機械仕掛けの白い花束
続きは考えてないです。リハビリ的な感じで。
いつも腕のメンテナンスを頼んでいた修理屋の爺さんが腰をやったそうだ。
おかげで数日は町の外に出られなくなった。
仕方がないから俺は昼間っからギルドに併設された酒場のカウンターでぬるいエールを流し込んでいた。
「お前さんが昼間っから飲んだくれてるなんて、珍しいな」
ジョッキを洗いながら、酒場の親父が言ってくる。
夜になればその日稼いだ金を溶かしに多くのガラクタ浚いが席を埋める酒場も閑散としていて、筋骨隆々ながら現役は引退した親父は暇を持て余しているんだろう。
同業者はみんな狩りに出ていて、残っているのは俺と酒場の親父と、カウンターの隅で眠りこけてる小さい子供だけだ。
「……子供?」
「つい一ヶ月くらい前からちょくちょく来てるな。人を探してるらしい」
珍しい客に俺が反応すると、親父はジョッキを拭きながら教えてくれた。
ギルドと繋がっているだけあって、この酒場の九割は柄の悪い客だ。
水よりも酒の方が良く消える場所で、ジュースを飲んで眠っているのはなんという事情か。
灰色のコートに包まれ、その頭は深いフードで見えない。しかしその影からおおよその背丈は推察できる。多分年齢で言えば10歳と少し。かなり小柄だ。
「それより、メンテナンスくらい自分じゃできんのか?」
ぼーっと子供の方を見ていると、親父が新たな話を切り出す。
俺は肘を突いてその上に顎を乗せ、胡乱な目でその禿頭を睨む。
「俺がそんな器用な奴に見えるか? そもそも右腕だけじゃあ、ネジは持てても工具が持てないだろ」
「そりゃあそうか。お前さんも苦労してんな」
正直、あっちも本気で言ってるわけじゃない。
筋肉達磨はグラスをガシャガシャと鳴らしながら背後の棚に並べ、豪快に笑う。
「けっ、他人事だと思いやがって」
「そりゃあ俺はちゃんと二本腕があるからな」
そういって酒場の親父はわざとらしく肩を竦めた。
俺はカウンターに乗せた左腕を見る。
着古した服の上からは見えないが、肩のすぐ下から延びているのは鋼鉄製の紛い物だ。
とは言ってもちゃんと魔導回路が入っているおかげで指先は動くし、なんなら常人以上の力が出せる。
生身よりも頑丈だし、なんなら壊れたとしても替えが効く。
初めて会う奴には大体憐憫の目で見られるが、これはこれで案外使いやすいもんだ。
まあ、雨の日なんかに付け根が痛むのはどうしようもなく気が荒れるが、しかたない。
「修理屋の爺さん、腰やったんだったか?」
「ああ。そのせいで俺は二三日稼げねえ」
腕は俺の日常生活よりも、稼業の方で大きな支えになっている。
そんな腕が使えないからには、休業もやむなしだ。
「言っても、定期メンテができないだけだろ? 別に一回ぐらい……って言えるもんでもないか」
「そりゃそうだ。命がかかってる」
町の外は俺たちの稼ぎ場だ。
それと同時に、あっけなく人生が終わる場所でもある。
通称をガラクタ浚い、正式な名前は忘れた。そんな職業に就く俺たちは、日々町の周囲に現れる機構生命体を壊して部品を持ち帰って生計を立てている。
だが、いくら気を急いて不全なままで出かけたところで、あっけなく殺されて錆になるのが関の山だ。
夢は見るが、油断はしない。俺たちは命を掛けて金を稼いでいるんだ。
「ああ、ちくしょう。今頃でかい奴が来てたりしないだろうな」
ともあれ、人っていうのはそう簡単に割り切れるもんでもない。
残り少なくなったジョッキの中身を飲み干し、俺は毒づく。
機構生命体というのは、何百年も昔にどこぞの馬鹿が掘り起こした過去の遺物だ。古代文明がどうだとか、魔王に対抗する手段だったとか、学者どもが細々と説明していた気がするが三秒で忘れた。
俺たちガラクタ浚いに重要なのは、そいつらが全身鉄や魔石、その他諸々の希少な金属とか魔法素材とかでできていて、そいつらを倒して解体して売れば金になるっていう事実だけだ。
「やれやれ、そんなに血気盛んだと、婚期も乗り遅れるぞ」
