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リセット  作者: sayt.
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第四章 影 Ⅰ 

真衣の病院まで来たタクシーが出口で待っていたので、それに乗り込んだ。この時間だ、佐々木の他に客がいる様子はない。行き先を告げると、運転手は同情のこもった声音で言う。

「保険屋さんも大変ですね…休みなしでしょ?まあ、そういうお客さんのお陰でこちらも助かるんですけどね――――いやね、私たちも…」

特に否定する気にもなれず、三浦の病院に着くまででの間は、ひたすら聞き流すことに専念する羽目になった。


元同僚の話によると、三浦が轢かれたのは自宅近くの路地らしかった。

幸い命に別状はなく、骨折だけで済んだらしい。

署を出る前、三浦が資料室に居るのを見た人間が居た。恐らく、頼んだものを持ち出した直後だったのだ。


三浦とは少しの期間しか働いていなかったが、母親が病気になってから、人が変わってしまったように記憶している。

母親の治療費はかなり高額で、色々な”内職”に手を出している、という噂は、当時からあった。

佐々木の情報提供話に乗ってきた時点で、噂はある程度本当なんだろう、と彼は考えていた。そういう人間がいるから、佐々木の生業もやりやすくなるのだが。

何の気なしに、左腕のロレックスと、首もとのネックレスを触る。

三浦から情報を引き出すために、ブランド好きの矢上から借りたものだが、佐々木にはこれに全く価値を感じられなかった。

しかしこれのお陰で、三浦のやる気を引き出せたことは間違いない。


元同僚は、そこまで金に執着する三浦が理解できないようだったが、佐々木には三浦を否定することはできなかった。

実際彼は金に困ったこともないし、大切な人が病気をした経験も無い。

もし今回、真衣の意識が戻らなければ――――あるいは、三浦のような道を選んでいたかもしれない、とも思えるのだ。


三浦の病室の扉をノックすると、「どうぞ」という少し掠れた声が響いた。佐々木はそれを受けて、静かに扉を開けた。

佐々木を見るなり、三浦は元気に右腕を振ってみせる。

「よぉ、来てくれたのか」

そんな彼の様子に、佐々木は多少拍子抜けした。

しかし元気なのは上半身だけで、彼の右足はギプスでしっかりと固定されていた。

それを見て、佐々木は唾をごくりと飲み込む。

「三浦――――お前、誰にやられたんだ?」

その言葉に、三浦の右眉がピクリと動く。

しかしそれは一瞬で、すぐふざけた調子に戻った。

「誰にやられたか分かりゃあ、苦労しないだろ?黒いセダンだったが――――狭い路地だし、ただの不注意だろ」

そう言って、ぽりぽりと頭を掻く。

それで納得できるはずもなく、佐々木は食い下がる。

「お前、田村真衣の件で何か隠してるんじゃないのか――――?資料を持ち出した直後に轢かれるなんて…」

佐々木の話が終わらないうちに、三浦は思い出したように手を叩いてみせる。

「そう、資料だよ!そこのコートの右ポケット、見てくれるか?」

佐々木は言いたかったことをひとまず飲み込んで、渋々コートのポケットを漁る。

そこには、USBメモリが一つ入っていた。

「これか?」

「ああ、それだ――――良かったよ、落としてなくて…。そこに、お前の欲しがってるもんが入ってるから」

三浦はそう言って、ほっと胸を撫で下ろした。

その仕草は、ただ資料を無くしていなかった事に安心している――――それだけではないように、佐々木には思えた。

「――――三浦。お前、本当に何も隠してないか?」

佐々木は、まっすぐに三浦を見つめる。

三浦はしばらく俯いたまま黙っていたが、ゆっくりと顔を上げて、笑った。

「あぁ。大丈夫だ。資料、役立ててくれよ」

その笑顔の裏に、”これ以上聞くな”――――そんな圧力を感じ、佐々木は沈黙せざるを得なくなった。

ため息を一つ吐くと、佐々木はポケットから手帳を取り出した。

「今手持ちが無いから――――明日、お前の口座に入金するよ。口座番号分かるか?」

ペンと、千切った手帳の切れ端を三浦に差し出すと、彼は右手でそれを制した。

「――――いいんだ。礼はいらない」

佐々木は、目を見開く。

「え?だって――――」

何も言えずにいると、三浦は自嘲気味に笑って見せた。

「田村真衣。お前の彼女だったんだろ?」

その言葉に、佐々木は絶句した。その表情を見て、三浦は「悪い」と呟く。

「そこまで調べるつもりは無かったんだが――どうしてお前があの事件に首突っ込んでるのかを、どうしても知りたくてな」

それを聞いて、佐々木は苦笑した。それと同時に、当然の行動だとも思える。

「…4年も前の話だけどな…。悪いな、黙ってて…」

三浦はそれを聞いて、ゆっくりと首を横に振る。そして、下を俯きながら言う。

「――――お袋。もう、亡くなったんだ――――一年前に」

何かを考えるように押し黙る三浦を見て、佐々木はその沈黙が解けるのを、じっと待つ。

「笑えるだろ?最初はお袋のためだった内職が――――いつの間にか、自分のためになってたんだ。お陰で、お袋の死に目にも会えなかったんだ――――」

そう言う三浦の瞳から、次々と涙が溢れ出る。

佐々木にはただ、それを聞いてやることしか出来ない。

