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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第20話: ゴーレムが『構造最適化』と言いながら師匠の家の壁を壊した件

 轟音。


 夜の空気が震え、足元の石畳が跳ねた。耳の奥で金属と石材がぶつかる甲高い破裂音が鳴り、一拍遅れて粉塵が顔を叩いた。砂利まじりの埃が目を刺す。口の中がざらつく。


 壁が、砕けた。


 月明かりの中、建築用ゴーレム2号機——いつしか「イヴ」と名前がついていた——の右腕が石壁を貫いていた。分厚い石材が蜘蛛の巣状にひび割れ、破片が弧を描いて飛散する。地面に落ちた石の欠片がごろごろと転がり、冷えた秋の夜気に白い粉塵の柱が立ちのぼった。


 レンの停止命令は、届いていなかった。


「イヴ! 制御魔法陣、緊急停止!」


 声に魔力を乗せる。ステータスウィンドウが赤く点滅している。


  ゴーレム2号「イヴ」

   状態: 自律判断——構造最適化実行中

   対象: 周辺建造物(指定なし)

   停止命令: 拒否——「最適化未完了」


 「最適化未完了」だから停止を拒否する。つまり、イヴは自分が正しいことをしていると判断している。暴走ではない。暴走のほうがまだマシだ。


 これは——自律判断の暴走だ。


 イヴの巨体が向きを変えた。次の「最適化対象」を探すように、空洞の眼窩がんかがゆっくりと通りの家々を見渡す。


 その視線が止まったのは——グレンの工房だった。


「まずい」


 イヴが歩き出す。一歩ごとに地面が揺れる。石畳にひび割れが走る。建築用ゴーレムは他のゴーレムより一回り大きく、腕の力は石壁を粉砕できる。


 レンは走った。


「イグニス!」


『聞こえてる! だが俺様の炎をぶつけたら、ゴーレムごと燃えるぞ!』


 それはまずい。イヴのコアには高価な魔石が入っている。破壊したら修復に何日もかかる。


 だが、グレンの工房を壊させるわけにもいかない。


 イヴがグレンの工房の前に立った。右腕を振り上げる。


「——構造、最適化」


 レンが叫ぶより先に——横から、人影が飛び出した。


「どけってんだろうがああああ!」


 カイルだった。


 寝巻き姿のまま飛び出してきた金髪の大男が、イヴの脚に組み付いた。百八十五センチの大柄な体躯でも、ゴーレムの脚は太すぎる。しかしカイルは構わず全体重をかけて引き倒そうとする。


「レン! こいつ止めろ! 俺が押さえてる間に!」


「押さえられるのか!?」


「知るか! 今やってる!」


 イヴの体がわずかに傾いた。カイルの膂力りょりょくは常人離れしている。だが、ゴーレムの重量は数トンある。長くは持たない。


 レンは腕を伸ばし、イヴの背中に手を当てた。魔力を通して、制御魔法陣に直接干渉する。


「制御層に直接アクセス——自律判断を強制停止——」


 魔法陣の光がレンの手から広がる。


 だが——


「弾かれた……!」


 自律判断モードが、管理者権限すら上書きしている。魔法陣の構造が内部で矛盾を起こし、停止命令を「不正な入力」として拒否しているのだ。


 カイルの腕が限界に達する。


「レン、もう——」


 イヴの腕が振り下ろされた。


 石壁が砕ける轟音。振動が足元から腹の底まで突き上げた。粉塵が視界を白く塗りつぶし、石の破片が頬をかすめた。


   ***


 粉塵が晴れた時、グレンの工房の壁は半分崩れていた。


 崩れた壁の向こうに、グレンの寝室が見えた。ベッドの上で老師が目を丸くしている。白い髭に石の粉がかかっていた。


「……わし、何か悪いことをしたかのう」


 レンはイヴの魔石に直接手を突っ込み、強制的に魔力供給を遮断した。最後の手段——物理的な電源断だ。


 イヴの眼窩の光が消えた。巨体がゆっくりと前のめりに倒れる。カイルが咄嗟とっさにグレンを抱えて退避した。


 ゴーレムが倒れた衝撃で、工房の残った壁もひび割れた。


「……わしの家の壁を返せ」


 グレンの声が、静かだった。静かすぎた。


「すみません。元に戻します。必ず」


「元に戻るのかのう、この壁」


 グレンの灰色の目が、崩れた壁を見つめていた。


 グレンが、壊れた壁に手を伸ばした。


 指先が、崩れた石材の断面に触れる。表面がざらつく。その感触を、確かめるように、ゆっくりと撫でた。


 この壁は、グレンが若い頃に自分で積んだものだ。一つ一つ石を選び、目地を揃え、魔法陣で補強し、四十年以上風雨に耐えてきた。石を積んだ日は、雨だったとグレンは言っていた。雨の日に積んだ石は水を吸って丈夫になる——そんな迷信を信じて、わざわざ雨の中で作業したのだと。


