3章 第24話 目指せ、ニュートラル(1/2)
教会から出ると救急車が何台も止まり、
ヒトがタンカーに乗せられて運ばれている。
救急車のサイレンの音が聞こえなかったのも俺たちが
集中していたこともあるだろうし、遺体を運送していたため病院に
急ぐ緊急性がなかったためかもしれない。
そして止まっていた救急車も動き出し、この地域は着々と
いつもの日常を取り戻そうとしていた。青空に入道雲が広がっていく。
「ニュートラルってどうやって行くのお姉ちゃん。
羽の生えたお馬かな? それとも魔法でひとっ飛び?」
あゆむはそんな周りの様子に流されることなく嬉しそうに
ぴょんぴょんと飛び跳ねて俺に尋ねてくる。
俺たちの摩訶不思議な現象に直視したあゆむならきっとテレポートで
一瞬にニュートラルにワープすることや俺が経験したアキエルに
またがっての空中散歩が容易にできると思っているのかもしれない。
だが俺はそんなあゆむの期待に応えられる訳もなく……
「そうだな、ごめんあゆむ。
ニュートラル行く方法まで考えてもいなかった」
「えぇ~、そんなぁーーー」
俺の言葉を聞いて見事にあゆむが撃沈する。
俺たちは外に出るといきなり足元につまずいてしまった。
「レオエル、お前は見た目通りで頭の中までおチビちゃんだな」
「はぐぅ……」
そして俺もまたアンシャのコケにされ、あゆむ共々撃沈する。
俺はアキエルに教会まで連れて行って貰ったので言わずと知れた
一文無しで、あゆむは当然お金を持っているはずもなく
頼りのアンシャも1000円ぐらいしか持ち合わせていなかったのである。
俺たちは今後のことで頭を悩ませていると……
「ここはセオリー通りに適当にヒトを殺して金銭を奪い取るか?」
アンシャは時代錯誤なことを俺たちに提案する。
「そんな真似をしたら、警察に追われることになるだろう?
ちゃんと頭を使って考えてくれよな。アンシャ」
「頭を使う? 頭突きのこと?」
あゆむがボケて、
「レオエルお前の考えこそ、頭突きとは野蛮の極みじゃないか?」
アンシャも俺にツッコミを入れる見事なコンビネーション。
さすが共に肉体を分かち合った兄弟?である。
「2人して何寝ぼけたことを抜かしているんだよ。
頭を使って知恵のことに決まっているだろ?」
「僕を愚弄するとは……やっぱりレオエルはここで死んどくか?」
アンシャのドスの聞いた低い声。
「お兄ちゃん暴力はダメだよ」
あゆむもアンシャの傍若無人を止めようとするが……
「じゃあ、あゆむもまとめてレオエルと共に殺してあげよう。
その方があゆむも嬉しいだろ」
「あわわ……」
またあゆむがアンシャの言葉に怯えて失神しかけている。
このままこんなことがいつまでも続くんだったら、アキエルを助けに
行く前にパーティはバラバラになっていつかは解散する。
俺は貯まっていた思いをアンシャにぶつけた。
「アンシャ、頼むから死ぬとか殺すとかって物騒な言葉を使うのも
実行するのも同盟を結んでいる間だけはやめて欲しい。
アンシャは魔神族でも優秀な頭脳を持ったエリートの部類に入るんだろう?」
「だったら、ヒト脅して力任せにひれ伏すのを楽しむような
下級悪魔みたな野蛮なことはこれ以上して欲しくないんだ」
「なんだいそれは……僕を諭してレオエルは命乞いをするのかい?」
「そう捉えて貰っても構わない。どのみちこんなパーティーだったら
いずれ崩壊する。崩壊するだったら早いに越した方がいい」
「じゃあ、アキエルはどうするだい。見捨てるのかい?
