表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

55/59

第55話: AIに聞けばいいじゃん

 冬の朝のアルゴリズは、静かすぎた。


 レンが執務室の窓を開けると、冷たい風が頬を叩いた。精霊灯の淡い光が街路に残っている。まだ日が昇りきっていない冬の朝——通りを歩く人影はまばらで、代わりにゴーレムたちが規則正しく動いていた。


 荷物を運ぶゴーレム。道を掃くゴーレム。精霊灯の芯を交換するゴーレム。


 半年前の建国祭の頃とは、街の空気が変わっていた。あの頃はまだ、人とゴーレムが混在していた。人が荷を担ぎ、ゴーレムが補助する——そういうバランスがあった。


 今は違う。


 通りの八割がゴーレムの足音だ。人間は——家の中にいる。


「レンハルト殿」


 ダリウスが執務室に入ってきた。脇に書類の束を抱え、目の下のクマはいつにも増して深い。


「本日の議題は百十二件です。うち、新規案件が七件。——七件のうち、五件が教育関連の陳情です」


「教育?」


「はい。——正直に申しまして、無視できない量になっています」


 ダリウスが一枚の書類を差し出した。


 表題には『アルゴリズ市民陳情書 第四十七号 学校運営に関する緊急要望』と記されていた。




 午前の閣議は、いつもと違う空気だった。


 会議室の長テーブルに、レンとダリウス、メイラ、グレンが座っている。そこに——普段は入ってこない人間が二人、末席に案内されていた。


 一人は、大柄な男だった。


 革のエプロンを身につけ、分厚い手を膝の上に置いている。手は火傷と胼胝たこだらけだ。顔は日に焼け、額には汗が滲んでいる——寒い季節なのに。緊張しているのだ。


 アルゴリズ鍛冶ギルドの親方、トーマス。


 もう一人は、初老の女性だった。


 質素だが清潔な服を着て、膝の上で手を組んでいる。目が赤かった。泣いた後だとわかった。


 アルゴリズ初等学舎の教師、ベルタ。


「親方、どうぞ」


 ダリウスが促した。


 トーマスが椅子から立ち上がった。大きな体が、妙に縮こまって見えた。


「陛下。——いや、レンハルト殿。俺は鍛冶師だ。難しいことはわからねえ。だが——言わなきゃなんねえことがある」


 太い声が、しかし震えていた。


「弟子が来ねえんだ」


 沈黙が落ちた。


「この半年——一人も来ねえ。去年まではな、毎年二、三人は来たんだ。鍛冶を教えてくれと。親が連れてくる子もいた。自分で門を叩く子もいた。俺は四十年、この仕事をやってきた。師匠に殴られて、火傷して、何百本も剣を打って——」


 声が詰まった。


「子供らがな。こう言うんだ。——『ゴーレムがやるから要らない』って」


 トーマスの手が、膝の上で握り拳になった。


「ゴーレムの方が速いって。ゴーレムの方が上手だって。そりゃ——そうだ。ゴーレムは疲れねえし、失敗しねえし、飯も食わねえ。俺が一日かけて打つ剣を、あれは一時間で打つ」


 レンは黙って聞いていた。


 トーマスの言葉は——全部、事実だった。


「だがな。俺の剣には——」


 親方の声が、かすれた。


「俺の剣にはな、四十年分の手が入ってんだ。それは——ゴーレムにゃ、ねえもんだ。……ねえもんだと、俺は思ってた。だけど——子供らには、わかんねえんだ」


 グレンが、腕を組んだまま目を閉じていた。分厚い指が、僅かに震えていた。




 トーマスが席に戻ると、ベルタが立ち上がった。


 初老の女性は、立ち上がった瞬間に涙を拭った。だが——次から次へとこぼれてくるらしく、結局は涙を流しながら話し始めた。


「……レンハルト殿。わたくしは三十年、子供たちに読み書きと算術を教えてまいりました」


 声は穏やかだったが、ところどころ途切れた。


「半年前まで、教室には二十人の子供がおりました。今は——四人です」


 四人。


「残りの十六人は——来なくなりました。理由は同じです。『AIに聞けばいいじゃん』。……字を覚えなくても、精霊に頼めば読んでくれる。計算しなくても、ゴーレムが答えを出してくれる。歴史なんて知らなくても——検索すればいい」


