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2章 第20話 魂を食らう魔神

「矢ノ内くん、ねぇ矢ノ内くんって……」


「レオエルその……気持ちは分かるんだけど彼の体を

 そんなに揺さぶらないであげて」


「ごめんなさい、矢ノ内くんが目を覚ますと思って……」


奈緒そしてアキエルが矢ノ内を付きっきりで看病している。

あれから俺たちは教会から離れて近くにあった無人駅の待合室に潜み

一晩を明かしていた。

待合室にあったベンチは全て矢ノ内の巨体に占領させれて、

俺は仕方なく床のコンクリートの上で休んでいる。

魔神アンシャの復活の予兆である余震を確認するには打って付けの場所だけど

お尻が冷えてくるのがたまに傷なんだよな。おー、お尻が冷たい。


「レオエルまた少しどいてくれる?」


「ごめん、アキエル」


「はぁ、はぁ……汝、我が手に集え、エクストラ・ヒーリングっ」


この奈緒とアキエルのやい取りを見るのは何度目になるだろうか?

奈緒に「起きていてもアキエルの邪魔になるだけだから休め」って

言っても「アキエル1人で看病するのはおかしいでしょ」って

返事が戻ってくるだけで俺の言葉に耳を傾けない。

だから仕方なく俺は遠くから2人を温かく見守ることにしていたんだが……


「どうなのアキエル、矢ノ内くんは助かるの?」


「……それがエクストラ・ヒーリングで細胞を活性化しているのに

 治癒の力が全然追いつていかないの? その理由もわたしにはどうも

 さっぱり分からなくて正直困っているところなの?」


「それじゃあ矢ノ内くんは……」


矢ノ内は脂汗をかいて、悪夢を見ているようでずっとうなされて続けている。

アキエルが懸命に治療するが矢ノ内の意識が戻らないまま平行線をたどり

助かる兆しも見えてこない。

もっと言葉を悪くすればアキエルたちがしていることはムダに命を延命して

矢ノ内自信の苦痛を長引かしている行為に過ぎないのだ。


俺は矢ノ内が回復しない理由を知っているだけに複雑な気持ちである。

魔神アンシャ・ルータ・イゲリオンが復活するために微弱な生命力を

吸収している。だから決して矢ノ内の命は助かることはない。

だけどそのことを奈緒たちに話すか俺は正直な気持ち迷っていた。


それは2人に今している矢ノ内の救命活動を時間のムダだからするなって

全面的に否定していることにも繋がるから……

普通に話していたことが言えなくなるってことはこの2人をまだ

信用していないんだろうか?それすらも俺は分からなくなっていた。


「今の状態が続くようだったら矢ノ内くんは助からない。

 わたしの力不足でごめんね、レオエル」


「アキエルは謝らないで。わたしはずっとアキエルの治療を

 見守ることしかできなかったんだから……」


俺は天魔戦争で魔神アンシャ・ルータ・イゲリオンと戦ったことがある。

赤子をひねるように扱われ、俺の翼もプライドも全てあいつに奪われたんだ。

天使の俺ですらも魔神アンシャに勝てなかったんだから

こんな貧弱の人間の体になって歯が立つ訳がない。

矢ノ内が力尽きたところで3人でどこか遠くの場所に非難しよう。

それが俺ができる1番正しい判断なんだ。

そんなことを矢ノ内を見て不謹慎な気持ちになりながらもずっと考えていた。


そしてしばらく奈緒をたちの頑張りもむなしく

俺の予想通りに矢ノ内は息を引き取った。


「……ごめん、ごめんさい。矢ノ内くん」


「レオエル……」


奈緒たちが泣いている。分かっていた結末だけどやっぱり心が苦しい。

これは俺の矢ノ内への最後の同情だったのだろうか? 

俺は矢ノ内が死ぬ直前には矢ノ内の手をずっと握りしめていた。

男の手など握るのはまっぴらごめんだけど自然と感情が抑えきれなくなった。

俺は奈緒たちの世間手を気にしてやった行為なのか?