僕の力が必要不可欠じゃなかったのかな?」
「それは……俺、1人で助けに行くよ。
しょせん俺は1人ボッチで寂しい孤独なヤツだから」
アンシャに頼ってしまった心の弱さがそもそもの間違いだったんだ。
最初は名案だと思ったけどゆくゆくは奈緒の件でアンシャとも戦う運命だし、
情が移る前にきっぱりと別れないといけない。
だけどアンシャの反応が予想外で……
「これだから、おチビちゃん2人のおもりは嫌なんだ。
少しだけ妥協してやる。ほんの少しだけだぞ、レオエル。
いいな、そのことを忘れるなよ」
「……今何って言ったアンシャ」
アンシャの珍しい言葉に俺は耳を疑ってしまう。
「僕に同じことを2度も言わせるな。
おチビちゃんの小さい頭をフルに使って逆再生して考えてみろ」
それって……俺の思いがアンシャに届いたんじゃ。
これが男のツンデレってヤツなのか?
「ありがとう、アンシャ」
「だから、僕にありがとうって言うなよって、
前にも背中がむずかゆくなるんだって伝えただろう?
ひょっとして僕に殴り倒されたいのかい?」
アンシャの言葉使いもほんの少しだけ優しくなったようだ。
これもアンシャの心の奥底に奈緒が眠っているせいかもしれないけど
それでも俺はとにかく嬉しい。アンシャの成長に感極まって抱きつく俺。
むぎゅーー。
「どうして僕に抱きつくんだよ。気色悪いヤツだなぁ……」
「俺があゆむに抱きつかれているのにアンシャはのんきに横で
笑っていただろう。そのお返しも込めて嬉しさを体で表現しているんだよ」
「そんな些細なことを根に持っているとは
身長と一緒で心の器がおチビちゃんだな」
「何だとアンシャ。俺の肉体は脇腹がめっぽうに弱いって
知っているんだぞ。そーれ、こちょこちょこちょ……」
「あはは、あはは……息ができない。いい加減に僕から離れてくれって」
「あゆむよ、落ち込んでいないで今こそアンシャに
罵られていた汚名返上するんだ」
俺の言葉にあゆむも歓喜が戻ったようで。
「分かったよ、お姉ちゃん。あゆむも頑張る!」
俺に混ざってあゆむもアンシャをこそばしにかかる。
左右の脇責めの攻撃に絶えきれなくなり地面に這いつくばるアンシャ。
「あはは……あはは、ちょっとやめてくれっ2人とも……」
「もっともっと笑ってよ。お兄ちゃーーーん、笑顔です、笑顔」
俺は和んで笑っているアンシャの姿を見て、この隙にアンシャを倒して
奈緒を救い出せるんじゃないかってつい頭によぎってしまう。
そんな俺の浅はかな思いを読み取ったのか? アンシャは……
「お前たち、僕を本気で怒らせたいのかい?」
アンシャの目つきが変わる。
もしかして俺の心が分かったんじゃ……
「あゆむ。そろそろスキンシップの時間もここまでにしような」
そうそうに俺は両手をバンザイしてアンシャとの体の接触を切り上げる。
だけど俺の意図も汲み取れないあゆむは。
「ボクはもっとお兄ちゃんと遊びたい」
「お兄ちゃんをこれ以上困らせたらダメだろう?
分かってくれよ、あゆむ。お前は賢いんだろっ」
「あゆむは偉いのだ、賢いのだ」
俺はあゆむのせいにして、何とかこの場を何とかやり過ごすのだった。
アキエルを救い出すためにアンシャに反撃する狼煙を取り逃したのか?
それとも奈緒の存在がアキエルよりも下に見ているのか?
笑っているアンシャの姿は俺自信なので、あんなに笑っている
俺の姿を見たのは初めてだったからきっと動揺していたのかもしれない。
結論して最後に出た考えをアンシャに攻撃しなかった理由として
裏付けることにする俺。
ただ俺は奈緒とアキエルを天秤にかけられなかったことを
自分自身正当化して先延ばししていただけかもしれない。
「悪い、アンシャ。はめを外しすぎた」
俺は地面に寝転んでいるアンシャに手を差し出すと。
「僕は自分で立てるからほって置いてくれ」
俺の手を振り払い、大きく足を振り上げる。後頭部に手をつき
半身を振り子にして一気に跳ねを起きするアンシャ。
その体操選手ばりの運動神経にあゆむの目はクギ付けになっていた。
パチパチパチ……
「お兄ちゃんはやっぱり凄いね、お姉ちゃんとは偉い違いだよ」
あゆむは拍手してアンシャにベタ惚れである。
アンシャも凄いかもしれないけど俺の肉体もそこそこ頑張っているんだよって
あゆむに伝えてたい気持ちもあるけど単なる負け惜しみだ。
俺も奈緒の体を使って何かできることって言ったら何だろう?
