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黒銀の薔薇

 快晴。上を見上げれば、雲一つない青空。周りにはまばらな木々。そして、目の前には四人の女性達。


 目を覚ますと、木の幹を背もたれにするようにして地べたに座っている自分を、短剣やら弓矢やらを装備した女性たちが覗き込んでいた。


「あ、起きた」


 声を出したのは、四人の中で最も小柄な、柔肌の露出が目立つ茶髪の少女だった。腰には短剣が数本装備されており、そして頭頂部にはネコ科動物の耳らしきものが生えている。距離感が最も近い。しゃがみ込み、座っているこちらの目線に合わせるように自分を観察している。


 一歩退いた所にいるのは、先程遭遇した金髪のエルフだった。目が合うと、プイっと視線を反らしてしまう。


 何とかコミュニケーションを図ろうと思案していると、獣耳の少女の両サイドに控えた2人のうち、魔法の杖らしき物を持った、おっとりとした女性が口を開く。


「……あのー、お怪我などはございませんか? 許可をいただけるのならば、治癒魔法をお掛けしますが」


 見た目通りの優しい女性だった。杖を持っていて、他の3人とは趣向の違った服装をしていることから、おそらくは魔法使いか何かだろう。しかしながら、怪我があったら治癒魔法とは、改めて自分が異世界に来た事実を再確認させられる。神様から話は聞いたものの、実際に体験してみないと実感がわかないものだ。


「ミーアの魔法の巻き添えを食らったらしいですね。大丈夫でしたか?」


 続けざまに口を開いたのは、身体の所々を銀色に光り輝くプレートアーマーで武装した、騎士風の女性だった。ボブカットにされた黒色の髪が、凛とした佇まいを強調する。


 この女性の言葉を聞いた途端、後方にいたエルフの女性がバツの悪そうな顔をする。エルフの女性はミーアという名前らしい。


「ええっと……」


 何と答えようかと迷った。身体に異常は見られないので、それを伝えようかとも思ったのだが、こんなにジロジロと見られていては、思わず言葉に詰まってしまう。


 とりあえずは、立ち上がることとしよう。


「よっと……」


 視界が揺れる。これまで極度の緊張状態に追われていた疲れのためか、立ち上がった途端、フラついてしまった――「危ない!」


 何かの花の香りのような、心地よい香りが鼻腔を満たす。


 何事かと思ったが、すぐに何が起こったが分かった。


 騎士の女性が、自分を抱きとめているのだ。先程の匂いは、抱きしめた反動で、揺れた髪の毛から漂ってきた香りだった。


 大の男が、女性にふらついたところを抱き支えられるというのは、何とも気持ちの収まりが悪かった。すぐさま飛び退き、自らの足で地面を踏みしめる。


 すると、騎士風の女性は慌てた様子で、申し訳なさそうに両手を挙げてみせた。


「すみません! そういうつもりでは……」


 何故、女性の方が謝るのか――忘れていた。ここは、男性が女性のような扱いを受ける、珍妙な世界だったのだ。今のシーンは、元の世界で言うならば、か弱い乙女を騎士の男が抱き支えるという、何とも絵になりそうな光景となるのだ。俺が絵になりそうか否かは置いておいて。


 残りの3人は、特にどうするわけでもなく、成り行きを見守っているようだった。気まずい雰囲気が出来あがってしまったので、自分から話題を提供することにする。


「一先ず、身体の方は大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。皆さんのお名前が知りたいので……」


 そこまで言いかけて、重大な事に気づいた。


 名前である。記憶喪失になったわけではないので、小瀬礼人という名前はしっかりと覚えている。がしかし、エルフの女性の名前からして、この世界では日本人の名前はひどく目立つものになるに違いない。


 そして、子供心が疼いたのか、新たな人生の幕開けで、今まで通りの名前を使うのも憚られた。例えるならば、新たにゲームを購入して初めに決める、プレイヤーのニックネーム選択時の気分である。


