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自由研究の成果

作者: 六月屋

 携帯が鳴った。発信者を見ると、イトコの奈々絵(ななえ)からの電話だった。

 電話口で奈々絵は、自由研究を仕上げるために俺に協力してほしい、と頼んできた。今日は8月31日。夏休み最後の日で追い込みにかかっているらしい。

 ヒマだった俺は、特に断る理由もなくOKして、奈々絵の家である坂上さかうえ神社へ自転車を走らせた。

 神社の裏手から奈々絵の家に入る。あいさつして玄関を上がると、ちょうど奈々絵が階段から降りて来たところだった。

「あ、真己人まことお兄ちゃん」

 俺を見た奈々絵は、夏なのにどこか青白い顔をほころばせて言った。

「ちょっと待っててね」

 そう言って奈々絵は一度台所に姿を消すと、スポーツドリンクのペットボトルを手に、玄関に戻ってきた。それから空いている方の手で俺の手を引っ張ってくる。

「こっち。来て来て」

 俺は弾んだ声の奈々絵に引っ張られるまま、おとなしく階段を上った。自由研究の手伝いって、どんな事をやらされるんだろう。頼りにされて呼び出された以上、ここは一つ、格好いいところを見せておきたい。

 奈々絵が自分の部屋のドアを開くと、涼しく乾いた空気が流れてきた。エアコンなんか使ってるのか。小学生のくせに生意気な。

 部屋の中は割合にきちんと整理されていた。床には紐のついた金属の棒が二本、転がっている。ずいぶん古びているけど、何だ、これ?

「真己人お兄ちゃん、六度様ろくどさまって知ってる?」

 見るともなく謎の棒を見ていた俺に、「自由研究 6年1組 坂上奈々絵」と表紙に書いてあるノートを手にした奈々絵が聞いてきた。

「聞いたことないな」

 俺が正直に答えると、奈々絵は満足そうに笑った。それから胸を張って、

「六度様っていうのはね、坂上神社の神様だよ」

「へえ、そうなんだ」

 親戚なのに、ちっとも知らなかった。ちょっと恥ずかしくなった俺は、それを取りつくろうように聞く。

「その六度様っていうのが、奈々絵の自由研究のテーマなのか?」

 俺の問いに、奈々絵は大きくうなずいた。

「そう! 六度様が本当に願い事を叶えてくれるかどうか、調べたの!」

「はあ?」

 神社の歴史か何か調べるのかと思ったら、神社の効き目の検証か。ずいぶんとバチ当たりな自由研究だ。

 あきれる俺をよそに、奈々絵は説明を続ける。

「六度様はね、六日間のお祈りを六回ささげると、願いを叶えてくれるって言われてるの。だから夏休みに入る前から、ずうっとお祈りしてたんだよ。こういうふうに」

 奈々絵は床の金属の棒を取り上げると、一本の棒を左手で紐を持って吊るし、それを右手に持ったもう一本の棒で叩いた。トライアングルのような高く澄んだ音がする。

「鳴り棒を鳴らしながら願い事を言うの。それを六日間続けて、一日お休みを入れて、また六日間。そうすると願い事が叶うんだって」

「それで、願い事は叶ったのか?」

「うん」

 嬉しそうにうなずく奈々絵。

「良かったじゃないか。で、どんな願い事をしたんだ?」

 奈々絵は少し黙ってから、俺の目を見て言った。

「年上のイトコがほしいです、って」

 その言葉の意味が、一瞬、理解できなかった。

「だって、俺がいるだろ?」

 俺の疑問に、奈々絵は何も返答せず、ノートを広げて手渡してきた。

 そこには俺のプロフィールが書かれていた。名前、年齢、身長体重に学校の成績まで。知っていてもおかしくはない内容とはいえ、こんなに詳しく、しかも正確に書かれていると、どこか薄気味悪い。

 そんな俺の様子を気にしたふうもなく、奈々絵は再び口を開く。

「夏休みの間ずっと、このノートに書いたみたいな年上のイトコがほしいです、って六度様にお祈りしたんだ。それで昨日が最後のお祈りの日だったから、今日、真己人お兄ちゃんを呼んでみたの。それで、ノートに書いたとおりに真己人お兄ちゃんが来てくれたから、自由研究が……」

「おまえ、何言ってるんだ?」

 俺は思わず声を上げた。

 今ここにいる俺が、奈々絵の願い事から作られた存在だとでも言いたいのか? ばかばかしい。

「実験してみようか」

 奈々絵はしかし、自信に満ちた口調でそう言うと、ノートを取り返し、消しゴムで一部を消してから鉛筆で何か書き直した。そして言う。

「ねえ、『マコトお兄ちゃん』」

「何よ、それ?」

 わたしは戸惑った。わたしの名前は真己まこだ。それに性別は女だ。どうしていきなり「マコトお兄ちゃん」なんて男みたいに呼ぶんだろう? 普段は「真己お姉ちゃん」と呼んでいるのに。

 困惑しているわたしの顔を見て、奈々絵はなぜか楽しそうに言った。

「じゃあ、『真己お姉ちゃん』。今、不思議な気分になったりしてない?」

「別に何とも」

 このわたしが、奈々絵のノートと神社の願い事から生まれたなんて、そんな冗談みたいな話、あるわけないじゃない。

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