奈緒は身長が低い、運動神経も平均ぐらいかそれ以下だ。
他には……思いついたことを実行する行動派だがこれは
奈緒自身の性格によるもので今は関係ない。
玲音と奈緒の根本的に違いはと言えば何だろう? 性別かな?
……そうだ。いいアイディアが思いついたぞ。
「2人とも聞いてくれ。ここは女の武器を使ってニュートラルまで行く。
アンシャとあゆむは草陰にでも隠れて俺の様子を見ていてくれ」
俺は自信たっぷりで胸を張って応える。
一部を除いて男はみんな女性に弱い生き物だ。
もちろん肉体面よりも精神面と言うか、男の下心があるかもしれないけど。
「レオエルお前ってさすがは佐武権三郎を
たぶらかしたことだけはあるな。この破廉恥なヤツめ」
俺の自信の矛先が変なところカーブして落ちていく。
「佐武権三郎って誰だっけ?
声優さんにそんな名前のヒトっていたかな?」
「やっぱりレオエルは頭の中までおチビちゃんだな。
記憶力する脳が一般人よりも乏しいなんて。
佐武権三郎は用務員のおじさん名前だよ」
「ああ、そう言えばそんな名前だったな。すっかりと忘れていたよ。
ところで何でアンシャがそのおじさんのことを知っているんだよ?
奈緒いやアンシャには話したことはなかったはずだぞ」
「男を取っ替え引っ替えして忘れるなんて、何てビッチなヤツだ。
通りでレオエルは奈緒にも愛想をつかれる訳だ。
まぁそのおかけで僕が助かっているんだけどね」
「このビッチ、ビッチなお姉ちゃん」
「あゆむまで何て言葉を学習しているだよ。まったく
みんなして俺のことをアホ扱いして」
「今から俺はヒッチハイクをしようとしているんだよ。
かわいい俺1人でやった方が男性の車の止まる確率上がるのは必然だろって」
「自分のことをかわいいって言っているよ。お兄ちゃん」
「ああ言うのを自信過剰のヤツをバカって言うんだよ、あゆむ」
「さすがお兄ちゃん、お姉ちゃんよりも学があるね」
「ほらそこ、聞こえているぞ。早く隠れろって。
男2人もいるとヒッチハイクの成功率が下がるんだって」
「俺がOKサインが出たら、2人を呼ぶから
おとなしく物影で待っていてくれって」
「はーい。おチビッチなお姉ちゃん」
「それはいいね。あはは……」
あゆむにアンシャが笑って草陰に身を潜める。
慣れてきたのは大変嬉しいけどアンシャの態度を見てあゆむが
学習していると思うけど急に俺に対して生意気になってきた。
ここは女プライドと意地で絶対にヒッチハイクを成功させて
あゆむに「お姉ちゃんってさすがだね」って少しで株を上げないと
俺の言うことも聞かなくなりそうだ。だからお子様は嫌いなんだ。
「野郎2人は物陰に隠れて俺の勇士をおとなしく見てろって」
俺は道路に出て親指を立てて手を横に出す。
「お姉ちゃん、タクシーを呼んでも払うお金がないよ」
「まさか……自分の体を売ろうとしているんじゃないだろうな。下品なヤツだ」
「これはヒッチハイクだって言っているだろっ。
もう外野は少し黙っていてくれ」
その後も外野にいる2人に「身長が足りないから車から見えないんじゃないの」
などいじられながらもヒッチハイクを成功させるために立ち続ける俺。
空が少し暗くなってきたぐらいに一台の車が止まる。
ようやく俺の魅力に気づいてくれた。
通行量も少なく、車はかなりのスピードを出していたので
俺に気づかなかったかもしれないけどこの車は逃したらダメだ。
逃した魚は小さくてかわいい人魚だよ。
俺は目をギラギラさせて車に近づいていく。
「どうしたんだい?」
サングラスをかけたスキンヘッドのおじさんが車のサイドガラスを
開けて話しかけてくる。
「こんにちは、いいお天気ですね?
