ナマクラ剣士とツンツン聖女様
※この短編は現在連載中の「異界の古代魔道士」と同じ世界観が舞台となっておりますが、少々のネタバレを含む以外、初見の方でも問題なく読むことができます。
「何だいコレ?」
大通りに出された露店の一つ。
たまたま空いていた場所を苦労して探し当て、古びた長剣を売りに出そうとしたところ、店の主に怪訝な表情をされた。
店主は女性のようで、頭に巻いたカーキ色のターバンと艶のいい褐色の肌がよく目立っている。
黙っていたら美人とはこのことを言うのだろうか。俺がさも当たり前のように出した武器をその目に留めた瞬間、眉に皺を寄せてこちらを睨んできたのである。……結構怖い。
「な、何って売り物だよ。ここの商店は売却も取り扱ってるんだろ? だったらこの剣引き取ってくれないか?」
そう言って、俺は剣を女店主に差し出す。
長年馴染ませた愛剣だが、刃こぼれして斬れないなら仕方がない。手元に持っておくのもかさばって邪魔になるので、捨てるのも躊躇われたからこのまま売ってしまうことにした。
(さらばだ相棒……。お前と共に戦えたこと、俺は一生忘れないぜ……)
ぎゅっと目を瞑り、覚悟して武器を突き出す。
早く受け取ってくれ! そうでないと俺、このまま泣いてしま――――
「あんた馬鹿? それともその目は節穴なのかい?」
「へ……?」
思わず目を開き、女店主の顔をまじまじと見つめた。
「どういうことだ? 俺はこの武器を買って欲しいと言って――――」
しかし話しかけた俺の言葉を遮り、店主は顎で商品の陳列場を指し示した。
「よく見てご覧よ。アタシの店に売ってる商品は何さね?」
「え? どれどれ……」
陳列台や敷き物に置かれた商品に共通するもの。それは食べることができて、調理次第では無限の可能性を秘めた料理の材料……。
――――つまり食材である。
「ほうほう……この店は食材屋だったんだな。へぇ~……小さな町なのに結構揃ってるんだな」
「値は高く付くけどね。……何か買うかい?」
「い、いや。連れが食材の調達に行ってくれているんでね。俺はいらなくなった古品を売り払いにき来ただけなんだ……」
「その売り払う店がアタシんとこだっての? ははははっ……面白い冗談言うじゃないか! こんなに忙しい時間帯だってのに、剣士の兄ちゃんも随分と肝が据わってる。それともおふざけが過ぎたかな?」
俺を見上げ、ニカっと笑って見せる店主にどう反応していいかわからず首を傾げる。
別に冗談を言ったわけじゃないんだが……もしかして信じてくれてないのか?
「冗談じゃなくてだな。ホントに引き取ってほしいんだ。この剣」
するとそれまで楽しそうな顔していた店主は表情が一変、明らかに胡散臭いものを見るような目で俺の身体をジロジロと眺める。
「あんた、剣士になってどれくらい経つんだい?」
「えーと……見習いを始めたのが15歳の誕生日だから……もう七年くらい経つのかな? このロングソードも、その頃からずっと手放したことがなかったよ。それがまさかこんなにまでボロボロになるとは……少し使い勝手が悪かったかもしれないな……」
「アタシは鍛冶師じゃないからよくわからないけど、ただの長剣を七年も使い続けること自体不思議だと思うけどね。熟練でなくとも、“ベテラン剣士”くらいの称号は持ってるんじゃないかい?」
「ま、まあ一応……」
鉄錆と化したロングソードを振り回し続けた挙句、同職の冒険者に“ナマクラ剣士”なんて称号を付けられたことは口が裂けても言えない。
「そ、そんなことより、この剣売ったらいくらだろう?」
思い出したくない過去は誤魔化すのが一番だ。早く売り払ってこの場を切り上げよう。
「知らないよそんなモン」
「は? いや、知らなきゃ売れないじゃないか」
何を言ってるんだこの女は?
「アタシが買い取れるわけないだろ? ここは食材屋。そしてあんたが売ろうとしてるのは武器。包丁とかの調理器具ならともかく、殺傷に使う装備品を取り扱うつもりはないね。そもそも、だ……」
ターバンに刺したキセルを外し、口に咥えて火を点ける女店主。
商品に煙が撒かないように顔を逸らしているのは商売人としてしっかりしているのだろうが、そのせいで隣の商人が煙に撒かれているのは良いのだろうか。
「アタシはあくまで食材専門であって、武器を鑑定する頭は持ち合わせていないの。あんたがいくらアタシに買ってくれるよう頼んだって無理なものは無理。そんなに売りたきゃ武器屋に行くんだね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 何を買えるか決まっている店はあっても、売る時は全種類の所持品取り扱ってくれるとか親切設定じゃないのか!」
「そんなご都合設定聞いたことがない。行商や雑貨屋ならあるかもしれないけど、ここはちゃんとした町で、皆生活するためにそれぞれ商売して金を稼いでるんだ。売る物も買う物も全部平等。横着しないで、ちゃんと武器屋に行きな」
本当かよ……。“買う時一苦労。売る時まとめて一斉売却”って聞いたのに……。くそっ! あのエセ情報屋、俺に大ホラ吹きやがったな! 世間知らずだと思って馬鹿にしやがって! いつか叩き斬ってやる。新調した武器で!
