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リンダという男

リンダとの出会いは、私にとっては、真理そのものだった。当時のある期間、私はリンダに心酔していた。リンダは、有名な企業の社長さんの長男だ。2つ年上の姉がいる。小さなころから英才教育を受けており、神童と呼ばれるほど賢かったのだという。中学の時に2年間アメリカに留学していたにも関わらず、地元トップの進学校に合格した。派手な遊び方は、この留学期間に一通り覚えたらしい。だが、幸か不幸か、進学校に入学してしまったせいで彼の人生は大きく狂い始めたのだ。私立の中高一貫校であるため、周囲は、割と内部進学をしてきた、いわゆるお坊ちゃんばかりだったという。学力のレベルは同等だったのだが、性格の面で、リンダは、周囲と大きくかけ離れていた。そのせいもあってリンダは、高校を入学からわずか3か月で退学した。親は、猛反対したらしいのだが、高卒認定試験を受けて、名前の通った大学に進学することを条件に納得させたらしい。実は、退学までの3か月のうち、1か月半は説得に充てられたのだという。その説得期間は地獄だったとリンダは、笑いながら語っていた。毎日、顔を合わせるたびに、怒声、罵声を浴びせられ、殴られることも少なくなかったという。そのたびに母親は、リンダをかばって、父親は止める。そんな生活が、50日ほど続いたらしい。唯一、気が休まる時間は、眠るときだったという。驚くべきことに、リンダは、その50日間、毎日、朝6時に起き、朝食を家族と一緒に取り、高卒認定の勉強をし、別段の用事がない時以外は、家の外に出ず、家族とともに夕食を食べ、父親に怒られてから眠るというサイクルを守り続けたのだという。


「遊びに行ったり、家出したいとは思わなかったの?」


 私は、リンダに対して当然の疑問を向けた。


「うーん、思わなかったことはなかったけど、悪いのは、全部俺だから仕方ないべ オヤジの言うことは、真っ当だったし、どう考えても正しかったしなぁ オレが主張できることと言えば、『どう考えても、オレが間違っていることはわかってます でも、そうさせてください』っていうことだけだったしな! 理解してもらうには、何らかの形を見せるしかないしな オレ馬鹿だから、その手しか浮かばなかったんだよねー」


 リンダはクシャっと笑いながら、そう言った。私は、リンダのその強さに脱帽した。これほど強い人間が、いったいどれほどいるだろう。これほど愚直な人間がどれほどいるだろう。リンダは、私にとって悪魔であり、神だった。親に言われるがままに生き、世に流されるがままに生き、そして、何も言わずに、道化を演じ、人の顔色ばかり伺い、調子よく生きてきた私の「理想」がそこにあったのだ。リンダの強さ、愚かさ、そして美しさが私を魅了したのだ。リンダは、憧れそのものだった。

 だからこそ、リンダとは、この人生では、距離を置こうと考えていたのだ。なぜなら、憧れは模倣につながるからだ。リンダの楽しさ、愚かさばかりを模倣してしまうのだ。それはリンダの枝葉に過ぎないのに。憧れているうちは、下から眺めているうちは、枝葉にしか目がいかないのだ。ちょうど、桜を真下から見上げる人のように、花の美しさにばかり目を奪われ、木を幹を、まして根を見ることを怠ってしまうのだ。そして、一度、花に目を奪われてしまえば、根に関心を寄せることなど永遠にない。憧れとはつまり、不都合を排除した体のいい自己投影である。そう決心したにも関わらず、


「ケイスケおはよ! 今日一緒に夜ご飯どうよ?」


 今朝、リンダから来たこのメールに返信できずにいる。はっきりと断ってやればいい。先約があるだのなんだの言ってやればいいのだ。断るのは失礼だろ。とか、前は、せっかく誘ってくれたのに悪いしなぁ。とか、自分の決心を崩すもっともらしい言い訳が次々と浮かんでくる。結局、


「いいよ!18時に24カフェの前で集合ででいい?」


 そう返信するに至った最後の言い訳は、「まあ、ごはん行くだけだし」だった。クラブでお持ち帰りされる女性の心境に近いものがあった。自分を慰める言い訳を探し、それにすがる。自分の器の小ささに、空っぽさにひどく落胆した。


 気が付けば、タイムリープをしてから3か月が過ぎていた。授業も今のところは、単位を確実に取れるほどにしか休んでいない。おそらく、1月後のテストは余裕である。なぜなら、単位習得が容易な授業、いわゆる「楽単」を実感を伴って知っているからだ。大学のテストで点数を取るには、情報が最も大事だということをすでに知っている。もちろんサークルにも入った。リープ前は、サークルに入るくらいならば、勉強した方がいい。そう思って、サークルには入らなかったが、大学生活は、クラスというコミュニティが無い分、こういった課外活動をすることによって、楽しめる上につながりができる。そう思い、サークルには、珍しいタイプの入会数と実働数が、同じな「演劇サークル」に入ることにした。毎年、4回ほど、校内で発表し、2つほどコンクールに出るような活動状況である。週に4回ほど活動しており、いわゆるガチサークルである。

