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【雪の村の邪神と贄の少女】

作者: さくさく

2015年6月13日に書いた三題噺を元にした短編です。

後書きに実際に使ったキーワードを載せています。

 綿雪が降り注ぐ。私が生まれてから十四年、この雪が止んだのを見たことはない。雪は呪いとなり、今もこの街に降り続けている。

 「その腹の子の髪が欲しい。二十歳になるまで伸ばし続けたものを貰う。それまで雪は止まない。」

 手違いでこの村に呼び出してしまった邪神が母に言った言葉だ。つまり私が二十歳になった時、その邪神に髪を捧げることで、この田園の村は救われる。


 私は、髪のために生かされている――



 「由羽、忘れ物はない?」

 玄関前で母が言う。うん、と呟くように言う。玄関の段差に腰掛けて長靴を履いていると、後ろから母が、私の髪を整える。母は髪のことしか見ていない。


 私の髪は生まれてから伸ばし続けていて、普通に立っているだけでも地面に付いて、さらに余るくらい長い。その髪を地面に付かないように、折りたたんで結んでいる。とても重い……

 髪を整えている母から逃げ出すように、振り返りもせず玄関から出て行く。見上げる空は少し灰色になっていて、大粒の雪が降っていた。溜息が白く漂う。

 学校へ行くのは気が重い。私は贄の子だから、周りから避けられている……こんな私に声を掛けてくれるのは母とアイツくらいだ……

 もう一つだけ溜息を吐いて、傘をさす。重い足を引きずっていつもの通学路を歩き始めた。



 通学路の途中に小さな神社がある。元は豊穣神を祀っていたそうだが、長い間、神様は不在だった。この村は畑で生活している人がほとんどだったので、また豊作の神を呼ぼうとしたのだが、十四年前に行った儀式が失敗してしまい、豊穣神の代わりに邪神を呼び寄せてしまったのだった。

 そしてその邪神はこの神社に住み着いていて……

 「ユウ!何歳になった?おいらと遊ぼう!」

 この道を通るとその邪神に声を掛けられる。私と話してくれるもう一人の存在だ。

 「まだ十四歳よ。遊べないわ。学校に行かなきゃ。」

 邪神はふてくされ、ギザギザの歯をむき出しにして食いしばる。並んで歩くと中学生の私と同じくらいの身長で昔話の絵本で見るような藁で編んだ蓑を羽織っている。

 学校のある平日は、このやりとりが日課になっていた。性格は子供っぽく、邪神と言われるにはギャップがある。すべての元凶であるが、母以外の唯一の話し相手なのと、その無邪気な性格がなぜか憎めなかった。

 「遊べても鬼ごっこやかけっこなんてイヤよ。髪が重くて頭が痛いもの。」

 なにをするにも長い髪が私の足を引っ張る。この髪は私の自由を奪う枷だ。今の私は、おもいっきり走ったり跳んだり跳ねたりなんてできない。

 こんな髪なんて早くなくなればいいのに……

 「この髪を切ってくれたらいっぱい遊べるわよ。日が昇って沈むまで!毎日!たくさん!」

 遊びたがっている邪神を丸め込めないかと思うのだが、決まって邪神はこう言う。

 「ダメ。制約は絶対。お前の母親とした制約は、二十歳になるまで伸ばし続けたお前の髪を貰う、だ。これは絶対に変わらない。雪も止まない。」

 無邪気な性格なのだがこの制約にだけは頑固に変えようとしない。子供っぽいというか、古い考え方というか……

 「髪が重いっていうことがどういうことかわからないからそんなこと言えるのよ……」

 邪神の背後に素早く回り込み、頭部の髪のようなものを思いっきり掴んで引っ張る。

 「いだいいだい!やめて!」

 「私はこんな気持ちなのよ!いたくて重くて不幸で泣きそうなの!」

 「それ、ウソ!ユウ笑ってる!」

 誰にもぶつけられない鬱憤を小さい頃からこの邪神にぶつけている。邪神と言われているけれど、これくらいで怒ったりしないことは小さい頃から遊んでいる私にはわかっていた。

 私にとってこの通学が唯一の救いだったのかもしれない。



 学校の日常はとても簡単だ。時間通りに教室にいて、授業を受けて、一人でご飯を食べて、帰るだけ。イヤなのは、グループで誰かと同じ作業をすることだ。私と組むことになる人はとても距離が遠い。物理的にも精神的にも。わかりきっていることだから、距離を縮めようとは思わない。私は相手の気持ちいい離れた距離にいて、空気になればいいのだから。

 でも、こんなことが二十歳まで続くのだろうか……その先は……


 あ、いけない……


 咄嗟に頭に言葉が浮かんだ。考えちゃいけない。これ以上……

 思考は止まらなかった。このままずっと集団生活の中で話せる人間はいなくて、学校を卒業して、仕事についてからも同じなの?集団生活のできない私は、社会で生きていけるの?