「元から身を固めるつもりなんてねぇよ」
おどけたように言う親父を適当にあしらい、俺は新しいエールを頼む。
確かに、同世代の奴らの中には可愛い恋人を見つけて早々に引退した奴も多い。故郷の幼なじみと結婚したって奴もいるし、なんなら奴隷と仲良くなって結婚したやつもいる。
何せ命がいくつあっても足りない代わりに稼ぎだけは良い仕事だ。
体の動くうちに荒稼ぎして、目の前の巨漢みたいに現役引退して悠々と暮らす奴はそれなりにいる。
「俺はこの仕事が合ってるんだ。たぶん、死ぬまで剣を振ってるさ」
「そうか……。お前にも春が来るのを、一応楽しみにしてるよ」
一応なんて言っておきながら、内心じゃ殆ど真剣なんだろう。
見た目に似合わず、この筋肉達磨は情に厚くて人に慕われる。
だからだろうか。
多少酒が入っていたのもあるのだろう。
俺はいつもに似合わず、薄く笑みを浮かべて言い返した。
「そこまで言うなら、親父が俺の相手を見繕ってくれてもいいんだぜ?」
小さい目を大きく見開いて、親父が驚く。
太い指から滑り落ちたジョッキが儚く砕け散る。
数々の死線を潜り抜け、数え切れないほどの功績を打ち上げ、鬼神とも称された大の男が、間抜けにもあんぐりと大きく口を開けていた。
「いや、さすがにその顔は失礼だろ」
いくら予想していなかったとして、その反応はありえないだろう。
俺は憮然として席から立ち上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! すまなかったよ」
そんな俺の柔らかい方の腕を掴んで、親父が引き留める。
俺がギロリと睨みつけると、取り繕うように乾いた笑い声を上げた。
「なんなんだ。まさか、本当に相手を用意してる訳じゃないだろうな」
俺の問いに、そいつはにやりと口角を上げた。
嫌な予感がして腕を振り解こうとするが、鬼神の膂力は健在だった。
「まあそう急くな。すぐに会えるから!」
そういって親父は俺の肩をつかみ、強引に席に戻す。
間髪入れずに三杯目のジョッキが置かれ、俺は渋々落ち着いた。
親父はちょっと待ってろと俺に言うと、カウンターの隅まで移動した。
そこにいるのは、さっきからクウクウと小さい寝息を立てている、見窄らしい格好の子供だ。
まさか、と俺が思うよりも先に、親父はその子供の肩を優しく叩いて起こす。
「ふぇ?」
まだ幼い声が、疑問を表す。
すっぽりと被っていた灰色のフードが滑り落ち、柔らかそうな茶髪が現れる。
眠たげに青い瞳を擦り、その子は小さくあくびを漏らす。
「おい親父、俺にそんな趣味は――」
「まあまあまあ、とりあえず話くらい聞いていけ。暇を見つけてはここに通ってお前を探してたんだ。健気だろう?」
思わず立ち上がって抗議する俺を遮り、腐れ達磨はその少女を俺の隣にまで案内する。
まさかその少女の探し人が俺とは思わず、唖然として立ち尽くす。
「ふぁ……」
俺の曇り顔を見たその子は、怯えた様子でフードを被り直す。
「おい」
「まあまあ。とりあえずお互い自己紹介したらどうだ?」
脳天気な笑みを浮かべて、無責任にも言い放つ、筋肉達磨が一人。
「そもそも俺を探してるんだったら、俺が来てすぐ紹介すればいいだろうに……」
「それじゃあ面白くないだろう? 酒場は人と人の出会いの場。そんなら俺は恋のキューピッドだ」
「何がキューピッドだ、この筋肉達磨。そもそも俺は――」
「まあまあまあ。あとは二人で仲良くやんな!」
そう言って、親父はくるりと背中を向けるとジョッキを拭き始める。
普段はそんな細かいことまでしないというのに、小芝居が憎たらしい。
「あ、あの……」
視界の下から怯えたような声が聞こえる。
視線を向ければ、不安げに震える青い瞳が見えた。
俺は小さく息を吐くと、仕方がないとあきらめる。
「俺はフェオドラ。どこにでもいる普通のガラクタ浚いだ。別に覚えなくてもいいぞ」
名前と職業。ありきたりな自己紹介。
