異世界ディスクリプション
アルティミシアは悩んでいた。悩みの種は、目の前で地面に伏している、魔法の余波に当てられて意識を失った男についてである。
彼女は討伐者――主に魔物や魔族の討伐を請け負うこと職業――であり、現在は四人一組の討伐者パーティである〈黒銀の薔薇〉に所属している。
男を発見したのは、彼女が休憩中のため、パーティを抜け出し、丁度森の散策に出かけていた時のことである。
ここは、森へ入って少しばかり進んだ、森に生きるエルフである彼女にとっては森の最序盤の場所だった。
「どうするべきか……」
アルティミシアは、眉間にシワを寄せ、腕を組み、この男の扱いについて頭を悩ませていた。
彼女は、人間に対してそこまで温和なわけではない。国によっては、彼女らエルフのような亜人種を迫害している地域も存在するからだ。だが、ゴブリン程度に遅れを取り、意識を失った人間を放っておくほど冷徹でもなかった。
しかし、真に彼女を悩ませているのは人間と亜人の種族の隔たりではない。
「男性に無闇に触れて、痴女扱いにでもなったら事だな……そもそも」
彼女は更に頭を抱える。
「触れていいものなのだろうか……」
そう、彼女アルティミシアは、生まれたこの方男性という生き物に触れた事がなかった。
アルティミシアは、地面に伏したままの男とにらめっこをしながら、どうすればいいのかを熟考している。
その際、男の身体がほんの僅かに発光したのには、全く気が付かなかった。
目が覚める。
しかし今度は、頭に靄がかかったような気怠さは無く、クリアな思考が保たれている。
ふと、違和感に気づく。
「なっ……」
自分が2人いた。周囲に目を配ると、青々とした木々や太陽の輝く青空は、色彩を欠いたようなモノクロ風に上書きされている。
倒れている自分の頭頂部付近に、自分はいつのまにやら立っていた。幽体離脱が頭をよぎる。そして、今意識のある自分ではない、地に伏している自分の傍らには、先程のエルフがなにやら腕を組んで直立している。
動く様子はない。というよりも、自分以外の時間が止まっているようだった。木々のざわめきや、風の音も全く聞こえない。
どうしたものか、と頭を悩ませていると、突如として目の前に、白い発光体が姿を現した。
『やあ、お目覚めの気分はどうだい?』
もしやこれは、またしてもサードマン現象ではないだろうか。
あの魔法の爆発に巻き込まれ、瀕死の重体に陥った自分は、何とか生き残る策を模索しようと、架空の喋る発光体を生み出してしまったのだ。
『魔法を見た後で、キミはそんな科学的事象に頼るのかい?』
もっともだった。
もしもこの発光体が、この異世界における魔法、またはそれに準ずる超常現象の類だった場合、会話を試みることができるはずなので、早速だが話しかけてみる。
「何者でしょうか?」
『神様』
とんでもない代物が出てきた。精々、ファンタジーにありがちな精霊や妖精の類似品だと思っていたところに、神様という返事が帰ってきた。
無論、大層な存在だけに、疑念が沸いて出て来るのが普段通りのはずなのだが、何故だかこの神様の言葉はすんなりと頭に入ってくる。そんなところから、この神の言葉には説得力があるのだろう。不思議と、発言を疑う気にならない。
『キミ、ゴブリンに殺られそうになっただろう? だから、わざわざ私が出張ってきたんだ』
心当たりは大いにあるが、まさかアレがゴブリンだったとは。ゲームなどにおいては雑魚筆頭の魔物だが、いざ目の前にしてみると、その迫力に圧倒されてしまった。
「出張ってきたって、何か素敵な贈り物でもあるんでしょうか?」
『ないよ。もう既にひとつあげたし。強いていうならば、この私の登場かな?』
神様ならば自信満々なのは当然だが、そこまで言い切るのならば、これから素敵な助言タイムが待っているに違いない。
しかし、既に一つ貰った贈り物とやらは何なのだろうか。非常に気になる。
「贈り物とは、なんでしょうか?」
『それは追々説明するから、とりあえずは私の話を聞いてくれよ』
そう言うなり、つらつらと話し始めた神の内容は至ってシンプルだった。
「要するに、男が少ない上に軟弱だから、俺が男の中の男になれと?」
この大陸ウルピアは、厄災の魔女の呪いとやらのせいで男の出生率が下がり、生まれても、元の世界での女性のように育ってしまうらしい。
このままではイカンと思った神様は、この男女逆転の価値観に染まっていない人間、すなわち自分を選び取り、この世界に送り込んだ。
遭難した際に現れた光は、幻覚などではなく、まさに神の導きだったというわけだ。
『理解が早くてよろしい。とりあえずは、そこのエルフ達に付いていくことをおすすめするよ』
「ふむふむ、それで?」
『終わり。じゃあ、もう私が出張ってくることはないと思うから』
聞き捨てならない言葉を聞いた。まだ、この世界の現状しか聞いていない。肝心の贈り物とやらの内容も聞いていない。
「ちょっと待ってくれ!」
こちらの静止の言葉も聞かずに、発光体はふよふよと漂うと、やがてその光を収束させていく。
やがて、豆粒ほどになり、その姿を完全に消し去ってしまう前に、最後の一声が聞こえた。
『ああ、そうそう。キミは女の子と仲良くしたほうがいい。後、私の名前はイリアだ』
視界が急激に光に染まる。
意識が身体に吸い込まれているような感覚。
そして、景色が色を取り戻した時、視界には四人の女性達が映っていた。