 ベルタの涙が、頬を伝った。


「昨日、ギルドの代表から通達がありました。生徒数が規定の半数を下回ったため——初等学舎は、来月をもって閉鎖すると」


 会議室の空気が凍った。


 メイラが息を飲む音が聞こえた。


 ベルタは涙を拭かなかった。拭うことすらあきらめたように、まっすぐにレンを見た。


「レンハルト殿。——わたくしたちは、もう必要ないのですか」


 その目は——責めていなかった。


 責めるより深い何かが、あった。三十年間、子供たちに字を教え、九九を唱えさせ、歴史を語ってきた女性の——存在意義そのものが、揺らいでいた。


 レンは口を開こうとした。


 何も出てこなかった。




 閣議を終えたレンは、一人で通りに出た。


 冬の陽射しが低い角度で石畳を照らしている。ゴーレムたちが荷を運び、道を掃き、精霊灯のメンテナンスをしている。完璧な自動化。半年前に夢見た理想の形——の、はずだった。


 通りの角に、子供たちが五、六人たむろしていた。


 学舎に行くはずの時間帯だ。だが教科書は持っていない。手持ち無沙汰に石を蹴ったり、壁に寄りかかったりしている。


 一人が、精霊灯に向かって話しかけた。


「ねえ、今日の天気は?」


 精霊灯の光がゆらりと揺れ、かすかな声が返った。


『本日は晴れ、最高気温は八度、午後から北風が強まります』


「ありがと。——ほら、学校行かなくてもわかるじゃん」


 別の子供が笑った。


「AIに聞けばいいじゃん」


 その一言が——レンの胸に、鉛のように沈んだ。


 AIに聞けばいい。


 答えは全部、そこにある。字を覚えなくても。計算しなくても。歴史を知らなくても。考えなくても。


 全部——自動化されている。


 レンは立ち止まった。冬の風が吹き抜けていった。吐いた息が白い。


 前世で——同じことがあった。


 AIが答えを出す時代。検索すれば何でもわかる。ChatGPTに聞けば論文だって書ける。コードだって生成できる。誰もが「もう勉強しなくていい」と思い始めた。


 結果、何が起きたか。


 考えることをやめた人間が——AIの出力を検証できなくなった。正しいのか間違っているのか、判断する力がなくなった。AIが嘘をつくようになった時——それを「嘘だ」と見抜ける人間が、いなくなった。


