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資本論と喫茶店  作者: 多奈部ラヴィル
7/7

喫茶店の午後

そしてその翌日、老人は現れなかった。

「あのご老人は大変栗がお好きだったのね」

とウエイトレスの一人が言った。

違うのだ。あの大きくて甘い栗には、ご老人の人生に係るような大きな秘密があったに違いないのだ。そう由香ちゃんも店主も思った。

そしてその翌日もその翌日もそうだった。老人は現れなかった。心細くなった由香ちゃんは、店が閉まった後、テーブルにアルコールのスプレーを吹きかけて、乾いた布で拭くという作業をしながら、ぽとりと涙をこぼした。そうして店を閉めた後の作業を、ウエイトレスたちは立ち働きながら、こんな噂をした。

「きっとね、寝室に飾られたあんな大きなバラのね、その香りにむせて、ご老人は幸せな気持ちで亡くなったんだわ」

ウエイトレスたちは様々な憶測をしたが、それが最も信憑性の高い噂として、まるでそれが現実みたいに、みな信じた。そう、由香ちゃんもそう信じた。髪の短い、スニーカーを履いた若い女性に抱えられないほどのバラをプレゼントされ、奥様の生前と同じく、寝室に飾り、そのバラの香りにむせかえり亡くなった。そして老人があくまでもこだわった大きくて甘い栗の意味も永遠の謎として残った。


けれど店主だけはそれに請け合わなかった。

「あのご老人はね、資本論を読み終えたんだ。また「朝日屋書店」でミシェル・フーコーの「言葉と物」を買ったなら、またやってくるに決まってる。

「それなんの本ですか?」

里奈ちゃんが無邪気に聞く。

「なんていうか、そうだね、俺も読んだことのない難しい本だ」

                                     (了)


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