 息が止まった。底の見えない深淵の縁に立っているような感覚に陥り、血の気が引いて目の前が真っ暗になる。

 ガタンと音を立てて机から地面へ倒れて、私の意識はなくなった。



 気がつくと家の布団で寝ていた。

 母が側でうつらうつらとしていたが、目を覚ました私に気付いて口を開いた。

 「由羽!大丈夫?」

 うん、と言いかけて、


 「髪は無事?体は大丈夫?」


 その言葉を聞いて、反射的に涙があふれ出した。もう我慢できなかった。

 「お母さんは私が大切じゃないんでしょ……?」

 上手く声が出ない。

 「私じゃなくて髪の方が大切なんでしょ……?」

 声が裏返ってしまう。


 母は青い顔をして言う。

 「な、なに言ってるの!そんなこと……!」

 「じゃ切ってよ!こんな髪!」

 学生鞄からハサミを取り出して目の前に叩きつけた。

 「私の方が大切なら、地獄から解放してよ!助けてよ!」

 母は固まって動かなかった。

 「うわああああああ!母さんのバカ!!」

 布団を投げて家を飛び出した。遠くで母がなにか言ったような気がしたが聞こえなかった。

 髪を引きずり、引っ張られる頭の痛みよりも、心が痛かった。裸足の冷たさも忘れてがむしゃらに走った。



 気がつくといつもの神社の前に立っていた。今更になって頭と足が痛くなってきた。

 「ユウ!どうしたの?」

 邪神がいた。

 「そうだ!ユウに贈り物あるんだよ!」

 そう言って邪神は懐から一輪の花を差し出した。

 「花を見たいって言ってたの思い出した。おいら隣町まで走って取ってきたんだ!」

 「……お前のせいだ」

 ダメだ、声が擦れてしまっている。

 また涙があふれ出してきた。

 「ユウ、どうしたの?どこか痛いの?」

 たまらなくなって逃げ出した。話し相手で、友達で、小さい頃からずっと一緒にいたけれど、今はもう私にとって、邪神は憎しみの対象でしかなかった。



 綿雪が降り注ぐ。白く広がった地面と、そこから伸びる木々の間を歩いていた。

 どこをどう来たのかわからない。おそらく山の中だとわかったが、もうそんなことはどうでもいい。

 ドサッと前のめりで倒れ込む。もう歩けない。足の感覚がなくなっていた。

 火照った頬に積もった雪が気持ちよかった。荒かった息が落ち着いてくる。もう動けない。

 目を瞑ると静寂の中に、雪が積もる音が聞こえる。心臓の音も聞こえてきた。

 心地よい音だった。だんだんと緩やかになっていく。子守歌のようにやさしい音だった。

 緩やかになっていく心臓の音を聞きながら次第に意識は遠くなっていった。



 遠くなった意識の隅で、誰かが呼ぶ声が聞こえた。


 ユウ、こんなとこにいたの?

 ……

 お前の母が騒いでいるのが聞こえたんだ。早く帰らないと心配するぞ?

 ……

 ……

 ユウ、おいらユウが悲しいと、おいらも悲しいってわかったんだ。

 ……

 おいら大人の困った顔が好きだから、お前の母にあんなこと言ったんだ。

 でも、ユウは友達だから。悲しい顔、見たくない。

 ……

 ユウは本当は、いたくて重くて不幸で泣いていたんだ。おいら、バカでわからなかった。

 制約よりユウの方が、おいらにとっては大切だから。

 ごめんね、ユウ。バイバイ。



 やさしい日差しが目蓋の隙間から入ってきた。薄目を開けると、雲間にハッキリと太陽を確認することができた。こんなことは生まれて初めてだった。目を開けると知らない雑草がたくさん生えていて知らないにおいが漂っていた。

 体を起こすと家が見えた。そして家の周りには雪解けの田園が広がり、やさしい風が頬を撫でた。

 頭に違和感があった。とても軽い……

 髪に手を触れると、今まで身長よりも長かった髪が肩より短くなっていた。

 「由羽……由羽!!」

 家の方から母の声が聞こえた。

 靴も履かないで田んぼを突っ切って走ってきた。そのままの勢いで私を抱きしめた。

 「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 強く抱きしめられて少し苦しい。

 「お母さん……ごめんなさい……」

 ぎこちなく、ゆっくりと抱きしめ返した。



 綿雪の降る山の中で気を失ってから、私を呼ぶ声が聞こえたような気がした。

 私に声を掛けるのは、母とアイツしかいない。

 通学路の途中にある神社を通ると桜の木が咲いていた。鮮やかなピンク色の花びらが、雪のように降っていると、すぐそこの陰から声を掛けられるような気がする。

 でも、いつも話しかけてくれたアイツはいない。

 風が吹いて、桜の花が舞う。髪を通り抜ける風が心地よかった。



終わり。

   

三題噺のキーワード。

【儀式】【髪】【綿雪】

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