ウォーキングでデッド
大陸ウルピアには大小様々な国が存在するが、これから向かうのは、大国の一つとして数えられるロデモア王国領である、城郭都市ロ・ティレスだった。
俺が倒れていた森は、ロデモア王国から東南東付近にある森であり、ロ・ティレスはロデモアの最も端に存在する都市である。黒銀の薔薇は主に都市ではなく王国で活動しているらしいが、今回は休暇のため都市に宿を取っているらしい。
森から都市へは、大陸をいくつか走っている街道を使用する。がしかし、長距離の移動は疲労の蓄積が激しい――主に体力のない自分のせいなのだが――ので、都市への途中に存在する村に寄り、空き家を借りることとなった。
そろそろ到着してもいい頃合いであるので、隣りを歩くミーアに話しかける。先頭をヴィーシャとリティス、後ろをミエリーが務めているので、自然とミーアと並んで歩くことになっていた。
「村には後どれくらいで着くんだ?」
オレンジ色の夕焼けが、広大な緑色の水平線に沈もうとしていた。昼食を食べてから、色々と話をしながらではあるが、かれこれ数時間は歩きっぱなしである。
「……あともう少しだ」
ミーアが素っ気ない態度で答える。前々から気になっていたのだが、ミーアだけがこちらとあまり目を合わせてくれないのだ。
もしかして、とんでもない恥ずかしがり屋なのだろうか。だとすれば、メンバーに度々からかわれているのも頷ける。
ミーアは照れ屋である、という事柄を、こっそりと心の中のメモに書き溜める――メモ?
色々な事がありすぎて、忘れていた存在を思い出した。あの、粉々になって消え去ってしまったメモである。何やら重要な事が、特に神からの贈り物についてが書いてあった気がするのだが、どうしても思い出せない。まるで、メモの内容だけが神隠しにでもあったように記憶から抜け落ちている。
お花を摘みに行く時のように踏ん張っても思い出せないので、別の視点から考えることにした。
神からの贈り物とのことだったが、ありきたりなところだと、何らかの特殊能力である可能性が高いように思う。
古今東西、アニメやゲームにおいて、神が何らかの施しを行う場合、主人公が獲得するのは、何やら物凄い能力というお約束があるのだ。この際、自分が主人公なのかどうかは置いておいて。
ただそれについて、妄想――ではなく推測する前に、この世界の能力事情について知っておく必要がある。
会話が終わってしまったので、またしてもミーアに話しかける。神も言っていた、女の子とは仲良くしろと。
「なあ、ミーア」
「……なんだ」
相変わらずの仏頂面だった。
「何か、特殊能力とか、そういった技能って持ってないのか?」
我ながら良い質問だと思う。いきなりこの世界にはあるかないのかを聞くのではなく、身近な人間に聞くことによって不自然さを緩和する作戦である。
すると、若干怪訝な顔になったミーアだったが、すんなりと答えてくれた。
「私には無いな……精々勘が効くくらいだ。ミエリーは技能を持っているが」
思いの外簡単に情報入手することができた。この世界では、技能という固有能力じみた何かが確かに存在しているらしい。
タレント、と名の付くくらいなので、やはり神からの贈り物とは、この技能であるように思う。
自分の名前が出たのを聞いて、後方を歩いていたミエリーが会話に入ってきた。警戒のためにそこそこ間隔を空けて歩いていたはずなのだが、何故聞こえたのかは気にしないほうがいいだろう。
「レイゼ、技能に興味があるんですかー?」
「ああ。何かしら、自分も持っていないかと思って」
男たるもの、何かしらの派手な格好のいい能力に憧れるものである。幼いころはヒーローに憧れたり、青年になっても密かに期待していたり、男とは幾つになってもそういった英雄願望を持っているものだと思っている。この世界の男共は、どうやらそうではないらしいが。
「何事にも興味を持つのは良いことですねー。ちなみに私は、魔法の習得が早くなる技能を持っていますー」
魔法使いで、その能力を持っているとは、かなり優位に働くのではないか。ほんわかとしているミエリーだが、実はとんでもなく強いのかもしれない。まだ、四人が戦っているところに遭遇したことはないが、今後が楽しみである。
「まあ、ミエリーの場合は特殊だろうな。実際は、何の役にも立たなかったり、相性の合わない技能で溢れかえっているものだ」
技能の存在を聞いて、内心舞い上がっていた俺だったが、ミーアの言葉で少しの不安感を覚えた。
あの適当そうな神様を思い出すと、何の役にも立たない能力を授ける事だって有り得ない話ではないだろう。信じたくはないが。
しかし、判明する前から落ち込んでいても仕方がない。
「技能って、調べられるものなのか?」
いち早く知りたい情報はこれである。英雄になれ、といった手前、雀の涙のような技能を寄越すような神様はやはり信じたくない。
「うーん、そういう話は聞いたことがありませんねー」
「じゃあ、どうやって知るんだ?」
「ある日突然、天啓が舞い降りたように知る者もいれば、ミエリーのように魔法を行使する中で気づいた者もいるな」
なるほど、おのずと判明する仕組みなのか。
「俺も、念じれみれば技能を持っていた……とかは無いか」
そんな簡単に分かってしまうほど、甘い世界ではないだろう。
「試しにやってみたらどうですかー?」
ミエリーの後押しが入る。
念じるとはいったものの、どうすればいいのだろうか。我武者羅に技能よ、出てこいとでも願い続ければいいのか。
思案していると、前方にいたヴィーシャとリティスが立ち止まっているのが見える。
どうしたのかと、2人の先を見ると、家々が立ち並んでいるのがぼんやりながら確認できた。
村に到着したのだ。
「村ですねー。この話はまた今度にしましょうかー」
前の2人と合流し、村へと急ぐ。気にしないようにしていたものの、そろそろ休息しないと疲労が限界を迎えそうだった。討伐者の四人はピンピンしているが。
村の全容が見えてきた。
村の入口と思わしき場所には、〈ボモア村〉という立て札がある。
早速、村へとお邪魔しようとすると、リティスから待ったの声が掛かった。
「レイゼ、待ってください」
リティスは、指を顎にあてて、何やら考え事をしていた。
ヴィーシャも、普段の快活な表情はなりをひそめ、思案顔で村を観察している。
他の2人も同じようだった。
「どうしたんだ?」
「うーん、何やら雰囲気がおかしいにゃ……前に来た時は、もっと活気があったんだけど」
言われて、もう一度じっくりと家々を眺める。
別段おかしなところはなかった。ただし、表面上は、という言葉が付け加えられるが。
夕暮れどきのこの時間帯、普段なら夕食の準備などで賑わっているはずだが、何とも言えぬ重苦しい空気に包まれていて、村からは活気が感じられない。
思考を終えたリティスが、険しい表情のまま、皆に顔を向ける。
「まずは村長宅へ伺いましょう。おそらく、何かがあったはずです。警戒しながら進んでください」
夕日が沈んで行き、代わりに暗闇が顔を覗かせ始める。
不穏な空気のまま、ボモア村へと足を踏み入れた。