異界への道
1話目です。
「だって仕方ないだろう?お前の左腕一本の代用品を作るのに幾分かの
魔力を消費したし・・・・。
そもそも死んだ身では中々魔力が集まらんのだ。
誰かさんが私を殺したせいでな・・・」
恨めしい視線とはこういうのを指すのだろうか
じとじとした嫌な視線を向けてくる。
俺はそれをふいっと顔を背けて否した。
「それよりどうだ?左腕の具合は」
今度は一転、なかなかに優しい声色で話しかけてくる
そういえばそうだ、俺の左腕。
見るだけなら毒々しい、如何にも魔力中毒を起こしそうな色合いと存在感を持った腕。
そのサイズも、太さも、忠実に”前の腕 を再現していた。
・・・・・思考して、なんだが複雑な気分だ。
「不具合はあるか?」
握る、回す、とにかく動かす
だが違和感という違和感も無く、正常に機能した
ー 特に問題は無いな、感度も良い
「そりゃなによりだ。」
そういって魔王(自称)は塀から勢い良く飛び降りた。
途中腰に巻いたスカートが捲れて、黒い布が見えたのは気のせいだ。
というか、何が嬉しくて異種族に欲情せにゃならんのじゃ。
頭を振って煩悩を追い出す。
「どうした?」
魔王が不思議そうに覗いてきた。外見だけならホント人間だな。
ーなんでもない。
そうかと、俺の隣に体育座りする魔王
なんだかちっこくて可愛かった。
「さて、では真面目な話をしよう」
そういって魔王は砂の上に魔法で絵を書き始めた。
その途中2、3質問を受ける。
「主は、王に復讐をしたいのだな?」
ー・・・・ああ。
少し考えてから頷いた
「よろしい、では主を死に追いやろうとした”人類 はどう思う?」
これは少し答えづらい
余は”王だけに全ての責任があるか? と聞かれている様なものだ。
嘗て俺の姉はこう言った 「王とは民の意思の顕れ」であると。
ー・・憎くは・・ある。
「ふむ、憎い・・とな?
それは其の物たちの”命を奪う 程にか?」
ー・・・・・・・・・・。
正直、俺の命を狙った戦友どもは憎い。
共に苦境を乗り越え、数え切れないほどの死線をくぐり抜けた仲だ。
簡単に裏切られて、あっさりと絆を叩き壊されて。
憎むなという方がムリだ。
だが・・・民は・・・・。
ー・・・・・・・・・・ああ。
熟考の末、そう答えた。
魔王は満足そうに口元を釣り上げる
それは俺と人類の完全な決別を意味していた。
「主の気概は聞いた、ならば準じて伝えよう。
我が考えた人類を破滅へと向かわせる策だ。」
魔法でスイスイと、走るように絵を描く
その絵は当初、何の意味も理解できない唯の線に過ぎなかったが。
やがてひとつの”意味 をなしていた。
ー これは・・・・”世界地図 か?
「そうだ。 魔族領土含め、この世界の全ての土地だ。
我はソレを全て手中に収める」
そう言って魔王は、ひとつひとつ領土を塗っていった。
土色の地面に、蒼い粒子が集まり視界を埋める。
「この塗り終えた場所が、我に協力すると約束した種族の領土。
もしくは我が生前統治、占領した領土だ。」
ーふむ・・・・。
見れば領土は世界地図の4分の1程度。
戦力としては強大だろうが・・・・・・。
ー果たしてこの中で、その盟約を守る種族が幾つ有るか・・・だな
「その通り、我が最も危惧するのは其処だ。」
そう言って魔王は立ち上がり、空を仰いだ
俺は世界地図をじっと見つめる。
「我が力を取り戻すまで待つのも一興だが・・・だがそれでは駄目だ。
何年かかるかもわからんし、何よりあの国王が年だ
何時あの王座を明け渡すかもわからん。」
ー一応、俺の事も考えているんだな
「当たり前だろう、現状主が最もたる戦力なのだからな」
そういって嫌な笑を浮かべた
だが頼られて悪い気はしない、何よりなの下衆な国王の首を飛ばすためだ。そのためなら魔王にだって手を貸そう。
魔王は再び世界地図に目を向けると、「一つ」付け加えた。
「・・・だが、生前の私ならば」
そう言って世界地図に新たに領土を描いていく。
すらすらと華奢で細い指が、繊細に色を紡ぐ
そして出来上がった地図は、正に半分が青色に染まっていた。
ー世界を二分しているな。
「何を隠そう”魔王。 だからな」
だが所詮は過去の産物。
今となっては人間共に奪取された領地もあろう。
ーふぅ・・・しかし今在るわけでも無かろうに。
どうするんだ?魔王。
「取り戻す・・・とはいかんだろう、少なくとも主が居れば都市一つは
落とせるだろうが・・・疲労は蓄積する。」
ー周りの弱小種族を取り入れるとかは?
「弱すぎて話にならん」
確かにその通りだった。
今の魔族は弱体化し、スライムなんぞは子供の遊び相手に成り下がっている。
今では中ボスレベルも小隊で狩れるレベルだろう。
ー策は?
俺は投げやりに聞いた。
「ある。」
俺の予想に反し、自信ありげな返答が返ってくる。
その姿は既に王座へと向かっていった。
ーどこへ行く?