だというのに、目の前の子供はそれを聞くや否やフードを吹き飛ばして青い瞳を輝かせる。
大きく一歩踏みだし、彼女は俺の腰まで詰め寄った。
「ぼ、ボクはユーリイ! ユーリイ・レナートって言います!」
「レナート?」
頬を赤く染め、高揚させてユーリイはまくし立てる。
俺はそんな彼女の家名に覚えがあった。
「お前、もしかして爺さんとこの……」
「はい! ローベルトはボクのお爺さんで、師匠でもあるんですよ」
自慢げに胸を張り、彼女が言う。
あまりの現実に押しつぶされて、俺は愕然とする。
ローベルト・レナート。この町で小さな修理屋を営む、偏屈だが腕のいい機構技師だ。
今朝方腰をやって寝込みやがったあいつに、孫娘がいたなんて話は聞いたことがない。
「おい、親父」
「ローベルトの娘は別の町に嫁いだんだが、孫はこの通り機構技師志望でな。つい最近この町に一人で来たらしい」
「一人で来たって……」
あまりの話に絶句する。
親父は簡単に言ってのけるが、そう易々とできることじゃない。
町の外には機構生命体が跳梁跋扈している。文字通りの魔境だ。
そんな中をたった一人で出歩くなんて、しかもガラクタ浚いでもない小さい子供が、だ。
「ボク、小さいけど腕には自信があるんです」
信じられず、俺が視線を向けると、ユーリイは自慢げに言う。
彼女はコートの中に手を伸ばすと、しばらくまさぐって小さな銀色の球体を見せた。
「これは?」
「ボクの武器です」
そういって、彼女は球体の真ん中にある小さなボタンを押し込む。
すると球体の表面に沿って白い光の線が駆けめぐり、内部から機構音が響く。
直後、それはひとりでに空中へと飛び立ち、ユーリイの頭の周囲を旋回したかと思うと、まるで彼女を守るかのようにそっと側で静止した。
「マスターさん」
「あいよ」
ユーリイが親父に目配せする。
親父はカウンターの下から空き瓶を取り出し、躊躇無く大きく振りかぶるとそれをユーリイに向けて投げつける。
「ちょ、何を――」
慌てて受け止めようと俺が手を伸ばしたその先で、閃光が爆発する。
慌てて目を庇い、恐る恐る瞼を開いたとき、そこには平気な顔のユーリイが立っていた。
そのすぐ側では、網のように展開した銀球が粉々に砕けた瓶の破片を抱いて浮遊している。
「これは……」
「どうですか? すごいでしょ?」
呆気にとられる俺の顔をのぞき込んで、ユーリイが満面の笑みを浮かべる。
「ボクが動くと、ほらこんな風についてきてくれるんです。正式な名前はまだ決めてないんですが、仮に“自律浮遊型即応防御機構-205式”って呼んでて、あ、205式っていうのはこの子が205機目の試作品だからなんですけど。最初は浮遊させるところから開発を進めたんですけどやっぱり中々難しくて反動双晶を組み入れたり位相転換術式を刻んだり色々工夫してまして。防御機構の方はまず光学的破壊術式によって飛来物体を破砕して、その後瞬時に機体を展開させて拘束術式を発生させることでローコストハイスピードを実現させてるんですよ。この展開状態も色々考えていましてまずはこの蜘蛛の巣型の形態なんですが――」
そして唐突にまるでおもちゃを自慢する子供みたいに――いや、実際子供なんだが――ユーリイはその球体について説明する。
怒濤の如く流れ出す説明の言葉の羅列の九割以上について理解できなかったが。
そうして、彼女は再びコートの中に手を入れると、さっきと同じ銀球を手のひら一杯に取り出した。
「全自動、しかも全方位をカバーする最強の護衛だな」
なぜか自慢げに親父が語る。
しかしまあ、確かにこれがあれば、町の外でも移動できるかもしれない。
「これ、お前が開発したのか?」
「もちろんです」
俺の問いに、ユーリイは間髪入れず頷く。
小さい見た目に似合わず、随分優秀な機構技師らしい。
そんな感想と共に、俺はふとある予想を立てる。
左腕をユーリイの目の前に差し出す。
「なあ、お前こいつのメンテナンスはできるか?」
