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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第31話: 接続タイムアウト

 異変は、第七層に入った直後から始まった。


 通路の壁が、中層までとは明らかに違う。石の表面に、紫がかった光の脈が走っている。触れると手のひらがぴりぴりと痺れた。魔力濃度が目に見えて上がっている証拠だ。


「空気が重いですね」


 メイラが額の汗を拭った。白いローブの裾が、地面を這う薄い霧に濡れている。


「魔力濃度、中層の三倍……いえ、もう四倍に近いかもしれません」


「レン、俺なんか息苦しいんだけど」


「それは魔力に身体が反応してるんだ。戦士系の人間は魔力酔いしやすい」


「なんだそれ。酒じゃねえんだぞ」


「酒より厄介だ。頭痛が来たら言え」


 レンはスキル【生成AI】で第七層の地図を生成しようとした。


 ——ノイズが入った。


 生成された地図の端が歪んでいる。通路の幅が実際より狭く表示され、部屋の形状が微妙にずれている。中層までは完璧だった地図生成に、初めてエラーが混入した。


 前世で言えば——入力データにノイズが乗っている状態だ。信号対雑音比が悪化している。魔力濃度が高すぎて、スキルの情報処理に干渉しているのだろう。


「地図、少しずれてる。七割くらいの精度で見てくれ」


「七割? 今までは?」


「九十九パーセント」


「急に不安になってきたんだけど」


 カイルが大剣の柄を握り直した。


 第七層の魔獣は、中層のそれとは格が違った。


 黒い甲殻に覆われた大型の蟲。六本の足で天井を這い回り、酸の霧を吐く。中層では一体ずつ現れた魔獣が、深層では三体、四体と群れで襲ってくる。


 レンはAI戦術で迎撃した。だが——いつもの精度が出ない。


「カイル、右から二体。メイラ、デバフを——」


 プロンプトの応答が遅い。通常なら〇・三秒で返る最適陣形の計算に、一秒以上かかっている。戦闘のテンポが崩れる。


「遅い。AIの処理速度が落ちてる」


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃない。が、戦える」


 七割の精度でも、カイルの剣とメイラの支援魔法とイグニスの火力があれば、第七層は突破できた。


 だが、レンの中に焦りが芽生えていた。


 第八層は、どうなる。


   ***


 第八層への階段を下りた瞬間、空気が変わった。


 それまでの「重い空気」とは、質が違う。


 音が消えた。


 正確には——音が小さくなった。足音が、布で包んだように鈍くなる。カイルの鎧が擦れる金属音が、水の底で聞くように遠い。自分の呼吸が、やけに近く聞こえる。


「……静かだな」


 カイルが呟いた。声量はいつもと同じはずなのに、三歩先にいるメイラにすら届きにくい。


「第八層——『静寂の間』」


 メイラの声も小さい。意図的に小声にしているのではなく、空間そのものが音を吸収しているようだった。


「ガルドさんが言っていました。第八層は、あらゆるものが沈黙する場所だと」


 レンは周囲を見回した。


 壁の魔力脈が消えている。第七層まであった紫の光がない。代わりに、壁も天井も床も——完全な灰色だった。のっぺりとした、何の特徴もない石壁。魔法的な反応がゼロ。


 嫌な予感がした。


「スキル【生成AI】、起動——」


 応答がなかった。


 レンは目を瞑り、もう一度集中した。


「スキル【生成AI】、起動。地図生成——」


 何も返ってこない。


 プロンプトを送信している感覚はある。だが、返事がない。受信側が無応答。接続はしているのに、データが返ってこない。


 前世で言えば——


「マジか……」


 レンの声が、静寂の間に落ちた。


「スキルが応答しない。接続タイムアウト——いや、そもそも繋がらない」


 イグニスの炎が、急に小さくなった。


 通常は拳大の炎球が、レンの肩の上で揺れている程度だったのが——親指の先ほどの火種に縮んでいる。


「イグニス?」


「……MCP接続が切れた」


 イグニスの声が、かすれていた。初めて聞く声色だった。


