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第一章 撮影旅行

この小説には一部残虐な描写があります。

 

「間もなく〜、水崎〜、水崎です」

 車内アナウンスが終わると同時に、俺は隣に座っている瑞希(みずき)に顔を向けた。

「おい瑞希。次、降りるぞ」

「くー……」

 瑞希はいつの間にか夢の中。

「おい、起きろって。もうすぐ着くぞ」

 俺は瑞希の肩を揺らした。

「くー……」

 しかしこの程度で起きることはなかった。

 まあ無理もない。朝の弱いこいつが、朝イチの電車に間に合うように起きてきたのだ。それから新幹線と在来特急、そして今俺たちが乗っているローカル線と立て続けの移動。さすがに疲れが溜まってくるというものだ。

 

 キキーッ

 

 俺の足元でブレーキのかかる音がした。もう到着する。マジで起こさなければ。

 俺は握り拳を作り、そして……、

 ゴツッ!

「う〜、い、痛い……」

 ようやく起きた。頭をさすりながら、こちらを睨みつけてきた。

「アホ。電車の中でマジ寝するんじゃねーよ。もう着くぞ」

「え、え、そ、そーなの?」

 瑞希が言い終わるのと同時に、電車が完全に停車した。

 俺は顎で合図をし、座席から立ち上がり、ドアの前に立った。

 

 俺の名前は、新谷壮介(しんたにそうすけ)

 全ての事の発端は、俺が大学に入学した頃であった。

 今まで小中高と極めて無感動な学生生活を過ごしてきた俺は、大学に入るに際し、何かを始めてみようと思った。理由は単純で、TVや映画であるようなキャンパスライフへの憧れであった。しかし、今更体育会系になんかなれないので、文化系のサークルに入ってみることにした。何件か体験入部してみて、最終的に行き着いたのが写真サークルであった。別にカメラに興味があったわけではないのだが、部の雰囲気が何となく良かったから入ることとなった。

 最初は先輩の撮った作品を観たり、撮影している姿を眺めているだけであったが、いざ自分でやってみると、これがとても楽しかった。自惚れかもしれないけれど、自分の撮った写真が芸術作品のように感じた。そしてこれよりもっと綺麗な写真を撮ってみたいと思うようになり、いつの間にかのめりこんでいた。一生懸命バイトをして、一眼レフを購入したりもした。ちょっと前の自分ではとても想像できないような姿であった。俺はカメラが、写真が大好きだった。俺はこの大好きなもので自分を思い切り表現していきたいと思った。

 そして俺の隣にいる瑞希の存在も大きかった。瑞希は大学の同級生であり、何を隠そう俺の彼女だ。

 瑞希と俺が知り合ったのは写真部の新歓コンパだった。瑞希は俺の少し後に写真サークルへやってきた。最初は挨拶を交わす程度の仲だったが、お互い写真が好きだったので、次第に話すことが多くなった。それは即ち一緒に過ごす時間が多くなっていくということでもあり、何だがいつの間にかこういうことになってしまっていた。後輩に「先輩達はいつから付き合っているんですか?」と聞かれることがあるが、正直な所、付き合い始めた日というものは、俺にも判らない。そして瑞希も判らないと言っていた。ただ、「ホントに付き合っているんですか?」と訊ねられると、「うん」と二人息ピッタリである。だから、部内では「不思議ちゃんカップル」なんて影で呼ばれているらしい。

 俺は瑞希の方を観た。横に並ぶと俺の目線は瑞希の目に重なる。俺の背が低いのではない。瑞希の背が高いのだ。高校以来ちゃんと計ったことはないのだが、何でも百七十センチは超えているそうだ。ヒールの高い靴を履くと、俺よりも背が高くなってしまう。以前は笑いのネタに、ヒールの高い靴を履くことが多かったのだが、誰かに「壮介君が気にしている」と吹き込まれたようで、それ以来スニーカーを履くことが多くなった。別に俺は何も気にしてはいないが……。

 見た目は、他の人が言うには「お嬢様風」らしい。確かに特段美人というわけではないが、目鼻立ちは整っており、清潔感はあると思う。

 まあ、そういうところも好きになってしまった理由の一つなのかな……。

 

 ていうか、これって、オノロケ?

