3章 第32話 いざ、ニュートラルに再出発(3/3)
あゆむが滝の直ぐ近くにある浅い川で水遊びをしている。
アンシャは岩に腰を落とし、あゆむを見て微笑んでいるように見えた。
「……この場所って、俺とアンシャたちと別れた滝じゃないか?」
俺たちは既にニュートラルのゲートの近くまでたどり着いていたんだ。
後はあのおばさんが教えてくれたこの見える滝をひたすら左に迂回して
進んで行けば自ずとゴールが見えてくるはず……
俺は余りの嬉しさによる興奮が抑えきれずに暴走して。
「お待たせ、みんなのアイドル奈緒ちゃんが帰ってきたぞっ」
少しおちゃらけて、手を振りながらあゆむたちの方へ歩いて行く俺。
「……アイドルっておトイレにいかないんじゃなかったけ? お兄ちゃん」
「僕はアイドルのことは知らないが、あゆむが言うならそうだろうね。
だからお前はまがり者で自称アイドルの痛いヤツだってことになるな」
「なんでいつも古い情報なんだよ~。
最先端のアイドルはみんなトイレに行くんだよ」
「アイドル問わず食べ物を摂取する生き物なら排泄するのが
自然の道理だと思うのだが……
あはは……やっぱり頭の中までおチビちゃんだな。レオエル」
「お姉ちゃんは頭が悪いのだぁ~、お間抜けさんなのだぁーー」
「またあゆむまで俺のユーモアある心をバカにして。ところでアンシャ、
自称アイドルの痛いヤツとかって痛々しい言葉をよく知っていたな。
どこでそんな聞き慣れない言葉を覚えたんだ?」
「……その、なんだお前がトイレに行っている間に少し気に
なったことがあったので、レオエル愛用のうさぎのスマートフォンで
いろいろと調べていたら妙な文章の羅列を見てな」
「このスマートフォンと言う物は小型のクセに情報量が多くて
レオエルの頭とは大違いだな?
夜や車の中でこそこそと低脳なお前が熱心に使っていただけのことはある」
俺のスマホをいじる姿を見て操作を理解するなんて
アンシャの洞察力いや読解力か? その柔軟な吸収力には恐れ入る。
裏を返せばアンシャ前では何もできなくなることだけど……
「別に俺のスマホを勝手に使うのは構わないよ。
でもエッチな画像を見ることはだけはやめて欲しい。
後で奈緒にバレたら、俺は変態と罵られしまいに殺させてしまうんだ」
奈緒の気持ちも分かるけど自分のついている胸の膨らみを
揉んだだけでも奈緒は怒っていたからな。
性に敏感な年頃の奈緒にエッチなことは禁句である。
「あはは……それはいい情報だな。敵に塩を送るとは
お前の頭はやっぱりおチビちゃんのままでちっとも進歩がないな。
脳だけ縄文時代から置いてけぼりか?」
「また俺のことをバカにして、もういいよ。ところで何を調べていたんだよ。
いくらインターネットが万能でもさすがに天界の位置までは
載っていないぞ。生きる世界そのものが違うからな」
「それぐらいのことはお前に言われなくても分かっているよ。
レオエルは否定したが、あの春美とか名乗った女は
やっぱりアンシンだったぞ。僕の目に狂いはなかった」
「……はい? アンシャ、お前はエロ画像の見過ぎてついに
頭がおかしくなったのか? あんなに春美にお世話になったのに
恩を仇で返す気なのか? 応えてみろよ、アンシャ・ルータ・イゲリオン」
「何がエロ画像だ。頭がおかしいのレオエルお前の方だ。
人間の裸体などバカバカしい。このお弁当に仕込まれた
物を見てもまだあの女をかばう気なのか?」
そう言ってアンシャがトートバックからお弁当を取り出す。
そしてアンシャがお弁当の底のフタが開くと中に怪しい小型端末がテープで
張り付けられていた。
「これはGPSと言って居場所を知らせる装置じゃないか?
甘い蜜で誘い、春美は僕たちを背後から暗殺する気だったのかな?
あのぶっきらぼうの兄もグルだったかもしれないな?」
「…………」
神月家のヒトたちとは奈緒が助けた偶然の出会いだったんだ。
俺たちが春美に命を狙われる理由が分からない。
それに俺のビッチ疑惑も無事に晴れて春美とは仲直りしたし。
春美はアンシャが天使のレオエルだって見抜いて命を狙っていた天界の刺客?
どう見ても春美は少しおてんばのところもあるが普通の女の子だったと思う。
では……どうして春美が俺たちを狙う意味とはいったい何なんだ?
