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2章 第17話 奈緒の退院の日

「誰も迎えに来ない…… きっとわたしのことなんて

 みんな忘れてしまったんだ……」


ため息まじりに苦笑するわたし。

荷造りを終え、わたしは病院のベットの上で玲音くんとお父さんが

迎えに来るのを首を長くして待っていた。

水くさかった病院の食事も名残惜しいと思う日々もあったけど今日で卒業だ。

思えば若い研修生の男のヒトにお風呂入れて貰うときは

心臓が破裂して勢いでドキドキして息が止まりそうになった。

だって丁寧に体のすみずみまで男のヒトが洗ってくれるんだもん。

女のヒトにチェンジして下さいってわがままを言えるはずもなくて……

ある意味で昇天して死ぬかと思った。

もじもじと頬を赤くしていたからわたしは同性愛者のヒトに

思われたかもしれない。これもまた入院生活の経験の苦い思い出の1つだ。


「玲音くんはまた女の子みたいなこと言って

 あの病院を抜け出したアグレッシブさはどうしたの?

 男の子なんだからもっと自信を持ってしっかりしなさいって」


わたしのことを親身になって励ましてくれる田中さん。

何でも田中さんは愛川家の専属看護師のように

奈緒もお世話になったベテランの看護師さんらしい。

年齢は不詳で分からないけど首元にシワができているから

結構若作りしているのかもしれない。田中さんは美魔女である。

外見は男の子なんですが、中身は乙女なんですよ田中さん。


「わたし今お金を持っていなくて、このまま誰も迎えに

 来なくて強制的に退院したら、警察に逮捕されちゃうんですか?」


わたしは素直に思っていた心配を田中さんに伝えた。


「逮捕かは分からないけど玲音くんには病院の逃亡歴もあるから、

 順当に行けば即死刑だよね、普通」


「裁判も開かれることなく、いきなり極刑って?

 わたしの人権はいったいどこへ行ったですか? 田中さん」


わたしは強引に田中さんに詰め寄る。


「うふふ……冗談よ、冗談。単に病院のブラックリストに載るだけ

 だから安心してね。愛川さん」


「……はい? 安心できるわけがないじゃないですか?

 もう、わたしをおもちゃにして茶化すことはやめて下さいよー」


「玲音くんはムキになっちゃって、可愛いね。

 そろそろ真面目な話をするけど、ここからは真剣に聞いてね」


さっきもわたしは真剣だったのに今までの会話って何だったの?

田中さんってみんなが尊敬する白衣を着た病院の天使さんだよね?


「わたしが今回だけ特別に明日支払いできるようにお父さんに

 連絡して会計のヒトにも伝えておくから、あなたは早く家に帰って

 みんなを安心させて上げなさいね」


「それって……本当ですか?」


「こんな大事なことをウソついても仕方ないことでしょ」


「ありがとう。田中さん、大好きです~」


看護師の田中さんに喜びを分かち合うためにハグするわたし。

やっぱり田中さんは白衣の天使さんだったんだ。


「……嫌だもう、おばさんをからかわないでよ。玲音くん。

 これでもわたしには主人と息子がいるのよ」


しまったいつものクセでやってしまった。

これでもし若い女のヒトだったら、わたしはセクハラで訴えられ

ブタの車長さんに豚箱行きの特急列車に乗せられてしまうんだ。

満員電車も痴漢に間違われないようにしっかりと両手を

上にやらないと…… 男の子って思ったよりもめんどくさい生き物だ。


「ごめんなさい、田中さん。

 ついわたし、余りの嬉しさに我を忘れてしまって……」


わたしは慌てて、田中さんを距離を取る。


「もう離しちゃうの? 玲音くん。

 若い子のエキスを貰って、おばさんはちょっとだけお肌が

 綺麗になっちゃったかも?」


「……はぁ……そうですか?」


よく見ると満更でもない顔をしていた田中さん。乙女の顔だ。

玲音くんの顔が田中さんの好みの顔で助かったのかな?


