来た。

「お前たちにあまり良くない知らせがある。今日、ヴァーデンから謎の黒い戦士が現れ、前線を蹂躙した。ヴァリアはお前たちの出撃を決定した」

 いつかは出なければならないとは思っていたが、こんなに早く……か。

「明日、私がお前たちを指揮する。今日は速やかに就寝し、明日起床後、作戦行動を開始する。全員、朝食後この食堂天幕に残っていること」

 レグラスはそれだけ告げると、食堂天幕を出ていった。全員、食事の手が止まっていた。

 翌朝、食堂天幕集合。朝飯を食い終わり、レグラスを待つ。

「初陣だ。功を焦るな。しぶとく生き残るぞ」

 全員がはい、と返答。バックパックに食料、水を詰め込み行軍開始。

 戦場の端の方、すぐ裏に山があるところまで移動。だいぶ距離を歩いた。イインチョが聞く。

「先生、なぜここなのですか?」

「何かあったら、一目散に山に逃げろ。三日潜んでから戻れ。お前たちはここであったことを報告する義務がある。もちろん私も君たちを導く。生きて帰るぞ」

「はい!」

 全員の返答を見て、頷くレグラス。と、突然空模様が怪しくなった。雹が降ってくる。

「全員、山へ逃げ込め!後ろを見るな!」

 加奈子の手を引き、山へ逃げ込む。振り返ると山岡がなぜか引き返していくのが見えた。

「バカ山岡!逃げるぞ」

 声を掛けたが無視された。一瞬躊躇したが、加奈子の手を引いて逃げる選択をする。

「龍ちゃん、シホが!」

「駄目だ、レグラスの支持に従う。逃げるぞ」

 山にはバラバラに逃げた。全員とはぐれたが、加奈子の手を離さなかったのでそのまま3日、2人で過ごした。


 3日後、戦場に戻るとひどい有様だった。加奈子に見せないように抱きかかえ、自陣へと戻る。クラスメートは全員無事だったが、レグラスとヴァリアの死を知ったのはその時だった。

 身近にいた人間の死。これが戦争。

「龍ちゃん?」

「あん?」

「大丈夫?」

「まあ、な」

 最初は俺たちを厳しくしごき、最後に俺たちを守るために命を投げ出した恩人。

 考え事をしていたら、加奈子が頬にキスしてきた。

「あたしはね、ズルい女だからさ。龍ちゃんが生きていて良かったって思ってる」

 それを聞いて加奈子に微笑む。

「そうだな。生きていれば、なんとかなる、な」

 加奈子を抱き寄せ、額をくっつけ合う。

「こんなクソッタレな世界だけど、お前がいるからなんとかなるさ」

「あははは、龍ちゃん、なにそれ」

「んー、そうだなー」

 不意打ちで口づける。

「んーー!!!」

 真っ赤になる加奈子。もう一回、そっと顔を寄せる。

「んー」

 加奈子の可愛い声を聞きながら考える。

 そうだよ、なんとかなる、さ。今までだってそうだったろ。

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