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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第16話: 釘を三本曲げてパン30点を取ったらなぜか怒られた件

 釘を三本曲げた。板を一枚切り損ねた。指を一回、金槌で打った。


 ——それが、今日の成果の全てだ。たぶん。


 話は今朝に遡る。レンは木材の束を肩に担ぎ、エルナのパン工房の裏口をくぐった。まだ日が昇りきっていない。窓の外の空が、青灰色からうっすらと橙に変わり始めている。


 昨日の夕方、丘の上でエルナに言われた言葉がまだ耳に残っていた。


 ——棚増やすの手伝って。ゴーレムじゃなくて、あんたが。


 ゴーレムに指示を出せば三十分で完璧な棚が仕上がる。寸法は正確、仕上がりは均一、釘の打ち込み角度まで最適化された棚だ。


 それを、わざわざ自分の手でやれと言う。


 非効率の極みだ。


「来たの」


 エルナが工房の奥から顔を出した。いつものエプロン姿。小麦色の髪を後ろで束ねて、手には採寸用の紐を持っている。


「来た」


「木材、そこに置いて。あと、これ」


 渡されたのは、金槌と釘の入った木箱。それから、手書きの設計図——というか、落書きに近い図面だ。棚の形と寸法が、エルナの丸い字で書かれている。


「……これ、仕様書?」


「仕様書って何」


「設計図のことだ」


「じゃあ設計図って言いなさいよ」


 レンは図面を見た。三段の棚。高さ百五十。幅は窓の下に合わせて百二十。奥行き三十。寸法は明確で、エルナなりに考え抜いた形だった。


「ここにパンの冷却棚を置きたいの。焼き上がったパンを並べて、粗熱を取る場所。風通しがいいように、背板は要らない」


「了解。構造的には——」


「難しい話はいいから、とりあえず板を切って」


 レンはのこぎりを手に取った。


 ——十分後。


「曲がってる」


 エルナが切った板を持ち上げて、目の高さで確認した。切断面が微妙に斜めだ。


「……手の安定性が足りない」


「手ぶれね。あたしでもまっすぐ切れるのに」


「鋸のインターフェースが——」


「道具のせいにしない」


 レンは黙って、もう一枚切り直した。今度は少しマシだが、まだ完璧とは言えない。三枚目で、ようやくエルナが頷いた。


「まあ、これでいいでしょ。……別にあんたのためにやり直してるわけじゃないんだから。棚が歪んだら困るのはあたしよ」


「わかってる」


「次、釘」


 釘を打つ。


 レンは金槌を握り、板を合わせ、釘の頭に金槌を振り下ろした。


 釘が曲がった。


「あっ」


「力入れすぎ」


 もう一本。今度は金槌が滑って、指を打った。


「いっ——」


「ほら、言わんこっちゃない」


 エルナが呆れた顔でレンの手を取り、赤くなった指を確認した。


「大丈夫?」


「……大丈夫」


「大丈夫って言う時のあんた、だいたい大丈夫じゃないけど」


 エルナの手のひらが温かい。パン生地をこねてきた手だ。薄いタコがあって、指先が少しだけ硬い。


 レンは一瞬、その手の感触に意識を持っていかれた。


 エルナが手を離す。


「こうやって持つの。金槌は端じゃなくて、もう少し上を握って。釘は最初だけ軽く叩いて、板に噛ませてから本打ち」


 見本を見せてくれた。軽く、軽く、——コンッ。釘が板に食い込む。そこからぐっと力を入れて、三打で頭まで打ち込んだ。


「……うまい」


「当たり前。棚くらい自分で作るもの」


 レンは教えられた通りにやってみた。


 軽く、軽く——コンッ。釘が板に噛む。力を入れて——コンッ、コンッ。


 曲がらなかった。


「お。できたじゃない」


