3章 第38話 奈緒と八重の祝賀パーティー
「今宵は奈緒と八重の祝賀パーティーだぁーー。さあ、飲むぞ~」
この飲んべぇたちは何かと理由をつけてアルコールを飲みたいだけだろうな。
あの後俺たちは精肉トリオを門番のおっさんに引き渡して
ガルタのギルドに戻って来た。
そして今がこのお祭りモードまっさかりである。
「さあ、さあ奈緒ちゃんも遠慮しないでほれほれ飲むんじゃ」
タートスの爺さんの手から俺のオレンジジュースを飲んでいるコップに
お酒が筋切りまで足される。
「わぁ~酒臭いなぁ、わたしは未成年で飲めないって何度も言っているだろ。
勝手に注いでいるんじゃないぞっ、エロじじいっ」
「そうじゃった、そうじゃった奈緒ちゃんは幼稚園を卒業して
間もないんじゃったのぅ」
「そうだったでござるか? 奈緒殿は小さいとは思っていたがそこまで
幼き少女とは思ってもいなかったでござるよ」
「まだ年端のいかない幼き少女にそれがしは心を救われたのでござるか。
それがしの歩んできた人生とはいったい何だったでござるか?」
アルコールを一滴も飲んでいないのに感情が高ぶって泣き上戸になる八重。
八重のため息混じった言葉がストレートに俺の心に響く。
俺も父親のしがらみに解放された時は八重と同じ気持ちになったと思う。
でも親を失った鳥籠から外にはばたくには、とても勇気いることは間違いない。
人形劇の裏方で操る黒子が死に魂が抜けたぬいぐるみだけが残されたような感覚。
俺が親戚のお姉さんに心を救われたみたいに孤独な八重の心の支えを
少しでも俺が支えてやらないと……
「わたしはまだピチピチの現役の女子高生だよ。
タートスの爺さんもまた八重に変なことを吹き込むなって。
八重は産まれたての子鹿のように無垢なヤツなんだぞ」
八重に悟られないように俺は笑いながら冗談を言う。
「ひっく、それがしは子鹿ではなく天使と人間の合いの子である
天人族でござるよ。それにしても奈緒殿は背伸びしたい年頃でござるな。
それがしもそんな時期があったでござるよ、ひっく。おいで、奈緒殿」
さらった大事な出世の話を流して、小犬のように俺の頭を
優しく撫でてくる八重。
「可愛いでござる、本当に小さくて可愛いでござるよ、奈緒殿は……」
「ちょっとやめてよ、髪の毛がくしゃくしゃになるじゃない八重。
なに、オレンジジュースごときで酔っているんだよ。
このおっさんたちの雰囲気に流されるなって」
「おっさんとは人聞きの悪いのぅ、奈緒ちゃん。
わしはこれでも1000年ぐらいしか生きていない若輩者なのにのぅ」
「……タートスの爺さんじゃなくてタートスのお兄さんだったの?」
鶴は千年亀は万年って言葉があるけど亀族の年齢基準は
よく分からなく苦笑いする俺。
「しかしよう奈緒も八重も酒が飲めない歳だなんてっ、お前らは人生の
半分以上は損をしているぞ。しかも奈緒と違って八重は乳だけは
もう1人前の大人なのに運命ってヤツは皮肉なものだな、わははっーー」
「やめて下され、スニゲス殿。そんなゲスな言い方をするは……」
「もう赤くなって照れるなよ、八重ちゃぁぁん大好きだぁーーー」
どさくさにまぎれて八重の体に抱きつこうとするスニゲスさん。
「もーうスニゲスさん。八重ちゃんにセクハラしたらダメでしょ」
八重に飛びかかろうとするスニゲスさんの前に
突如おぼんの壁がそびえ立つ。
「あれ? 急に暗くなったぞ? いったい八重ちゃんはどこに消えたんだ?」
キョロキョロと首を左右に動かしても追尾してスニゲスさんの
視界を見事に隠すおぼん。
「それがしはスニゲス殿の前から1歩も動いていないでござるよ」
「……はぁ? ウソだろっ 目の前は真っ黒のままだぜ」
おぼんの壁が崩壊して天に舞い上がる。
「あれ、そこにいたのか? 八重ちゃぁぁんーー会いたかったぞぅーー」
凶器に変貌するおぼん。
「八重ちゃんには彼女の奈緒ちゃんがいるでしょうがっ!」
パァーーーーン
アリルさんの天誅がスニゲスさんの脳天に直撃する。
「ぐはぁーーーー、お星様がクルクルと回る見えるぜっ。……ガクリ」
そのままのびて床にひれ伏すスニゲスさん。
「ごめんね、八重ちゃん。気を悪くしないでね。
スニゲスさんは酔うといつも見境なく女の子にセクハラしてくるの?」
「アリル殿、それがしの心配よりも奈緒殿が、奈緒殿が……」
「……わたしの方が八重よりも精神的なダメージは大きいのに
誰も構ってくれなくて」
スニゲスさんの貧乳とも取れる発言にいじけて
小さく片隅で三角座りしている俺。
「ごめん、奈緒ちゃん。小さすぎて見えなかったよ」
「それって、身長のことそれとも胸のこと?」
「それは……」
「アリルさんを困らせるなよ、奈緒。
そんなこと両方に決まっているじゃないか?