「迷惑かけて済まなかった。商売の邪魔したな……」
俺が謝ると、女店主は不敵な笑みに戻って、
「いや、最近楽しいことがなくて暇してたところさ。あんたみたいな面白い剣士に会えてむしろ好都合さね」
変わってるなこの人。食材屋の店主というのが胡散臭くみえてきたぞ。
「そいつはどうも……じゃあ俺はこれで」
「ああ、またいらっしゃいな。今度は連れも一緒にね」
「まけてくれるのか?」
「まさか。戦士相手に値段の交渉をするつもりはないよ。ちょっとした気晴らしさ」
その言葉に、俺も自然と笑顔になった。
「わかったよ。またこの町に立ち寄ることがあったら、その時は冷やかしにならないようあなたの店にお邪魔することにする」
「それで? 何故売り払うはずのガラクタがあなたの手元に残ったままなのですの?」
連れとの待ち合わせ場所である町の出入り口に着くと、黒い修道服に身を包んだ一人の女性が待っていた。
事情も話させず、未だ腰に下がったままの俺の相棒を一瞥。再会した時の彼女の第一声に正直落ち込みそうになる。
「その、この町武器屋がなくてだな。散々探し回ったんだが、鍛冶屋も見当たらなくて……そのまま持ってきました……」
高圧的な視線で俺を睨みつける連れの表情といったら、もう泣く子も黙らせる無言の抑制があり、俺の言い訳も段々と小さくなっていった。
「たしか、武具屋じゃなくても装備品は売れると申しておりましたわね? 何故他の店で売ってこなかったのですか?」
「いや、それは実は嘘情報みたいで――――」
「嘘!? 嘘と仰いましたの!?」
「ひぃっ! は、はい! そ、それで仕方なく……」
「あ、あの情報を手に入れるのに一体どれほどの出費を強いられたと思っているんですの! おかげで旅費が不足して、馬車も借りられずに徒歩の旅になってしまったんですのよ! どう責任をとるおつもりですの!」
「うぅ……!」
や、やべぇ……! 怒りで我を忘れた時のコイツの八つ当たりは洒落にならない! 早く逃げないと……!
「ちょ……ダイン! お待ちなさい! あなたも殿方なら、覚悟を決めてわたくしに討たれるのです!」
冗談じゃない。
「たかが錆びた剣の一つや二つ売りそこなっただけじゃねーか! ネイラはいつも大袈裟過ぎなんだよ!」
「たかがですって!? あなたのその錆びた剣のせいでわたくしが今までどれほど苦労してきたことか、剣バカのあなたに理解できてっ?」
「その剣バカのお陰で命拾いしたのはどこの誰だよ! 命の恩人にはもっと優しく接するべきだろうが!」
「べ、別に守ってくれだなんて頼んだ覚えはありませんわ! それにわたくしの祈祷術を持ってすれば、あんな野蛮人どうとでも痛めつけてあげましたわよ!」
「“助けてお母様ぁ~!”なんて泣き声上げて腰抜かしてた奴が何を偉そうに!」
「っ!?!? お、おのれダイン! わたくしが後衛だからといって馬鹿にしていますのね……! 赦すまじっ!」
「ちげぇよっ!! 何でお前の思い込みはいつもいつも度が過ぎて――――どぅわあ! こ、こいつ、マジでぶちかましやがった……!」
「鼻を地に擦りつけ、神の名の下謝罪なさい! さすればわたくしが神に代わり、あなたの御霊を黄泉へと誘う代行者となりましょう……!」
「こ、壊れてやがる! いい年した21歳の修道女が、俺を抹殺するためだけに神に祈りやがった! どうか神よ、このイかれるシスターをお咎めくださーーーーい!」
はぁ……今日も隣町まで走り旅の予感。
それまでにこの高飛車シスターの機嫌が直っていればよし。そうでなければ何処かの建物に隠れてしばらくやり過ごそう。
グルセイル帝国の国境線を超え幾数週間。
最強の戦士を探し出し、それに打ち勝つという俺の目的もこの女の傍では塵に等しい。
もしかしたらこの修道女が大陸一の戦士なんじゃないだろうか。
次に目指す国はヴァレンシア王国。魔術大国であるあの王国になら、俺の捜し求める戦士もいるかもしれない。とりあえず、今はこの現状を振り切るのが先であろうが……。
「神よ! 我が父よ! どうかこの剣バカをただのバカに変える不死の呪いを!」
「…………」
旅路に終わりはなさそうだった。
突発的に書いた短編です。
ふとRPGをしていて思ったことなんですが……いらなくなった古い装備を街とかで売る時、別段武具屋で売らなくてもアイテム屋や食材屋でも売却できるんですよねw ずっと不思議に感じていたんですが、店の人は売られた道具をどのように扱っているのでしょう。急いでる時とかは便利なのは確かなのですが、一度気になると色々と想像が尽きません(笑)