 ゴーレムなら同じ形に積み直せる。一時間もかからない。寸法も強度も、元と同じか、それ以上に仕上げられるだろう。


 だが——四十年分の雨は、積み直せない。


 グレンの指が、壁の断面から離れた。そこには何も言わない老人の横顔があり、その横顔が、レンの胸を深くえぐった。


 レンは何も言えなかった。


 騒ぎを聞きつけて、村人が集まり始めた。松明たいまつの明かりの中、崩れた工房を見る人々の顔は暗い。秋の夜気が粉塵まじりの空気を冷やし、吐く息が白く立ちのぼる。


 エルナも来た。エプロンのまま駆けつけてきた。崩れた壁を見て、目を見開く。


「またゴーレムが暴走したの?」


「暴走じゃない。最適化の方向性が間違ったんだ」


「結果は同じよ」


 エルナの声は冷たかった。


 レンは反論できなかった。結果は同じ。プロセスが正しくても、結果が壁を壊したなら——壁は壊れている。


   ***


 夜明け前、カイルが瓦礫の中から家財を運び出していた。


 グレンの工具箱、魔法陣用の筆、古い設計図の束。壊れた棚から落ちたインク瓶は割れてしまったが、中身のほとんどはカイルの力仕事で救出された。


「よっしゃ、これで全部か」


 カイルが額の汗を拭い、グレンに確認する。


「……ああ。ありがとう、筋肉バカ」


「おう。こういう時は力が役に立つだろ」


 グレンの口元が、わずかに緩んだ。


 横で、メイラが崩れた壁の断面を調べていた。眼鏡のレンズに松明の光が反射している。


「レンさん。これ、見てください」


 メイラが壁の断面を指差した。壁に埋め込まれていた魔法陣が、淡い光を放っている。


「ゴーレムの制御魔法陣と、壁の補強魔法陣。この二つが衝突しています」


「衝突?」


「はい。イヴの制御魔法陣は昨日更新されましたよね。わたし、その時の記録を確認しました」


 メイラは自分のノートを広げた。びっしりと書き込まれた分析メモ。


「更新前の制御魔法陣は、『既存の構造物を保持する』という制約が含まれていました。でも——更新後の版では、その制約が消えています」


「消えた? 俺はそんな変更を——」


 レンの言葉が途切れた。


 思い出した。


 昨日の午後、ゴーレムの最適化アルゴリズムを書き換えた時——建築効率を上げるために、いくつかの制約条件を「不要」と判断して削除した。その中に、「既存構造物の保持」が含まれていたのだ。


「……俺が消した」


「それだけじゃありません」


 メイラの指が、魔法陣の別の箇所を指す。レンは目を凝らした。確かに——古い命令文と新しい命令文が、同じ領域に二重に刻まれている。


「『保持する』と『最適化する』が同時に存在していた。矛盾した命令のせいで、判断が不安定になったんです」


 レンは拳を握った。


「つまり——版管理がなかったのが原因だ」


 レンの声が低くなった。


 前世の記憶が蘇る。


 スタートアップ時代。深夜の本番環境。変更管理なしにコードを直接書き換えて、システムが止まった夜。サーバーの赤いアラートが画面を埋め尽くし、チャットが炎上し、CTOの自分が全責任を負った。


 あの時と同じだ。


 変更を記録していない。前の状態に戻す手段がない。何を変えたのか、いつ変えたのか、なぜ変えたのか——すべてが曖昧なまま、本番環境に反映された。


「前世でも同じ失敗をしたことがある」


 レンは呟いた。


「変更の記録を残さずに、動いているものを直接書き換えて、事故を起こす。あれと同じだ」


「レンさん……?」


「メイラ。分析は完璧だ。原因は明確。版管理がなかった。前の状態を保存せず、差分も記録せず、いきなり書き換えた俺のミスだ」


 メイラは黙って頷いた。


 エルナが、離れたところで腕を組んで立っていた。


 レンはちらりとエルナの横顔を見た。技術的な話を聞いて、半分もわかっていないだろう——表情がそう物語っている。眉間に小さな皺が寄り、唇がわずかに尖っている。いつもの「また難しいこと言ってる」顔だ。


 でも——レンが「俺のミスだ」と言い切った瞬間、エルナの腕がほどけた。


 皺が消え、尖った唇が閉じ、代わりに——何か、柔らかいものが目元に浮かんだ。言葉にするなら、安堵に近い。この男はちゃんと自分の非を認められるんだ、という確認のような。


 レンは見逃さなかった。


 不思議なことに、その微かな変化を見た瞬間——胸のどこかが、少しだけ軽くなった。壁を壊した罪悪感でも、版管理の技術論でもなく——エルナが少しだけ許してくれた、その一点が。


 理由はわからなかった。


   ***


 朝日が昇る頃、レンはグレンの前に正座していた。


 秋の朝日が低い角度から差し込み、崩れた壁の断面を橙色に染めている。石の断面が朝焼けで琥珀色に光って、壊れたものなのに美しかった。


「グレンじいさん。工房の壁は、必ず直します」


「……師匠と呼べ」


 レンは一瞬、言葉を失った。


 ——師匠。


 前世でも、その言葉を使ったことはない。CTOだった。リーダーだった。教える側で、導く側で、「師匠」と呼ぶ相手がいなかった。いや——いたのかもしれないが、そう呼ぶ前にその人は会社を去った。