 


「みずさきえ〜き」

 瑞希が古びた無人駅に掲げられた看板を指差して笑った。

 先に駅舎から出ていた瑞希を追い、俺も駅舎から出た。

「まあ、何もねえな」

 俺は思わず呟いた。駅舎の前は小さなロータリーになっているが、キレイに舗装されているわけではない。駅前の空き地というか、荒れ地というか、とにかくそんなカンジであり、隅の方に、これまた年代を感じさせるバス停がポツンとあるだけであった。

「ここからバスで行くのか?」

 俺は瑞希に訊ねた。

「ううん、ここから歩いていくつもり。ネットの地図だと、駅から北に歩いて十五分くらいかな」

 瑞希はカバンに入れてあった地図を俺に向けてきた。俺はその地図に目を通した。

「この地図だと、駅を出て前の道を右に行くんだな」

「そうみたいだね。じゃ、行こっか」

 言い終わるのと同時に、瑞希が前を歩き出した。


 俺たちが降り立ったのは、X県の水崎町という所。主な産業は温泉と冬場のスキーくらいというなかなか辺鄙な所である。何故俺たちがここへやってきたかというと、写真を撮るためである。元々は秋に行われる大学祭に出展するための写真を、夏休みを利用して撮影するということになっていた。そして、どこで何を撮ろうかと思案していた時、瑞希がネットサーフィンで偶然水崎町にある水崎湖の写真を見つけたのである。この水崎湖というのが、HPにUPされていた写真ではあるが、とても美しいものであり、またこの地域でしか見られない貴重な草花も多数群生しているらしい。まあそんなカンジで瑞希と相談し、水崎湖を出展用の題材にすることを決めたのだ。

 そして俺たちは、その撮影旅行でこの水崎町に来ているのである。



「あ、見えてきた」

 瑞希が少し早足になった。何が見えたのかは、横にいる俺には見当がつかない。

「湖が見えてきたのか?」

 俺は前に出た瑞希の背中に向かって訊ねた。すると瑞希が歩きながら首だけ振り返った。

「違う、違う。今日泊まる民宿の看板が」

 そう言って、瑞希は前方を指差した。

「あ、ホントだ」

 俺たちから五十メートルくらいの所に、「民宿 しまだ」という看板が掲げられていた。

 前を歩いていた瑞希が、ある看板の前で立ち止まった。

「どうした?」

 後ろから覗き見ると、そこには水崎湖の案内図が描かれていた。

「湖も近いのか?」

「うん、ここからじゃ林があって判らないけど、もうちょっと行った所で別れ道になって湖畔の方へ抜けれるみたい」

 そこからしばらく歩くと、「しまだ」の手前に別れ道があり、矢印による案内図で「直進 水崎温泉 右折 水崎湖畔遊歩道」となっていた。

「温泉もあるのか?」

 横目で瑞希に訊ねてみた。

「うん、規模は小さいけど。といっても、源泉はここじゃなくて、近くの温泉郷から引湯しているみたい」

 瑞希は地図に書かれたメモ書を俺に見せた。正直俺はこの旅行に際し、現地について殆ど調べていない。言いだしっぺということもあり、瑞希が下調べや民宿の予約等をしてくれていた。

「じゃ、とりあえず今日のお宿に行こうか」

 瑞希が再び前を歩き出した。

「おい瑞希、行くったって、まだ昼前だぞ。チェックインには早くないか」

 普通ホテルや旅館のチェックインって午後三時以降だったような気がするのだが……。

「大丈夫。荷物だけ置かせてもらえるよう、予約の時に頼んであるから」

 今までとにかく雑把な性格と思っていたが、意外や意外だ……。

 そんな事を感じながら、俺は瑞希の後に続いた。

「さーて、着いたよ」

 そして遂に、俺たちがお世話になる「しまだ」にたどり着いた。外観は民宿というだけあって、豪華絢爛というわけではなく、ちょっと大きな民家といった感じだ。建物自体は少し古くなっているようだが、綺麗に整備されており、汚さは全く感じなかった。