「ちょっと田中さん、さっき愛川の自宅から電話が

 あったんだけど少しいいかしら……」


病室の入り口から看護師さんが田中さんを呼びに来る。


「噂をしたら何とやらだね。玲音くん。退院おめでとう」


「ありがとうございます。田中さん」


意識して田中さんに両手を出すことを我慢してハグを堪えるわたし。

田中さんなら大丈夫だと思うけど念には念を入れて行動しないと。

退院した直後にセクハラで逮捕とかって、もう親不孝の何でもないから。


お父さんが病室に迎えに来て、わたしはようやく晴れた気持ちで

病院を退院することになった。

どうやらお父さんは奈緒の帰りを待っていて来るのが遅くなったらしい。

玲音くんのヤツ、連絡もよこさないでどこをほっつき歩いているんだか。

もうお父さんを心配させちゃって、後で見つけたら、みっちりと

お説教をしてやるんだから。帰ったら覚悟しといてよ、玲音くん。


「玲音くん、どうしたんだい。そんなに怖い顔をして。

 たぶん奈緒のことを怒っているだと思うけどあの子ことを

 責めないでやってくれないかい?」


病院の帰り道。電柱の光に守られて、わたしとおとうさんは

横並びになって家に向かって歩いている。


「親バカかも知れないけど、他人に言われると余計に傷つくと思うんだ。

 誤解していたら、ごめんね。玲音くんのことを

 他人って言っている意味じゃないんだ」


「僕から奈緒をきっちりと叱るから、追い打ちをかけるように

 玲音くんも奈緒を責めるのは少しきつすぎると思うんだ」


「奈緒を怒らせて家を出て行かれるともう僕は生きる希望を

 失って死にたくなってしまうんだ。だから頼むよ、玲音くん……」


わたしに一方的に奈緒について話してくるお父さん。

こんなに弱々しいお父さんの姿は今まで見たことはなかった。

娘の前ではライオンの皮を被って強がっていたお父さんだったんだ。


「奈緒ことはお父さんに一任して、わたしから何も言わないよ。

 そんなに娘のことを愛しているなんて、奈緒も幸せな子ですね」


自分のことしゃべっていて何だか恥ずかしいよぅ~。


「分かってくれてありがとう。ところで玲音くんの顔が急に

 赤くなってきているけど熱がまたぶり返したんじゃないかい?」


そう言ってわたしの額に優しくお父さんは手を添える。


「…………」


やっぱり温かいな、お父さんの手は……


「熱が上がっていなくて良かったよ。家に帰ったら、奈緒を叱ることは

 ひとまず置いておいて玲音くんの退院祝いをしよう。

 せっかくのパーティーに水を差すのもどうかと思うもんな」


「ありがとう……ございます、お父さん」


そんなお父さんの貴重な一面の優しさを知ったところで

我が家へとたどり着いたわたしたち。


ガチャ……ガチャガチャ


「あれ、おかしいな……」


おとうさんは家の扉に悪戦苦闘している。


「どうしたの、お父さん」


「どうやら家の扉のカギが開いていたんだ。

 奈緒が帰って来て、扉のカギを閉め忘れたんだと思うけど」


「わたしのために急いで病院に駆けつけてくれたんだから、

 カギを忘れることだってあるって、お父さん」


「玲音くんがそう言ってくれるなら、そうかもしれないな」


「奈緒、お父さんたちが帰って来たよ。

 帰っているなら、返事をしなさいっーー」


お父さんは玄関の前で奈緒を呼ぶ。


「……ダメだ、返事がない。やっぱり僕の閉め忘れだろうか?」


「お父さん、ダイニングから物音が聞こえているよ。

 食事している音かな?」


「奈緒のヤツ、いくらお腹が減っていたとしても

 玲音くんのお祝いの料理に先に手をつけるなんて……」


お父さんも傍若無人の奈緒の行き過ぎた行動にはさすがに

頭にきたようで少し怒っているようだ。

そう言ってわたしも結構頭にきているんだけどね。


「奈緒っ、ちょっと2人きりだけでお父さんと

 しゃべろうじゃないかい?」


豪快にダイニングの扉を開けるお父さん。

わたしは静かにお父さんの背中を見送った。


「遅かったですね、お父さん。

 せっかくの俺と奈緒を祝う料理が冷めちゃった

 じゃないですか?」


「しかもこんな肉にしつこい味付けして、ご飯が

 止まらなくなるじゃないか?

 どう責任を取ってくれるんだよ、俺のお腹をっ」


「……きみはいったい奈緒の誰なんだ?」


「お父さん何があったの?」


お父さんたちの不可思議の会話にわたしは我慢できずに

ずかずかとダイニングの中に入って行く。

すると食卓を彩っていたと思う食事が辺り一面に散らばっていた。

お父さんは相手の言動に呆気に取られ言葉を失い、

ただ立ち尽くしている。

そのお父さんを見て歯をギシギシさせて、食卓のイスに座っている男。

あの贅肉をまとった顔。そしてあの脂肪で膨れたお腹には見覚えがある。

確かわたしと一緒のクラスの……


「おっと失礼、お父さん。矢ノ内雅史と申します。

 お宅の奈緒さんと結婚することが決まった未来の旦那です」


何で、玲音くんが矢ノ内くんと交際を通り越して

結婚することになっているのよ。

恋愛は基本的には自由だと思うけど人様の体で彼氏を作って

何を考えているのよ、玲音くんは。

そんなにわたしに体を返すのが嫌で男を作ったの?

