2章 第22話 魔神アンシャ・ルータ・イゲリオン(1/2)
「硫黄ってなんだだよ、俺にも教えてくれよ」
野原に囲まれたあぜ道の中で、硫黄のことがずっと気になっているようで
わたしに付きまとってくる玲音くん。
「魔神アンシャのことなんて真実のことを伝える訳ないから、お兄さんには
山が噴火して硫黄が大量に発生てみんなが倒れたって設定にしたの。
ところで、なんで玲音くんがついてきたのよ」
「それは……俺は奈緒の保護者みたいなものだから」
「なにそれって、誰がどう見たって今の玲音くんの方が子供だよね」
「うるさいな、家ではお腹を壊す覚悟で牛乳を毎日たくさんの飲んで
いるのに報われない気持ちは奈緒には分からないだろうな」
「分かるよ、その気持ち。今の玲音くん体では美味しく牛乳を飲まして
貰っているけど奈緒の体の時は牛乳と相性が悪くとお腹と反発し合って
見事とに白旗を上げてお手洗いに駆け込んでいたからね」
「そうなんだ……奈緒もいっぱい苦労をしていたんだ」
「でも玲音くんは牛乳をいっぱい飲んで努力をしているって凄いね。
学校にも楽しく行っているみたいだし、玲音くんはわたしよりも
何でもできる万能超人なんだね」
わたしは九条さんたちの一件で学校に行くのが怖くなり
ずる休みをして登校拒否をすることが多くなった。
でも玲音くんは病院で話を聞くといつも学校の楽しい話をしてくれる。
玲音くんはわたしが欲しかった誰でも仲良くできるスキルを
持っているんだよ。
「奈緒の方が俺よりも何倍も凄いよ。俺は逃げよとしたけど奈緒は誰かのために
命を投げたそうとしている。天使だった頃の俺でも出来なかったことを
お前はしているんだぞ、奈緒は……」
「今のわたしが天使レオエルだからね。
その名を恥じないように精一杯に頑張っているだけだよ。漆黒の翼さん」
「やめてくれよ、そんな昔の呼び名」
玲音くんが顔を頬を真っ赤にして言う。
「もう照れちゃって、玲音くんもかわいいところがあるんだから」
「あれだけ罵倒したにも関わらずについてくる玲音くんの根性にも
驚いたといいますか。ありがとうね、玲音くん。
本音はね、実は凄く心細かったんだ」
「見知らぬ土地の補正はあるかもしれないけどそれでも1人で動く勇気は
寂しいと思っちゃう自分がいるの。最近のわたしは弱くなった気がする。
1人できていたことができなくなってきている」
「誰かを頼ろうとして甘えているんだよね。玲音くんやアキエルさんに。
急に変な話をしちゃってごめんね。
そろそろ教会の前に到着するけど準備はいい?」
「いいよ、あの駅から飛び出てきた時から俺は命を投げ捨てたんだ。
もうとっくに準備はできているよ」
「命を捨てることは悲しいから考えちゃダメだよ。
しぶとく自分だけが助かる方法だけを考えて生き抜かないと」
「了解、天使ナオエル様」
「何それって……さっきの仕返しなの?
こんな時まで冗談を言うのはやめてよね」
「仕返しじゃなないって、俺は至って真面目だよ」
「まぁ、どうだか?」
わたしは玲音くんに励まされ、ゆっくりと教会の扉を開けた。
地震の影響でもともと錯乱していた教会の設備も輪をかけて
拍車をかけて散らばっていた。それに瘴気が全身に感じ嫌な空気が伝わってくる。
これも天使の能力だろうか?
人間に戻った玲音くんもわたしと同じ感覚を共有しているのかな?