 エルナの声が、ほんの少し明るい。


「一本だけどな」


「一本できれば十本できる。十本できれば棚ができる」


 その論理には反論できなかった。


   ***


 一時間かけて、棚の骨組みが完成した。


 ゴーレムなら十五分。エルナ一人でも四十分くらいだろう。レンの不器用さのせいで、余計に時間がかかっている。


 だが不思議と、悪い気はしなかった。


「板、そっち押さえてて」


「ここ?」


「もうちょい右。……そう、そこ」


 二人で棚板を水平に合わせ、レンが釘を打つ。エルナが反対側から板を支える。


 手が離せない体勢で、自然に距離が近くなった。


 エルナの肩が、レンの腕に触れた。


 レンは気づかなかった。釘の頭に集中していたからだ。板がずれないように慎重に打ち込む。一本、二本、三本——よし、固定できた。


「できた」


 顔を上げると、エルナが横を向いていた。耳が赤い。


「……どうした?」


「なんでもない。次の板」


 エルナの声が少し硬い。レンは首を傾げたが、深く考えずに次の板を手に取った。


   ***


 棚が完成したのは、昼前だった。


 三段の冷却棚。背板なし。風通し良好。切断面は少し粗いし、釘の打ち方にもムラがある。だが、立っている。パンを並べても倒れない。


「……悪くない」


 エルナが棚を押したり引いたりして、強度を確認している。


「何点だ?」


「採点制にしないでよ」


「前回20点だったから、比較したい」


 エルナが渋い顔をした。棚をもう一度見て、指で表面を撫でた。


「……35点」


「上がった」


「棚は棚でしょ。パンと基準が違うの」


「じゃあパン基準で」


「パン基準なら0点。これパンじゃないし」


「それはそう」


 エルナが少し笑った。すぐに真顔に戻ったが、口の端がまだわずかに上がっている。


「じゃあ、棚も作ったし——パン、手伝って」


「……またか」


「何よ、嫌なの」


「嫌じゃない」


 レンは自分の返事の速さに、少し驚いた。


 エプロンを借りて、生地をこねる。前にパンを初めて教わった日以来、何度かエルナの工房で手伝いをしている。最初は20点だった腕前が、少しずつ上がっている。


 押して、畳んで、また押す。エルナに教わったリズム。生地の下から立ちのぼる小麦の香り。窓の外では、風に乗った枯葉がかさかさと通りを転がっていく。秋の午後の、柔らかい光が工房に差し込んでいた。


「力加減、ちょっとマシになったわね」


「練習した」


「嘘でしょ。いつ」


「ゴーレムの制御が空いてる時に、こっそり」


 エルナが目を丸くした。


「……あんた、ゴーレムの合間にパンこねてたの?」


「問題ある?」


「ない。ないけど……」


 エルナは何か言いかけて、やめた。代わりに自分の生地に視線を落とした。


「成形、やってみて」


 丸パン。前回は歪な楕円しか作れなかった。


 レンは生地を手のひらで丸める。回して、押して、形を整える。エルナの動きを何度も見てきたから、手順は頭に入っている。でも、頭と手は別だ。


 出来上がった丸パンは、前回よりは丸い。でもエルナのものと比べると、どこか歪で、大きさも不揃いだ。


「前よりマシ」


「何点?」


 エルナが生地を手に取り、重さを確かめ、形を見た。


「30点」


「20点から昇格した」


「10点分しか上がってないけど」


「10点は大きい。前世なら——」


「前世の話はいいから」


 エルナがレンの生地を窯の近くに並べた。発酵を待つ間、二人は工房の片隅に座った。


 窯の薪がぱちぱちと爆ぜる音。生地がゆっくり膨らんでいく気配。小麦粉の匂いと、かすかなイースト菌の酸味。窓の外の木々が揺れるたびに、赤や黄の葉が一枚、二枚と舞い落ちていく。