「あら、いらっしゃいませ」

 玄関口まで行くと、中からエプロン姿のおばちゃんが出迎えてくれた。

「すみません、今日からで予約していた岡本です」

 岡本……瑞希の苗字だ。

「ああ、岡本さんですね。お待ちしておりました」

「取り合えず、荷物だけ置かせてもらいます。夕方までには戻ってきます」

「はい、判りました。ごめんなさいね。部屋が空いていたらお通しできるんですが、まだ準備ができてなくてね。準備が終わったら、お部屋の方にお荷物を運んでおきますね」

 このおばちゃん、この民宿の「女将さん」であろうか。見た目はどこにでもいるおばちゃんスタイルだが、物腰は柔らかく、親近感のある肩肘を張らない応対の仕方であった。

「どうも、お世話になります」

 俺も瑞希の横に並び挨拶をした。

「はい、いらっしゃい」

 女将さんは笑顔で迎えてくれた。

「では、すみません。荷物お願いします」

 瑞希は自分の荷物を玄関口に置いた。

「瑞希、カメラカメラ」

 この旅行の目的は撮影だ。カメラは持っていかなくては。

「わかってる」

 瑞希はカバンを開け、カメラの入ったバッグを取り出した。俺もカバンからカメラを取り出した。

「スミマセン、お願いします」

 俺はカバンを瑞希のカバンの隣に置いた。

「これから、どちらへお出かけですか?」

 カバンを手に持ちながら、女将さんが訊ねてきた。

「これから水崎湖の方へ行ってみようと思います」

 俺が言うよりも早く、瑞希が応えた。

「ああ、そうですか。水崎湖は今が一番キレイな時ですよ」

 女将さんが笑顔でそう返してきた。俺たちも笑顔で応える。

「瑞希、それじゃ行こうか」

「うん!」

 そして俺たちは「しまだ」を出発。水崎湖へと向かった。



「しまだ」を出た俺たちは、さっき見た看板の通り湖畔方面へと歩いていった。別れ道に入って二、三分程歩くと、水辺が目の前に広がってきた。

「さーて、水崎湖に到着!」

 瑞希が水辺へと走っていった。道の端まで行き着くと、俺の方に手招きをしてきた。

「壮介君、こっちに遊歩道の入り口があるよ」

 その声に俺も駆け足で向かってみた。

「水崎湖畔遊歩道。これで湖は大体一周できるみたいだね」

 俺たちは遊歩道の入り口に掲げられた案内図を見ていた。これによると、この遊歩道は途中何箇所か途切れてはいるものの、湖を一周できるルートのようである。また湖の周りにはキャンプ場や貸ボート屋なんかもあるみたいだ。

「ねえ、後でボートも乗ってみようよ」

「うん、そうだな。湖の中からも撮ってみたいしな。でもカメラ落とさないように気をつけんとね」

 そんな話をしながら、俺たちは遊歩道へと入っていた。

 遊歩道に入ってからは、散歩がてらカメラを取り出して、ここと思う所でシャッターを切っていった。

 遊歩道自体はまだできて間もないのか、綺麗に整備されていた。所々にベンチやトイレが設置されている。

「でも、周りは寂れちゃってるね」

 瑞希がカメラを片手にそう呟いた。

 湖畔にはキャンプ場の他にも、色々な建物があったのだが、その殆どに人の気配がしなかった。つまりは廃屋ということである。民家や別荘と思われるもの、中には旅館と思われる建物もあった。因みににボート屋は営業していたが、残念ながら今日は定休日とのことで、シャッターは閉まっていた。瑞希はボート屋の横にかかる桟橋に繋がれていたスワンボートを残念そうに見つめていた。

 俺は廃屋の一つに近づいた。この廃屋はかなり古いようで、ガラスは全て割れ、屋根も崩れかかっていた。見渡すとけっこうな規模の建物で、かなりの豪邸だったことが伺える。昔はけっこういい暮らしをしていたのに、何らかの理由でここを手放さなくてはいけなくなったのだろうか。そう考えると、ちょっと切ないかも……。

 ピピッ

 背後から電子音が聞こえた。デジカメの電子音?

「って、コラ瑞希!」

 振り返ると、瑞希が俺に向かってレンズを向けていた。

「何不意打ちで撮ってんだよ!」

「え〜、だって何かいい雰囲気だったから」

 瑞希はニヤニヤしながら、再び俺にレンズを向けた。

「アホ。俺なんかとってどうするんだよ。撮るモノが違うだろ!」 

「いいでしょ、旅の思い出ってヤツ。それに……」

「それに?」

 俺が訊ねると、瑞希は少しもじもじした様子になった。

「初めてだよね、二人で旅行するの。思い出作りみたいな……さ」

 そう言って、カメラを持ったまま俺に近づいてきた。

 な、何だこの展開……。

「うちらさ、付き合い始めてからけっこう経つけど、あんまり恋人っぽいことってしたことないから。だから……」

 いつの間にか、瑞希の顔が俺の鼻先にまで迫っていた。気のせいだろうか、顔が熱い。

「だから……、この旅行では、い〜っぱいイチャイチャしたいの」

 そして瑞希の顔がさらに近づいて

「ちょ、オイ」

 俺が制するよりも早く、瑞希の唇が俺の頬に触れた。(制すると言っても、本気で避ける気は……なかった)

「フフッ、フレンチキ〜ス」

 瑞希はクルリと振り返り、俺に向かって舌を出した。まるでいたずらに成功した子供のようだった。

「ねえ、ドキドキした?」

 いたずらっ子のような表情で訊ねてきた。

「アーホ」

 俺はそう言い捨ててやった。内心は、ちょっと……ね。

「え〜、何それ」

「うるせーよ」

 照れ隠しもあるのだが、俺は瑞希にソッポを向き、遊歩道を進んでいった。

「あ、ちょっと待って。カバン〜」

 瑞希はボート屋の近くに置いていたカバンを取りに行ってからこっちへ走ってきた。

 そして、

「エヘッ」

 と俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

 ……って胸が当たってますがな!