「……同じだ」


 レンは呟いた。


 前世と同じことを、この世界でもやってしまった。




 パン屋に寄ったのは、習慣だった。


 エルナは窯の前に立っていた。冬用の厚い生地のエプロンをつけて、パンの焼き加減を見ている。窯の中で炎がぱちぱちと爆ぜて、焼きたてのパンの匂いが工房を満たしていた。


「……顔色悪い」


 エルナが振り返らずに言った。


「わかるのか」


「わかるわよ。あんたが黙ってパン屋に来る時は、だいたい何かやらかした後か、何かに困ってる時」


 レンはカウンターに座った。


「子供が学校に来なくなった」


「知ってる。ベルタ先生、うちにパンを買いに来た時に泣いてた。——あんたが、こんな便利な街にしたからでしょ」


 エルナの声は辛辣だった。だが——責めているのではないと、レンにはわかった。事実を言っているだけだ。エルナはいつもそうだ。


「ゴーレムが全部やるなら、子供は勉強しないわよ。当たり前じゃない。——あたしだって、ゴーレムがパン焼いてくれるなら、焼かないかもしれない」


「焼くだろ」


「……焼くわよ。でもそれはあたしが頑固なだけ。全員が頑固なわけじゃない」


 エルナがパンを一つ、カウンターに置いた。焼きたて。湯気が立っている。


「で、どうするの」


「……わからない。教育制度の設計なんてやったことない。前世でもインフラは作ったけど、学校は作ってない」


「あんたが作ったもので壊れたんだから、あんたが直しなさいよ」


 レンはパンをかじった。


 熱い。うまい。エルナの手で焼いたパンの、不揃いで、少し焦げた端の部分が——一番うまい。


 ゴーレムのパンは完璧だ。焼きムラがない。形が均一。温度が最適。でも——この焦げた端は、ない。


「……エルナ」


「なに」


「なんで、ゴーレムに任せないんだ。パン焼き」


 エルナが手を止めた。


 しばらく黙って、それからレンを見た。緑の瞳が、冬の窯の光に照らされて温かく光っていた。


「おばあちゃんが言ってた。『パンは手で覚えるもんだ』って。——意味、今ならわかるわ。手で覚えたものは、ここに残るのよ」


 エルナが自分の胸を指さした。


「AIに聞いた答えは、ここには残んない」




 パン屋を出て通りを歩いていた時だった。


「あんた!」


 鋭い声が、前方から飛んできた。


 レンは足を止めた。


 通りの真ん中に、小柄な少女が立っていた。


 赤銅色のショートヘア。跳ねっ毛が四方八方に立っている。焦げ茶色の目が——睨み殺すような鋭さでレンを見ていた。眉間にしわ。手には小さな火傷の跡がいくつかある。粗末な服の裾が泥で汚れていた。


 十二歳くらいだろうか。


 見覚えがあった。さっきの閣議で——トーマスの隣の席に、空の椅子があった。娘が来るはずだったが来なかった、とダリウスが言っていた。


「あんたがレンハルトか」


「……ああ」


「アルゴリズの王様」


「一応な」


「ふうん。——あたしはフィオ。鍛冶師トーマスの娘」


 少女の声は、震えていなかった。トーマスのような緊張もなかった。まっすぐに、怒りだけがあった。


「父ちゃんが、あんたに陳情に行ったでしょ」


「ああ、聞いた」


「で? どうするの」


「それは今——」


「『検討中』でしょ。大人はいつもそう言う。検討してる間に、父ちゃんの鍛冶場は閉まるんだよ」


 レンは言葉に詰まった。


 この子は——頭がいい。十二歳にしては、言葉の選び方が大人びている。だが感情は子供そのものだ。怒っている。純粋に、まっすぐに、怒っている。


「あんたのゴーレムが父ちゃんの仕事を奪ったんだ」


 フィオの声が、通りに響いた。


「ゴーレムの方が速い。ゴーレムの方が上手。ゴーレムは失敗しない。——だから父ちゃんに剣を頼む人が、いなくなった。父ちゃんはな、四十年も剣を打ってきたんだよ。毎朝五時に起きて、炉に火を入れて、一日中鉄を叩いて——それが、全部いらなくなった」


 フィオの目が光った。泣いているのではない。怒りの熱が、涙を蒸発させている。


「あたしが許すと思うなよ」


 通りを歩いていた市民が、足を止めてこちらを見ていた。ゴーレムだけが、何事もないかのように荷物を運び続けている。


 レンは——何も言えなかった。


 言えることがなかった。


 この少女の言っていることは、全部正しい。ゴーレムが仕事を奪った。それは事実だ。効率化の名のもとに、人間の手を不要にした。鍛冶屋だけじゃない。荷運び人も、掃除人も、精霊灯の管理人も。全部——ゴーレムが代替した。