「レンとの魔力リンクが遮断されている。俺の炎は俺自身の魔力で維持できるが——お前からの指示が届かない」


「精霊ネットワークは?」


「全滅だ。ノエルもシルフもテラも——通信不能。この空間は、あらゆる魔力的接続を遮断している」


 レンの背筋に冷たいものが走った。


 スキル【生成AI】が使えない。


 MCPが切断された。


 精霊ネットワークが落ちた。


 ゴーレムへの命令も通らない。


 ——前世で言えば、インターネット接続が完全に遮断された状態だ。ローカル環境に、何のツールもインストールされていない。OSだけの裸のマシン。


 いや——もっと正確に言えば。


 AIアシスタントなしの、素の自分自身。


「大丈夫か、レン」


 カイルが横に立った。声は低いが、揺らぎがない。


「……大丈夫じゃない。でも、前に進むしかない」


「戦えるのか?」


 レンは一瞬、答えに詰まった。


 スキルなしで、自分に何ができる?


   ***


 第八層の通路を進みながら、レンは自分の無力さを噛み締めていた。


 魔法を試した。


 基礎魔法——火球ファイアボールを撃とうとした。スキルを介さず、素の魔力で。


 手のひらに魔力を集中する。イメージする。火の球を。


 手のひらから出てきたのは——親指の先ほどの火花だった。ぱちっと音がして、すぐに消えた。


「…………」


 もう一度。今度は水球ウォーターボール


 手のひらに水を生成する。集中する。


 ぽたりと、水滴が一つ落ちた。


「…………」


 メイラが気まずそうに目を逸らした。カイルは天井を見ている。イグニスは小さな炎のまま何も言わない。


「……俺、素の魔法くそ下手じゃん」


 沈黙が返ってきた。


 レンは頭を掻いた。


「お前ら、何か言えよ」


 イグニスが、小さな声で呟いた。


「知ってた」


「言えよ! もっと早く言えよ!」


「言ったところで練習したか?」


「……しなかった」


「だから言わなかった」


 ぐうの音も出ない。


 考えてみれば当然だった。転生してからずっと、スキル【生成AI】に頼りきりだった。基礎魔法の訓練などしたことがない。プロンプトを書けば何でも生成できたのだから、素の魔力を鍛える必要がなかった。


 前世で言えば——AIに全てのコーディングを任せていたプログラマーが、テキストエディタとコマンドラインだけ渡されて「さあ書け」と言われたようなものだ。


 基礎がない。


 メイラが控えめに口を開いた。


「あの……レンさん。基礎魔力自体は、そこまで低くないと思います」


「今の火花を見てそう言えるのか」


「魔力量の問題じゃなく、制御の問題です。レンさんは魔力量自体は平均以上あるんですが、すべてをスキル経由で使ってきたので、素の制御技術がほぼゼロなんです」


「つまり——」


「エンジンは積んでるけど、運転技術がないみたいな……」


「的確な比喩をありがとう。心に刺さる」


 メイラが申し訳なさそうに眼鏡を押し上げた。


「あの、でも、わたしがフォローしますから——」


「頼む。本気で頼む」


 レンの声に、普段の余裕はなかった。


 自分が、パーティのお荷物になっている。


 中層まではレンが全体を指揮し、最適な戦術を組み立て、パーティを導いてきた。だが今——レンは何もできない。地図も作れない。敵の分析もできない。戦闘支援もできない。


 Fランク冒険者の素の実力が、まざまざと露呈していた。


 通路を歩き続けた。足音だけが、くぐもった音で繰り返される。


 どれくらい歩いただろう。五分か、十分か——時間の感覚が曖昧になっている。静寂の間の空気は、聴覚だけでなく意識そのものを鈍らせるようだった。


 レンの視界が、ふいに揺らいだ。


 足がもつれた——わけではない。意識の端が暗くなった。瞼が重い。身体が芯から冷えているのに、頭の奥だけが妙に温かい。


 スキルが使えない空虚さか。魔力濃度の影響か。それとも——


 暗転した。


 ほんの一瞬だった。


 灰色の通路が消え、レンは暗闇の中にいた。足元に何もない。上下の感覚がない。自分の手を見下ろしたが、手があるのかどうかもわからなかった。


 ——おまえは、何だ?