 配られたビラのとおりに、新歓のコンパに出席した。学校近くの居酒屋で行われ、新入生は無料で参加できるというものである。無料と言われれば、参加するしかないと思い、参加を決めた。


「今日は、新入生を歓迎する日です 好きなだけ飲み食いしていってください! あ、未成年はお酒はだめですよー! それでは、グラスを持ってください! カンパーーイ!!!!」


 サークル長の気休め程度の未成年飲酒を禁止する言葉とともに会が開始した。そこから、上級生たちは、各々、お酒を交えたうえで勧誘を始めた。中には、会の目的を忘れてお酒に没頭している者もいた。


「大学生なんてそんなものだろう 入学したときは、上級生は大人に見えたものだが…」


 そんな思いを巡らせながら、先輩たちと、そして同級生たちと、会話を楽しんだ。こんなにも、騒がしい時に飲むのは、いつぶりだろう。会が終わったら、各自解散の形をとった。二次会に向かうものもいたが、私は、明日の朝のことを心配して、早く切り上げることにした。


「ケイスケ君だっけ? 一緒に帰らない?」


 2年生の先輩から声がかかった。上条真紀という女性だ。清楚系美少女と名高い彼女は、サークル内でマドンナ的存在だった。目はパッチリとした二重であり、鼻筋は日本人離れしたほど美しい。キメやかな白い肌に、うっすらピンク色の唇。そう言ったパーツが、かくも美しく配置されている。それなのに、気遣いもできるし、浮いた話もない。なるほど、こんなにもわかりやすくモテる女性をこれまで見たことがない。1年生の男子部員の半分は、サークルに入る気がなく、この上条さんと親密になるために、会に参加していたのだ。ただ、連絡先を聞いたところで、


「サークルに入会してくれたら教えるね!」


 と一言、言うだけで男たちを躱した。なるほど、武の達人もびっくりするようなさばき方である。そんな、女性のお誘いに、気分は高揚したが、新歓活動の一環だと考えることにした。


「いいですよ じゃあ、途中のコンビニまで一緒に行きましょうか」


 彼女と、しばらく歩いた。出身地の話や、学部の話。なんで、サークルに入ろうと思ったのか。などのありきたりな話をしながら歩いた。気が付けば、目的地のコンビニに到着していた。楽しい時間は、本当に早く終わるものだな。そう思いながら、コンビニを後にしようとしたとき、


「ケイスケ君って、新入生って感じしない なんか、不思議な感じ」


 ぞっとした。美人の勘はこんなにも鋭いモノなのかと思った。


「だって、そうでしょ 普通の新入生は、あんな感じの会にも慣れていないから、緊張しておとなしくしているか、やたらに騒ぎ立てるかどっちかだもん お酒の飲み方もわかってないしさ なのにケイスケ君はみんなとしゃべることを優先して、お酒も嗜んでるって感じだもん まるで、飲みなれてるって感じで ケイスケ君って、もしかして…」


 この女何を言うつもりだ。もしかして、タイムリープしているのがばれたのか。いや、もしかするとこの女もタイムリープした人間なのか…。あらゆる思考が頭の中をめぐっている。いっそ、この女の首をへし折ってしまおうかしらと、危険な思考も数々浮かんでくる。


「高校の時、相当に悪いことしてたんじゃない? たばこ吸ったり、夜遊びしたり、お酒飲んだり もしかして、実家がやくざだったりして」


 安堵した。この世界に来てからで、一番安堵したかもしれない。


「そんなわけないじゃないですか! 普通にまじめですよ お酒は、そう 親戚で集まると、ちょっと飲んだりしてたから慣れているだけですよ」


「ほんとかなぁ~」


 先輩は、いたずらな表情っをしながら、そう言った。上目遣いで見てくるその視線が、とても妖艶だった。ピンチの後だったというのに、無意識に胸が高まり、動機が早くなってしまう。


「まあ、いいや! このこと他の人にばらされたくなかったら、絶対にうちの団体に入るように!」


「いや、そんなことしなくても入りますよ 元からそのつもりでしたし てか、勝手に人の過去ねつ造しないでくださいよ!!!」


 先輩は、ふふっと微笑んだ。詩人は女性を花に例えたがるが、この女性は花そのものだと思った。


「約束だよ! 私、君に赤丸チェックしているんだから!」


 そう言い残して、先輩は、またねと去っていった。


「……こっちが、赤丸チェックしちゃったよ」


 この日、人生2巡目にして、はじめて、恋というものを知った。

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