今の彼には、先日のバーで感じた卑しさの欠片も感じられなかった。

「佐々木に会って思い出したんだ」

三浦は、入院着の袖で涙を拭いながら言った。

「俺が何のために警察官になったのか――――その初心をさ」

「――――初心、か」

三浦は苦笑いして、頷く。

「ああ。初心に返って、やり直そうかな」

そう言う三浦の顔は、明らかに重荷から開放された、すがすがしい表情だった。

佐々木も自然と笑顔を返すと、

「また連絡する。ありがとな」

そう言い残し、病室の扉に手をかけた。

「佐々木」

そこで、三浦が呼んだ。彼が振り返ると、

「あの時の見舞金――――ありがとな」

気まずそうな表情で、三浦が言う。

「見舞金?」

三浦が頷く。

「お袋が病気になった時に、お前…くれただろ」

佐々木はしばらく悩んで、ようやく記憶を手繰り寄せた。

「あんな前の話――――それに、たかが一万だろ?」

三浦は軽く笑って、言った。

「金額じゃないんだ。本当に、ありがたかったから」

そんな三浦の言葉に、佐々木も何だか気恥ずかしい気分になり、ヒラヒラと手を振ってから、病室を後にした。

自分の事などどうせ覚えていないだろう、と思っていたのだが、どうやら思い違いだったようだ。


病院の出口に向かいながら、彼は掌にあるUSBメモリを見た。この中に、真実があるのだろうか――――。

病院の外に出たところで、携帯が震える。

元同僚からの着信だった。

「もしもし?三浦に警護付けといてくれ。うん、何か嫌な予感するから――――とりあえず無事だ。…いやいや…俺はこれから、帰って一仕事するよ」

飲みの誘いを断って、電話を切る。



佐々木はその足で、最寄り駅近くの漫画喫茶に入り、すぐにUSBをパソコンに差し込んだ。

まだ始発まで時間があるし、タクシーで茨城まで帰る気にはなれない。

何より、これの中身が気になってしまって、気が気ではないのだ。


中には、スキャナで読み込んだ捜査資料や、事件現場の写真が入ったファイルを、コピーしたものなどが入っていた。

事件の概要は、三浦から聞いていた通りで間違いないようだ。

大輔と会う約束をしていた友人が部屋を訪ねると、ドアが開いた状態で物音がしなかった。不審に思った友人が部屋に入ると、2人が倒れていたので、慌てて119番通報をした。

その後、救急車の中で真衣の意識は回復。大輔は、病院で死亡が確認された――――。


読んでいるとやはり、三浦が感じる疑問と合致する。

一番妙なのは、友人の来宅時間のタイミングが良すぎることだ――――。

もしかしたら、友人が協力者なのか、それとも――?

佐々木はそう思い立ち、大輔が友人に送ったというメールの本文を探す。

それは「被害者・メール」というフォルダに入っていた。


「大輔だけど、携帯壊れてるからパソコンからメールするな。たまには遊ばないか?俺も最近色々あってさ。久々に昔話でもしながら飲もうや」

大輔が一番最初に送ったメールの本文には、怪しいところは感じられない。それに対する友人の返信にも、不審点はない。

「嫁が病気持ちだから、家から離れるわけにいかないんだ。良かったらうちでゆっくり飲まないか?」

家で会う理由も、辻褄が合っている。

佐々木はタバコに火をつけて、次のメールを開いた。

「そうか、結婚してるんだもんな。幸せか?」

友人から大輔に当てたものだ。大輔の返事を開く。

「そこそこ。まぁ他人同士だし、限界あるよ。血を超えた絆なんてゴッドファーザーくらいだろ」

それを見た瞬間、佐々木は全身の血の気が引けて行くのを感じた。


「ゴッドファーザーくらいだろ」…。

そのフレーズが、佐々木の頭の中をグルグルと回りだす。


「結婚したらさ、ずっと一緒じゃん。血の繋がりがなくったって、家族になれるんだよ」

かつて、佐々木に対して真衣がそう言った事があった。

それに対して、彼は苦笑して――。

「ばか、そんなのゴッドファーザーの中だけだよ」

――――そう、言ったのだ。

その同じフレーズを、年代も違う男が、偶然使ったというのか――?



「携帯が壊れてるから」――――

「実際に、携帯は壊れてなんかいなかった」――――

「ゴッドファーザーの中だけだろ」――――。


まさか、と佐々木は息を飲んだ。


大輔の携帯は、壊れていなかった。

自宅のパソコンからは、自宅に入れる者…大輔のパスワードを知っている者ならば、誰でもメールを送ることができる。

――もし、もし、だ。

もし、真衣が大輔に代わって、友人にメールを送っていたとしたら――――?

そして、友人の来宅時間を、自分の都合のいいような時間に設定したとしたら――――。


そこまで考えて、佐々木は笑った。

「もし」、ではない。

佐々木は、この事実を知る前から、そうではないかと踏んでいたのだ。

今更決定打を突きつけられたところで、何が変わると言うんだろう。

思ったとおり、真衣が大輔の友人にメールを送っていた。

その目的は恐らく――自分たちを発見させるため。

この心中事件は、計画的に行われた――そういうことになる。



分かってはいる。

分かってはいたが――――今の佐々木には、机にうなだれることしか、出来なかった。





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