魔王と聖女の自転車対決
「両者、用意はいいですか? 位置について、よーいどん!」
ホイッスルが吹かれ、魔王と聖女はペダルを勢いよく踏んだ。
三百歳になる魔王の見た目は、七歳だ。秘薬研究室から献上された『これを飲めば誰でも筋肉ムキムキになる薬』を飲んだら、副作用で二十歳前後の容姿が若返ったのだ。
対する聖女は九歳だ。
子どもの二歳差は大きい。身長は負けた。
先日、高齢だった先代が引退し、齢九歳の聖女が生まれた。最年少記録だ。
どうやら今、人間界では聖女という職業は大変不人気らしい。魔界へ至る聖なる道を通れるのは、聖女のみ。長年、聖女は魔王と命をかけた戦いをしている。生半可の心意気では務まらない。
魔王はハンドルをぎゅっと握りしめ、減速しつつカーブを曲がる。
道がまっすぐになったところで、爆走してきた聖女の銀髪がたなびく。その髪を見ながら、魔王は顔合わせのときを思い出した。
付き添いの子どもかと思ったら、まさかの聖女本人だった。
「こんな子どもに聖女を押しつけるなど、人材不足が顕著らしいな。同年代で遊びたい盛りだろう?」
「なんのこれしき。皆を守るためならばこの命、華麗に散らして見せましょうとも」
最終決戦に挑むような凜々しさに、度肝を抜かれた。後日、あれは周囲の大人の言葉を理解せず使っていたのだろうと結論づけた。
そして、二回目の会合。自分よりも幼くなった魔王の登場に、聖女は瞳を揺らした。
「あの、もしかして、身長が縮んで……?」
「ふ、ふん。お前はまだ小さいからな。背丈を合わせてやったのだ」
「そうなんですか? 魔王様って優しい方なんですね。たくさん遊びましょうね!」
魔王は子どもに弱い。泣かれるのはもっと弱い。
ガラス玉みたいに瞳を輝かせ、駆け寄ってきた聖女の手を振り払えるはずがない。そんな無慈悲な真似ができるものか。
血を血で洗い流す野蛮な戦いは、すでに時代遅れ。
平和的にスポーツで勝負する時代なのだ。ついでに健康にもよい。
幸か不幸か、聖女は運動が不得手だ。七歳となった魔王とも勝負は互角である。
部下が持つゴールのテープを二人同時に切った。
「今回も勝負は引き分けですね! いい汗かきました」
「ケーキを用意してある。ティータイムにしよう」
「魔王城の料理長、どの料理も絶品ですよね。スカウトしたいぐらいです」
「人間界に魔物がいたら大騒ぎだろう」
「それもそうですね」
和やかな会話に、魔王はふっと口元をゆるませた。
魔王と聖女の勝負はまだまだ続く。
いらぬ方向に気を利かせた部下が、異世界からの漂流物ランドセルを魔王に献上したところ、「ほう……。貴様、よほど死にたいようだな」と感電死させられかける話があったとか、なかったとか。