「どうしたレオエル? 何も反論はできないみたいだな。
でも安心しろ。春美と思われる気配はもうこの世界に存在しない。
おおかたニュートラルに向かう巨人族にでも殺されたんだろう?」
「実に哀れな女だ。僕たちに接触できずに死ぬなんて……
黒幕を吐かせるための拷問ができないじゃないか?」
「……何でアンシャにそんなことが分かるんだよ」
「僕が樹海の緑ばっかりに気にしていると思っていたか?
どこかで出会った気配を感じ、ずっと誰かが襲って来るのを
警戒していたんだよ」
もしかして……幽霊のおばさんが言っていたバケモノに捕まってしまった
若い子って春美だったのか?
「どうしてそこまで分かっていたら俺に伝えてくれなかったんだよ、アンシャ。
春美は俺たちのことを……」
自分でも矛盾していることは分かっている。
俺はおばさんの前できっぱりと助けないって、言い切っていたんだ。
それなのに知っているヒトだと頭で理解すると助けようとしている自分がいる。
「まだ春美とは確証がなかったんだ。
それに僕たちの命を殺めようとするアサシンは助ける義理もない」
「この薄情者、ヒトでなし」
「薄情者でもないし、ヒトでもない。僕はただの冷酷な魔神さ。
奈緒の心が僕をおおらかなしているってことを忘れるなよ。レオエル」
「このアンシャの分からず屋ぁ!ーーー」
「春美お姉さんが死んだって本当なの?」
俺たちの言葉に反応して心配して水場から駆けつけるあゆむ。
あゆむの目を真っ赤に充血させて目元に涙を浮かべている。
「本当だよ、あゆむ。僕たちの命を付け狙っていた春美はもう死んだ。
これでもう安心してニュートラルに行けるよ」
「……ウソでしょ、お兄ちゃん?」
「さすがの僕でも死にウソはつかないよ」
「何で……だよ、お兄ちゃんにはお姉ちゃんにない圧倒する力があるのに
何で春美お姉さんを助けに行ってあげなかったのさぁ……」
その場に泣き崩れるあゆむ。
「レオエルにも同じことを言ったが僕たちの命を殺めようとする
アサシンは助ける義理も人情もない」
「何で……お兄ちゃんには春美お姉さんの優しいが
伝わらないのさ……何でだよぅ……」
あゆむはポコポコとアンシャのお腹を叩く。
「あの屋敷でのこともこのお弁当のこともハニートラップって言って
油断させる罠であり、僕たちに近づく口実だったんだよ、あゆむ」
「……俺は役者志望じゃなのでも演技がどうかも見分けがつかないけど
春美の善意は演技では決してなかったんだと思う。
春美はもうわたしの大事なお友達になったんだから……」
それは矢ノ内のように俺が一方的に友達だと
思っていることかもしれない。
それでも春美の照れくさそうな顔は優しさに包まれていたんだ。
「お友達って、レオエルにはお笑いぐさだな。
お前にはそんな友達は生涯をかけても一生できないよ。
それは僕が保証する。お前は死ぬまで1人だよ、この僕と同じように」
やっぱり俺には友達を作ることはできないんだろうか? 心が痛む。
「……なら、ボクが弟を卒業してお姉ちゃんのお友達になるよ」
「お姉ちゃんもお兄ちゃんも春美お姉さんも春美お姉さんのお兄さんも
合わせて一緒になかよく5人でお友達の輪を作ろうよ。
みんなでお手々繋いでさぁ」
あゆむは俺とアンシャに手のひらを出してくる。
俺はこの手をどう取ったらいいのだろう?