一瞬、ユーリイは口をつぐむ。
さすがに無理か。
いくら優秀とはいえまだ見習い。そこまでの技術はないのだろう。
「できます!」
しかし、降ろしかけたその腕を、ユーリイはしがみつくようにして止める。
「できます! させてください! ボク、その腕を見たくてずっと探してたんです」
キラキラと輝く目が俺を射抜く。
ユーリイは腕を離すと素早く身を翻し、さっきまで寝ていた席に戻る。
そこのカウンターの陰から取り出したのは、小柄な彼女の体に不釣り合いなほど大きくて古ぼけたトランクケース。
彼女はそれを持って戻ってくると、丸椅子の上に乗せて開く。
トランクケースの中にぎっちりと収まっているのは、螺子や金属板、ヤスリやドライバー。およそ機構技師が備えるべき道具や基本的な材料だった。
「なんでまた、俺の腕なんかを……?」
「えっと、お爺ちゃんが言ってたんです」
俺の問いかけに、ユーリイは少し照れくさそうにして答えた。
「アレはちょっと見ないくらい精巧で特別な機構だって。だからお前も機構技師を目指すなら、一度見ておきなさいって」
「あの爺……。人の腕をモデルかなんかだと思ってやがるな」
わくわくが止まらないと言った様子のユーリイを傍目に、俺は床に臥しているであろう偏屈爺に向けて怨嗟を放つ。
「それでずっとフェオドラさんを探してたんですけど、中々会えなくて」
「そりゃまあ、昼間は町の外にいるからな」
でもやっと会えました! とユーリイは小さく飛び跳ねる。
全身で感情を表現する様子は、とてもあの頑固爺の孫とは思えない。
「その腕は外せますか?」
「お、おう」
工具を取り出しカウンターに並べながらユーリイが訊ねる。
若干気圧されながらも頷き、俺は袖を捲った。
剥き出しになった素肌は、火傷や切り傷が重なってなめした革のように堅くなっている。
そこに幾つものボルトが打ち込まれ、金属製の左腕がつなぎ止められている。
「ふむふむ。それじゃあ失礼して……」
そう言ってユーリイがスパナをあてがう。
流れるような所作でボルトを抜き、魔術回路を閉ざす。
とたんに左腕の感覚がなくなり、義手は力を失った。
傷付けないようにそっとそれをカウンターに移動させ、少女はさらに解体していく。
螺子を緩め、装甲を外し、内部機構を露わにしていく。
修理屋の爺はいつも腕を取り外すと店の奥の工房に引っ込むから、俺自身腕の中身を見るのは初めてのことだった。
細かな歯車や青白い魔術回路の糸、深紅の魔石が幾重にも重なり、均衡を保っている。
ユーリイはその隙間に細い工具を差し込み、一つ一つ慎重に取り出していく。
普段動かしている左腕がだんだんと形を失っていくのは、何かむず痒い。
「すまんな、親父」
突発的にカウンターを占有してしまったことを詫びると、禿頭の親父は白い歯を見せて笑う。
「良いってことよ。俺もこんなのは初めて見たからな。それに邪魔に思う客もいねえ」
人の良い親父はそう言うと、目の前で解体されていく腕に視線を戻した。
「ギアが少し欠けてますね。装甲も少しゆがんでる。強引に何か受け止めました?」
「ん? ああ、確かデカい鎌を持った奴がいたから、そいつのを受け止めたな」
俺の答えに、目の前の二人の顔が目に見えて曇る。
「お前な……」
「そんなことしてたら危ないですよ」
「いや、それくらいならいつも――」
「だから危ないんですよ! お爺ちゃんがボヤくのも納得だなぁ……」
柔らかそうな頬を膨らませてユーリイが言う。
俺の知らないところであの爺はグチっているらしい。
腰が直ったら一言言ってやろう。
そんなことを考えているうちに、作業は進む。
装甲は新しくゆがみのない物に取り替えられ、ギアもヤスリで形が整えられる。
魔力回路も取り替えられ、より伝達速度の早いものになったらしい。
最後に彼女は丁寧に油を差し、駆動を確認すると、また組み立て直していく。
部品ごとに分けられ形を失っていた腕は、再度時間を巻き戻すかのように形を整えられていく。
