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幻のフェレンゲルシュターデン

作者: ゆきあき

 フェレンゲルシュターデン現象とは『猫がなにも無いところを睨む』現象のことである

 

 ・・・・・・というは真っ赤な嘘である       ネット記事より抜粋

                                       


 明け方に降っていた雨の影響でいつもより少し涼しい夏の昼下がり、高橋家の飼い猫ヒロシはのっそりと少し開いた窓からリビングに入ってきた。ヒロシはグレーの毛並みに黒い縞模様の入ったサバトラ柄の雄猫で、2年前幼くして捨てられ野良をしていたところをお父さんに拾われ、高橋家の一員となった。高橋家のリビングの窓はヒロシが中と外を通れるよう、中に人がいる時は基本的に猫一匹分だけいつも開いていた。

 ヒロシはちょうど休日でテレビを見ながら雑談している母と娘の横をすり抜け、フローリングで繋がっているキッチンの近くにゆっくりと腰を下ろした。そしてどこを見るというわけでもなく宙を睨んだ。

「あらあら、またヒロシがどこかよく分からない所を見ているわ」と家族の帰宅に気づいた母が言った。

「本当、何を見ているか不思議よね」と娘。

 二人はそう言ってヒロシをしばらく観察していたが、ピクリともせずに一点を凝視し続け、何の行動も起こさないことに飽きて、TVでやっているお昼のワイドショーに話題を移した。

 ヒロシは宙を見つめていた。何もない場所を・・・いや、それは「人間の立場」の話である。例えばある種の薬品には無色透明、無味無臭というものがある。そこに確実に存在するのに人間には感知できない、そんな性質のものはこの世に無数にある。ヒロシは交信していた。そこに確かに存在する、人間には見ることも感じることもできない「何か」に向けて、じっと集中しコンタクトを取っていた。体全体をまるで一本のアンテナにするかのように他の感覚器官を弱め、一点の感度を上げた。それは俗に第六感と呼ばれるものだ。人間が忘れてしまった、猫にはまだわずかに残っている、この世ならざるものと交信できる唯一の感覚器官。それを使ってヒロシは視線の先を浮遊する「何か」に向けて意思疎通チャネリングを試みていた。

 やがて「何か」はゆっくりと姿を現した。砂鉄が磁石の周りに等磁線に沿ってくっつてくるように、空気中の無数の細かいゴミや粒子が何かの力に引っ張られるようにして一つの形を成していった。それはヒロシの第六感によって導かれた「何か」の仮の姿だった。アメーバのようなナマコのような、前後の区別のない何とも形容しがたい、ブニョブニョの有機体のようなものが虚空に現れた。

 そいつはかつて人であり、虫であり、植物であったりした、生物の魂と呼ばれるものの集合体だった。集まることにより、何者かに認識されることにより生まれ出で、そしてある種の力を行使する特別な存在。古代から人に幽霊とも、精霊とも、神とも呼ばれてきた超自然的存在がそれだった。

「我を呼んだのは貴様か・・・」現れた「何か」はヒロシに尋ねた。

「そうだにゃ。今夜のご飯はサーモンの刺身がいいにゃ」ヒロシは答えた。

「その願い・・・」

「・・・あつ、ごめん。トイレ行きたくなったにゃあ」ヒロシはそう言うと一目散に廊下に設置されている猫用のトイレに向かって駆けていった。

「えっ?あ、ちょっと・・・神を置いていくな馬鹿、お前がいなくなったら・・・」

 自らを認識してくれる存在がいなくなり、「何か」は急速にその存在が薄くなり、やがて霞のように消えていった。

 そしてトイレを終えてすっきりしたヒロシは先ほど神と話していたことなどすっかり忘れ、高橋家の母と娘に遊んでもらおうと体をすりよせにいった。

 


 しょせん猫は猫である。

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