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第三章 鬼の一族


 廃屋で死体を発見した俺たちは、悲鳴を聞きつけてやってきた貸しボート屋のオーナーに頼み、ボート屋の電話から警察に通報してもらった。俺たちも一応ケータイは持っていたが、電波が届かなかった。

 第一発見者はかなり興奮していたが、既に聴取を終えて帰宅している。俺たちだが、瑞希はあまりのショックにパニックを起こしてしまったため、「しまだ」へ戻り警察から事情聴取を受けることとなった。

 俺と飯橋は「しまだ」の一階にある談話室のソファに並んで座った。しばらくして一人の私服刑事と数人の制服警官が入ってきた。

 私服刑事はこの事件を担当する事になった県警の坂という四十代と思われる刑事。聴取は、ドラマであるような警察手帳の提示からはじまった。

「え〜、まず君たちの名前と住所を」

 俺と飯橋はそれぞれ自らの身分を答えた。瑞希については俺が代わりに話すことにした。瑞希は現在部屋で休んでいる。

 坂刑事は俺たちの話した事を手帳に書き記していった。筆が止る度に次の質問がかけられていった。

「え〜と、君たちは第一発見者の女性の悲鳴を聞いて、あの廃屋に行ったと。で、新谷君が中に入って遺体を確認したと。ところで、君たちは何でこんな朝早くに遊歩道へ出ていたんだ?あんな何もないところ……」

 ボート屋のおやじが聞いたらブチ切れそうな一言だが、やはり避けては通れない。ビデオの話をしなければ。俺はその事を話すために少し前かがみになった。

 その時、

「あのっ」

 飯橋が俺を遮るように声を発した。

「さっきも話したけど、私もこの二人も写真が趣味で水崎湖に撮影旅行に来ました。昨日の昼に出会って、カメラの話で意気投合して、今日の朝に一緒に撮影しようって、私が誘ったんです。私、ちょっと前から水崎に来ていて、朝の湖畔の少しモヤのかかった風景がステキだなって思っていたんです。それで、誘ったんです。そしたら、こんなことになって……」

 飯橋は俺の存在をかき消すかのように、時に語気を上げ矢継ぎ早に言葉を発していった。俺の入るスキもなかった。

「ふん、ふん」

 坂刑事は頷きながら手帳に視線を移し、筆を走らせた。

 コツン

 飯橋が不意に自分の足で俺の足を蹴った。

 俺が飯橋の方を向くと、飯橋は物凄い眼力で俺に「何か」を訴えかけてきた。

「飯橋さんはそういう事ね。新谷君の方は? それで間違いない?」

 本当は昨日撮影したビデオに、あの廃屋の中に不可解な影が映っていて、それを確かめるために早朝から出ていたのだが、俺は飯橋の言い知れぬ無言の圧力により、

「間違いないです」

 と答えるしかなかった。



「もう、落ち着いたよ」

 飯橋が二階から降りてきた。聴取が終わった俺は、一階談話室のソファに座ってTVに映るニュース映像を眺めていた。

「ああ、悪いな」

 俺たちが「しまだ」に戻ってきた時、瑞希は一人で立っていることもできないような状況であったが、俺と飯橋が聴取を受けている間に少し休んで落ち着いたようで、今は飯橋が様子を見に行くと言って二階へ上がっていたのだった。

〈え〜、今新しい情報が入りました〉

 ニュース番組のアナウンサーがそう告げたのを聞くと、俺と飯橋はTVに向き直った。

〈県警からの発表です。被害者の身元が判明しました。被害者の名前はX県県議会議員、桂城博敏(かつらしろひろとし)さん五十五歳。繰り返します。被害者の名前は桂城博敏さんです。尚、死因は頭部を殴打されたことによる頭蓋骨骨折と脳挫傷で……〉

 俺はふと振り向いた。そこには「しまだ」の経営者家族がいたのだが、彼らの表情は何ともいえないようなものであった。確かに近所でこんな事件があったのだ。不安がったり、気味悪がったりするだろう。しかし俺が彼らから感じたものはそういう類のものではない。何かとてつもなく恐ろしい「怪物」を目の当たりにしたような、この場には少々場違いな空気であった。