「見て、奈緒。蜘蛛の巣の集合体ができているよ」
玲音くんが元気よく指さす方向にわたしが吊されていた十字架が開かれ
中に赤い繭のような塊ができていた。
わたしには繭は心臓のようにドクドクと動いて呼吸をしているように見えた。
「ちょっと待って! 玲音くん。
もしかしてあの上にわたしは張り付けされていたんじゃ?」
「そうだけど…… いったいそれがどうしたんだ?」
「わたしって虫さんは大の苦手なのに」
魔神って名乗るぐらいだから魔神イコール魔人って繋がりで
絶対にヒトの形をしているって思っていたんけど……
魔神さんの正体は虫さんだったなんてわたしは一言も聞いていないよ。
嫌だわたし、全身に鳥肌が立ってきちゃった。
わたしの反応を見て玲音くんは笑ったかもしれないけど
目がにたりとしている。
「玲音くん、ちょっといじめっ子の目になっているよ」
「俺は過去にアンシャにいじめられていたからいいんだよ」
「ダメだよ。そんな野蛮な考えが憎しみの連鎖を生むだけだよ」
「……それって奈緒お前の言葉じゃないだろう。
機関戦記ダイタン26話の澤村伍長の名言を言い出すなんて。
奈緒はアニメ批判派の人間じゃなかったのか?」
「しかないじゃん。入院生活の中でちょうど早朝にダイタンの再放送を
発見したから、玲音くんとお父さんの話題について行こうと意味不明に
なりながらも頑張って見ていたのに」
「なら、俺に相談してくれればプロ野球中継のごとく横で実況して
分かりやすく解説したのに」
「解説がないと視聴者に伝わらないアニメっておかしいよ。
アニメって小さいお子様が楽しむものじゃなかったの?」
「やっぱり、お父さんと俺の敵の批判派の人間じゃないか?
今や日本のアニメは世界と互角以上に戦える文化の一つだぞ。
そんな偏見の考えだから、いつもオタクたちを怒らせるんだよ」
「アニメごときで、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「アニメごときだって……低賃金で頑張っている
アニメーターのヒトたちもお前は敵に回したぞ」
玲音くんはアニメの話になるとついムキになっちゃって。まるで子供みたい。
せっかく玲音くんと仲直り仕掛けていたのに
また痴話げんかに発展してしまった。
ここはわたしの心の器の大きいを見せておかないと。
これでも一様は天使だし。
「玲音くん。わたしが悪かったよ。ごめんなさい」
わたしが妥協して玲音くんに謝ることでこの場は何とか収束していく。
「俺こそ、熱くなってしまってごめん。
俺が魔神アンシャのとどめを刺すけど本当にいいんだな? 奈緒」
玲音くんが赤い繭のような塊の前に立ち、わたしに最後の質問を問う。
魔神アンシャを殺す罪を一緒に被る玲音くんの最終の同意だと思う。
玲音くんだけに罪を背負われるわけにはいない。わたしも同罪だ。
少しでも笑って場を賑わせないないとわたしの心が持たない。
「悪いけど虫さんには人権はないんだよ。
特に極悪非道の害虫さんならなおさら駆除しないと」
「OK、了解した。ところで奈緒お前って……虫には容赦ないな」
「そこはオブラートに包んでスルーしておいてよ」
「分かったよ。奈緒って時々凄くわがままになるよね」
「だから放って置いてって……玲音くん」
わたしにちょっかいをかけながらも玲音くんは笑顔で
服の内ポケットから銀の短剣を取りだし、
「魔神アンシャよ、永遠の眠りについてくれっ!」
わたしが見守る中で躊躇なく玲音くんは魔神アンシャの繭に
銀の短剣を突き刺した。
変な汁が飛び散ると思ったが、予想以上に繭はもろく呆気なく消えた。
繭の消滅と共に奇妙なガイコツがわたしたちの前に現れる。
「キャァァーーー……ちょっとそんな展開になるなんて
わたしは聞いてないってっ」
わたしは怖くなって、思い切り玲音くんに抱きつく。
「また女の子みたいな声を上げて奈緒は本当にしょうがないヤツだな。
これが魔神と伝えられた者の正体なのか?」
さすがに骨まで詳しくないので男女の違いも分からないが
バラバラに砕け白骨化していた。
「これって……奈緒。
今殺した割には時間が経ちすぎていないか?」
「もうわたしに振らないでよ。
虫もガイコツもお化けも大嫌いなんだからね」
わたしは思考を雲の上に送る気持ちで手で目を押さえ口を
パクパクさせて玲音くんに応える。
「おはよう、天使さん。
僕の作ったびっくり箱は気に入ってくれたかな?」