なぁタートスの旦那、わははっーーー」
アリルさんにおぼんで叩かれたスニゲスさんはもう完全に復活して
イスに腰掛けてゲラゲラと笑っている。
スニゲスさんはトカゲの尻尾切りで緊急回避したのかな?
でもさすがに頭は再生できないんじゃないだろうか?
「そう落ち込む出ない、奈緒ちゃん。貧乳はステータスだ!希少価値だ!って
過去の尊敬する偉人たちも言っておったんじゃ、気にするでないのぅ」
「……タートスの爺さん」
「タートス殿の言う通りでござるよ奈緒殿。牛さんの乳を飲んでいたら自然と
それがしのように身長も胸も大きくなっていくでござるよ」
「わたしはニュートラル来るまでは欠かさずに毎日牛乳を
飲んでいたんだけどね。あれはわたしいわく都市伝説だったよ」
「それはきっと奈緒殿の体質でござるな、すまぬでござる奈緒殿。
それがしが悪かったでござる。本来なら切腹で罪を償いたいでござるが、
それがしはびびりで怖いが故にこれで勘弁して下され、奈緒殿」
そう言って床に頭をつけて土下座する八重。
「今じゃ、今こそ八重ちゃんを押し倒すんじゃ!」
またこっくりとイスでうたた寝していたタートスの爺さんだったけど
俺たちの一瞬の隙もの見逃さず、目を完全に見開いてタートスの爺さん
お決まりの渾身の言葉が決まる。
「誰が押し倒すかよ、このエロじじい。
八重も八重のことを祝ってのパーティーなのに頭を上げてくれよ~
これだとわたしが悪者になっちゃうじゃない?」
「も~う、スニゲスさん、今日は奈緒ちゃんと八重ちゃんのお友達
祝いなのに2人をしょんぼりさせてどうするの?」
「すまねぇ、アリルさん。俺が悪かったです」
八重と同じようにスニゲスさんも床に土下座する。
「わたしはそんなつもりで言ったんじゃないんだから、
もう頭をあげてよ、スニゲスさん」
「つべこべ言わずに八重ちゃんを押し倒すんじゃ、奈緒ちゃん」
「もう、少しは黙っていてよタートスの爺さん。
八重も黙っていないで頭をあげてよ~」」
俺たちがてんやわんやしているまっただ中。
見知らぬ黒づくめ男と獣人の2人がガルタのギルドに入ってくる。
「あらいらっしゃい旅人さん、どこでもいいから空いている席に
座って下さいね~」
怒り口調だったのにお客さんが来ると柔軟に声色を変えるアリルさん。
まさにアリルさんは接客業のスペシャリストの対応である。
「このギルドは主人と奴隷が区別ができていて実に素晴らしい場所だね。
お前たちもあのクズどもに混じって土下座してこい。ハルにメイメイっ」
「はいニャー、ルクン様」
「主の仰せのままにニャー」
女性のようにきゃしゃな顔立ちにとは正反対にきつい口調の男。
全身黒に統一された軽鎧とマントを身にまとっている。
一方命令された猫の獣人の2人は肌が見えそうで見えないぐらいの
ボロの服を着て首輪に足首に鎖が付いた鉄球を両手で持って
ちょことちょこと歩いている姿が何だか痛々しいかった。
「おい、お兄さんよぅ……俺たちは奴隷じゃないぞ。訂正しろっ」
スニゲスさんの横に土下座する猫の獣人たち。
猫の獣人の扱いに怒ったのか?
それとも自分が奴隷に見られたのにキレたのか?
立ち上がり、ルクンと呼ばれた男に突っかかっていくスニゲスさん。
「なら、お前はそのまま永久に地ベタに這いつくばっておくがいい」
「何だとこのきざ男がっ!!」
ルクンの肩を掴むスニゲスさん。
「奴隷風情がこの僕にたてつくのか? その汚い手を離せっ」
「今すぐその男の手を離すでござる、スニゲス殿ぉぉーーーー」
「うん? 八重ちゃんも心配性だな。俺がこんなきゃしゃな男に
負ける訳ないだろっ。 安心して見てろって…… うん?」
八重にはあの男の攻撃が見えていたのか?