「あの……」

 俺が声をかけようとすると、みんな我に返ったようになり、厨房や食堂など散り散りになっていった。

「どうしたんだよ、みんな」

 不可解な反応に、俺は意味もわからずそうボヤくしかなかった。

「あ、そういや」

 俺はあることを思い出した。それは俺と飯橋が坂刑事から事情聴取を受けている時のことであった。

「あんた、何で話さなかったんだ? ビデオの事」

「あ〜ん」

 あの時、俺たちが廃屋に行ったのは、前日に撮影したビデオに不可解な影が映っていて、それが何かを確かめるためにであった。しかし聴取の際、飯橋は俺が言う前に「朝の湖を撮影するために遊歩道を歩いていた」と証言したのであった。その後、俺をじっと見てきたので、空気を読んで俺も飯橋にあわせることにしたのであった。

「何であんな事言ったんだよ。バレたらヤバいぞ」

 すると飯橋は、

「ああ、その件ね」

 俺の横に立っていた飯橋は俺の横に座った。俺が座っているソファは二人がけだが、二人座るとけっこう窮屈に感じる。

「あれはね、瑞希ちゃんのお願いなの」

「瑞希の?」

 あ、あいつ……まさか。

「その顔は察しがついたってカンジだね。さすがカレシだ。やっぱ最愛のカレシがくれたモノは大切にしておきたいものよね〜」

 飯橋が茶化すように俺の脇をつついてきた。

 あのビデオには廃屋の不可解な影を映し出している。それが警察に知れれば、当然手がかりとして押収される。その後はいつ手元に戻ってくるかわからない。もしかしたら、二度と戻ってこないかもしれない。瑞希はそのことがとても不安だったのだろう。あいつは俺があげたものはとにかく大事にするのである。だから、警察には知られたくはなかったのだろう。そして飯橋はその瑞希の気持ちを汲んでくれて、けっこう危険な橋を渡ってくれたようだった。

「ビデオは今私の部屋にあるわ。さすがに警察も私の方に踏み込んでくることはないでしょうよ」

 そう言って飯橋は薄っぺらい胸を張った。

 

 ゴチン!

 

 頭突きをされた。

  ……やはり俺は考えている事が顔にでてしまうようだった。

「ところで、警察は?」

「もう帰ったよ。俺たちの聴取が終わった後、宿の人にも色々話を聞いていたみたいだけど」

 ただ、談話室の窓から制服警官が通り過ぎるのが時折みられた。どうやらこの近辺で聞き込みを行っているようであった。聞き込みは捜査の基本だ。

「じゃあ、私たちは一応解放されたわけね」

「一応そうなるな。少なくとも俺たちは犯人じゃないからな」

 すると飯橋は席を立った。

「じゃあさ、一度「うらら」に戻りたいんだけど、あんたも来ない? ビデオも持っていってほしいし」

 そうだった。瑞希のビデオカメラは飯橋の部屋に置いたままなのだ。瑞希が大事にしている物だ。持って帰ってきたら、瑞希も少しは安心するだろう。

 俺は先に談話室から出て行った飯橋を追って談話室を後にした。


 TVはつけっぱなしだった


〈……関係者の話によりますと、昨日桂城博敏さんは甥にあたる桂城好太郎さんと一緒にでかけたまま行方不明となっていました。尚、県警は桂城好太郎(こうたろう)さんの行方も依然判っておらず、好太郎さんが今回の事件について何らかの事情を知っているものとみて、行方を追っています……〉



 ブロロロ……

 「うらら」へ向かう俺たちの横をパトカーが通り過ぎていった。さっきは自転車に乗った征服警官ともすれ違った。普段は静かな湖畔の町は、事件によって警察が巡回する物々しい雰囲気となっていた。