「へえ、器用なもんだな」
「機構技師ですから」
感心した様子の親父の言葉に、ユーリイは自慢げに言った。
そうこうしているうちに最後の装甲が取り付けられ、また元の左腕がカウンターの上に鎮座する。
ユーリイはそれを俺の左肩に取り付けると、少し不安げに俺を見上げた。
「どう……でしょうか?」
魔力回路が繋がったことを確認して、俺は腕を軽く振る。
指を動かし拳を作る。
「ああ、良い出来だ。爺さんよりも腕がいいんじゃないか?」
「そんな! えへへ……」
俺の嘘偽りない感想だった。
ユーリイは驚き半分安心半分と言った様子で前髪をいじる。
しかしこんな年端もいかない少女が、これほどの技術を持っているのは、正直予想外だった。
「これなら、今からでも外に出られるぞ」
「おいおい。お前はもう酒が入ってるだろ」
冗談混じりに俺が言うと、ユーリイはくすぐったそうに顔を綻ばせる。
「ボク、お爺ちゃんの家で暮らしながら修行してますから」
「それならすぐにまた顔を合わせるな。爺がまた倒れたら頼むよ」
「~~~! はいっ!」
わしゃわしゃとユーリイの茶髪を撫でる。
予想通り、細くて柔らかい、触り心地の良い髪だ。
ユーリイは子犬のように頭を手に押し付けてくる。
「っと、じゃあこれ」
忘れないうちに、俺は懐から財布にしている革の巾着を取り出す。
いつも爺に払っているのと同じだけの金額をユーリイに手渡すと、彼女は少し意外そうに俺を見上げた。
「えっと、これは……?」
「メンテナンスの代金だよ。当然だろ」
俺の言葉が理解できないのか、彼女はきょとんとしていた。
しばらく待っていると、彼女はじわりと目を潤わせる。
「は!? ちょ、ちょっと待て! 足りなかったか!?」
「違います。その、初めてお金もらって……」
「初仕事ってことか?」
ユーリイはコクコクと頷く。
思わず肩の力が抜けて、俺は椅子に座り込む。
「良かったな、ユーリイ」
そう言って親父が豪快に笑う。
耳のすぐ横だから非常にうるさい。
「ま、何にせよ相性は良さそうじゃないか。フェオドラもこれを機に考えてみたらどうだ?」
「いや、何言ってんだよ親父」
脳天気に笑う親父に、俺はさめた目を送る。
いくらなんでもそれはない。
「は? でもユーリイはちっこいがこう見えてちゃんと13は――」
「いやいや、成人してようがしてまいが関係ねぇよ。同性同士で結婚なんて出来るわけないだろ」
至極当然な理由だ。
俺は女。ユーリイは少女、つまりは女。
結婚なぞ出来るはずもない。
ないのだが――。
「なんで二人とも固まってるんだ?」
「……え」
「え?」
彫像のように固まって俺を見る二人。
親父が一足先に動きを取り戻す。
「お前、女だったのか!?」
そう言って筋肉達磨が指し示したのは俺の顔より少し下。
顔を下げ、しばし考えた後、ふっと炎が吹き上がるのを感じた。
「悪かったな、真っ平らで!」
「いでっ!?」
思わず飛び出た右拳が親父の顎に直撃する。
不思議と罪悪感はない。
「ふん。左手が出なくて良かったな。まったく、三年以上付き合いがあってなんで気づかないんだ」
カウンターに崩れ落ちる禿頭を流し見て、ため息をつく。
確かに髪は長いというほどじゃないし、男性比率の高いガラクタ浚いなんて職業に就いてるが、それでも付き合いがこれだけ長ければわかっていると思っていた。
だというのにこの親父め、などと思いながら椅子に座り直すと、もう一人硬直したままの少女と目が合う。
「あー、なんだ。この親父が余計なこと言ったな」
「――です」
「うん?」
少し気まずくなって頭を掻きながら俺が謝ると、ユーリイはぼそぼそと何かを呟いた。
彼女はがばりとフードを脱ぎ捨てると、キラキラと瞳を輝かせる。
「大丈夫です! むしろバッチ恋ですお姉さま!」
俺の左手を握り、詰め寄る少女。
彼女の頬は、なぜか真っ赤に高揚していた。
「――は?」
予想を越える展開に、俺の脳内回路はショートした。