 静かだった。


「ねえ」


「ん?」


「あんた、最近ゴーレムの数減らしたでしょ」


 レンは少し驚いた。気づいていたのか。


「……減らしたんじゃない。配置を変えた。村の外周の開拓に回して、中心部は人手でやるようにした」


「なんで?」


「なんでって……」


 レンは言葉を探した。効率の話ではない。ベルト爺さんの畑の件、エルナのパンの話、イグニスの忠告。いろいろなものが積み重なって、自然とそうなった。


「……わからない。ただ、そのほうがいい気がした」


 エルナは何も言わなかった。ただ、ほんの少しだけ笑ったように見えた。


 見間違いかもしれない。


 窯の炎が揺れて、エルナの横顔に影を落としている。小麦色の髪が耳にかかっている。エプロンの紐がほどけかけている。


 レンの胸の奥で、何かが静かに動いた。


 効率とは無関係で、最適化の対象にもならない。ただ、エルナの隣にいるこの時間が心地いい。


 それだけのことなのに、うまく言語化できない。


「焼けたわよ」


 エルナが立ち上がった。


 窯から出したパンは、レンのものが少し焦げて、エルナのものは完璧な狐色だった。


 エルナがレンのパンをちぎって、口に運ぶ。噛む。もう一度噛む。


「……前より、ちょっとだけ味が出てきた」


「味が出るって、何が変わるんだ」


「わかんない。でも、変わった」


 レンも自分のパンを食べた。焦げた部分は苦いが、中はふわりとしている。前よりも確かに、何かが違う気がする。


 その「何か」が、手の温度なのか、経験なのか、それとも——


「おーい!」


 工房の入口から、でかい声が飛び込んできた。


 カイルだ。金髪を逆立てた大柄な戦士が、入口に体をねじ込むようにして顔を出している。


「何やってんだ、お前ら。おー、デート?」


 時間が止まった。


 レンは特に何も感じなかった。「デート」という単語の意味は知っているが、今の状況に適用される理由がわからない。棚を作って、パンを焼いた。それだけだ。


 一方、エルナは——


「デ……っ!」


 顔が赤くなった。耳まで赤い。それから——


 工房の壁にかかっていたフライパンを手に取った。


「違うわよバカ! 覗くな! 出てけ!」


「うおっ!」


 フライパンがカイルの頭を直撃した。鈍い金属音が工房に響く。カイルが廊下に吹っ飛んだ。


「いってえ! 何すんだエルナちゃん!」


「エルナちゃん言うな! あんたのせいで変な空気に——とにかく出てけ!」


 カイルが「すまんすまん」と笑いながら退散していく。エルナはフライパンを壁に戻し、荒い呼吸を整えた。


「……まったく」


 レンは首を傾げた。


「なんで怒った?」


 エルナがレンを見た。疲れた目だ。


「……あんたって本当に、そういうとこ鈍いわよね」


「何が?」


「もういい」


 エルナは背を向けて、焼き上がったパンを棚に並べ始めた。さっき一緒に作った、あの棚に。


 不揃いの釘が打たれた、少し粗い棚。その上に、エルナのパンが並んでいく。


 その光景が、妙によかった。


 レンにはまだ、その感覚に名前をつけられなかった。


   ***


 夕方。


 レンが工房の片付けを終え、エルナと一緒に入口に立った時だった。


「レンさん!」


 通りの向こうから、息を切らせた声が聞こえた。


 メイラだ。薄い金髪のロングヘアが揺れ、丸眼鏡が夕日を反射している。白いローブの裾を両手で持ち上げ、小走りで駆けてくる。インクの染みが袖についている。いつも通りだ。


「メイラ、どうした」


「あ、あの、レンさん、大変なんです!」


 メイラが目を輝かせている。頬が紅潮して、息が上がっている。学術的な発見をした時の、あの顔だ。


「落ち着け。何があった」


「新しい発見です! レンさんの生成魔法の構造を分析していたら、既存の理論では説明できない共鳴パターンが——今すぐ見てほしいんです!」


 メイラの目が、きらきらと光っている。レンに向けられたまっすぐな視線。知的好奇心と、それだけではないもう少し柔らかい何かが混じっているように見えた。


 レンは気づかない。


「共鳴パターン? それは面白い。データはどこに——」


「こっちです! 研究室に置いてあります。急ぎましょう!」


 メイラがレンの袖を引いた。


 レンは「じゃ、エルナ、今日はありがとう」と振り返った。


 エルナは工房の入口に立っていた。


 さっきまでの柔らかい空気は、もうなかった。


 エルナの口元は笑っているが、目が笑っていない。何かを飲み込んだ表情だ。右手が無意識にエプロンの裾を握りしめている。


「……うん。お疲れ」


 その声は、いつもより少しだけ低かった。


 レンは一瞬、足を止めた。何か引っかかる。エルナの声のトーンが、さっきまでと違う。でも何が違うのか、それがわからない。


 メイラが「レンさん、こっちです!」と先を急いでいる。


「——また明日」


 レンはそう言って、メイラの後を追った。


 通りを歩きながら、メイラが早口で共鳴パターンの概要を説明している。レンはそれに応えながらも、頭の隅でエルナの表情を反芻はんすうしていた。


 あの、エプロンの裾を握る癖。怒っている時でもなく、呆れている時でもなく、何かをこらえている時に出る仕草。


 なんだったんだろう。


 答えが出ないまま、レンはメイラの研究室に向かった。


 メイラが広げた羊皮紙に、見たことのない波形が描かれていた。レンの生成魔法の出力と、精霊ネットワークの波動の重ね合わせ。二つの波形が、ある特定の周波数帯で——完全に一致している。


「これ、偶然じゃないですよね」メイラの声が震えていた。「レンさんのスキルと精霊の力が、共鳴しているんです。でも——」


 メイラが次のページをめくった。


「——共鳴が強くなりすぎると、精霊ネットワークに過負荷がかかる可能性があります。理論上は」


 レンは波形を見つめた。


 棚の上のパンが、まだ温かい湯気を上げていたことを——もう忘れていた。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第16話「釘を三本曲げてパン30点を取ったらなぜか怒られた件」。日常回であり、恋愛模様が静かに動き始める回です。


書いていて一番楽しかったのは、レンの不器用さです。釘を曲げ、板を切り損ね、指を金槌で打つ。魔法陣を三秒で生成できる男が、釘一本まっすぐ打てない。でも、エルナに教わって一本打てた時の「お。できたじゃない」——あの何気ない一言のほうが、スキルの星が上がるよりずっと嬉しかったのではないかと思います。


カイルの「デート?」からのフライパン炸裂は、このシリーズのコメディの原液みたいなシーンです。レンだけが何も感じていない。肩が触れてもエルナの耳が赤くなっても、釘の頭に集中して完璧に気づかない。この鈍感さは、前世でUXの微細な違和感を見抜くのが得意だった男の裏返しでもあります。プロダクトのUIは読めるのに、人間の感情のUIは読めない。


そしてラスト。メイラの「共鳴パターン」に引っ張られて、エルナの横顔を置き去りにするレン。棚の上のパンの湯気を忘れてしまう——この一文に、レンの致命的な欠落と、エルナの静かな痛みを込めました。二人の距離は近づいたり離れたりしながら、少しずつ形を変えていきます。

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