「ねえ、アンタ」

 飯橋が不意に話しかけてきた。

「アホ、いい加減名前で呼べよ」

「アホって言うな。ちゃんと覚えてるからいいでしょ」

 そういう問題ではないが、話を聞いてみることにした。

「アンタが死体を見つけた時、瑞希ちゃんがパニックになっちゃったじゃない」

「ああ」

 俺が死体を見つけた時、外から瑞希の悲鳴が聞こえてきた。飯橋の話によると、第一発見者の女性が中の様子を、事もあろうに「けっこう具体的に」話してくれたそうで、それを聞いた瑞希はかねてからの不安もありパニックを起こし、泣きながらへたり込んでしまった。その悲鳴を聞いた俺はすぐに廃屋から出て瑞希を介抱し、ボート屋の主人に通報してもらってから「しまだ」へと連れ帰ったのだった。

「実はね、アンタが瑞希ちゃんを介抱している間に、私も廃屋の中へ入ってみたの」

 それは初耳。俺も瑞希の介抱に必死だったから全然気付かなかった。

「それでね、ちょっと怖かったけど、死体を色々調べてみたの」

 ……この人、意外に肝が据わっているのだろうか。それともただの馬鹿なのか。

「どうやら失礼な事を考えているみたいだけど、話を進めるわよ」

 飯橋は超能力でも持っているのだろうか?

「死因だけど、ニュースでも言ってた通り、頭部殴打によるものね。脳みそが飛び出しているんじゃないかってくらいボッコボコにされているわ。あと、頭を殴られるのを防ぐためだろうと思うけど、両手も骨折してるみたいだった」

 つまり、犯人は頭を手で覆って逃れようとする被害者を執拗に殴り続けたということ。はっきり言って、正気の沙汰じゃない。

「あと、もう一つ気になることがあったの。これもニュースで言ってなかったけれど、頭部の傷の他に、死体の足にナイフみたいな鋭利なもので刺されたような傷があったの」

「刺し傷?」

 あの時俺は惨たらしい姿となった頭部に気を取られていて全く気付かなかった。

「私はこう思うの。犯人は被害者の足をナイフで刺し、被害者が怯んだ所で頭部を殴打した」

 いつの間にか飯橋の口調が探偵気取りなものになっていた。

「どう? 私の推理」

 こんな状況下で、気取った態度をするこの顔は、ちょっとムカつく。

「アーホ。死体の状況をなぞっただけじゃねーか。全然推理になってねーよ。それだけで犯人の手がかりが掴めんのかよ」

「いやぁ、それはまだわからないけど……」

 飯橋は俺の口調に空気を読んだのか、苦笑いしながら頭を掻いた。

「……人が殺されて、瑞希があんな事になってしまったんだ。少しは自重してくれよ」

 俺は正直苛立っていた。何より、この旅行をとても楽しみにしていた瑞希のことを考えると、気の毒であり、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

「はは……、ゴメン」

「頼むぜ、ねえさん」

 その後、大した会話もせず「うらら」の前に到着した。

「あれ? 加奈美さん」

 玄関の所に世話人の加奈美さんがいた。

 そして……、

 ササッ

 加奈美さんの横で一瞬影が動いた。よく見ると、小学生くらいの男の子が加奈美さんの後ろに隠れていた。

「お子さんですか?」

 すると加奈美さんは苦笑いをした。

「はい、息子の蓮です。とても恥かしがり屋さんなのです」

「へぇ。こんにち……」

 ダッ    バタン!

 俺が挨拶を言い終わる前に、中へと入ってしまった。

「すみません。実はうちの子、生まれつき身体が弱くて学校へはずっと通えていないのです。だから私以外の人と関わることが殆んどなくて、私以外の人に対してとても警戒してしまうのです。ごめんなさい。どうか気分を悪くしないでください」