八重が叫ぶと1テンポ遅れて一瞬の間に切り刻まれていくスニゲスさん。
「ぐげぇーーーー」
スニゲスさんは口から血を吐き出して、身に付けていたレザーアーマーも
紙切れのようにバラバラにちぎられ、青い血を噴き出して倒れていく。
即座に俺と八重はスニゲスさんの元に滑り込み床に激突する前に
スニゲスさんを抱きかかえる。
「生きているか? スニゲスさん」
「しっかりするでござるスニゲス殿」
「はっはっはっ……俺は美女2人に心配されるとは幸せ者だぜ」
スニゲスさんが失神して俺たちの心配している顔をあざ笑うかのように
ルクンはなびくマントをたぐり寄せて。
「僕の清き体に奴隷風情の血で汚れてしまったではないか?
もっと身分をわきまえろ、奴隷ども」
「スニゲスさんは奴隷なんかじゃない」
「床に頭をつけるなど奴隷がする行為で主がする振る舞いではないっ!」
「スニゲスさんは悪いことをしたと思ったから頭を下げていたわけで
決して奴隷なんかじゃない」
「よくも……スニゲス殿をっ」
そろそろ八重も我慢の限界に到達したんだろうか?
ふところから短刀を取り出してルクンをにらむつける八重。
「ここにいる奴隷どもはワニ男同様、どうやらしつけがなっていないようだ。
感情をコントロールできないで敵意を剥き出しにして直ぐに怒る。
まるで野生の動物そのものだよ」
「2人まとめて相手してやるよ。例え女、子供でも奴隷の身分に
成り下がったクズには手加減はしないよ。覚悟しろ奴隷どもっ」
「それがしのことはクズ呼ばわりされても構わんでござる。
だけど……奈緒殿、スニゲス殿のことをバカにされるは
許さないでござるよ」
「俺も八重と同じ気持ちだ。
友達をバカにされてやすやすと引き下がれるもんかっ」
「何だ、また奴隷同士のかばい合いか? 実に滑稽だまったく反吐が出る。
是非、無能であるお前たちの主の顔が見たくなったぞ。
「誰がお前たちの主だ。亀か? それともウェートレスの女か?
僕に告げよ、奴隷ども」
ルクンの声がアルタのギルドの領域を一瞬で鎮圧する。
「ぐぅーすか、ぴーーー」
タートスの爺さんは甲羅の中に非難してタヌキ寝入りで誤魔化そうとするが、
ギルドを滅茶苦茶にされたアリルさんは怒りをあらわにして
ルクンに立ち向かっていく。
「ちょっとお客さん。服の汚れたクリーニング代はお支払いしますから
とっとと帰って下さいませんか?
わたしは今すぐにスニゲスさんの治療をしたんです」
「お前がこの奴隷たちの主か?」
「違います。わたしはこの2人のお友達で……」
「奴隷の友達なら、お前も奴隷として認識して構わんのだな?
なら、お前も目障りだ。俺の代わりにとっととお前が大地に還ってくれ」
「えぇ?……そんなぁ、きゃーーーーっ、ごめんさない、ごめんさない」
目を瞑り、手を合わせどこかに祈ってルクンに
謝り続けるアリルさん。だったけど……
「あれあれ? 何ともない? わたし生きているの?」
ふわりと髪の毛が宙に浮くだけで、何も起こらずに無傷のアリルさん。
俺も驚いたが1番驚いていたのはもちろんアリルさん自身である。
「お主のカラクリはもう見破ったでござるよ。もう観念するでござる」
スニゲスさんを一緒に抱きかかえていた八重が消えて
猫の獣人の1人の首元に短刀を向けていた。
「あんな高度な術の詠唱がノーモーションで行えるわけがないから
どこかに黒子が潜んでいると思ったでござるよ」
「ご名答。きみは奴隷のくせいに鋭い観察眼を持っているね。
だが、もう1人のガキは年相応でびびってしまって動けなかった
みたいだが……」
「こいつは友達と言ってくれるヒトも守れない自分だけがかわいい
臆病者の腰抜けだニャー」
「メイメイ、本当のことを言ってやるニャー。
今にも泣きそうな顔をしているニャー、あのチビ」
「お兄様もメスに甘いニャー」
「……違う、わたしは……」
スニゲスさんのボロボロな姿を見て俺はきっとアリルさんをかばうことに
目そむけて、飛び込むことを躊躇してしまったんだ。
俺は……俺は……
「奈緒殿、猫殿の戯言に耳を傾けてはいけないでござる。
アリルさんが無事で何事も結果オーライでござるよ」
「……八重」
「そろそろ、そんな物騒な物を早くしまってくれニャー。
こんな危険な体制だと毛づくろいできないニャンか?」
「猫殿には悪いがそれはできない相談でござる。
これ以上卑劣な真似はしないでとっとと退散するでござるよ。
さもないと猫殿の首を……」
語尾に近づくにつれて言葉が小さくなっていく八重。
猫の首に向けた短刀がカタカタと揺れ動いている。
「僕の持ち駒を殺したいんなら、好きに首をはねるがいい。
こいつの変わりの奴隷など星の数だけいるから好きに殺すがいい」
「そんニャー……ルクン様ぁーー」
「お兄様ニャーっ!」
「それがしは……それがしは……」
「高い戦闘技術を持っているのにそれはないだろ。子娘。
その腰にぶら下げている大きな刀は飾りか?」
「そんな度胸じゃ、誰1人も守れないぞ。やれ、ハルっ!
