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17.山中瞳

 手ごたえのあった9月の模試の結果に喜ぶ間もなく、2週間後には10月の模試が迫っていた。その週末には学校の中間テストもあって、必然的に机に向かう時間は増えていった。

 瞳は英単語の書き取りをしていた手を止め、両手を大きく上げて身体を後ろに反らし、声にならない声を吐き出しながら伸びをした。タンブラーを右手に取って水を一口飲む。スマホに触れて待ち受け画面を確認すると、既に23時をまわっていた。

 「……」

 瞳はスマホを開くとスクリーンショットの保存されたフォルダをタップした。

 「偏差値 70 合格判定 A」

 ほころぶ顔を抑えて、あと30分やったら寝ようと、英単語の書き取りを再開した。


 秋とは名ばかりの夏日が続く10月に入ると、教室の休み時間には単語帳や、チェックシートを眺める生徒が増えた。みんな真剣に取り組んでいるように見える。瞳は次の授業の準備だけ済ませると、貴重な休み時間を何もせずに頭を空っぽにして過ごした。

 瞳はふと思い立って、学校が終わったその足で塾に向かった。いつもの場所に自転車を止め、バッグを肩にかけて自動ドアをくぐる。

 「……こんにちはー。」小さく挨拶をしたが反応はない。事務室には誰もいないようだった。瞳がしばらく様子を伺っていると、奥から佐伯先生の声と子供たちの笑い声が聞こえてきた。

 「そっか…… この時間は小学生の授業なんだ。」

 瞳は少し肩を落として引き返した。バッグを前カゴに入れて自転車の鍵を開ける。

 「また自習できたら良かったんだけどなー。」

 幾分涼しくなったとはいえまだ暑さの残るアスファルトの上を、瞳はしょんぼり縮んで帰った。

 翌日の休み時間、瞳がトイレから教室に戻ってくる途中の廊下には珍しい組み合わせが目立った。クラスや男女の境を越えた組み合わせもある。――ふむふむ。どうやらここに来てこの中学校では、同じ塾閥が勢力を拡大しつつあるようだった。

 教室に戻った瞳の目に最初に入ったのは、教科書を進んだり戻ったりする遥斗の姿だった。 席替えで遠く離れてから、遥斗とは特に会話もせずに過ごしてきたが、休み時間に教科書にかじりつく遥斗には何とも言えない必死さがあった。周りにもそういう子たちはいたが、遥斗の雰囲気にはそれとは違った切羽詰まったような不思議な違和感があった。

 その日の塾から帰る時も、事務室の入り口に立っている遥斗を見かけた。3人で並んで歩いていた瞳と陽子には目もくれず、遥斗は佐伯先生に声をかけた。「幸太郎じゃあねー。」と出て行った陽子に続いて「さようならー。」とドアを抜けた瞳は、遥斗だけではなく佐伯先生にも緊張している様子が見て取れた。


 気温とともに少しずつ空気が変わっていった1週間が過ぎ、瞳は県内模試を確かな感触とともに終えた。スマホの電源を入れてからバッグに戻すと、今日は溜めていた録画を見て過ごそうと自転車置き場へと歩いた。瞳の前の、背中を丸めて単語帳を見ながら歩く後ろ姿に見覚えがあった。

 「遥斗君。」

 瞳は声をかけたが、ぶつぶつ言っていて遥斗は気付かない。

 「ちょっと遥斗君!」

 「山中さん。」

 「何やってんの? こんな時にまで。」

 「え…… 社会の暗記。」

 「そうじゃなくて。こんな時くらいそんなのやめなよ。危ないよ。」

 「でも……」

 「いいから、ほら。」瞳は遥斗の持っていた単語帳を閉じてまた持たせた。

 「遥斗君、最近変だよ。何があったか知らないけど、『急いては事を~』ってことわざ知らないの?」

 「あ、それって……」

 「とにかく、それは危ないからやめなよ。じゃあね。」

 瞳はそう言ってポケットから鍵を取り出して自分の自転車へと歩き出した。


 翌日の月曜の祝日を瞳は午前中から勉強をして過ごした。前日に録りためておいた番組を見てお腹を抱えるほど笑ったおかげで、朝からでも集中して自分の時間に入ることができた。木曜からは中間テストが始まることもあったし、昨日遥斗に言った手前、自分が手を抜くわけにはいかなかった。そして、殻を破れそうな自分に期待している部分もあった。

 区切りのいいところで時計を見ると、間もなく12時になるところだった。瞳は勉強の手を止めて階下に降りると、誰もいないリビングのテレビをつけた。情報番組をなんとなく眺めつつ、グラノーラを牛乳に浸して食べた。(読書の秋か……)テレビを消して皿とスプーンを洗った瞳は、ジャージから着替えて出かける準備を始めた。

 自転車に乗って市民プラザへと向かう道中、瞳の頭には最後の試合がよぎった。

 地区予選決勝のあの日、自分の不調でチームに迷惑をかけた。ベンチに下がって大声で応援した。後半に我慢を重ねて追いついた。けれど届かなかったあの試合。思い出すと今でも胸の奥に何かが詰まるような感覚があった。

 駐輪場に自転車を止める時、無意識に駐車場の車を探してしまった。そんな自分を鼻で笑った瞳は図書館に向かって歩き出した。体育館の中からは笛とボールの懐かしい音が聞こえてきた。吸い寄せられるように中へ入ると、いろいろな中学のユニフォーム姿が目に入った。――大会をやってるんだ。瞳は階段を早足で駆け2階のギャラリーへ上がった。3つのフロアの中に見慣れたユニフォームを探す。見つけた! 瞳は中央のコートで戦う後輩たちを見下ろした。スコアは? 勝っている。

 「七瀬ー! 頑張れー!」

 コートの中央でボールを持つ7番がこちらを振り向いた気がした。瞳は親指を立てると、その場を後にした。

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