 加奈美さんは申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。

「いえいえ、俺は全然大丈夫ですよ」

「そうですよ加奈美さん。でも、蓮君と外で会うのは初めてかな? お散歩でもしてたのですか?」

「はい、日課なんです。うちの子は中にいることが多いので、お散歩して少しでも体力をつけたいと思ってしているんです」

 加奈美さんはとても優しい表情で話してくれた。これが所謂「母の顔」なのだろうか。何だがほほえましい表情であった。

「でも、こんな時に散歩なんて、気をつけてくださいね」

「ありがとう飯橋さん。こんな静かな所であんな事件があるなんて。私もびっくりしました。寛子さんたちも気をつけてくださいね」

「私たちは大丈夫ですよ。なんたって、こっちには屈強な男子がいるんですから!」

 屈強っても俺は別にスポーツや格闘技を習ったことはない。ごく普通の大学生だ。

「俺は逃げるぞ。お前を囮にして逃げる」

「なんですって〜!」

 飯橋は顔を赤くして、けっこうマジで怒った。そして俺に裏拳を見舞ってきたが俺はかるく受け流した。ていうか、絶対飯橋の方が強いと思う。

 そんなやり取りをしていると、一台のパトカーが「うらら」の前を通り過ぎようとしていた。窓が開いているようで「うらら」に近付いてくるにつれて、車内での無線のやり取りが俺たちの耳に入ってきた。

「ガガガッ……全車至急急行せよ。繰り返す、水崎湖ボート屋付近で男性の変死体を発見。全車至急急行せよ……」

 パトカーは「うらら」の前を通り過ぎた直後にサイレンを鳴らしスピードを上げて走り去っていった。

 俺と飯橋は顔を見合わせた。そして喉の音が聞こえるくらいに息を飲んだ……。

 


 夜

 夕食を終えた俺は一階談話室で瑞希と一緒にいた。俺が「しまだ」に戻ってくると瑞希が出迎えてくれた。本人に調子はどうかと訊ねると、「もう大丈夫」と笑顔で応えてくれた。

 俺たちは談話室のソファに座りTVに向かっていた。瑞希は少し疲れているようで、俺の肩に身体を寄りかけていた。

〈続きましてニュースです。今朝X県水崎町で遺体となって発見された桂城博敏さんと一緒に行動していたと思われる、X県在住の桂城好太郎さんが今日の午後、水崎町の水崎湖で遺体となって発見されました。桂城好太郎さんの身体には十数箇所の刺し傷があり、県警は桂城博敏さん殺害と何らかの関連があるものとして捜査にあたっています〉

 あの時、「うらら」の前でパトカー無線で聞いた情報により、俺と飯橋はパトカーを追ってボート屋へ向かった。到着するとパトカーが何台も停車しており物々しい雰囲気であった。遠目に坂刑事がいるのを発見して目があったが、坂刑事は手で×サインを作り、奥へと消えていった。しばらくして救急車が到着し、遺体が乗っていると思われる担架を搬送していった。

「寛子さん、どこ行っちゃったんだろう」

 TV画面を眺めながら瑞希がボソッと呟いた。実は遺体を搬送した救急車を見送った直後くらいから、飯橋が姿を消してしまったのである。その時俺も周辺を探し、「うらら」にも寄ってみたが帰っていないとのことであった。まあ、あいつのことだから大丈夫だと思うが、こんな事件が続いてしまった所だ。誰だって心配になってしまうものである。瑞希も自身の調子は回復しているが、そのことが気になってあまり元気がないのである。

「大丈夫だって」

 俺は瑞希の肩を優しく抱いてやった。瑞希も俺の胸に顔を埋めてきた。

「失礼します」

 ソファの後ろから声がした。振り向くと女将さんの智子さんがお盆を持って立っていた。

 俺は立ち上がり会釈をした。

「お二人共、大変な一日でしたね」

 智子さんはお盆に乗ったコーヒーをテーブルの上に置いた。

「しばらく滞在されるのですか?」

 本来、俺たちは撮影が終了次第帰ることになっていた。しかしこのような事件が起こってしまい撮影どころではなくなってしまった。瑞希のこともあるし早々に引き上げたかったのだが、夕食前に坂刑事から連絡が入り、捜査のメドがつくまで水崎に残ってもらいたいとの要請があったのである。

「警察から言われたもんで……、スミマセンもうしばらく厄介になります」

 因みにこの間の滞在費は警察が出してくれるとのことである。まあそうでなかったら無理矢理にでも帰っていたところだ。

「ところで智子さん。一つ質問していいですか?」

「はい?」

 それは第一の殺人、桂城博敏についてのニュースを談話室で観ていた時に感じたある違和感であった。

「最初の死体が発見された時のニュース、ここで一緒になって観ていたじゃないですか。その時の、宿の方々の雰囲気が、何か少しおかしかったっていうか……、凄く凍りついていたというか」