 声が聞こえた。


 声ではない。音がないのに、意味だけが頭の中に流れ込んでくる。方向がない。距離がない。ただ、そこに「問い」がある。


 ——答えろ。


 口が動きかけた。


 反射的に——前世の癖だ。質問されたら答える。プロンプトが来たら、レスポンスを返す。入力があれば出力する。それがエンジニアの、いや、AIの——


 ——ガルドの声が、脳裏を貫いた。


 『深層で夢を見たら——絶対に、その夢の中で答えるな』


 レンは口を閉じた。


 開きかけた唇を、歯を食いしばって封じた。言葉を呑み込んだ。喉の奥で、何かが引っかかるような感覚があった。


 暗闇の中で、問いかけが——待っている。


 答えを待っている。


 レンは答えなかった。


 三秒——五秒——永遠のような沈黙の後、暗闇が薄れた。


「——ン! レン!」


 カイルの声が聞こえた。肩を掴まれている。揺さぶられている。


 灰色の通路が戻ってきた。


 カイルが目の前にいた。青い目が、珍しく不安の色を帯びている。


「ぼーっとしてたぞ。立ったまま目を閉じて……二秒くらいだったけど、呼んでも反応がなかった」


「……二秒?」


 体感では、もっと長かった。


 レンは額に手を当てた。汗が滲んでいる。心臓が速い。頭の奥に、あの「問い」の残響がまだある——だが、内容は既に曖昧になりつつある。


 何を聞かれた? 何に答えそうになった?