「あ〜、エッチ!」

 何でこんなに敏感なんですか!?もしかして表情に出ているのか!?

「うるせーよ。貧乳のくせに!」

「あ〜、ひどい! 貧乳じゃないもん。ちゃんと谷間できるもん。壮介も知ってるでしょ!」

「あんなモン、偽装もいいところだよ! 寄せて上げてに必死だったじゃねーか」

「あ〜、そんなこと言うんだ。壮介君だって、……はじめての時」

「そこまで言わんでいい!」

 真昼間に何て会話してんだ俺たち。

「ていうか、あんまり引っ付くなって。何だよそのカバン。ずっと気になってたけど、何入ってんだそれ?」

 俺は瑞希の持っているカメラバッグを小突いた。瑞希の持っているカメラはコンパクトデジカメ一つなので、こんな重くはないはず。つまりカメラ以外に何かが入っているということである。

「ああ、これね」

 瑞希は手を離して立ち止まり、カバンの中身を俺に見せてきた。

「これは……」

 俺がカバンの中に目にしたもの、それはビデオカメラであった。

「瑞希、これってもしかして」

 俺はこのビデオカメラに見覚えがあった。というか、よく知っている。このビデオカメラは、俺が瑞希の誕生日にプレゼントしたものであった。

「これ、持ってきてたんか」

「うん、動画も撮りたいな〜って思ったから、ちょっと重くなるけど持ってきたの」

 再度言うが、この旅行は大学祭に出展する作品を撮るための撮影旅行。写真部だから、動画は出展する予定はない。

 俺が口を開こうとすると、

「おもいでづくり〜」

 瑞希はビデオカメラを取り出し、撮るマネをして俺に笑いかけてきた。

 

 もっとイチャイチャしたい


 それは瑞希の本心なんだと思う。

 愛の告白なしではじまった俺たちの関係。瑞希は俺の気付かない所で不安になっていたのかもしれない。「本当に自分たちは恋人同士なのだろうか」と。だからこの旅行に積極的だったのかもしれない。自分たちの関係を再認識するために。もっと恋人っぽくなるために。ボート屋が休みで残念そうにしていたのは、単に自分の好奇心を削がれたためではない。俺とボートに乗ることができなかったから……。そんな健気な想いで、今俺と一緒にいる。そう考えると、何だがこっ恥ずかしくなってきてしまった。

「はいはい、思い出作りね」

 思わず苦笑いをして、瑞希に背を向け歩き出した。

 瑞希も、俺の横に並んで、同じ歩幅で歩き出した。

 そして再び唇を俺に近づけてきた。

「フフフ、フレンチキ〜ス」

 半ば開き直って声を揃えてやった。アホな二人だ。

 しかし何だかんだ言っても、お互いの心が通じ合うまでの仲になっているようであった。



 それからしばらくの間、俺たちは木崎湖畔の風景を撮り続けた。もっとも、カメラで撮影しているのは俺だけで、瑞希の方はというとビデオカメラで動画を撮影し続けていた。しかも撮影しているのは風景ではなく俺だ。まさに「撮る人は撮られる人」である。

 俺たちがキャンプ場の近くにある古びた神社の横を通り過ぎようとした時であった。

 カランカラン……

 神社へと続く階段から何かが転がってきた。このままでは湖に一直線だ。

「よっと」

 何だか判らなかったが、湖に落ちるのは阻止しようと思い、足を伸ばして転がってきたモノを止めた。

「壮介君、それレンズじゃない?」

 瑞希が俺の後ろから覗き込んできた。俺はそのモノを拾った。確かにそれはカメラのレンズであった。

「なんでこんな所にレンズが」

 俺が呟いたその時であった。

「あ〜、すみませ〜ん」

 階段の方から女性の声が聞こえてきた。

 俺と瑞希は同時に振り返った。そこには階段を降りてくる一人の少女の姿があった。

 よく見ると、その少女は肩からカメラをぶらさげていた。

「これ、あなたの?」

 俺の足元に転がっていたカメラを瑞希が拾い上げた。

「あ〜、すみませ〜ん」

 階段を降りきった少女は、俺たちの方へ近づいてきた。階段の上にいた時には気付かなかったが、少女は身長が百五十センチあるかないかの小柄で、歳も十六、七ぐらいであろうか。またおかっぱ頭ということもあり、見た目は割りと幼い感じであった。