 智子さんは俺の言葉に顔を強張らせた。するとおもむろに廊下に顔を出し、外の様子を確認してから、開け放たれていた談話室の扉を閉めた。

「座らしてもらってもよろしいですか?」

 智子さんは俺たちの向かい側にあるソファに座った。

「私は名古屋出身で、水崎へは嫁いで初めてやってきたのです。だから主人や他の家人程敏感ではないのですが、殺された桂城家というのは、水崎町では少々曰くのある一族なのです」

「それってどういうことですか?」

 俺は身を乗り出して訊ねていた。瑞希も身体を起こして智子さんの話に聞き入っていた。

「私も聞いた話なので詳しくはないのですが、この桂城家というのは、この水崎地方発祥の一族で県議会や市議会に議員を輩出している県内でも有数の旧家として知られています。ただ……」

 ここから智子さんの歯切れが悪くなった。

「評判はあまり良くないみたいです。桂城家は終戦後急速に発展したのですが、その際かなり「強引な手段」を用いていたそうです。農地改革の折も、所有していた田畑や山林を殆んど没収されずに済んだようですし。それに……」

 ここから智子さんの声が極端に小さくなった。

「これはあくまで言い伝えられている事で、本当かどうかは定かではないのですが、桂城家には昔から一族の中に事件を起こす人間が現れると言われているのです」

 「事件!?」

 智子さんの意外な言葉に俺は目を丸くした。その瞬間、瑞希が俺の腕をギュッと掴んできた。

「つまり、今回の事件でみんなが敏感になっているのは、その曰く付の桂城一族が関係しているからと」

「はい、そういうことになると思います。昔から水崎に住んでいる方は、一族の中に突如狂気に心を支配される人間が現れる桂城家のことを、鬼の一族として恐れているそうです」

 鬼の一族。桂城家とはそんな曰くのある一族だったのか。俺は思わず瑞希の肩を抱き寄せた。瑞希は不安そうな表情で俺を見つめていた。



「あら」

 談話室の窓越しに車のヘッドライトが見え、そしてそのヘッドライトは「しまだ」の敷地へと入ってきた。それを確認した智子さんは、客人が来たと思い、談話室から出て行った。俺は窓に近付き外の様子を伺った。車はこの静かな水崎には凡そ似つかわしくない黒塗りのベンツであった。

「何なんだあれ?」

 俺が窓越しに外を伺っていると、一人の男性が車から出てきて玄関の方へ歩いていった。そして玄関の方で話し声が聞こえた後、談話室の方へパタパタと足音が近付いてきた。

「あ、あの」

 扉が開くと智子さんが困惑した表情で俺たちを見てきた。その直後、

「ここか」

 車から降りてきたと思われる男が、智子さんを押しのけて談話室へと入ってきた。男は三十代前半と思われるが、黒いダブルのスーツにオールバック。また目つきも鋭く、お世辞にも好青年という格好ではなく、どちらかというと「その筋の方」という感じだった。

 この男の姿を見た瞬間、俺は瑞希の隣りに移動した。瑞希からは警戒心がひししと伝わってきていた。

「お前らか、親父の死体見つけたんわ」

 男は鋭い眼光で俺たちを睨みつけてきた。後ろでは智子さんが対応に困りオロオロしていた。

「そ、そうですけど」

 俺も警戒心を強め、男に応えてやった。

 ……親父、ってことは、この男は廃屋で死んでいた男の息子なのか?

「わしは今朝死体で発見された桂城博敏の息子で桂城 博壱(ひろいち)っていうもんじゃ」

 すると男は俺に右手を差し出してきた。握手のつもりなのだろうか。

 俺は警戒心を解かずに右手を恐る恐る差し出し、男から差し出された手を握った。

 ギュッ!