 わからない。覚えているのは、ガルドの忠告だけだ。


「……大丈夫だ。ちょっと、魔力酔いみたいなものだと思う」


「本当か?」


「ああ。——前に進もう」


 レンは歩き出した。足取りを意識して安定させた。


 振り返らなかった。振り返ったら、まだあの暗闇がそこにある気がした。


   ***


 第八層の奥——広い空間に出た。


 天井が高い。中央に円形の闘技場のような地形がある。周囲は崖で、下は暗闇。渡るには中央の台座を経由するしかない。


「嫌な予感がするわ」


 カイルが大剣を構えた。


「嫌な予感って、お前の直感か」


「ああ。だいたい当たる」


 当たった。


 台座の中央に足を踏み入れた瞬間——地面が震えた。


 闇の中から、何かが這い上がってきた。


 灰色の巨体。石の肌。六メートルはあるだろうか。人型だが、顔がない。頭部があるべき場所に、のっぺりとした灰色の曲面があるだけだ。


 両腕は異常に長く、地面に届いている。指は三本。爪はない。代わりに、指先から透明な波紋が広がっている——音を吸収する波紋だ。


「沈黙の守護者」


 メイラが震える声で呟いた。


「文献にだけ記載がある第八層のボス級魔獣……実在したんですね」


 守護者が動いた。


 音もなく。


 六メートルの巨体が、音を立てずに迫ってくる。足音がない。風切り音がない。それ自体が「沈黙」を纏っている。


「メイラ、分析を——」


 レンは言いかけて、口を閉じた。


 自分のスキルが使えないことを、一瞬忘れていた。AIに分析を投げようとする癖が、身体に染みついている。


「わたしの分析魔法は——かろうじて機能してます。ただ精度は低いです。三割程度……」


「三割でいい。何かわかるか」


「待ってください——」


 メイラの分析魔法が、守護者の表面をスキャンした。


「核があります。胸部——いえ、位置が動いてる。核が体内を循環しています。一箇所に留まらない……」


 情報が足りない。


 いつもなら、レンのAIが瞬時に攻撃パターンを解析し、核の循環周期を計算し、最適な攻撃タイミングを割り出す。


 今は——何もない。


 レンの頭の中は、空白だった。


 守護者の腕が振り下ろされた。


「散れ!」


 カイルが叫んだ。レンとメイラが左右に跳ぶ。台座の石が砕ける。衝撃波が空気を震わせ——音のない震動だけが身体を揺さぶった。


「イグニス、火を——」


「出せん。この空間では俺の炎も半分以下だ。あの図体に効くかどうか……」


 イグニスの声に、苛立ちが滲んでいた。数百年の上位精霊が、力を発揮できない屈辱。


 守護者が二撃目を放った。今度はメイラの方向だ。


「メイラ!」


 カイルが間に入った。大剣で腕を受け止める。金属と石がぶつかる鈍い衝撃。カイルの足が石畳を削りながら後退する。


「く……重い!」


 三撃目。四撃目。守護者は無慈悲に腕を振り続ける。カイルがその全てを受け止め、弾き、逸らす。


 だが——カイル一人では持たない。攻撃が一方的だ。防御だけでは、いずれ押し潰される。


 レンは立ち尽くしていた。


 頭が回らない。


 いつもなら、ここでAIが最適解を出す。敵のパターンを解析し、弱点を特定し、四人の連携を設計する。レンはそれを指揮するだけでよかった。


 今は——裸のまま、戦場に立っている。


 何もできない。


 何も見えない。


 守護者の五撃目が、カイルの大剣を弾いた。カイルの身体が宙に浮き、台座の縁近くまで吹き飛ばされた。


「カイル!」


「……平気だ。まだ立てる」


 カイルが大剣を杖にして立ち上がった。口の端から血が流れている。


 レンの胸が、締めつけられた。


 自分のせいだ。


 AIに頼りきりだったせいで、素の自分には何もない。基礎魔法もまともに使えない。戦術を組み立てる経験もない。パーティの足手まといになっている。


 カイルが血を拭い、大剣を構え直した。


「レン」


「……すまない。俺には——」


「黙れ」


 カイルの声が、低く響いた。


 守護者が再び動き出す。灰色の巨体が、音もなく迫ってくる。


 カイルが——前に出た。


 レンを背にして。


 大剣を正眼に構え、六メートルの怪物の前に立った。


 金髪が揺れた。青い目が、まっすぐ前を見ている。口元に——笑みがあった。


 恐怖ではない。歓喜でもない。ただ——ここにいるべき自分を確認したような、静かな笑み。


「——お前が動けないなら」


 カイルの背中が、大きく見えた。


 守護者の腕が振り上がる。


 カイルは動かない。


「俺が——」


 レンは、カイルの背中を見つめた。


 心臓が跳ねた。


 声が聞こえた——次の話に続く声が。


「——動く」



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第31話「接続タイムアウト」。タイトルはIT用語ですが、描いたのは人間の話です。


この話の核心は「AIが沈黙した瞬間、レンに何が残るか」でした。スキル【生成AI】が使えなくなった時、火花しか出せない素の魔法力、戦術を組めない空白の頭。Fランク冒険者の素の実力がまざまざと露呈する——書いていて正直つらかったです。でも、レンにはこの挫折が必要だった。


前世のエンジニアに例えれば「AIアシスタントなしで、テキストエディタだけ渡されて『さあ書け』と言われた状態」。プログラマーの皆さん、想像してみてください。Copilotが消えた世界を。……怖いでしょう?


ガルドの忠告「深層で夢を見たら、絶対にその夢の中で答えるな」が効いてくるシーンは、伏線として仕込んでいたものです。あの暗闇の中の「問い」は、この先のアークでもう一度姿を変えて現れます。


そしてラストの「だから俺がいるんだろ」に繋がるカイルの背中。次話に続きます。

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