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ソラに願いを

作者: 狐火

「やー、壮観だ。そうは思わないかね助手くん」

 全周囲モニタが星の海を映し出すテラスで長い赤錆色の髪を結った少女──というには色づき過ぎた体つきの、青年と言うが正しい──が腕を広げながらはしゃぐ子供のようにくるくる回る。

 壮観、問われれば確かに答えはイエス。しかしながら、この景色は然してどこも変わらない。

 星の海を彷徨えば、見渡す限りの遠い星々。近づこうとも相手は遥か何万光年、残光だけで今存在しているかも定かではない。

 手を伸ばしても捕らえるのは虚像。指が虚しく空を撫でるだけ。

 本能的に感じる孤独の恐怖を、感動という枠に詰めて無理に感情を上塗りしているだけではないのか。

 そんな感想も、彼女には伝わらない。

「おいおい返事をせずとも反応くらいしてくれよ、独り言みたいで虚しいじゃないかこの毛むくじゃら!」

 氷柱のように白く長い指が私の額を爪弾く。

 返事をしたところで、キミには言葉が伝わらないだろうに。わかっていながら言うキミはほとほと虚しいよ。

「お空に輝くあのどれかに私のかわいいかわいい妹もいるわけだ。助手くんの同僚と一緒に、あの真っ青の犬みたいな子ね」

 疑似生物型戦闘支援兵装。青いというのなら特弐型だろう。

 彼女は同僚と思っているようだがどちらかといえば兄弟が近い。私よりも早い型番だから兄が当てはまる。

 もっとも、私たちに兄弟の概念は無い。

 在るのは使用者を死なせない様に努める自律思考回路だけ。見た目こそ獣に似せたものの、戦闘支援デバイスであることには変わりない。

 開発者は使用者に寄り添う癒しの愛玩生物になることを望んだようだが、それにしては知能を賢くし過ぎた。

「いやぁ、えらいよねえ。まだ十代だったのに、お姉ちゃんは鼻が高いよ。

 それにしたってあーんな可憐な乙女すら戦いに駆り出されるなんて戦争は嫌だねえ…………他の星に知的生命体が存在してる事さえも知らない星だってあるのに、全銀河系で争い事とか収拾つかないだろう」

 果て無き銀河系を巻き込んだ戦争が始まって早四年、もはや何が原因で戦っているのかもわからない。

 運び込まれた戦火の火種は元より存在していた災厄の種草に引火して燃え広がった。燃え広がり過ぎた。

 戦火に燃えた華に哭き、敵を憎む。その繰り返しだ。その繰り返しだ。

 とうに理由など朽ちた。ただ怨念に従い、怨嗟の導くままに蹂躙し、犯し、殺し尽くす。

 遅かれ早かれ、この那由多の生命を孕んだ海は壊れる。

 無辜の民も、殺伐の狂人も、陽を浴びて草を食む無知な家畜さえも。皆潰えるだろう。

 我々命を持たぬ者たちは、我らを生み出した命在る者を憐れむ。抗い様のない渦に巻き込まれてしまった彼らを、救い様のない彼らを、少しでも慮りたいと思って最期まで付き合う。

 救いは無い。赦しは無い。そんな彼らにしてやれるのは共に添い遂げてやることのみだ。

 自分たちが乱したセカイの受け皿はあまりにも大きすぎた。安穏の地は無い。無くしてしまった。自らの手で。

「まーでもそんな情勢下で妹ちゃんが地球に行ってくれてよかったよ。あそこは平和だ、過ぎるくらいに。

 争い争いで進化していくのは同じだけどそれも籠の中。自分たちが矮小であることを知っているから籠の外には手を伸ばさない。たとえ空が飛べなくても生きていけると今に満足してるから、できてるから。

 他の星もねえ、それだけの克己心があればねえ」

 少し語弊がある。彼ら地球人が宇宙ソラに手を伸ばさないわけではない。

 ただ、伸ばした先に憧れ、思いを馳せる。手に入らない事実に打ちのめされ、粛々と腕の届く範囲で権威を示している。

 それを堅実と見るか臆病と見るかはそれぞれ。しかしそのお陰で利益のない戦いに参加せずにいるのもまた事実だ。

「なんかこう言ってると私が幼い妹を放ってるみたいに聞こえるけどね、私は私で妹の支援をしてるんだよー?

 地球には机上の貨幣、仮想通貨てのがあるからねえ。それで儲けて妹ちゃんの口座に暇を見ては突っ込んでるからお金に困ることはないんじゃないかなぁ。

 え、何光年も離れた地球のネットワークにどうやってアクセスしてるのかって?