背後から声が聞こえてくる。わたしは思考が停止して鳥肌も一緒に
背筋から凍る勢いである。でも予想外に声が高かったので
気になってゆっくりと振り返るわたし。
さっきまでヒトがいる気配すらも感じなかったのに
どこから湧いて出たのか小さい子供が立っていた。
ショートカットで男か女か分からない微妙な年頃のちびっ子である。
でもわたしを見て天使だと当てる洞察力はただの子供でないことだけは分かる。
「せっかくこの子が思う魔神の復活の演出を具現化したのに
なかなか来てくれなくてさ、僕は正直な気持ち寂しかったよ」
「お前が本当に魔神アンシャなのか?」
わたしが聞く前に玲音くんが先に小さい子供に尋ねていた。
「ああ確かにみんなからそう呼ばれていたね。でも天魔戦争で
セラフィムに負けちゃって、魔力が完全に元に戻るまで
仮の依り代に寄生しているんだよね」
「ダメだな。この肉体は…… 純粋過ぎてなかなかウソがつけないや」
「セラフィムってなに? 玲音くん」
「セラフィムって言うのは熾天使様の別名だ」
「そこのおチビちゃんは、天使のことに詳しいね。
きみもただの子供じゃないのかな?」
「そこにいるレオエルに聞いたんだ。
それにそんな貧相な子供の肉体ならここにいる漆黒の翼の異名を持つ
天使レオエルには絶対に勝てない。おとなしく降伏するんだ」
「……ふーん、そうなんだ」
「僕はレオエルとお話がしたいんだ。邪魔な人間は引っ込んでいろっ」
アンシャが手を前に構えると。
「ふぅぎゃ……」
「玲音くんっーーーーー」
アンシャの見えない力で吹っ飛ばされて床に叩きつけられる玲音くん。
白い床が真っ赤に染まっていく。
「さっきからお前たちの会話を聞いていると、このおチビちゃんことを
玲音くんって読んでいるけどこの子って今はやっている男娘のなの?」
「女の子ならお母さんに優しく扱わないとダメだって教えられたけど
男なら殺しても構わないよね。レオエル」
わたしは両手を大の字に広ろげて玲音くんの盾になる。
「この子は本物の女の子なの。
だから暴力を振るうのはやめてあげて」
「そうか? 女の子だったのか? 二択を外すなんて
僕もおっちょこちょいだなぁ。ならいっそ苦しそうにもがいているから
ひと思いに一瞬で殺して楽にさせてあげるよ」
「そんなことは絶対にさせない。アンシャ、わたしレオエルに
話したいことがあったんじゃなかったの?」
「そうだった。つい一つのことに熱くなると何も物事が
見えなくなっちゃうんだよね。子供の集中力ってたいしたものだ」
「この肉体だと僕の魔力が元に戻るまで頼りないんだよね。
そこでどうしても天使の肉体が欲しくなったんだ」
「本来魔神族と天使の肉体との相性は最悪だけどレオエルきみは別だよ。
悪魔を殺しまくり、あまつさえ翼をなくした時点で
もう僕たちと同類なんだよ」
「きみが魔神族や悪魔に漆黒の翼って呼ばれていた本当の意味は
分かるかい?」
「それは……かっこいいからに決まっているでしょう」
「きみは実に面白い回答をするね。レオエルはナスシストだったのかい?」
「違うわよ」
「そうかい、別にヒトの性癖には興味がなかったけど……
漆黒の翼とは堕天使の意味のことなんだ。
悪魔を殺すことで急速に天使の翼は黒くなっていく」
「つまりレオエルは堕天使になりつつあったんだよ。
だがしかし、運良く僕に翼がはぎ取られることによって
きみは堕天使になることをまのがれた」
「だから、いわばきみはイレギュラーな存在なんだよ。
天使でも悪魔でもない未知なる別の生物」
通りで天使からもレオエルは命を狙われるはずだ。
ようは玲音くんは醜いアヒルの子のようにアヒルいじめられた白鳥さんだ。
「……奈緒、俺が時間を稼ぐから奈緒1人だけでも逃げてくれっ」
傷だからになりながらも玲音くんが叫ぶ。
「あのガキはまだレオエルのことを奈緒って呼んでいるね。
そうとう頭の打ちどころが悪かったんだよね」
「この僕に時間を稼ぐって生意気な口を叩いているみたいだから
やっぱりあのおチビちゃんから殺した方がいいね」
「徹底的な力を差を見せつけてやらないと低俗の人間には
恐怖と言う概念が分からないらしいね」
「誰が玲音くんをやらせるもんか?」
「今度はレオエルがあのおチビちゃんのことを玲音くんって」
「お前たちの関係っていったい何なんだよ。
そこをどけよ、レオエル」
アンシャは再び手を前に構える。
「あれ、アンシャさん、何かしたの?」
わたしが身構えたのがいけなかったのだろうか?