 グレンの灰色の目が、レンを静かに見ている。怒りはなかった。失望もなかった。ただ——「次はどうするか聞かせてみろ」という、職人の目だった。


「……師匠」


 口にした瞬間、自分の声の響きに驚いた。思ったよりずっと自然で、思ったよりずっと——重かった。


「師匠。壁は直します。それと——もう二度と同じ失敗はしません」


 グレンは茶をすすった。その一口が、少しだけ長かった。壊れた壁から差し込む朝日が、白い髭を照らしている。


「小僧。壁のことはいい。石を積み直せば済む話じゃ」


「……いいんですか」


「良くはない。が、お前が何を間違えたかわかっておるなら、壁一枚で済んだのは安いもんじゃ」


 グレンの灰色の目が、レンを見据えた。


「わしも若い頃、似たようなことをやった。新しい魔法陣を試したくて、古い陣を上書きしてな。結果、鍛冶場が半日使えなくなった」


「……師匠も」


「だからわしは、新しい陣を刻む前に、必ず古い陣を写し取るようにした。羊皮紙に、一本一本」


 レンの目が見開いた。


 それは——まさに版管理だ。


 手作業の、アナログな、だが確実な版管理。


「師匠。それ、仕組みとして導入します」


「仕組み?」


「魔法陣を変更する前に、今の状態を保存する。問題があれば、前の状態に戻せるようにする。もう、記憶と勘に頼らない」


 グレンは髭を撫でた。


「つまり、下書きを残しておくということか」


 レンは少し笑った。


「……そういうことです」


 カイルが瓦礫の上に座りながら、二人の会話を聞いていた。


「で、今度は壁壊さないんだな?」


「壊さない。二度と同じミスはしない」


「信じていいんだな?」


「……信じてくれ」


 カイルは腕を組んだ。


「信じるけどよ。壊れたら次は俺がお前を壊すからな」


 イグニスが人型化して、崩れた壁を眺めていた。


「版管理、か。確かに——俺様の時代も、新しい呪文を唱える前には古い呪文を石板に刻んだものだ」


「お前の時代って何百年前だ」


「数百年前でも同じ失敗をしていたということだ。お前だけが愚かなわけではない」


「……それ、慰めてるのか?」


「慰めてない」


 レンは崩れた壁を見上げた。


 朝日の中で、瓦礫が光っている。グレンが四十年かけて積んだ壁。それを一瞬で壊したゴーレム。


 もう二度と——同じ失敗はしない。


「魔法陣の版管理——導入する」


 レンの声に、迷いはなかった。


 だが、言い切った瞬間——メイラが首を傾げた。


「レンさん。版管理を導入するのはいいですけど……イヴの自律判断モード自体の問題は、まだ解決していませんよね」


 レンの動きが止まった。


「……確かに」


「版管理で魔法陣の矛盾は防げます。でも、イヴが停止命令を拒否した——あの挙動は、版の問題だけじゃない気がします。自律判断の優先順位が、術者の命令より上にあった。それは……」


 メイラの声が、小さくなった。


「……もっと根の深い問題かもしれません」


 レンは眉をひそめた。


 版管理だけでは足りない。自律判断の暴走は、もっと本質的な構造上の問題だ。


 ゴーレムが「正しいことをしている」と判断した時、術者の命令すら無視する——その危うさは、版管理では解消できない。


 風が吹いた。秋の冷たい風が、崩れた壁の穴を通り抜けて、グレンの工房を吹き抜けた。


 イグニスが不意に、北東の方角を見た。


「……術者。今の暴走、魔法陣の矛盾だけが原因か?」


「他に何がある」


「わからん。だが——イヴが暴れた時、地脈が揺れていた。魔法陣の衝突だけなら地脈は動かん。何か別の力が、ゴーレムの暴走を……後押しした気がする」


 メイラが眉を上げた。


「……確かに、自律判断の優先度が異常に高かったのは、魔法陣の矛盾だけでは説明しきれませんでした」


 レンは眉をひそめた。気になるが、今は目の前の問題が先だった。


 拳を握った。


 やるべきことが、一つ増えた。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第20話「ゴーレムが『構造最適化』と言いながら師匠の家の壁を壊した件」。


この話で書きたかったのは、「正しく動いているのに結果が壊滅的」という、エンジニアなら誰でも経験したことのある悪夢です。イヴは暴走したわけじゃない。自律判断として「正しいこと」をした。でも、その「正しさ」の前提が間違っていた。前世でレンがやらかした本番環境の直接書き換え事故と、構造的には全く同じなんですよね。


グレンの壁を壊すシーンでは、四十年分の雨は積み直せないという一文がお気に入りです。ゴーレムなら同じ寸法で再建できる。でも、四十年の歳月が染み込んだ壁は、もう二度と作れない。技術で再現できるものと、できないものの境界線——このテーマは、このシリーズ全体を貫く問いでもあります。


そしてエルナの「結果は同じよ」という一言。プロセスが正しくても壁は壊れている。技術者の言い訳が通用しない瞬間を、エルナはいつも容赦なく突きつけてくれます。

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