 …………それはまあ、ほら、軍の観測所っておっきいアンテナあるし……うん。今の記憶媒体から消しといてね、また営倉行きんなっちゃうから」

 軍部の機器を使って他星との交信。もちろん刑罰の対象だ。

 我が主は本当に味方なのか疑うくらいに軍規違反を繰り返す。その度に銃殺刑を告げられている。

 束縛され銃口を突き付けられてもへらへらといつもの調子で笑い続けて幾度。狂気を感じた上層部が死地に単独で送るなり降格なりに変更するもいつの間にか武勲を上げて元の階級にいる。

 私は、戦闘デバイスとしては旧型。けして今の時代に最前線で運用できるものではない。最新機に変更するように言われたのは一度や二度では済まない。

 それでも主は「お気に入りだから」とその一言で蹴る。

 道具として、愛着を持たれるのに悪い気はしない。しかしながら私は主を生かすための存在である。ならばその愛情を突っぱねなければ自らの存在意義を否定することになる。

 それでも、決定権は彼女にあるのだが。

「き、キサマ……よくも同胞を…………」

 部屋の陰から掠れた声がする。怨嗟の満ちた声で「死ね」と潰れた喉で叫ぶと声のした暗黒から一条の光が伸びる。

 小型の光学兵器による射撃。ビーム。レーザー。メーサー。どうとでも呼べるそれは声の主の放った渾身の一発だった。

「ありゃ、生きてたんだ。不意討ちするにしても声出さなきゃいいのに」

 そのとっておきを事も無げに防ぐ。

緊急展開(スクランブル)、磁力装甲による敵性攻撃の無効を確認』

 こうなれば私はもう愛嬌を振り撒くことはない。身体中が余すことなく命を葬る兵器となり、敵性勢力の一切の存在も赦さない。

「────杭打ち(ネイルガン)

 彼女の求めに従い円柱のコンテナと化した私のカラダからおよそ元の用途では使えない、エネルギー体の杭を打ち出す代物が射出される。

 私たちのこの形態は使用者が最も使いやすいカタチになるよう調整されている。

 彼女が齢十二の時に私というインターフェースが始動してから、一度も形状の変化は無い。その歳で殺すのに効率のいいカタチを知っていた。目覚めた私はその瞬間からどうしようもなさを感じていた。

 彼女はネイルガンを受け取ると躊躇なく暗闇に向けて引き金を引く。

 肉を裂き、壁に打ち付ける音と少し遅れて「ウッ」という呻き声。

 光芒に照らされ襲撃者の顔を妖しく浮かび上げる。

 六つの複眼、緑の肌。杭の深々と刺さる傷口からは紫の血潮が流れ出る。

「ぐ……が…………忘れるなバケモノ。全ての同胞が、ここに居る全員(・・・・・・・)が貴様を怨み、憎んでいるということを……ッ!」

「私は覚えてなくても相棒が記録しておいてくれるよ、きっと」

 表情一つ変えることなく頭部を光の杭で撃ち抜いた。

 嗚呼、これだからどうしようもない。彼女は善性を捨てたわけでも、非情に徹しているわけでもない。いたって無邪気なだけだ。無邪気でいてしまうのだ。

 殺すことに躊躇いがない。慟哭がない。殺すことが食事、生きること同列なのだ。

 それは生物として真っ当な姿であり、本能。しかしそれでは理性がない、倫理がない。

 なにも彼女に限った話ではない。彼女と似た症状の人間なら文字通り掃いて捨てるほどにいる。いてしまう。

「ひどいよねえ、女の子に向かってバケモノだなんて。一般定義で言えばこんな奇っ怪な蟲みたいな方がバケモノなのに」

 目の前の顔をの潰れた死体ではなく、辺りに散らばった無数の死骸の一つを拾い上げる。

 彼女が殺したのはこれで二〇三万八千三百四十四人になった。


 我ら疑似生命体は彼らを慈しみ、尊ぶ。亡骸に囲まれながら笑顔で身の上話をするような少女を生んでしまう人間を。

 彼らに産み出された身で滅びの末路しかない哀れな生命体を想い、尽力する。それが泡沫(うたかた)の夢に等しい生であっても。

 この星の海、生命の宇宙ソラに、願わくば救いがあらんことを────

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― 新着の感想 ―
[良い点] 機械視点から人間見ているところが面白かったです。 難しい気持ちになりました。
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