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遭難プロローグ

 サードマン現象という言葉をご存知だろうか。


 簡単に言ってしまえば、生きるか死ぬかの瀬戸際、正体の知れぬ第三者のような光や声が現れ、危機の脱出に力を貸してくれるというものだ。


 有名どころで言えば、雪山で遭難中、吹雪で視界も分からず、手足も限界を迎えそうなある時。このサードマン現象が起こり、現れた光の導くままに歩みを進めると、遭難用の山小屋にたどり着き一命を取り留めたという話がある。


 一説には本当に神や天使の類という主張もあるが、実際は極限状態の脳みそが生み出した幻覚に過ぎないのだろう。幽霊や幽体離脱も、これと同じだと思っている。


 そして、今まさに自分こと小瀬礼人(おぜれいと)は、このサードマン現象の誘導に身を任せていた。


 始まりは、何故か思い立った一人登山である。


 昔から、集団行動が少しばかり苦手で、協調性の無さを散々親にグチグチと言われてきたこの人生。そのせいか、急に思い立ってはどこかへ宛もなく出発することは珍しくなかった。


 例に漏れず、そこそこ遠くにあり且つ手頃そうな標高の山を選定し、その日の内に出立。何故山なのか? 思い立ったが吉日であり、そしてそこに山があるからである。


 いざ登山を開始したものの、思いの外単調な風景に飽々し、「折角山に来たのだし、珍しいものでも無いか」と登山道を外れたのが最後。


 見事に遭難した。


 ネットの情報には、初心者でも簡単に登頂できる山とあったのだが、注意書きに、決して登山道から外れるな、と書いてあったのを忘れていた。


 そして、僅かに持ち合わせていた食料や水も尽き、ここがどこかも分からず、手足も棒のようになってきた頃。


 なんと、精霊のような光が目の前に現れたのだ。


「そうか、これがサードマン現象か!」と、思わず自らの脳に賞賛を送った。今にも意識が刈り取られそうな、人生で一番の危険な睡魔と戦いつつ、光が導く方へ山を行進している。


 身体は限界だった。ここ数日間、いや数十日間か、何も食料を口にしていなかった。


 これで、人や家屋の類に全く辿り着かなかったとしたら、自らの脳みそはとんだポンコツだったという証明になるのだろう。そしてそのまま、人生ゲームオーバーである。


 歩く、歩く、ひたすらに歩く。


 視界が霧で覆われてきた。いや、もしかするとこれは霧ではなく限界状態の身体のSOSかもしれない。あまりの疲労に視界がボヤケている可能性もある。


 相変わらず、光は一定の距離を保ちつつ先行する。一体いつになったら人里へ辿り着くのか。


 身体が休息の必要を訴えている。ただし、このまま休息したらそのままポックリ逝きそうなので、身体に鞭打ち歩みを進める。


 霧が濃くなってきた。手足の感覚がもう無いに等しい。


 最早、自分が止まっているのか歩いているのかすら判別がつかない。


 不意に、視界がグルリと回転した。


 何事かと思ったが、どうやら自分は地面に伏してしまったようだ。


 これまでか。思えば、短い人生だった。意外にも、死ぬことに関しての後悔は少ない。


 願わくば、来世は超絶イケメンのハーレム王になりたい。


 さらば、我が人生。


――暗転。







「本当にコイツで良かったのかい?」


「問題なかろう。儂の力でちょちょいのちょいじゃ」


 白亜の宮殿。その一室。丸テーブルを前に、椅子に腰掛ける2つの影があった。


 片方は、最初に声を発した銀髪の麗人である。


 もう一方は、子供くらいの背丈の桃色の髪をした女性だった。


 何とも不釣り合いな2人であるが、身につけた衣服や装飾品、傍らに置かれている杖からは、厳かな雰囲気が醸し出されている。


「……まあ、私は面倒事が嫌いだからな。管理全般はクオリアに任せるよ」


「少し見ない間に、魔女がどうのこうのと、おかしな世界になったものじゃのう。こちとら神の身にもなって欲しいものじゃ」


 神。そう、2人の女性は、紛れもなく神であった。


 神域に聳えるこの宮殿は、世界を管理する女神の居城である。


 時戒神イリア。天秤神クオリア。


 この2人は、とある世界(・・・・・)を管理する存在だ。


「魔女の呪いとやらで、女と男の価値観があべこべになったんだろう? どうやって元に戻すんだい?」


 イリアはティーカップを持ちながら、何が起ころうともどこ吹く風といった様子で問い掛ける。


「元に戻す必要はない。少しの刺激があればいいのじゃ」


 クオリアは片目を瞑り、指をパチンと鳴らして返答する。何ともお茶目である。


「どういうことだい?」


 イリアはクオリアの言葉に関心を持ったのか、カップを机に戻して興味深そうに話を掘り下げる。


「呪いを消し去る必要はない。要するに、食い止めるだけでいいのじゃ。儂としても、世界に干渉しすぎると親父のお怒りが怖くてのう」


 先程とは一転、親父とやらを思い出したクオリアは、しょぼんと縮こまる。


 イリアはしばしの間考え込むと、顔を上げる。


「つまり、あの男を英雄に仕立て上げて、男の憧れにするんだね? そうすれば、これ以上男が女らしくなるのは済むね」


「その通りじゃ! ただ、英雄になるかどうかはあの男次第じゃがのう。ちっとばかし本人にしか見えんメモ書きを残しておいたからの、後はなるように任せる」


「あの男が堕落したらどうするんだい?」


 イリアは面倒事が嫌いな性格ゆえか、念には念を押して後からやってくる厄介事を取り払う几帳面さがあった。


「まあ、大丈夫じゃろ。元来男とは、冒険に憧れ、女を侍らせ、力を誇示する生き物なんじゃからな。わざわざ儂が現れて助けてやったんじゃ、感謝のあまり働きすぎるかものう!」


 腕を組み、自慢げに言い切るクオリア。イリアはため息を尽きながら、独り言つ。


「まあ、ちょっとした力でも与えておこうかな……クオリアだけじゃ心配だしね」


 丁度その時、ある男が目を覚ました。

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