「!」

 男は力いっぱい俺の手を握り締めてきた。物凄い力だ。

「そ、壮介君!」

 俺の歪んだ表情で男の行動に気付いたのか、瑞希が思わす大声を上げた。 

 その瞬間男は俺の手を離した。

「ふん! 最近の若モンは随分と軟弱になったもんだな」

 男はそう言うと、俺と瑞希に近付いてきた。俺は瑞希を後ろに下がらせようとした。

 ズイッ

「瑞希!」

 しかし瑞希は俺の思いに反して後ろへ下がろうとせず、更に俺の前に出ようとした。

「はっ、最近は女の子の方が強くなったんかいの」

 瑞希は男をギッと睨みつけていた。男はそれに気付き不快そうに一笑した。

 そして男は俺たちの目の前までやってきた。

「わしも色々と忙しいんじゃ。手短に聞いとくぞ」

 男はメンチを切るような感じで俺に顔を近づけてきた。

「お前らが親父の死体を見つけた時、何か変わった事はなかったか?」

 俺と瑞希は顔を振らずに目を合わせた。そして俺は男を睨み返した。

「ないよ。あそこでの事は全部警察に話した。それ以上の事は何も知らない。気付いていない」

 俺は少し震えた声で男に応えた。俺の言葉の後に瑞希も「何も知らない」と続いた。

「本当か、オラ」

 男の俺を睨む目がさらに鋭くなった。俺も負けじと睨みかえした。

「本当だ!」

 唾がかかりそうな勢いで更に言い返した。

 そして一瞬の間があって、男が俺たちから離れ、身を翻した。そして舌打ちをして、談話室から出て行こうとした。

「もし何か隠していて、後で判ったら……ただじゃおかねえぞ。」

 男はドスのきいた声で背中越しに凄み、そして智子さんを押しのけて部屋を後にした。智子さんは男の後を追っていった。しばらくして、表で車の走り去る音が聞こえた。

「な、何なのよあの人!」

 緊張の糸が切れたのか、瑞希はソファにへたり込んだ。しかしその表情は不快感で溢れていた。

「壮介君、手、大丈夫?」

「ああ、別に何とも」

 俺は瑞希の前で手をヒラヒラと振ってやった。

 実際は、まだ少しジンジンしているが。

「あのオッサン、親父がどうのこうのって言ってたな。一体何だってんだ!」

 確か名前は桂城博壱って言っていたな……。本当にガラの悪い男であった。

「?」

 瑞希が玄関の方を気にした。耳を済ませると、誰かの話し声が聞こえる。

 パタパタパタ

 すると談話室の方へ向かってくる足音が聞こえてきた。そして足音の主である智子さんが顔をだした。

「あ、あの」

 何かさっきと同じような光景であった。

「どうしたんですか、またガラの悪いヤツが来たんですか?」

 すると智子さんは申し訳なさそうな感じで苦笑いをした。俺にではなく、智子さんの後ろに。

「ガラが悪いとは失礼な!」

 智子さんの後ろには飯橋が不機嫌そうな表情で立っていた。


 