魔王は凛とした足取りで王座まで辿り着き、その王座の裏側へと回った
そして何かレバーを堕とすような音が響く。
同時に地響きが起こり、王座へと続く赤い絨毯が真っ二つに裂かれた。
その下は遥か暗闇へと続いている。
ーこれは・・・・・。
「癪だが、主は歴代の勇者の中でも間違いなく最強だった。
故に我とて敗北の可能性を考えていたのでな、その後の策は無論講じておる。」
ため息混じりに”流石 と呟くが、魔王は口を歪に曲げるだけだった。
2人で暗闇をコツコツと降りていく。
石の階段は妙に甲高い音を発し、地下空間に足音を反響させていた。
明かりは魔王が灯す光日のみ
燃焼魔法を永続的に発生させているとの事だった。
ー・・・魔力、足りるのか?
「戯け、この程度の下級魔法なぞ我の魔力減少に繋がるか」
そう啖呵を切って、一向に下る。
やがて一際広い場所に着くと、一斉に壁のランタンが火を灯した。
「着いたぞ。」
そう言って魔王が指差した先。
ランタンの淡い光が晒し出す火の元には、酷く無骨な機械のようなものがあった。
なんとも言い表せないモノ。
形を言えば、大筒を巨大にして縦に置いたような物であり。
その下部分からは、幾千もの”紐 のような物体が繋がっていた。
ーなんだ・・・この気味悪い物体は
「ふむ、我が研究を重ね実験班に作らせた代物だ。」
そういって恐ろしげもなく物体に近づく
そしてよくわからぬ仕掛けを次々に起動させて行った。
ーこの”紐 みたいな大量にあるコレは?
「”ケーブル と言ってな、中に銅線と電力を伝達する為の仕掛けが施してある」
ーけーぶる?
「ああ、この機械の正式名称は”平行世界移動機器 というのだ。」
ーへいこう・・・・なんだ?
主に言ってもわからんだろう、と魔王は苦笑いを漏らし中央にある赤いレバーを降ろした
同時に不気味な光が機械を包み、暗い地下室を明るく照らす。
ーっ・・・眩しいな
「反粒子を収集しておるのだ、この光に入れば我々の存在はこの世界から抹消される。」
俺はその言葉に愕然とした。
ー!? どういうことだ!?自決でもしようってのか!?
魔王は違うと言わんばかりに首を振った
「そうじゃない、”条件の有利な世界 に行くんだよ。」
ー条件の・・・有利な?
「そうだ、一からやるより元から有ったモノを利用した方が何倍も良い
つまりは”まだ魔王軍が存在した世界に殴り込みをするのだ」
ー奪うって事か?
「その通り」
そう言って歩を進める魔王。
その体は徐々に粒子へと消えていく。
ーお、おい!魔王!
「何心配するな、恐らく成功するさ。」
ー恐らくって・・・
そして体がほとんど飲み込まれた状態で、魔王は思い出したように口にした。
「あ、そうそう。
勇者、お前その装備じゃ如何にも”勇者 だろう?」
ーあ・・・ああ。
見れば今の装備は魔王討伐を行う以前となんら変わらぬ装備だった。
これでは何処から見ても討伐メンバーだ。
「それに主の”気 は魔族に察知されやすい。
主が”向こうの世界 に行った時、勇者では無用な反感を買うだろ」
そう言って魔王は一つ鍵を放り投げた。
ソレを片手て受け取る。
そうした瞬間、魔王の体は左腕を残して全て飲み込まれた。
思わず口を開く。
だがその前に魔王はすぐ横を左手で差した。
それの意味するところ・・・・。
壁に沿うようにひとつの宝箱が在る。ソレを認識したところで完全に魔王は姿を消した。
ーま・・・・王
粒子の光は衰えず、今尚地下室を明るく照らす
呆然と立っている事も出来ず、俺はとにかく魔王が指示したであろう通りに宝箱を開いた。
ーっ・・・。
瞬間、思わず顔をしかめる。
ーこれ・・・呪いの装備じゃねぇかよ・・・・。
見るからにどす黒く、禍々しい瘴気が渦巻いた代物
兜、胴、腰、脚、腕、全ての防具が揃っており触れてみて初めて気付いたがかなり質の良いモノだった。
自分用にでも作らせたのだろうか?だがこの防具はヘタをすれば勇者一式装備よりも防御力が高い。
苦渋の判断と言えばそれまでだが、俺は渋々防具を身にまとった。
=勇者は呪われてしまった!
=だが勇者に呪いは効かない!
=勇者は呪われてしまった!
=だが勇者に呪いは効かない!
=勇者は(ry
今ほど自分が勇者で良かったと思った事はない
呪いが無効化できるのは勇者の特権であろう。
だが禍々しい瘴気を纏うことに変わりはない、多少気分が悪かった。
ー・・剣が入ってない、ってことは”雷切 を使うしかないか。
背中に背負った等身大は在る規格外の大剣
所謂”聖剣 というものだった。
その剣先からは魔王ですら焼き殺すという、雷が迸る。
勇者は皮肉にも口を曲げ、歩み始めた。
(本来なら魔王に向けられる筈の切っ先が・・・
まさか守るべき人類に向けられるとはな・・・・。)
だが堕ちて尚、柄を握れば雷切は反応し、僅かな雷を発生させた
其れが手のひらに伝わり口元を歪に歪める
雷切も怒ってる、って事か。
どこか心に暖かい感情を残しながら。
勇者は粒子の海へと身を委ねた。
こんな感じで続きます。