 瑞希は少女にレンズを渡した。

「フードに少し傷がついちゃってるけど、レンズ自体に傷はついてないみたい。気をつけてね」

「あ〜ありがと〜。いやぁ、階段の上から落とした時、もうダメだって思ったけど、よかった〜。このレンズ、けっこう高かったのよねぇ」

 少女はそう言いながら、レンズにキャップをつけ、リュックの中にしまった。見た目の割りに、おばちゃんっぽいしゃべり方をしていた。

「ところで、こんな所でなにしてんの?」

 少女は俺たち二人を見て言った。……ていうか、タメ口だ。

「俺たちは、湖の風景を写真に撮りに来ているんだ。遊歩道沿いに来たからこの神社の前に出てきた」

 俺は不快感を滲ませながら、ここに来た経緯を説明してやった。

「お前こそ何やってたんだよ。こんな所で」

 すると少女はムッとした表情になった。

「まっ、お前とはご挨拶ね。敬語を使えとは言わないけど、言葉遣いは気をつけなさいよね」

「なっ!」

 少女の思わぬ反応に、俺は目を丸くした。な、なんだこのガキ!

「べ、別にフツーじゃねえかよ。そっちの方が変じゃねえのか? 大体何だよ敬語って!」

「はあっ?」

 俺と少女の間に気まずい空気が流れはじめた。

「あ、あの、私たち大学の写真サークルに所属している者同士で……」

 すると横から瑞希がフォローをしてくれた。

「ほらぁ。やっぱり私より年下じゃないの〜」

 …………

「ええっ!」

 俺は思わず身を乗り出して絶叫してしまった。

 俺らより、年上!



 この少女、いや、この女性の名は飯橋寛子(いいはしひろこ)。二十三歳で俺たちより三つも年上であった。何でも大学を卒業してからプロの写真家を目指すため、東京の専門学校に通っているそうである。水崎に来た理由は、俺たちと同じく撮影のためだそうだ。

「へぇ〜、東京ってスゴいんですね。私まだ行ったことないんですよ〜。ディズニーランドとか行ってみたいです」

 しかもこの女性、偶然にも瑞希と同じHPをみて水崎湖にやってきたようで、そこから何故か瑞希と意気投合してしまった。今、俺の目の前を二人並んで談笑しながら歩いている。 

「ネズミーランドは厳密には東京じゃないけど、そーなんだ。カレシと一緒に行けばいいじゃん」

「あ〜、え〜っと、壮介君テーマパークとかあんまり好きじゃなくて行かないんです」

 瑞希が後ろの俺を意識しながら応えた。

「え〜、何で何で?」

「高所恐怖症で、絶叫マシーンが乗れないんです」

「え〜、なっさけね〜の」

 女性は振り返り、蔑んだ目で俺を見てきた。

「な、何だよその目は! しゃーねーだろ、怖いモンは怖いんだよ!」

「そこでカノジョのために身体張るのがカレシってもんでしょ。強面の割りに甲斐性ないわね。」

「う、うるせーよ!」

 クソ、何で初対面の人間にここまで言われなきゃいけないんだよ。とは言っても、俺が高所恐怖症で、遊園地やテーマパークが苦手というのは本当である。瑞希もそんな俺に気をつかっているのかは定かではないが、今までそういう場所に行きたいと言ったことは一度もない。だから俺も強く言い返すことはできなかった。悔しいけど……。

「そんなことないですよ、寛子さん。壮介君は見た目はぶっきらぼうな感じだけど、実際は優しい人なんですよ」

 何だか視点がずれているような気もするが、劣勢に立たされている俺に一応のフォローを入れてくれた。

「優しい? ふぅ〜ん。どんなところが?」

「どんな、ところ……」

  瑞希は考え込んでしまった。そこは黙るところじゃない!

「どんなところ?」

「……例えば」

 瑞希は何故か恥ずかしそうな表情になった。……おいおい。

「夜、二人になった時に……」

 だーっ!

「何を暴露しようとしとるんじゃお前はーっ!」

「キャッ」

「アッハハハハ〜」

 こんなカンジで、俺たちと飯橋寛子という名の女性は次第に親交(?)を深めていくのであった。


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