2章 第15話 遊覧船アキエル
俺はアキエルにまたがり、都会の上空を飛行している。
最初は悠長に星空についてアキエルとおしゃべりを楽しんでいたが
人口が多い都会に突入した途端に俺は呆気に取られて言葉を失ってしまう。
山のように高いビルやマンションがそびえ立ち、
夜なのに昼間のように明るい空。ひしめくヒトの波。
明日の朝刊の見出しに都会の夜を未確認少女が星空を舞うとか
掲載されるともうある意味でもうお嫁に行けなくなるかもしれない。
マスコミに変な科学者に追われる日々はまっぴらごめんだ。
俺はできるだけ姿勢を低くしてコアラのごとくアキエルにしがみつく。
「どうしたの? 急に強く抱きしめて。お母さんが恋しくなったのかな?」
アキエルが俺の動揺に気づいたのか、心配して訪ねてくる。
お母さんに一緒に遊んだお馬さんごっこの映像が頭に浮かんで来たら
ロマンチックでまた話が弾んだかもしれないけどそう言う訳にはいかない。
「これだけ明るく、人口も多いと1人ぐらいは空を見上げて
わたしを発見するんじゃないかなって思ってヒヤヒヤしているんだ。
その点アキエルはヒトに見えなくて本当に羨ましいよ」
アキエルには天の加護でヒトには見えないけど俺にはない。
天使や悪魔に加え、もし人間までにも追われることになったら
俺はもう帰る居場所すらもなくなることに繋がるっていくから……
「ごめんね、奈緒ちゃん。もっとちょっと高度が上げられたんなら
良かったんだけどレオエルの天の加護がだんだんと弱くなっているみたいで
それも現状とても難しいんだ」
俺にもレオエルの天の加護が闇に染まっていくのを感じていたが
それはアキエルにも伝わっていたようだ。
俺の感知能力もレオエル(奈緒)だけに対しては
まだ効力を失っていなくて生きているらしい。
これも奈緒と体が入れ替わった不可抗力が原因かもしれない。
「もう少しで海辺に出れそうだから責めてこの人工が多い場所だけは
風景を見るのを我慢して、顔を手で押さえていてね。奈緒ちゃん」
「ありがとう、アキエルお姉ちゃんって……このスピードで
太ももだけで体を支えられる筋力はわたしにないからーー」
アキエルのスピードが上がっていくのを肌で感じる。
「なら、奈緒ちゃんが人間さんに見つからないことを神様に
お祈りして一気に加速するよ。奈緒ちゃん、振り落とされないでよ」
「……そんなぁ、無茶苦茶なぁ」
俺のことを考えての判断と思うけどアキエルの飛行速度が更に上がっていく。
星空を眺める時間とは別れを告げて、頂上から真っ逆さまに落ちる
ジットコースターのように勢いよくスピートアップする。
俺たちは都会の恐怖をまたたく間に通過して、海岸寄りの緑が
まだ残っている未開拓の山地まで一っ飛びだった。
「奈緒ちゃん、大丈夫だった?」
「はぁ、はぁ、はぁ……途中から呼吸ができなくなって、
死にそうだったよ。お姉ちゃん」
「ごめんね、本当にごめんね」
アキエルが俺に謝りながらも景色はどんどんと変わっていく。
しばらく飛行していると古ぼけた教会が見えてくる。
「あの教会の中があやしいじゃない」
アキエルの目線の先に自然豊かな集落の中にぽっりと佇む教会。
外にあるステンドグラスもひび割れているようで、
ヒトが住んでいる気配も感じない建造物。
「あたしもあの教会から危ないにおいがぷんぷんするよ。
それじゃあ、教会の近くに着陸するね。
降りるからあたしにしっかりと掴まってって、奈緒ちゃん」
「はい、アキエルお姉ちゃん」
照れながらもまたアキエルの胸にしがみつきつく俺。
降下準備はバッチリである。
アキエルは上空を旋回して安全な平地の草原に降りようとする。
だが、旋回中にアキエル右の翼が極端に下がりバランスが崩れ
高度がだんだんと落ちていく。
「……奈緒ちゃん、ごめんね。
そろそろあたしの体力の限界だったかもしれない」
「はい? ちょっと、アキエルさん。
そんな大事なことは先に言ってよーー」
ダメだ。アキエルの意識がない。
そのままぐるぐると回って急降下するアキエル。
そして俺たちはドーンって音と共に地面に叩きつけられた。
砂煙が大地に舞う。
「……いててて、アキエル大丈夫?」
どうやらアキエルの意識が途中で回復したのだろうか?