あのう、ずっと南の方まで車に乗せて貰ってもいいですか?」
ニュートラルは入り口は複数ある。
異空間の扉で都会よりも人里離れた自然に囲まれた山などに多い。
俺はここから1番近い富士の樹海を目指していた。
自殺の名所であるために場所を名指しすることもできない。
「小学校はどうしたの? もしかしてお前さんは家出なのかい?
それにそんな怪我をして大丈夫かい?」
傷はもう余り痛みを感じなかったのですっかりと忘れていた。
あゆむはともかくアンシャは俺の体操服の血の跡を指摘してくれよな。
これでも身なりはそれなりに女の子なので気を遣っているつもり何だけど。
「そうなんです。いろいろと事情があってそれで学校から
逃げ帰っている途中に赤いペンキのバケツで転んじゃって……」
「絵に描いたようなドジっ子じゃのう。お前さんは。
車に乗せて家まで連れて行ってやりたいのは山々だけど
未成年を乗せると後でわしが警察に捕まるご時世だからな」
「どれ、わしが警察に通報してやろう。そこを動くんじゃないぞ」
「その……警察だけはやめて欲しいですけど」
「甘ったれるんじゃない。お父さんとお母さんを泣かせるな。
この学校もサボっている不良娘め。
警察のお世話になって少しは反省しなさい」
おいおい、ニュートラルに行くどころか警察に行って
きっと奈緒のお父さんも学校の先生も呼ばれて大変なことになるぞ。
早く逃げないとやばいって。俺は一目散に逃げようとするが……
パチン。
「えぇ……」
いきなり現れたアンシャが俺に思い切りビンタしていた。
俺の頬が真っ赤に膨れ上がってくる。
「どれだけ、探したと思っているんだ。この奈緒は」
近くの茂みであゆむと一緒に見ていただけだろうアンシャ。
「ごめんさい、お兄様。わたしが全て悪かったです」
俺はアンシャの茶番に付き合い演技してアンシャに抱きつく。
もちろんアンシャがハグを嫌がっていたためだ。
「こら、僕から汚い体を離せよ」
「嫌ですわ~ お兄様、おほほ~」
誰が離せすものか? あれだけ女の子は顔は大事だって
アンシャにも分かっていたクセに問答無用で女の顔を叩きやがって。
「仲のいい兄妹愛だ。肉親がいるならもうわしは用済みだな。
じゃあお兄さん、じゃじゃ馬な妹さんのことは任せたぞ」
おじさんはサイドガラスを締めてそのまま車を走らせる。
ブォーーン……黒い煙が巻き上がり、残されたのは排気ガスだけである。
「ごほぉ、ごほぉ……あのおやじさっささと逃げやがった。
でもアンシャありがとう。それにしてもお前ってよく警察が
やばいって分かったな」
アンシャは人間を見てきた存在なので間違って覚えた知識や
知らないことも人一倍に多い。
それは奈緒の心までもアンシャに浸食させれていないことの
証明にも繋がるんだけど……
「レオエルがヒトを殺すと警察に追われるって言っていたから
危ない武装組織だと思ってな。
その前にとっとと離れろ、レオエル。じゃないと……」
「お兄ちゃんーーー、お姉ちゃんーーーあゆむも仲間に入れてよ」
3人で抱き合う絵図。
「これってまったく何も進展していないじゃんかよ~」
俺の遠吠えが山に向かって鳴り響くのだった。
山彦としてまだ返ってこなかったのがせめてものの救いであった。