髪が微妙になびくだけで何も起こらない。
「くそ、くそ、こんな子供の肉体の魔力じゃとても
レオエルの天使加護の力を破れないのか? くそ、くそ、くそ……」
アンシャが自分の弱さを噛みしめて錯乱している。
「奈緒ぉーーー、力を取り戻していないアンシャだったら
お前でも簡単に殺せるぞ、そのままさっさとやっちまえぇーーー」
「……分かったよ、玲音くん」
わたしは弱音を吐くアンシャの首に手をかけようと腕を伸ばすが……
子供の泣きわめく顔にどうしても罪悪感が生まれてしまう。
「……ダメ。やっぱりわたしには子供に手をかけることはできない」
「外見に捕らわれるな。こいつのために矢ノ内を始め多くのヒト
が犠牲になって死んでいるだぞ」
そうだった……この子1人のために多くのヒトが亡くなっているだ。
そしてこれからますますヒトが死でいく。わたしがアンシャを殺さないと。
そう思うとわたしの手が勝手に震えてもう止まらない。
「はぁ、はぁ……わたしがやらないと……
わたし1人の力だけであの子供を殺さないといけないんだ」
「奈緒ぉーーー 前をもっと見ろ。アンシャが動いたぞ」
「えぇ……そんなどこに行ったの?」
「誰が誰を殺すだって……あんたそれでも天使のはしくれだよね。
無抵抗の子供を殺せるならやってみろよ」
わたしの予想を越えてアンシャが自らがわたしの傍に来てくれた。
これは千載一遇のチャンスなんだ。ここでわたしがやらないと……
「いいね、その憎悪に満ちた顔。まさに天魔戦争で僕と戦って
無残に散っていた顔をそのものだよレオエル」
「玲音くんはアンシャと戦って負けたの?
そんな相手にわたしが勝てるわけないよ」
「今は俺のことなんて考えるな。それよりもアンシャの動きに警戒しろっ」
「……はぁ、そうだった?」
わたしはとっさに身構える。だけどアンシャの目の前にいて現れて……
「もう遅い、悪いがその体は貰うよ、
天使の肉体は僕の新しい依り代にぴったりなんだ」
「きゃぁぁあーーー……やめてっ」
アンシャの背中から見たこともない第3の腕が伸びてきて
わたしに後頭部に直撃する。
「奈緒ぉーーー」
玲音くんの言葉が声が聞こえるとわたしはそのまま闇に飲まれていく。
わたしが意識を失うとアンシャはすかさず、
わたしの精神に話しかけてくる。
「お前レオエルじゃないな?
学校のトイレで弁当を食べているとか、中庭の茂みで隠れているとか
コソコソと逃げ回っている臆病者の記憶ばかりじゃないか?」
「言わないでよ、そんな昔のこと。今更思い出したくない」
「自分の過去を逃避するためにレオエルの体に寄生して
僕たち魔人族よりもずっとたちが悪いね」
「仕方ないでしょ、わたしは望んでこんな体に
なったんじゃないんだからっ」
「なら僕にこの体を譲ってくれるかな?
望んで手に入れた肉体じゃないんだろ?」
「それはダメだよ、玲音くんと約束したんだから。一緒に元に戻るって」
「玲音くんってあれか? 病院に迎えに来なかった
ふとどき者のおチビちゃんのことか?」
「玲音くんはわたしのプレゼントを選んでくれていたって……」
「お前の価値はしょせん物に負けているってことだよって
まぁ、それもあるがやっぱり違うかな?」
「やっぱり違うってどう言うこと?」
「おチビちゃんってレオエルことだったんだろ。天使と同行している
おチビちゃんのことが気になってきみたちと遊んでいる間に
使い魔に色々と調べさせていたんだけど面白い情報があってね」
「お前が病院で待っている間にレオエルは
用務員のおじさんと援助交際していたらしいぞ」
「そんなデタラメを言ってもわたしは信じないからね」
「相手の精神に直接映像を送り込むのって結構な力を消費するんだけど
これからきみと運命共同体になるんだ。お付き合いの印として
きみによい夢を送ることにするよ」
わたしの中に一瞬電気が流れた込んだと思ったら、映像が浮かび出てくる。
玲音くんと用務員のおじさんが車の中で楽しそうに
わたしのプレゼントだった気まぐれシェフのパンを食べていた。
「……やめてったら、やめて。これ以上わたしに玲音くんと
用務員のおじさんとの嬉しそうな会話を見せないで……」
「こんな精神力の弱い者が天使の肉体に寄生していてくれて
手間が省けたよ。ありがとう奈緒」
「改めてその体を頂くよ、奈緒。
今日から僕と2人で一つだ。いやこの肉体は僕だけのものだ」
わたしから希望の光が消えていく。
信じていたヒトに裏切れるのはもうたくさんだよ。
もうお父さん以外誰も信じられない……
こうしてわたしは魔人アンシャの一部へと生まれ変わっていった。