俺はアキエルの両腕に包まれて地面との直撃をまのがれたようだ。
だけど俺をかばったアキエルはボロボロで無残な姿に変わり果てて。
「……アキエル……ねぇっアキエル」
アキエルの肌と純白だった衣装が真っ赤な血が滲んでいる。
きっとあの時に俺が強引にアキエルの翼を引っ張ったせいで
アキエルはどこかを負傷をしていたんだ。
それなのにアキエルは顔色変えずに空を飛んでいて。
俺は自分の安全な生活のことばかりを考えてアキエルに
速度を上げるようにわがままを強要して保身に走るばかりで……
「奈緒ちゃん、そんなに悲しい顔をしないでよ。
奈緒ちゃんに怪我なくて本当に良かったよ」
土とほこりまみれ顔で俺にアキエルが笑う。
「……何で、俺を見捨てて自分の身を守らなかったんだよ?
アキエルの治癒の力は自分には効果がないことだって
俺には知っているんだぞ」
「奈緒ちゃんはわたしたち天使のことを何でも知っているんだね」
やばい、俺が今はレオエルだってアキエルにバレてしまう。
そうなっては時折アキエルの胸の柔らかさと温もりを
感じていたことだって追求されてしまう。
「その……レオエルにいっぱい天使について
色んなことを教えて貰ったんだ」
「またレオエルの仕業なの?
あいつには天使の守秘義務って考えがないのかな?」
「今はレオエルのことだってどうでも言いだろっ。
それよりも俺を見捨てて後でアキエルに治癒の力をかけて貰ったら
全てが丸く収まったじゃないのか?」
「それなのにどうしてアキエルは自分の体を犠牲する必要があるんだよ。
自己犠牲までして、いったい何が楽しいんだよ。
アキエルが天使って理由だけで俺を守ったとでも言うのかよ?」
俺ができなかったことをアキエルがいとも平然に実行するから
嫉妬していたかもしれない。
「……わたしの治癒の力は死んだものには効果がないんだよ。
それにね、治癒の力も万能な力じゃないの」
「飽くまで細胞を活性化させて傷の治りを早めているだけなの。
同じ者に連続使用すると細胞の活発な動きに体が絶えきれなくなり
死に直結する可能性だってあるんだよ」
「……だからってアキエルだけが傷つくことはないじゃないか?」
「また済んだことをグチグチと言って、奈緒ちゃんってレオエルに
似ているね。どこか頑固のところまでそっくりだ」
「それは……そう、同じ釜の飯を食べてから似てきたんだよ、きっと。
だから今度アキエルもお父さんの料理を食べに遊びに来なよ。
お父さんの料理は絶品なんだ」
「あの散らばった料理は美味しそうな香りだったもんね。
作ってくれたヒトの優しさ溢れていてわたしも実はつまみ食いするか
迷ったんだよね。厚かましいことに」
「でも作ってくれたヒトの愛情がわたしに向けられていないから
食べられなかったんだよね」
アキエルの表情が俺をかばった落ちた痛みの顔よりも何だか辛そうに
見えてきて……
「なら、お父さんの魂を取り戻したらレオエルも入れて
また4人でレオエルの退院祝いをやり直そうよ。きっとレオエルも喜ぶよ」
「でも部外者のあたしがレオエルの退院祝いに入ってもいいのかな?
それにあたしは天使だし……」
「天の加護を解除して、翼はコスプレって誤魔化せば家の
お父さんは何かはいちころだよ。レオエルも直ぐに家に溶け込んでいるし。
ああ、レオエルには翼がないんだった。それでもきっと大丈夫だよ」
「ありがとう……奈緒ちゃん」
「……だからもうアキエルはここでゆっくり休んでいたよ。
レオエルならもう悪魔を懲らしめている頃合いだと思うから、
わたしが教会までひとっ走り行っておとうさんの魂を回収してくるよ」
「そんな簡単なお遣いぐらいわたしにやらしてよ。アキエルお姉ちゃん」
「それはダメだよ、あたしもついて行かないと。
もしもレオエルが負けていたら……」
「もう愛を重んじる天使アキエルがレオエルの勝利を
信じないでどうするの? アキエルお姉ちゃん」
「……そうだね、神のご加護が奈緒ちゃんにありますように。
これを持っていって奈緒ちゃん」
アキエルは腰に吊してあった銀の短剣を俺に渡す。
「わたしもアキエルが早く直りますようにって……何これ?」
「飽くまで護身用の銀の短剣だからね。決してヒト様に向けちゃダメだよ。
お守りとして持って言ってね」
ヒト様に向けないでどうして短剣を使うんだよって思ったけど
銃や刃物を持っているだけでも気休めになる。
それはアキエルなりの気配りかもしれない。
俺はアキエルから銀の短剣を受け取って。
「ありがとう、アキエルお姉ちゃん。
それじゃあ、行ってきます」
奈緒、俺が行くまで無事に生きていてくれ……
俺は銀の短剣を服の内ポケットに入れて、
元気よくアキエルに手を振りながら教会に向かった。