それとも俺が死んだ時も好きなヒトに手を握って貰ってこの世から

去りたいとか思っていた願望なのか? 俺にもよく分からなかった。


矢ノ内も俺が握ることで表情が和らいだように見えた。

歪んだ愛情だったけど矢ノ内は本当に奈緒のことを愛していたんだなと思う。


「ところで矢ノ内の遺体はどうする? このまま放置するにも行かない。

 どこかに安息の地に伴なってやらないとかわいそうだ」


しんみりしている奈緒たちには話しにくいことだけど

俺は1歩を踏み出してしゃべっていた。


「わたしたちで伴うよりもやっぱり矢ノ内くんの家族の元に

 返さないといけないと思う」


奈緒の正論が返ってくる。

でも俺は遺体となるとまた話は変わってくると思う。

それにこのまま矢ノ内の遺体を所持していると犯人者と疑われるリスクも

上がっていって、これから次々と危険な目に遭うかもしれない。

俺たちが矢ノ内を巻き込んで殺してしまった事実は否定できないけど

それでもヒトの恨みを背負ってこれから生きていくのは辛いと思うから……


「あたしもレオエルの言葉が正解だと思うけどどうかな? 奈緒ちゃん」


アキエルもレオエル(奈緒)と同じことを考えていたみたい。

でも理想と現実は釣り合うわけがない。


「わたしはそれが正しい判断とは思わない。

 人間生きていたら、知らないことは1つや2つあってもいいと思うんだ。

 それは矢ノ内の家族からしたらお節介な嫌な気持ちかもしれないけど」


「それでもこれから朽ちていく矢ノ内の遺体を家族に一方的に

 押しつけるのはちょっと無責任な方法だと思うんだ」


「奈緒ちゃん……」


「それに一刻も魔神アンシャから逃げないとわたしたちも矢ノ内と

 同じ運命を辿るかもしれないし……そのだから」


「……あたしも奈緒ちゃんの言葉を聞いて奈緒ちゃんの意見に賛成かな?

 気持ちが変わって優柔不断な天使でごめんね、レオエル」


「アキエル、アキエルには矢ノ内くんを伴う天使の力はあるの?」


レオエル(奈緒)はアキエルに問う。


「あるにあるけど遺体が消滅して遺品も何も残らなくなるよ。

 だから矢ノ内くんは家族の元には帰れない。それでもいいなら……」


「わたしはそれがベストだと思う。後はレオエルが……」


「みんなのことも考えたら、わたし1人のわがままだよね。

 揺れもどんどんと大きくなってきているから魔神アンシャを

 どうにかしないと多くのヒトがこれから犠牲になっていくもんね」


「……無理なお願いを言ってごめんね、奈緒、アキエル」


「なら、3人一致でOKってことでいいよね」


レオエル(奈緒)がついに心が折れて俺たちに賛同する。

俺は強引に話をまとめる。

これ以上話を長引かしても奈緒の良心に悪いと思ったからだ。


「うん」


「……はい」


「みんなの気持ちは愛の天使であるアキエルが受け取ったよ。

 神通力の詠唱するからみんな手を合わせてっ」


俺たちはアキエルの言葉に同意して目を瞑り、矢ノ内に手を合わせる。


「汝、我が心に響け、リフレッシュ・サンシャイン」


アキエルの浄化の力が矢ノ内を優しく伴ってくれた。

眩い光に包まれて消えていく矢ノ内。

矢ノ内の延命処置のおかげで魔神アンシャの復活を多少なりとも

遅らせたと思うけどそれは根本的な解決にはなっていない。

魔神アンシャから直ぐに逃げないと俺たちも矢ノ内の二の舞になる。

それが1番怖いんだ。奈緒やアキエルを守りたい気持ちはあるけど……

人間に肉体に戻ってしまった俺はきっと死ぬことを恐れているんだ。

それは生き物としての本能かもしれないけど実に情けない男だ。


「アキエルお姉さん、早くここから逃げようよ」


単細胞であるアキエルに先に声を促して、奈緒を説得させて

魔神アンシャから少しでも離れようとする俺。


「ごめんね、奈緒ちゃん。あたしは一度天界に戻って

 魔神アンシャを倒すために救援を呼びに行くよ。

 それはわたしにしかできないことだから」


だけど俺の予想外な答えをするアキエル。

俺が卑屈になって魔神アンシャから遠ざかることばかり考えているのに

アキエルは前向きに戦おうとしている。


「アキエルお姉さんは休まなくて大丈夫なの?

