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リセット  作者: sayt.
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第三章 不可解な死 Ⅰ

佐々木宗治――名前だけは覚えていた。いつの間にか退職していたらしい。

「後輩を連れて探偵事務所を始めたらしい」ということくらいしか、署の人間も把握していなかった。今も連絡を取っている同僚はいないようで、名前すら思い出せないケースもあった。人間関係なんて、そんなものなんだろう。

そもそも三浦自身も、同僚や同期とは殆ど交わりがない。たまに同期会に出席して、情報を収集する程度だ。出世しそうな連中でなければ、つるんでも全く意味がない。それが彼の考えだった。

そして残念なことに、三浦の同期の中には、そのような連中は殆ど居ない。佐々木もその中の1人だっから、接点が無かったのだろう。


佐々木がどこで自分の番号を調べたのかは分からないが、電話が来たのは昨夜のことだった。

「警察学校の同期だ」と親しげな様子で切り出してきたが、三浦はまずオレオレ詐欺を疑った。

きちっと制服を身に付けた警察官から言われれば何の違和感もないところが、「探偵」に言われると、途端に胡散臭くなる。

三浦には、そんな職業を選んでしまった佐々木宗治の気持ちが、全く理解できなかった。

そんな、全くメリットのなさそうな男と会うことにしたのは、佐々木の口からある女の名前が出たからだ。三浦が例の事件を担当したことをどこで嗅ぎ付けたのか――やはり探偵というのは、情報網すら胡散臭く感じられる。