 レンがやったことだ。


「……すまない」


 口から出たのは、それだけだった。


 フィオが目を見開いた。


 王が——謝った。


「……なに謝ってんのよ」


 フィオの声が、一瞬だけ揺らいだ。怒りの鎧に、小さなひびが入った。


「謝って済むなら、父ちゃんの鍛冶場は閉まらないでしょ! 謝るんじゃなくて——直しなさいよ!」


 エルナと同じことを言っている、とレンは思った。


 壊したなら、直せ。


 シンプルで、正しい。


「……直す」


「え?」


「直す。——どうやるかはまだわからない。教育制度の設計なんてやったことない。でも——直す。約束する」


 フィオが、レンをまじまじと見た。


 疑っている目だ。大人の約束なんて信じない、という目。だが同時に——信じたい、という子供の目でもあった。


「……嘘ついたら、あたし、毎日あんたの城に石投げに来るから」


「投げてくれ。そうしたら忘れないだろ」


 フィオが口をぱくぱくさせた。


 返事を見つけられないまま、くるりと踵を返して走り去った。赤銅色の髪が冬の陽射しの中で揺れて、通りの角を曲がって消えた。




 夕方。


 執務室に戻ったレンの前に、グレンが座っていた。


 老師は何も言わずに茶を啜っていた。白い髭が湯気で揺れている。


 レンが椅子に座ると、グレンがぽつりと言った。


「わしの時代、魔法は十年かけて覚えた」


「……また『わしの時代』ですか」


「何度でも言うわい。——十年じゃ。師匠に怒鳴られ、失敗して火傷して、泣きながら魔法陣を書き直して。それでも一人前になった時——わしは、世界で一番誇らしかった」


 グレンの目が遠くなった。


「今の若者はな、詠唱文をコピペするだけじゃ。AIが最適化した魔法陣をゴーレムに書き込ませて、はい終わり。速い。正確。失敗しない。——じゃがな、小僧」


 灰色の目が、レンをまっすぐに捉えた。


「不便だった頃の方が、魔法使いは賢かった。失敗して、考えて、また失敗して——それが学びだった。今は——失敗する機会すら、AIが奪っておる」


 レンは黙って聞いていた。


 グレンの言葉が重い。鍛冶場で四十年鉄を打ってきたトーマスと同じだ。魔法陣を六十年書いてきた老師と。三十年子供を教えてきたベルタと。


 みんな——手で覚えた人間だ。


「……じいさん」


「師匠と呼べ」


「この国を——壊したのは、俺です」


「ほう。やっと気づいたか」


 グレンが茶を啜った。


「じゃがな、壊す力があるということは、直す力もあるということじゃ。——どうするんじゃ、小僧」


「教育制度を作ります。子供たちに——考える力を教えます」


「考える力、のう」


「AIが答えを出す時代に、人間が学ぶべきことは——その答えを疑う力だ。正しいかどうか、自分で考えて、自分で判断する力。それがなくなったら——この国は、ヴィクトルの国と同じになります」


 グレンの目が細くなった。


「ヴィクトルの国——全員が同じ答えを出す国、か」


「ああ。正解以外の発想がない。量産型の人間。——あれは教育じゃありません。それは——」


「量産じゃ」


 グレンが、レンの言葉を先取りした。


「わしの弟子は、みな違う魔法陣を書いた。同じことを教えたのにな。癖が出るんじゃ。手の角度が違う、力の入れ方が違う、線の太さが違う。——それが個性じゃ。AIの魔法陣には個性がない。完璧だが、誰のものでもない」


 レンは頷いた。


「だから——教えるのは、知識じゃなくていい。疑い方と、考え方と、失敗の仕方を教える。AIが出力した答えを鵜呑みにしない力を教えます」


「……面白いことを言う。わしの弟子にしてはな」


「弟子って名乗った覚えはないですよ」


「師匠が決めるんじゃ」


 グレンが立ち上がった。膝が少し軋んだ。


「小僧。その学校とやら——わしも手伝ってやってもよいぞ。暇じゃしな」


「……暇じゃないでしょう」


「わしが暇かどうかは、わしが決める」


 老師は背を向けて出ていった。出際に——振り返らなかった。だが、声だけが残った。


「ベルタ先生に、伝えておけ。——先生は、まだ必要じゃと」




 夜。


 アルゴリズの正門が、一人の旅人を通した。


 粗末な外套。フードを深く被っている。一見すると、どこにでもいる旅人だ。だが——歩き方が違った。一歩一歩に重心の安定がある。鍛え抜かれた体を、意図的に縮こまらせている。


 門番のゴーレムが通行証を確認した。旅商人としての書類が提示された。ゴーレムは判を押して通した。


 旅人は——フードの下で、鋼色の目を光らせた。右頬に古い傷跡がある。銀髪が一筋、フードの隙間から覗いている。


 アルデン。


 セントラリア王国第一近衛騎士。セレスティア姫の密命を受けて、アルゴリズの実態調査に来た男。


 宿屋の一室を取り、窓辺に座った。


 杯を傾けながら、街を観察していた。


 通りにはゴーレムが行き交っている。荷を運び、道を掃き、精霊灯を灯す。効率的で、無駄がなく——人の姿が少ない。


 子供が三人、通りの角にいた。何をするでもなく、壁に寄りかかっている。一人が精霊灯に話しかけて、天気を聞いている。もう一人がぼんやりと空を見ている。


 ——元気がない。


 アルデンの目が細くなった。


 セレスティアの予想通りだ。AIで国を建てた男の国——効率的だが、何かが欠けている。ノイマンのヴィクトルの国と同じ匂いがする。


 だが——違うところもあった。


 宿屋に入る前に市場を通った。ゴーレムが荷を運ぶ中、一軒だけ——人間の手でパンを焼いている店があった。行列ができていた。ゴーレムのパンの倍の値段なのに、客が並んでいた。