 小瀬礼人。オゼレイト。オゼ、レイト。レイトオゼ……レイ……オゼ……


「私の名前は――レイゼと言います。皆様のお名前を教えて頂けないでしょうか」


 言い切ったところで、潰れたカエルの鳴き声のような、間抜けな音が周囲に木霊する。


 そういえば、何も食べていなかったのを忘れていた。


 音に反応してか、小柄な少女の獣耳がピクピクと動く。


「腹が減ってはなんとやら……あたしもお兄さんに興味があるし、ご飯を食べながらでもいいかにゃあ?」


 にゃあ。









 狩猟士である金髪のエルフ――アルティミシア。あだ名はミーア。


 素早い身のこなしが特徴の獣人族の少女――ヴィーシャ。


 濃紺のロングヘアーが美しい魔法使いの女性――ミエリー。


 そして、剣士でありパーティのリーダーでもある麗人――リティス。


 丁度昼頃だということで、パーティメンバーが持ち合わせていた食料のお世話になった。食事と自己紹介の内に、この四人とは名前で呼び合う程度の仲にはなることに成功。


 正体不明の謎の干し肉に、ものすごく固いパンの組み合わせだったが、空腹のこの身には、何よりもありがたさが身に沁みた。


 森を抜けた先に、そこそこ大きな原っぱがあり、それぞれ切り株に腰をかけ、まるで食卓を囲むような形で談笑していた。いや、自己紹介が済んでからは、談笑というよりは、一方的な質問攻めといったほうが正しいか。


「レイゼはどこから来たか、覚えていないのですか?」


 そう問いかけてきたのはリティスである。自己紹介の流れで、俺は自らが記憶喪失であるという境遇を捏造した。おそらく誰であろうとも、異世界から来訪しました、なんて真実は隠蔽して然るべき事柄と捉えるだろう。


 まだこの世界の全貌を把握しきれていない内から、爆弾発言を投下するのは避けたかった。


「ああ。さっきも言ったが、気づいたら森で倒れていて、起きたらゴブリンに襲われたんだ」


「でも、それってミーアが喋り掛けなければ平気だったんじゃないかにゃあ?」


 ヴィーシャが意地の悪そうな顔でミーアに話を振る。


 ミーアは目を瞑り、からかわれた羞恥からか僅かに顔を赤らめている。


「男があんなところに一人でいたら、誰だって怪しむだろう! そもそも、ゴブリン程度に遅れを取る方もだな……」


 攻められているのはミーアであり、この世界の常識で言えば当たり前なのだが、英雄になれと命じられた自分としても聞いていて辛い。


「男の人に戦いを求めるのは酷ですよー、ミーア?」


「その通りですよ。女性たるもの男性をいち早く守護する淑女になるべきなのです」


 リティスとミエリーの追撃に、ミーアは顔を赤らめて黙ってしまった。


 やはり、神様の言っていたことは正しいようだ。どこからどこまでが逆転しているのかは定かではないが、この世界では女が男を守るものという常識が出来上がっている。


「ところで、記憶喪失だからといって、男の人が一人でいるのは危険ですよ? 悪い女の人に、襲われちゃいますからねー」


 その発想には至らなかった。逆転の見方をすれば、わざと不用心に町中を歩いていれば、キレイなお姉さんに襲われることが出来るということだろうか……イカン、この妄想を実現させてしまったら、完全に堕落しきった男になってしまう。


 邪な妄想を取り払い、ふと気づくと、場は居心地の悪い沈黙で包まれている。一体どうしたのだろうか。


 リティスの方を見ると、何やら頭を抱えこみそうな勢いで、ため息をついている。見れば、ヴィーシャとミーアも気まずそうだ。そんな様子を見て、「あれ、私何かおかしな事でもいいましたー?」と、隣りでミエリーの疑問の声が聞こえる。


 ここはフォローを入れるべきなのか。入れるべきだろう。神も言っていた、女性とは仲良くしろと。ここは、この雰囲気を打破して、好感度を上昇させるチャンスだ。


「……ええっと、何かは分からないけど、俺は気にしていないから、そんなにならなくても」


 リティスとヴィーシャが目をパチクリさせている。


「レイゼ、相当重度の記憶喪失にゃ? 普通は女くさい討伐者の中に男一人で居たら、そんな発言するべきじゃないにゃ。絶対勘違いされるにゃ」


「そうですよ! 私達ならまだしも、町には荒くれ者もたくさんいますから……」


 今のはマズイ発言だったのか。一応は、男女逆転であると頭に入れておいたつもりではあるが、限度というものが把握しきれない。


 黙っていたミーアまで、奇妙な物を見る目つきでこちらを見る。


「……放っておいたらすぐに襲われていそうだな、レイゼは」


 ポン、と思いついたように両手を叩いたのは、ミエリーだった。


「そうだ、レイゼも一緒に町へ来ませんか? ミーアの言うとおり、一人にしておくのはとても心配ですしねー」


「それはいい。どのみちこんなところへ一人で置いておく訳にはいかないですしね」


 何やら話が勝手に進んでいるが、遂に町とやらを目にすることができるらしい。


 町へ行けば、神の贈り物だという謎の正体の出掛かりも見つかるかもしれない。逸る気持ちを抑え、出立の準備に取り掛かった。

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