第9話 バズった代償
「おいマオ。さすがに有名人になりすぎだろ」
俺たちの拠点、ギルド『アンバーローズ』のリビング。
そこには、いつになく険しい表情で俺に詰め寄るカエデの姿があった。
いや、カエデだけじゃない。ヒナタさんも、イチカもだ。
俺を取り囲む彼女たちの視線は鋭く、室内の空気はダンジョンのボス戦並みに重苦しい。
「マオくんとコロモチちゃんが無事に戻れて、本当に良かったよ。……だけど、アレは何かしら?」
「マオ様には、節操という言葉を覚えていただく必要があるかと思います」
ヒナタさんの笑顔が、逆に底知れなくて怖い。
イチカの冷ややかな視線は、物理的な痛みすら感じさせるほどだった。
「う……はい……でも、本当に俺が悪いのかな……?」
あの初心者ダンジョンでの死闘を経て生還した俺の周囲は、今やとんでもない騒ぎになっていた。
原因は、四条レイカたちが回していた配信映像だ。
俺がボスやモンスターをぶち殺しているシーンが切り抜かれ。
S級探索者にして国民的アイドルの四条レイカに、俺が抱きしめられているシーンが切り抜かれ。
そして極めつけに、俺とコロモチが唇を重ねている瞬間が最高の画質で切り抜かれ――拡散されていた。
俺たちが死にかけたピンチの瞬間など、世間の連中には関係ないらしい。
視聴者は、ただ『バズる要素』だけに狂喜乱舞し、食いついていた。
特に一番の注目を浴びていたのは、コロモチの存在だ。
最初は四条レイカの背後でチラチラと映り込む程度だったコロモチだが、その容姿に『あの後ろの美少女は誰だ?』と爆発的に注目が集まってしまったのだ。
今やネット上では、コロモチは『謎の銀髪美少女』として神格化されつつある。
だが、もてはやされているだけでは無かった。
有名税とでも言うべきか、コロモチは一部で激しく『炎上』もしていた。
役所でコロモチが四条レイカの手を冷たく払いのけたシーン。
あれが悪意ある編集によって『不遜な態度』として拡散され、レイカの熱狂的なファンたちから目の敵にされているのだ。
そんな中、俺が三人に詰め寄られている真横で――
コロモチはオレンジジュースをストローで、ズズズ……と音を立てて呑気に啜っていた。
……こいつ、なんでこんなに呑気なんだ。なんで俺ばかりが、こんなに責められているんだ。
俺がジト目でコロモチを見ると、視線に気づいたコロモチが顔を上げ、ニコっと無邪気に笑いかけてきた。
「マオ、どうした? 何かあったか?」
……くそっ、可愛いな!
コロモチは改めて見ると、とんでもなく可愛い。
世間が騒ぐのも無理はないと、俺まで無駄に意識させられてしまう。
これまでは『魔王』という物騒な肩書のせいで、本能的にブレーキがかかっていただけなのかもしれない。
いや、可愛いと言えば、目の前にいるヒナタさんやイチカ、カエデだってそうだ。
全員が揃いも揃って美人だ。日常生活を共にしすぎて、この異常な空間の偏差値に感覚が麻痺していただけなのか。
だからといって、俺が彼女たちに何か邪な感情を抱いたことは一度もない。
みんな家族みたいなもんだし、実際そう思っている。皆もそう思ってくれているハズだ。……思ってくれてるかな?
俺がそんな現実逃避をしていると、ヒナタさんが改めて口を開いた。
「マオくんとコロモチちゃんがどんな仲でも、それは二人の自由だけど……ギルドマスターとしては看過できないよ。ああいうのは、公衆の面前ですることじゃないもの」
「いや、だから必要だからしたんですって! じゃないと、あそこで俺たちは全滅してたんですよ?!」
俺の必死の抗弁。
だが返ってきたのは、三人のポカンとした顔だった。
そのあまりのポカン具合に、俺もポカンとしてしまった。
「おいマオ。『必要だから』っていうのは、どういう意味だ?」
カエデが、本気でわけがわからないという風に尋ねてくる。
……まさか、そこから説明しなきゃいけないのか?
「俺が魔王の力を使うため、同調率を上げる必要があって……その具体的な方法が、コロモチとの……接触だったんだよ。唇とかの」
俺は照れを押し殺して、ハッキリと言い切った。
横を見ると、コロモチが飲んでいたジュースを盛大に吹き出しそうになりながら、茹で上がったタコのように顔を真っ赤にしていた。
「えっ……そうだったの?!」
ヒナタさんが素っ頓狂な声を上げた。
カエデもイチカも、信じられないものを見るような目で固まっている。
もしかして、根本的なところから理解されていなかったのか?
イチカがわざとらしい咳払いをして、俺に尋ねた。
「ではマオ様は……ダンジョンでコロモチ様と、その……イチャコラしていたわけではないんですね?」
「そんなはずないでしょ……あの絶望的な状況で、イチャコラする余裕のある人間がどこにいるんだよ……」
ヒナタさん、イチカ、カエデの三人が顔を見合わせた。
すると、まるで合図でもあったかのように三人は同時に「ふぅ……」と深い安堵のため息を漏らした。
「いやまぁ、分かっていたけどね!」
「ははは、そりゃそうだよな!」
「ええ、もちろん最初から理解しておりました」
うわぁ、嘘くさい……完全に疑ってただろ……
さっきまで、完全に俺を不浄なものでも見るような目で見ていたのに。
そんなやり取りで、張り詰めていた空気がようやく和みかけた時だった。
ギルドの入り口から、珍しく真っ当な来客の声が響いた。
「すみませ~ん、こちら『アンバーローズ』さんでよろしいでしょうか?」
全員の視線が入口へ向く。
ヒナタさんが瞬時にギルドマスターの表情に戻り、応対に出た。
「ええ、そうですが……どちらさまでしょうか?」
「ああ良かった! 私はギルド『ロイヤルウィング』のものでして、こちらに灰咲マオさんはおいででしょうか?」
ギルド『ロイヤルウィング』。
大手で最大クラスのギルド。知らぬ者はいないほどの巨大組織だ。
そんなところが、俺に何の用だ?