「あ〜ん、それは大変だったわね〜、瑞希ちゃん」

 飯橋はソファに座り、智子さんが淹れてくれたコーヒーを啜った。ていうか、俺は無視ですか。

「瑞希ちゃんの話を聞いただけだけど、さっき来たって男は今朝廃屋で発見された桂城博敏の息子である博壱で間違いないわ。ガラの悪い男だったでしょ?」

 飯橋に事情を説明したのは殆んど俺なのだが、何故に俺の存在は無かった事にされているのだろうか……。

「いえ、私は別に。壮介君の方が大変だった。それより寛子さん、今までどこに行ってたんですか?」

 そうだ、飯橋は昼に俺と湖畔に行ってから姿をくらましていたのである。

「今まで何やってたんだこんな時に。けっこう心配していたんだぞ」

 すると飯橋はこちらを振り向くと、コーヒーに少し口をつけた。

「あんた、まだいたの?」

 ……

「なあ、瑞希。このアホ殴って外に放りだしていいか」

 今俺は本気で殺意を覚えた。

「まあまあ、壮介君。でも、寛子さんそれは本当なんです。私たち本当に寛子さんのこと心配していたんです」

 瑞希は飯橋に食い入るように迫った。すると飯橋は苦笑いして頭をかいた。

「ハハハ。ジョーダンに決まってるでしょ。ゴメンゴメン。何も言わずに行っちゃったのは悪かったよ」

 見たカンジはとても申し訳なさそうには見えないが、ここは瑞希の顔を立ててやる。

「で、どこに行ってたんだ?」

 すると飯橋はニヤッと笑い持っていたリュックから手帳を取り出した。

「実はね。アンタと湖畔で第二の殺人を確認した後、私はこの事件について詳しく調べてみようと思ったの」

「はあっ!?」

 俺は思わず声を上げた。瑞希も目を丸くしていた。

「なかなかのリアクションね。でも、それをアンタに言うと、瑞希ちゃんのこともあるから絶対に反対するでしょ。だから自分ひとりでやってみようと思ったの」

 確かに、廃屋での一件で瑞希があんな事になってしまったから、薄っぺらい好奇心でこの一連の事件に首を突っ込みたくはない。関わりたくないというのが本心だ。それは瑞希も同じだろう。

「だ、だからって、一言も言わず勝手に行ってしまうことはないだろ」

「そ、そうですよ。心配しちゃいます」

 物騒な事件が立て続けに起きているのだ。知っている人間が忽然と姿を消したら気が気でなくなる。

「それに関しては悪かったよ。ごめん、瑞希ちゃん」

 やっぱり俺は無視ですか!?

「でも、調べるって何を調べていたのですか?」

「それなんだけどね。」

 飯橋は持っている手帳をピラピラと開いた。

「まずあの廃屋の事なんだけど、あの廃屋の元は何だったかを調べてみたの。水崎湖界隈の人に聞いたところによると、昔は桂城家所有のお屋敷だったそうなの」

「桂城家?」

 ということは、自分たちの所有する建物の中で殺されていたということなのか。

「あの辺りは桂城家が所有している土地や建物が点在しているんです」

 振り返ると、智子さんがお菓子の乗ったお盆を手に談話室へ入ってきていた。瑞希が智子さんからお盆を受け取り会釈した。

「で、もう少し詳しく調べてみると、あの廃屋は五〜六年程前まで人が住んでいたらしいの。名前は確か……」

「銀造さんですね」

 飯橋が応える前に智子さんが応えてくれた。

「さっすが、地元! よくご存知で。何でも桂城家の中でその人が一番最近まで水崎で生活していたんだって。他の一族はみんな都市部へ引越しちゃってる」

「そうですね。銀造さんは水崎湖をこよなく愛していらっしゃいましたから」

「で、今その銀造って人はどこに。もう亡くなったのか?」

「いや、今は隣村の老人ホームで余生を送っているの。実はね、私その銀造さんに会って話を聞こうと思って、その老人ホームへ行ってきたの」

 何を考えているんだコイツは。いきなり行って会ってくれるわけが無いだろう。見回すと瑞希と智子さんは驚き半分呆れ半分というような感じであった。

「で、寛子さんは会えたのですか?」

 瑞希の質問に、飯橋は手を振った。

「いいや残念ながら。一足違いで警察に先を越されて会えなかった。全く、田舎警察のクセに手が早いんだから」

 お前も十分手が早いと思う。

「んで、次に調べたのが件の桂城家について。地元の方々には有名でも私たちには馴染みのないファミリーだからね」

 飯橋はまた手に持っている手帳をピラピラと開いた。俺はそれを横目で覗いてみた。

 真っ白だった。……っておい!

「雰囲気作りよ。空気読みなさいよ」

 真面目な場でどうして雰囲気作りが必要なのだろうか。俺は思わず頭を抱えた。

「さて桂城家なんだけど、この水崎地方に古くから影響力を持っていた旧家っていうことは知っているわよね。事件の後なんかにTVでもさんざん言っていたし」

 確かにTVでも観たし、智子さんからも話を聞いた。そう、「鬼の一族」である。

「まあ、影響力があったって言っても、あくまで水崎地方での話だから、所謂「田舎の金持ち」程度といえばそれまでだったの。そんな桂城家が終戦後県下にその名を轟かせることになるの。」