「田村真衣」に関しては、彼も気になることがあった。それについて聞いてみる価値は十分にある。

「以前同期会で使った、旨い店」と言われてもピンと来なかったが、三浦は行ってみることにした。


店の前に立ってみても、記憶は甦らない。

その小洒落たダイニングバーの扉を開けると、カウンターに1人だけ、男が座っているのが見える。

扉の音でこちらに気付いたその男は、立ち上がってにこやかな笑みを浮かべた。

やはり、どこか胡散臭い。

「三浦、久しぶりだな。元気そうじゃないか」

佐々木宗治――やはり、顔を見ても記憶が甦ってくる気配はなかった。相手がこちらを覚えているのが不思議なくらいだ。

しかし、ここは敢えて、話を合わせることにする。

「あぁ、佐々木も。どうなんだよ、探偵事務所は?儲かってるのか?」

「いやいや、公務員には敵わないよ。やっぱ安定って大事だよな。あのつまらん手帳が無いだけで、何しても胡散臭く思われるし」

三浦は笑いながら、隣に腰を下ろした。

自嘲するその男の手首にはロレックスの腕時計、首元にはブルガリのネックレスが光っているのが見えた。

大分、懐は暖かいらしい。

佐々木のグラスを見て、同じビールを注文する。この分なら、ここの食事代の心配もいらないようだ。

ビールが来たところで、佐々木から乾杯を促してきた。

普段の彼なら昔話だの、近況だのには全く興味は無い。

しかし佐々木の腕に光る魔法の時計が、言いようのないやる気を呼び覚ましてくれる。


久しぶりに愛想笑いをして、頬の筋肉が引きつってきたところで、彼は本題に入ることにした。

「田村真衣の事件について、何を調べてんだ?」

佐々木は少し頷いてから、カウンター越しのマスターに目配せする。

その合図で、彼は裏に消えていった。

「電話でも話したけど――一年前の自殺未遂の一件、あれお前も担当だったろ?夫だけが亡くなった…」

三浦は頷く。

「ああ、そうだよ。新婚さんだったのにな。妻がアル中で自殺未遂。夫は後追い自殺。ホント悲惨だよな」

彼は身震いしてみせる。このご時勢、こんな類の事件は日常茶飯事だ。

「その件、何か不審なとこなかったか?夫が妻に殺されたかもしれない――とかさ」

三浦は、黙ってビールを飲む。

この状況では、この男がどこまで情報を掴んでいるのか分からない。こちらの手札はなるべく見せないようにするのが懸命だろう。

三浦はその問いに対して、当たり障りのないフレーズで答えることにした。

「そりゃ、不審なところはあったよ。自殺・心中なんて、大体がそんなもんだろ?死人が喋れば別だけどさ」

佐々木は軽く笑う。

「実は、その夫――田村大輔の母親が、俺に依頼してきたんだ。その母親は、実はこれは計画的殺人で、妻は計画的に生き残ったんじゃないか、と疑ってる」

三浦は「わぉ」、とだけ相槌を打つと、急いで記憶を手繰り寄せる。

田村大輔の母親。確か、古いどこかのアパートか団地に住んでいた。

確かに当時から、「息子は殺された」とわめいていた気がする。彼らにとっては、面倒くさい遺族の一種だ。


佐々木は鞄から一枚の書類を取り出すと、三浦の目の前にそれを置いた。

そこには、田村大輔の死についての調査を依頼する、契約内容が記されていた。

成功報酬は20万円らしい。

三浦が目を通し終えると、彼はそれを鞄にしまった。

「まぁ、カタチだけでいいんだ。あの母親が納得する事実を集めて、”あなたの息子は自殺でした”そう言ってやれば、多分納得する」

そう言うと、佐々木はタバコに火を付ける。

この男の顔つきからして、正義感の強いタイプだと思ったが――そうではないらしい。

三浦は、自分と似た匂いの男に、少しだけ親近感を覚えた。

「お前の言うとおり、真相なんて死人にしか分からないさ。こっちがそれを暴く義務もないしな」

その言葉に、三浦は深々と頷く。全く、その通りだ。

犯人らしい人間を捕まえる――それだけでいい。真相を暴いたところで、死人は戻ってくるわけではない。そして遺族はいつまでも、何かしら理由を付けて疑い続けるだろう。

三浦は妙におかしくなって、噴出してしまった。

佐々木がそれを不思議そうに見つめる。

「いや、悪い悪い」

三浦は一呼吸置いてから、

「楽しそうな職業だと思ったんだよ。俺向きかもな」

そう言うと、声をひそめて話し始める。


「あの事件――不審なところだらけだったよ。まず、妻が薬を飲んで自殺。そこへ帰宅した夫が、それを見て残った薬を服用し、後追い自殺。その2人を、夫と家で会う約束をしていた友人が発見し、通報。救急車が来たとき、妻の息はまだあったが、夫は既に死亡。とまぁ、これが全体の流れだが――」

三浦は、自分のビールをどかし、コースターの裏に要点を書く。


①心臓


「心臓?」

佐々木が聞く。

「あぁ。妙だろ?夫が妻を見つけたとき、心臓を確認していたら、妻は死んでいないことに気付いたはずだ」

佐々木は頷いて、相槌を打つ。

「まぁ、それは”素人による判断ミス、もしくは微弱な鼓動を聞き逃した”ってことになったんだけど」

「なるほど。まあ、それもアリだな」

三浦は頷いて、次の文字を続けて書いた。


②友人


③遺書


④携帯


「これは?」

「②は、友人との約束の前に、何故わざわざ死んだのかってことだ。”妻が死んでいたから、その他のことはどうでも良くなった”そういう解釈になったけどな」

「その解釈でいけそうだな。遺書には何て書いてあった?」

「③、遺書はなかったんだ。遺書がないのに何故後追いをしたのか――自殺に使った薬はどこにあったのか…それも不審だが、 ”妻の看病に疲れていた””薬はたまたま妻のものが残っていた”ということになった」

「まあ、それも理由になる事実だな。最後の④は?」

「これが一番妙なんだ」

三浦は、ボールペンで④の数字をトントンと叩く。

「発見者の友人だが、夫からの連絡は、全てパソコンからだったらしいんだ。携帯が壊れて修理中だから、パソコンから送る――というメールが残ってたけど、夫の携帯は壊れてなんかいなかった」

「なるほど…。どうしても、パソコンから送らなければならなかった…もしくは、パソコンからしか送ることができなかった?」

佐々木の問いに、三浦は頷く。

「だけど、その真相も結局分からないよ。こちらの理由としては、”妻の死を事前に察知していた夫が、自分も自殺する前提で遺体を発見させるために、友人を呼んだ。その連絡は妻に見つかりずらいよう、パスワードでロックされたパソコンからメールを送った”ということになった」