このござる娘を殺してあの死に損ないのワニ男にもトドメをさしてやれ」
「ルクン様の仰せのままにニャー」
ハルと呼ばれた猫の獣人は腕を組んで魔法の詠唱に入ろうとするが……
俺の体は先読みした将棋の棋士のように次の手が動いていた。
「ターミネイト・ブースト、オンっ!」
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ……
殺せ、殺せ、殺せ……俺をあざ笑う者は全て殺せ……
俺は目の色が青に切り替わった瞬間に八重の短刀を奪い取り、
猫の獣人のお腹に容赦なく突き刺す。
「……ごめん、にゃんこ」
「あれ? ニャァー……」
猫の獣人は何が起こったのかちんぷんかんぷんな顔をして倒れ行く。
倒れる猫の獣人の腕を掴み、そのまま取り押さえる俺。
「急所は外してある。俺も早くスニゲスさんの治療がしたい。
お互いがこれ以上長く戦えば、この猫もスニゲスさんも死んでしまう。
ここは素直に引いてくれないか? はぁ、はぁ……」
しゃべるたびに口いっぱいに鉄(血)の味が広がっていく。
「よくそんな口が僕に叩けるよ。
息を切らして、死ぬリストにお前も含まれているんだろ、子娘。
そんな器と違う力を後先を考えずに使うからそんな痛い目に会うんだ」
俺の体中はもうボロボロでトリガーをセーブしたと思ったのに
どうやらブレーキの効きが悪かったみたいで……くらくらめまいがする。
どこかに頭をぶつけてしまったらしい。
「俺は友達と言ってくれるヒトも守れない自分だけがかわいい
臆病者の腰抜けだから……ここまでしないと友達を作れないんだ」
猫の獣人の血と俺の血が入り混じて、もう出血量も何もかも分からない。
俺の身勝手な行動で明日開かれる奴隷オークション開催も……
俺の目に涙が浮かんでいく。ごめんよ春美。
「……奈緒殿」
「奈緒ちゃん」
「恩を売らないと作れない友達か? 実に単細胞である奴隷の考えだ。
何だか興が冷めたぞ。行くぞ、メイメイっ。
ハルを連れてこい、帰るぞ」
「はいニャー、ルクン様。
ご主人様の寛大な心をありがたく思うニャー、チビガキ」
「……お兄ちゃんを刺してごめんね、メイメイ」
アンシャとあゆむたちと一緒に旅をして兄弟の関係の親密さを
知ったせいなのか?
スニゲスさんに致命傷を与えた敵なのに自然と俺の口が動いていた。
「謝るなら、最初からお兄様を刺すんじゃないニャー。
こいつはやっぱりバカニャー、アホが移るといけないから
さっさと行きましょうニャールクン様」
そう言って傷ついているお兄ちゃんを担ぎ上げて
先に歩くルクンを追っていく猫の獣人。
猫の獣人の暴言の中にも「早く俺たちは帰るするから
早く治療をしろニャー」って聞こえてしまう俺がいて……
俺はずうずうしい人間になってしまったのかもしれない。
ルクンたちは消えると静かなお酒で騒ぐ前のギルドになっていった。
「奈緒殿ぉーーーー」
「奈緒ちゃん目を覚ましてぇーーー」
奈緒の名前を呼んでくれる声が聞こえてくる。
俺のことを心配してくれているってことはうわべだけの友達じゃなくて
本当の意味での親友になれたのかな?
人間の男だった頃の俺には友達がいなかったからよく分からないや……