「龍造さんのことですね」

 智子さんが俺たちの後ろで呟いた。

「その通り。かねてから豪腕で知られていた当時の一族当主桂城龍造は、終戦直後の動乱の中で様々な事業を展開。中にはけっこうヤバい商売もやっていたみたい。それに戦後の農地改革の際、一族所有の農地や山林も殆んど没収されなかったっていうくらいだから、なかなかの豪腕よ」

 俺は飯橋情報の真偽を確かめるため、後ろにいる智子さんに視線を送った。すると智子さんは静かに頷いた。どうやら本当の事らしい。

「桂城龍造は昭和四十年に亡くなったんだけど、その息子の桂城 博造(はくぞう)も親父に負けず劣らずの豪腕だったらしく、親父の意志を引き継いで事業を拡大。県内において桂城一族の地位を不動の物にしたの。また政治への関心も高く、息子たちを議員にしたりもしたの」

「今朝遺体で発見された県議会議員の博敏さんは、博造さんの息子にあたります」

 智子さんがそう付け加えた。飯橋は頷き、「何も書かれていない」手帳をめくった。

「その博造は二十年程前に亡くなっているわ。あと博造にはもう一人元市議会議員で博太郎ひろたろうという息子もいたんだけれど、これも数年前に亡くなっているわ」

 飯橋は無駄にピラピラしていた手帳を閉じた。

「あと湖畔で発見された桂城好太郎は博太郎の息子。そしてさっきここへ殴りこんできていたのが桂城博敏の息子で博壱。他にも親戚はけっこう多いみたいね。なんせ県下屈指の旧家だものね」

 飯橋は皮肉たっぷりな口調で言った。

「で、その県下屈指の旧家の評判はどうなんだ?」

 すると飯橋は皮肉交じりの笑顔をつくった。

「アンタ……、さっきの態度みて評判いいと思う?」

 思わない。きっと思わない。絶対思わない。思ってたまるか!

「県内の政治的影響力は大したものを持っているけど、評判は必ずしもよくはないわね。けっこう危ない橋を渡っているみたいだし。それに……」

「鬼の一族か?」

 飯橋が言う前に俺の方から切り出してやった。

「ああ、知っていたのね。まあ私も人から聞いた話だけど。一族の中から人殺しをする人間が出るって話、桂城家はかつて先祖が鬼の血を飲んだことによって、代々子孫は鬼を身体の中に飼っていて、時折その鬼が表に出てきて人を殺しまわるっていう、所謂「伝説」の類の話よ。まあ実際、ここまで成り上がるのにけっこう悪どくて血も涙もないようなことをやってきたみたいだから、ある意味鬼のような一族よね」

「そ、そうなんですか」

 瑞希はさっきの俺と同じように、智子さんに確認の視線を送った。

「私も詳しくは存じませんが、一族の中でも主導権争いのため色々争い事があったと聞いています」

 なるほど。確かに一族の中から必ず殺人者が出るというのは胡散臭い話だ。しかし、桂城家がここまで成り上がってきたのは、「それ相応の」事を起こしてきたからである。その姿を周りの人間……桂城家に睨まれてしまった人間は、この一族を「鬼」と揶揄してきたのであろう。

「何か……怖いね」

 瑞希が不安そうな表情で俺を見つめてきた。何か昨日の晩から瑞希のこんな表情ばかりを眼にしているような気がする。元々俺たちは撮影旅行で水崎を訪れた。そして瑞希には併せて俺たちの「おもいでづくり」というささやかな目的があった。それが昨日、あの不可解な影を撮影してしまったばっかりに、あまりにも不気味な事件に巻き込まれてしまったのだ。俺は瑞希が気の毒でしょうがなかった。そして、彼女である瑞希をこんな表情にしてしまった自分の不甲斐無さに苛立ちを覚えた。

(大丈夫だ。俺がついているだろ)

 みんないるので恥ずかしいから声には出さず、しかし態度で理解してもらえるよう、俺は瑞希の肩を抱き、頭を撫でてやった。

 後で気付いたが、こっちの方が恥ずかしい行為であった。

 そしてこの後、飯橋は「うらら」へと帰っていき、俺たちも部屋に戻り就寝することにした。

 本当に長い長い一日であった。


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