それじゃあ、今までの病院のやり取りはいったい何だったの?

一緒に頑張って2人がパッピーになる道を探すんじゃなかったの?

これは完全にわたしへの裏切り行為だよ。

こんなことなら、わたしも看護師の田中さんと……

ダメだって田中さんはもう旦那さんがいるんだから。

田中さんを寝取ってどうするんだよわたし。

考えれば、考えるほど世界がグルグルと回って

もうわけが分からなくなってくる。


「……はぁ? 貴様はレオエルっ!

 また俺様の新しい門出を邪魔しに湧いて出るとは?」


わたしの存在に気づくなり、取り乱している矢ノ内くん。

レオエルって、矢ノ内くんもエニシエルと同じ天使の仲間だったの?

そもそも天使ってイケメンの集団じゃなかったの?


「わたしは愛川玲音。

 そんなレオエルって名前のヒトは知らないけど

 何か勘違いしてるんじゃないの」


玲音くん、早く帰って来てわたしたちに説明してよ。


「そうか、くくく……あの噂通りだったか?

 お前が天使を裏切り、人間の世界に逃げたって情報は

 本当だったらしいな」


玲音くんって天使を裏切っていたんだ。

天使同士で戦っていたから、もしかしてって思っていたけど……


「この負け犬の分際で、よくも俺様を酷い目に遭わしてくれたな。

 死んで俺様に償えやっ!」


矢ノ内くんは食卓にあったステーキナイフを握り、

わたしに刃を振りかざす。


「きゃぁぁーー、暴力はやめてよーー」


「……もう、こんな茶番はやめてくれっ!」


お父さんの叫びが矢ノ内くんのナイフの動きを止める。


「奈緒が結婚だの天使を裏切りだのって、また僕たちをアニメの演出で

 驚かせようとしているかも知れないけどさすがに今回はやり過ぎだ」


「どこかに隠れて、奈緒が矢ノ内くんに指示を出しているんだよね。

 もうこんなサプライズは入らないから、早く出てきてみんなに

 謝りなさい。奈緒。もうお父さんは怒らないから……」


「……お父さん」


「奈緒は隠れていたのか? 俺の嫁は恥ずかしがり屋だな。

 どこだ? お前の夫はここにいるぞ」


奈緒の単語に反応して矢ノ内くんは目をキョロキョロと動かして

奈緒のことを探しているようだ。

めんどくさいかもしれないけど少しぐらいは足を動かそうよ、矢ノ内くん。

だからあんなにまるまると太るんだよ。


「……ふん、いないじゃないか? また娘共々俺にウソをつくつもりか?

 俺はウソつきが1番嫌いなんだ。とっととくたばれよ、クソオヤジっ!」


今度はステーキナイフをお父さんに向かって刃を突き刺す。


「お父さん、この場所から逃げて……」


戸惑うことなく、わたしは矢ノ内くんが突き出すステーキナイフに

直進していた。全身に飛び散る鮮血。


「…はぁ……はぁ……」


せっかく退院できたのに……これじゃあ、また病院に逆戻りだよ。

わたしのお腹からいっぱいに血が抜け落ちて流れていくのが分かる。

何回わたしは刺されたと思っているのよ。


「やったぞ、中級悪魔でもレオエルに手傷を負わせることが

 できなかったのに下級悪魔とののしられていた俺がレオエルに

 致命傷を与えてやったぞっーーーー」


「玲音くん、玲音くん、しっかりするんだ……」


わたしに傍に駆けつけるお父さん。

お父さん、早くこの場所から逃げて言ったのに何でまた立ち止まるの。

これだと2人とも共倒れになってわたしの犠牲も意味がないよ。

そっか、お父さんは血の繋がりない玲音くんも分け隔てなく

愛してくれているんだ。

血の繋がりのある娘であるわたしがお父さんのことの行動を

見抜けなくてごめんね、お父さん……


「そろそろ死に損ないのレオエルにとどめを刺してやるか?」


「……待ってくれ、玲音くんはわたしの大事な息子なんだ。

 殺すのなら先にわたしを殺してくれ」


両手を広げ、わたしの前に立つお父さん。


「ダメだよ、お父さん。矢ノ内くんはわたしの命を狙っているの。

 だからわたしが死ねば全てが解決すると思うんだ。

 だからわたしを置いて逃げてよ、お父さん」


「バカなことを言うんじゃない。玲音。

 玲音も奈緒もわたしのかわいい子供だ」


「……くくく。どちらが先に死ぬか、お互いになすりつけ合っている

 人間お決まりのお戯れか?