「残念だが、あゆむの提案には乗れない。
どの道レオエルとも戦う運命だしね。そうだろう? レオエル?」
あゆむの差し出す手を軽く振り払うアンシャ。
「……お姉ちゃんはあゆむの手を握ってくれるよね?」
あゆむの溢れるばかりの涙を堪える表情に俺は……
「もちろんだ、あゆむ。俺はあゆむを見捨てたりはしない」
「うぇーーーん……お姉ちゃん」
俺の胸元に飛び込んでくるあゆむ。
俺とあゆむの関係はまた義理の姉弟みたいな関係に戻っていた。
ここでもしあゆむの行為を断れば、あゆむの心は完全に
壊れてしまったと思う。俺にはそれができなかった。
昔の俺ができなかったことを勇気を出して言葉にしている
あゆむの姿に俺は嫉妬していたかもしれない。
「……お兄ちゃんが春美お姉さんのことを酷いことばかり言うから
春美お姉さんに『話したらダメよ』って約束したけど話すね。
あゆむは約束破りの悪い子になるけどいいでしょ、お姉ちゃん……」
あゆむがまた勇気を出して俺に何かを伝えようとしている。
俺は優しくあゆむの頭を撫でて。
「春美はもうわたしの立派なお友達だよ。だからわたしのお友達を
バカにしたアンシャの言動に凄く怒っている。
あゆむと一緒に約束を破ったことを春美に謝るからわたしに聞かせて欲しい」
俺が春美ことを信じないでどうするんだ。
「うん、お姉ちゃん。ボクがおトイレに行こうとグズグズしたら、
玄関にいる春美お姉さんとばったりあったの」
「それでこんなに時間にどうしたのってボクが春美お姉さんに尋ねたら
『あなたたちの自殺はわたしが止めるね、富士の樹海でわたしと
合流するまでバカな真似はしないでよね』って言われたんだ。
「それって……」
じゃあ春美はアキ救出の話を作り話だと思って俺たちが心中して
自殺するために富士の樹海に行くって思い込んでいたんだ。
俺たちの自殺を止めようと先回りして、ヒーローのように春美は
助けに現れようとしていたんじゃ……
昨日マジャマがわりに着ていた春美のお古である美少女戦記スクール・サンも
今俺が着ている魔法少女ルルナも自分の命をかえりみずに戦う正義の女の子
なんだ。春美もそんな主人公たちの背中に憧れていたのかもしれない。
あのお弁当の箱に裏に仕込んでいたGPSもお兄さんと恋人の
関係を探るために購入した物を今回のために流用していたのかもしれない。
「俺たちを殺すんじゃなくて俺たちを救うために春美はこの薄気味悪い
富士の樹海に立った1人で探しに来たんだよ。そんな春美の気持ちが
お前には分からないのか? アンシャ?」
「お前と僕をなかよくするためにあゆむが作った与太話を信じる気なのか?
レオエル……」
「……もういい、今回だけは魔神アンシャの完全に負けだよ。
それがヒトを思う心だよ、アンシャ」
あの自信たっぷりで威圧し続けたアンシャの体が震えている。
言動と心の矛盾がきっと体にまで影響しているんだと思う。
「そうか? 僕の判断ミスが僕のことを崇拝していた春美を
殺してしまったのか……」
天を見上げるアンシャ。
涙は見せないものの悲しげな気持ちだけは俺にも伝わってくる。
「……お兄ちゃん」
「まだ希望はある。春美は偶然にもニュートラルのゲートに
入ってしまった可能性も残させているんじゃないか?
ニュートラルならアンシャも気配に感知できないだろう?」
「そうだな、レオエル。僕はまだ春美が生きているのなら
助け出してやりたい。この気持ちはお前がアキエルを救いたい
気持ちと少し似ているかもしれないな」
「そうだよ、アンシャ。その気持ちを大事にして忘れないでくれよな」
「おばさんはバケモノに若い子が捕らわれた」って俺に教えてくれた。
バケモノが捕らえる選択を選んだのなら、春美を殺すメリットは少ないはずだ。
春美にアキエル、そして奈緒。3人を助け出す優先順位を
俺にはつけることができない。
3人とも救いたいと思う気持ちは俺のわがまま何だろうか?
おばさんが教えてくれたように俺たちは滝を左に迂回して進んでいくと
ブラックホールみたいな渦巻きが姿を現す。
このゲートの奥がニュートラルへ続く架け橋。
「ここはあゆむが俺たちに教えてくれたお友達の輪を作り
3人で手を繋ぎあってゲートの中に入ろう?
1人だけ時空の彼方に飛ばされると嫌だからね」
俺はそっとあゆむに手のひらを差し出す。
「あゆむは真ん中のポジションがいい。
お兄ちゃんとお姉ちゃんの両方の手が握れるから。ダメ?」
「アンシャはそれでいいか?」
「レオエルの手だけは握りたくなったので、僕は構わない」
「相変わらず俺はアンシャに嫌われているな。でもそれは今は好都合だ。
ありがとうアンシャ」
3人で横に手を繋ぐ俺たち。
俺にあゆむにそしてアンシャの順番の太い絆の綱。
今はまだアンシャの中に眠る奈緒を入れると厳密には4人だけだけど
これからもっと友達の輪を広げて行ってやるんだ。
「行くぞ、アンシャにあゆむ。
ニュートラルに出航だぁーーーーー」
「おうぉーーーーー……お姉ちゃん」
「レオエルの頭はやっぱりまだまだおチビちゃんのままだな。
これは船の旅じゃないんだぞ」
「そんなこと気持ちが通じ合えば間違っていてもいいんだよ」
俺はまたアンシャにバカにされながらもニュートラルに
続くゲートを3人の力で潜った。
待っていてくれ、春美にアキエルそして奈緒。
お前たちが俺を拒んだとしても無理やり強制して俺の友達の輪に加えてやる。