佐々木はフッ、と笑いながら言った。

「なるほど。それなら表向きは何とかなりそうだな…納得はしないだろうけど。警察らしい理由付けだ」

「まぁな。そんなもんだろ、理由付けなんて。しつこく文句言われなきゃ、それでいいんだ」

三浦も、タバコをくわえる。横から素早く佐々木の腕が伸び、彼のタバコが赤く光った。

「実際に自殺の強要だとか無理心中だとか…そういうのがあったとしても、夫サイドに勝ち目はないよ。妻はアルコール依存症の上、不妊症でうつ状態だろ?精神でアウトだよ」

「不妊症?」

佐々木はその単語に、なぜか食いついてきた。彼は頷く。

「夫と不妊治療してたみたいだけど、結局流産したり、色々あったみたいよ。探偵さんでもそこまでは調査不足かよ?」

「流産…」

佐々木は明らかに動揺している。

調査不足だったのがそんなに堪えたのだろうか――それとも、何か他の理由があるのだろうか…?

三浦は笑って、少し探りを入れてみる。

「何だよ?何か身に覚えでもあんのか?」

その声に、佐々木は我に返って答えた。

「いや、そこまで調べきれてなかったからさ…母親も知らなかったのかなぁ?」

「さあな。知ってたとしても、状況は何も変わんないだろ。知らなかったとしたら、その辺もプラスして、うまいこと書けばいいんじゃない」

そうだな、と言いながら、佐々木はビールのグラスを回した。

何か他に理由がある。それで動揺している――三浦はそう感じた。

佐々木が何故この事件を調べているのか――少し調べてみる必要がありそうだった。

佐々木はカウンター椅子を反転させて三浦の方に向き直ると、手のひらを合わせて見せた。

「そこで、モノは相談なんだけど…」

これは読み通りの展開になる――彼は心の中でガッツポーズをする。

「調査資料、貸してくれないかな?」

ここですんなりとOKを出してしまえば、取れるものも取れなくなる。彼は悩んでみせた。

「うーん…。この話だけじゃまずいわけ?さすがに資料は、リスクでかいしさ…」

佐々木は、手を合わせたまま頭を下げる。ここからが勝負どころだ。

「5万!5万でどう?やっぱ、ちゃんとした書類がないと納得しないんだよな~」

三浦は金額にがっかりしながら、ため息をつく。

ロレックスの時計を付けている奴が5万とは…情けなくすら感じてくる。

「うーん…。こっちも、危ない橋渡るわけだしねぇ…」

佐々木は少し悩んでから、意を決したように言った。

「じゃあ…10!10でどうだ?」

10万――先ほど見た契約書では、成功報酬が20万。半分の値段なら、そこで手を打つしかないだろう。三浦は、佐々木を見て頷いた。

佐々木は安堵のため息をつくと、背もたれに寄りかかりながら言う。

「全く――天下の公務員が、イチ庶民にたかるなよ~。病気のお袋さんが泣くぞ~」

三浦は、ドキリとした。

この男は何故、お袋のことを知ってる――?


佐々木は残りのビールを飲み干して、席を立った。どうやら裏にいるマスターに金を払っているらしい。

帰ってきた彼の手には、口直しのガムが握られていた。

それを三浦に差し出しながら、握手を求める格好になった。彼もそれに応える。

「じゃあ、用意できたら連絡くれ。なるべく早く頼むよ」

三浦は笑顔で答える。

「ああ、連絡するよ」

「お袋さん、大事にな」

佐々木はそう言うと、ポンと肩を叩いて店を後にした。


その瞬間、三浦の脳裏に一つの記憶が甦った。


卒業後間もなく、母親が病気で倒れ、寝たきりになった。

その治療費を支払うために、闇金から金を借りているという噂が流れ、部署を異動せざるをえなくなった。


その送別会の時、同期で唯一見舞金を包んでくれた奴――それが、佐々木宗治だった。

「お袋さん、大事にな」

その時も彼は、そう言って肩を叩いてきたのだった。



 




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