 それにまだわたしが傷つけた翼の傷も癒えていないんじゃないの?」


惨めな俺が嫌でアキエルを巻き込もうとして

慰めて貰いたい自分がそこにいるかもしれない。


「心配しないで、ここであたしが休んでいると人間だけじゃない

 これからもたくさんの天使も死ぬことになるの。

 だからあたしは直ぐにでも天界に戻らなくちゃいけないの」


アキエルの意思は俺が思っていたことよりも硬くそして強かった。

昔のアキエルは俺に決定権を任せて後ろばかりを追いかけてきた

イメージがあるが知らない間に成長したなってつい関心してしまう。


「レオエル、あなたに奈緒ちゃんのことは任せたぞ。

 決して奈緒ちゃんを泣かせるんじゃないぞ」


「うん、わかったよアキエル。

 矢ノ内くんは結局は助からなかったけどアキエルの優しさも

 きっと矢ノ内くんに伝わったと思うよ。ありがとうね」


「レオエルの口からそんなことを聞くとは思っていなかったよ。

 変わったね、レオエルは。前よりも優しく天使らしくなったよ」


「ごぉん、ごぉん」


「急に咳き込んじゃって大丈夫? 奈緒ちゃん。

 あたしと離れるのはそんな寂しいかな?」


いつもの自信過剰な天然のアキエルに戻った気がする。


「そんなんじゃないって…… 早く行かないと日が暮れちゃうよ」


「もう照れちゃって、可愛いね。それじぁ、行くね」


「アキエルも道中に気をつけてね」


「うん、ありがとうレオエル」


アキエルは線路の上に舞い上がって、そして雲の中に消えていった。

ムードメーカーのアキエルがいなくなった無人の駅は

また更に寂しくなってしまう。もう空はすっかりと青く朝になっていた。


「今日はまだ平日なのに駅に誰も来ないって、田舎だから

 みんなのんびりした生活をしているのかな?」


奈緒はアキエルを見送ってから待合室のベンチに

腰を落として俺に話しかけてくる。


「この場所はへんぴだから電車よりも車通勤の方が

 便利だからじゃないのか?」


「それもそうだね。わたし喉が渇いたからちょっと駅の外にあった

 自動販売機で飲み物を買ってくるよ、奈緒は飲み物何がいい?」


「そうだな、ここは濃い緑茶でお願いしまーす」


「お茶って、うふふ、何だかおじさんちゃんみたい」


「今お前はお茶の名産地である宇治のヒトたちを

 敵に回したと思うぞって俺の話を聞けよって……」


奈緒は俺の言葉を最後まで聞かずにホームの待合室から

外へと駆けていく。あいつは思ったよりも元気だな。

これが天使と人間の体の構造の違いかもしれない。


「キャーーー」


「どうしたんだ、ゴキブリでも飛んだのか?」


俺は奈緒がいる外へと慌てて後を追う。


「だから、奈緒。男が女みたいな悲鳴を上げるなって

 俺が凄く恥ずかしくなるんだって」


「見てよ、玲音くん。ヒトがいっぱい倒れているの?」


駅に集まってヒトがバタバタと地に這いつくばって倒れていた。

口から泡を吹き出している老人にランドセルを背負った子供たち。


「魂を食らう魔神アンシャの仕業なのか?」


「……今何って言っての。玲音くん」


しまった口に出して奈緒に伝えてしまった。

奈緒の顔が見る見るうちに変わっていく。


「もしかして、矢ノ内くんがもう助からないって

 玲音くんは知っていたの?」


「…………」


奈緒のストレートの質問に俺は……応えられるはずもなく

無言になって突き通すことにするけど。


「わたしとアキエルさんの救援活動を見て鼻で笑っていたんだ。

 おー、お尻が冷たいってずっと飛び跳ねて寝ているばっかりしていたし」


「そんなんじゃない。俺はただ矢ノ内を看取った後は

 3人で遠くに逃げようと……」


血の昇った奈緒に本当のことを言ってどうするんだ俺?


「もう玲音くんなんか知らない。

 わたし1人で教会に戻って魔神アンシャを倒してくるよ」


「お前は魔神アンシャの怖さを知らないからそんな口が叩かれるんだ。

 ここでおとなしくアキエルの帰りを待ってから行動しようなって……」


「わたしがこうしている間に矢ノ内のようにみんなが死んで行くんでしょ。

 なら、こんなところでじっとしている訳にはいかないじゃない?」


「あなたは今人間なんでしょ、ならおとなしくそこで怯えて待っていなさいよ。

 今はわたしは天使なんだ。理由が分かった以上指を咥えて見ているわけに

 はいかないよの?」


「待って……奈緒」


「玲音くん何かもう知らない。

 もう勝手にしなさいよ、わたしも勝手に生きるから……」


奈緒は俺に言葉を吐き捨てて1人で教会に向かう。

俺は奈緒の気迫に圧倒され、ただ子羊のように震えて動けなかった。

その奈緒の後ろ姿はまるで天使の姿に見えるのだった。

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