だが、来客はそれだけではなかった。
まるで堰を切ったように、続々と来客者が押し寄せてきたのだ。
「失礼、我々はギルド『ドレッドノート』のものですが――」
「こんにちは~! ギルド『三羽烏』と申します! 灰咲さんにぜひ――」
狭い入り口がたちまちスーツ姿の男たちで埋まる。
そして、その視線が一斉に俺に向いた。
このギルドで男は俺一人だ。見つけるのは容易だろう。
……配信を見た他のギルドからの引き抜きだろうか?
だが、俺に向いた熱っぽい視線は、すぐに1メートルほど横にスライドした。
次なる視線の先は――コロモチだった。
「あっ! あの『謎の美少女』さん! こちらにいらしたんですね!?」
「まさに奇跡の美貌! 今、少しだけでもお時間をいただけませんか!?」
「次世代の探索者アイドルとして、ぜひ我がギルドでプロデュースを……!」
「な、なんだぁ!? おいマオ、こいつら一体なんなんだ!?」
突然の猛烈なアピールに、コロモチが俺の背中にサッと隠れた。
そりゃいきなり大人数に言い寄られたら、魔王といえども驚くよな。
だが、そんな他ギルドの勧誘員たちの背後に、ヒナタさんが立ちはだかった。
「みなさん? アポもなしにいきなり来て、我がギルドメンバーをギルマスの目の前で勧誘するなんて、さすがに無作法ではないでしょうかね?」
笑顔で言っているが、その言葉の下には明らかな怒気が孕んでいる。
だが、そんな他ギルドの勧誘員を黙らせたのは、ヒナタさんではなかった。
入り口の喧騒を力技で掻き分け、さらに不穏な連中が踏み込んできたのだ。
その来訪者は――ドクアーク商会。
ヘビ柄の不気味なスーツに身を包んだ男が、俺たちを嘲笑うように見据えた。
「おいおい、オンボロさんよぉ。なんだか話題になってるじゃねぇか。俺ぁ、嬉しいよ」
ジョロキア・ドクアーク。
今日はゴロツキを十人以上も引き連れてきている。
ジョロキアは、邪魔だとばかりに他ギルドの勧誘員の肩をポンっと叩いた。
「悪いねぇ。俺の方はもっと大事な『御用』があるんだわ。ちょっとばかり、どいてもらっていてもいいかなぁ?」
ジョロキアの合図で、ゴロツキたちが勧誘員を強引に外へ放り出していく。
一瞬にして、リビングの空気は殺伐としたものに変貌した。
そのジョロキアを、ヒナタさんが毅然とした態度で睨みつける。
「ドクアーク商会さん、何の用ですか。昨日、来たばかりだと思うのですが」
「なぁに、様子を見に来ただけだ。……ほう、こいつか。今話題のF級のルーキーは」
ジョロキアの爬虫類のような目が、俺を捉えた。
値踏みするように俺の顔をじろじろと観察している。
だが、しばらく俺を見つめていたジョロキアの顔が、微かに困惑に染まった。
そして、奴は独り言のようにこう呟いた。
「こんなやつ、前からいたか……?」
「……あ? なんだ、てめぇ」
自分でも驚くほど、低い声が出た。本当に、無意識だった。
だが、無意識に出たのは言葉だけではなかった。
俺の中から溢れ出た威圧のようなものが、不可視の塊となってジョロキアを直撃した。
ジョロキアが目に見えてたじろぎ、数歩後ずさる。
「え……な、なんだ、貴様は……」
ジョロキアが目を見開き、戦慄している。
だが、奴はすぐにその恐怖を塗り潰すように、下卑た笑みを顔に貼り付けた。
「ひひ……ひひひ! いいじゃねぇか! こりゃ極上の優良物件だ! 借金のカタとしては充分だな! その時を楽しみにしてるぜ!」
ジョロキアはそう吐き捨てると、冷や汗を拭いながら、そそくさと逃げるように去っていった。
……胸糞悪い連中だ、本当に。
だが、騒ぎはこれで終わりではなかった。
ジョロキアと入れ替わるように、新たな足音が響く。
今度の来訪者は、整然とした黒いスーツに身を包んだ六人組。
そして、警察官のような制服を着た者たちまで伴っていた。
「こちら、『アンバーローズ』で間違いないですね?」
先頭の男が、感情を排した事務的な口調で問う。
「はい、そうですが……」
ヒナタさんが戸惑いながら答える、スーツの男は懐から一枚の紙を差し出した。
「わたくし、ダンジョン保安庁の公安魔導課、門倉と申します。国家S級探索者、四条レイカ氏への侮辱罪および不適切行為の容疑で、灰咲マオ氏に『事情聴取要請』が出ています。ご同行、願えますか?」
ダンジョン保安庁。
ダンジョンを管轄とする探索者専門の警察――公安だ。
どうやら、バズった代償は俺が思っていたよりも遥かに高くつくらしい。