 あのパン屋の娘は——セレスティアの情報にあった女だ。レンハルトの側にいる、魔法の才能が一切ない村娘。


 興味深い。


 アルデンは手帳を取り出し、セレスティアへの報告の下書きを始めた。


 『姫殿下。アルゴリズに到着いたしました。第一印象を報告いたします。この国は、予想されていた"AI万能の楽園"ではありません。便利ではありますが——街に活力がない。子供たちが目的なく佇んでいます。教育制度が崩壊しつつあるように見受けられます』


 ペンが止まった。


 窓の下で——声が聞こえた。


 少女の声だ。


「——あたしが許すと思うなよ!」


 赤銅色の髪の少女が、通りを走っていた。泣いているようにも、怒っているようにも見えた。走りながら、何かを叫んでいた。


 アルデンはフードの下で、僅かに口元を緩めた。


 この国にも——AIに従わない人間がいる。


 報告書に一行を加えた。


 『ただし——全ての民が自動化に甘んじているわけではないようです。詳細は引き続き調査いたします。——騎士アルデン』


 ペンを置き、杯の酒を干した。


 窓の外に、アルゴリズの夜景が広がっていた。精霊灯の光が均等に並んでいる。ゴーレムが設計した完璧な配置。美しいが——セントラリアの不揃いな松明の方が、温かみがある、とアルデンは思った。


 旅はまだ始まったばかりだ。




 その夜。


 レンは執務室で一人、天井を見上げていた。


 今日会った人々の顔が浮かんでは消える。


 分厚い手を震わせたトーマス。涙を拭わずに語ったベルタ。怒りをまっすぐにぶつけてきたフィオ。遠い目をしたグレン。辛辣に正しいことを言ったエルナ。


 全員が——同じことを言っていた。


 あんたが壊したんだ。直しなさいよ。


 AIに問いかけた。「教育制度の最適設計モデルを提案してくれ」


 0.3秒で出力が返ってきた。


『推奨カリキュラム: 読み書き、算術、歴史、魔法基礎——各科目をAI補助で最適化し、個々の学習速度に合わせた適応型プログラムを提供。全生徒が均一な水準に到達する効率的な学習システムを構築します』


 ——ヴィクトルの教育と同じだ。


 レンはその出力を閉じた。


「違うんだ」


 呟いた。


 教えるのは知識じゃない。答えじゃない。


 フィオの目を思い出した。怒りと知性が同居する焦げ茶色の目。あの子は——疑っていた。大人を。AIを。レンの約束を。全部疑いながら、それでも信じたいと思っていた。


 あの「疑う力」こそが——教育で育てるべきものだ。


 AIが出力した答えを、鵜呑みにしない力。


 自分で考えて、自分で判断して、間違えて、また考える力。


 ——それを、どうやって教える?


 レンは頭を掻いた。


「……サーバー構築なら任せろだけど。教育の設計は——まるでドキュメントがない」


 独り言が虚しく響いた。


 窓の外で、冬の風が吹いていた。精霊灯の光が規則正しく並んでいる。完璧で、美しくて、少しだけ——寂しい街の夜。


 明日から動こう。何から手をつけるかは、まだわからない。でも——フィオに約束した。直す、と。


 レンハルト・コードは約束を守る男だ。


 前世では守れなかった約束が山ほどある。だから——今世では、全部守る。


 石を投げに来られたら、さすがにダリウスが怒る。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第55話「AIに聞けばいいじゃん」。第5アーク「学ばない国」の開幕です。


第4アークの建国と祭りの余韻から数ヶ月。完璧に自動化されたアルゴリズで、子供たちが学ばなくなっていた——という、レンが自分の手で作ったものが生み出した影の部分を描きました。


トーマス親方の「弟子が来ねえ」と、ベルタ先生の「わたくしたちは、もう必要ないのですか」は、現実のAI時代の教育問題をそのまま異世界に持ち込んだ問いかけです。検索すれば何でもわかる時代に、なぜ人は学ぶのか。AIが答えを出す時代に、人間が身につけるべき力は何か。この問いが、第5アーク全体を貫くテーマになります。


そしてフィオの初登場。「あんたのゴーレムが父ちゃんの仕事を奪ったんだ」——この12歳の少女が、物語の遥か先(第10アーク)で、レンの教えを最も重要な局面で実践することになります。「AIの出力を疑え」を教わった少女が、魔王の正体を暴く。この種を、今日蒔きました。

☆評価・ブクマ・感想をいただけると次話の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