 でも本当のところは死にたくないんだろ、レオエル」


「先にお父さんから殺して下さいって俺様に泣いて頼むんだったら

 生かしてやっても構わんぞ。これも昔の情けだ。

 レオエルに取って悪くない提案だと思うぞ。俺様は心が広いからな」


「わたしは……お父さんを見捨てて生きたいとは思わない」


「……玲音くん」


「……これが人間の愛情ってやつか? 非情だったレオエルも

 腑抜けな人間に感化されるとは落ちぶれたな」


「なら、2人とも死にたいと志願するのなら望み道理

 2人まとめて地獄に送ってやろう」


「息子だけは先に手をかけるのはやめてくれっーー……」


「……お父さん」


わたしは目をつぶって覚悟を決めたその時だった。


バタン……


辺りが一瞬で静まる返る。そんな沈黙のひととき。

……きっと玲音くんがわたしたちを助けに来てくれたんだ。

ヒーローはいつもヒロインがピンチなった時にしか助けに来てくれない

お約束の展開だけど……それでも嬉しいよ、玲音くん。


「目先の利益だけで行動するな、ゴモス。

 レオエルにはまだ利用する価値がある」


聞いたことがない低い声。


へぇ……ウソでしょ……

玲音くんが助けに駆けつけてくれたんじゃなかったの?

わたしは恐る恐るに目を開けると……

矢ノ内くんの直ぐ横にバケモノが1匹増えていた。

矢ノ内くんが優勢なのに更に増援って、絶対におかしいって。

バケモノは鬼のように二本の角を生やし、人間離れした体格に

赤い瞳孔に黒い翼を持ってたまさにアニメやゲームに出てきそうな

デーモンの形そのものであった。


「……なんだ驚かせやがって、ソドラか?

 相変わらずお前の手口はえげつないな……」


「それは褒め言葉で受け取って構わないんだな、ゴモス」


「ああ…… そうだ」


矢ノ内くんとそのソドラと呼ばれたバケモノは仲良く話している。

それじゃあ、まさか……倒れた音って、お父さんなの……

わたしは瞳を右に動かすと。


「お父さんっーーーーー」


わたしのすぐ傍で倒れていたお父さん。

お父さんは血色の悪い顔に変わりは果て、白目を向いていた。


「……よくも……よくも……わたしのお父さんを殺したな」


「その目だよ、レオエル。

 俺様たち悪魔を家畜のように殺していたお前の本性の姿だよ」


「お前たちだけは、絶対に許すもんかっ!」


「レオエルよ、天魔戦争のようにまた俺様たちと血肉の殺し合おうぜ」


「ゴモス。レオエルが死にかけていることに調子を乗って

 無用な挑発をするな。お前はもっと賢い悪魔だっただろ。

 愛に溺れた天使など言葉だけで十分だ」


「このお父さんと呼ばれた男の魂はわたしが預かっている。

 つまり生き返る可能性も0%じゃないってことだ。

 わたしの告げている言葉の意味は分かるよな……」


「……お父さんを助けたかったら、どうすればいいの?」


「従順な答えだ。さすが翼を失っても愛を重んじる天使だ。

 この男を助けたければ我に服従してついてこい」


「それで、お父さんが本当に助かるの?」


「それは今後のお前の対応しだいだな」


「ソドラ。お前って面白いことを思いつくな。

 俺様たち悪魔が天使を屈服させて奴隷にする。

 これが本当の意味での堕天使だな」


「……うん、わたしはあなたたちについて行くよ。

 だからお父さんとまだ帰って来ていない奈緒にだけは

 手を出さないで」


お父さん、玲音くんごめんさない……


「賢い選択だ。この男の魂は壊さないことを約束しよう。

 奈緒は聞いたことがない名だな。それもついでだ、良かろう」


今宵は満月の日。わたしはソドラと名乗る悪魔と血の契約を交わした。

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