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現代ダンジョンのF級探索者の俺、常に美少女魔王が1m以内にいるせいで一人になれず詰んでいる。  作者: 水乃ろか


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第6話 超豪華パーティ

 四条レイカが放ったその一言に、俺は思わず呼吸が止まった。


 普通じゃない。

 確かに、昨日からの俺の人生は異常事態のバーゲンセールだ。

 だが、彼女の視線はもっと根本的な……俺の身体に無理やり同居している魔王の存在そのものを射抜いているように感じられた。


 まさか、一目で見抜かれたのか?

 魔王の力なんて、ただの人間が視覚的に捉えられるものなのだろうか。

 

 だが、目の前にいるのはS級探索者。

 F級の俺とは見えている世界の解像度が違うのかもしれない。


 俺が困惑していると、彼女はさらに追い打ちをかけるように言った。


「ダンジョンボスを単独討伐したF級探索者。しかも、あの規模のスタンピードの渦中で……これ、前代未聞だよ?」


 その言葉に、俺は無意識に一歩後ずさった。

 レイカはそんな俺の動揺を楽しむように、距離を詰めてくる。


 そして、黒いグローブに包まれた指先で、俺の頬にそっと触れた。


 彼女の冷たい手のひらが肌に触れた、その瞬間だった。

 隣にいたコロモチが、電気ショックを受けたみたいにビクッと跳ねた。


 いつの間にか俺の前に回り込んでいたコロモチは、レイカの手をパシッと力任せに跳ね除けた。


「わ、我のものに馴れ馴れしく触るな!」

 

 その言葉と、この場の空気を読まない行動に、役所のロビーは一瞬で静まり返った。

 中継カメラのレンズが向けられ、無数のシャッター音が降り注ぐ。


 ……いや、お前の所有物になった覚えはないんだけど。


 だが、レイカは動じるどころか、面白そうにコロモチを観察して薄く笑った。


「あら、ごめんなさい。ちょっと興味が湧いちゃって。……ねえ、あちらでゆっくりお話し、聞かせてくれるかな?」


 半ば強制的な提案に抗えるはずもなく、俺たちは役所の奥にある応接室へと通された。

 記者たちは入り口でシャットアウトされ、室内に残ったのは俺とコロモチ、四条レイカ、そして「いかにも」な雰囲気の役人たちだけだった。

 

 促されるままソファに深く沈み込むと、紙コップに入ったお茶が出された。

 対面に座る四条レイカの前には、上品なティーカップの紅茶。


 ……格差社会ってやつを、こんなところで痛感するとは思わなかったな。


 正面にはレイカと、太りすぎてスーツのボタンが弾けそうな中年の職員がふんぞり返っている。


「さて。それじゃあ、何があったのか説明してもらえるかしら?」


 レイカの促しに、俺は意を決して口を開いた。

 ここで隠し事をしても、状況が悪化するだけだ。

 

「分かりました。昨日、あのダンジョンで起きたことを話します」


 得体の知れないエラッタカードを拾ったこと。

 スタンピードの発生と階層の崩落。

 そして、そのカードをスキルスロットに差し込んだ瞬間、俺の意識が魔王に乗っ取られたこと。

 俺の身体を使った魔王が、あっさりとスタンピードを鎮圧したこと。


 さらに、ボス討伐後に意識が戻ったものの、隣にこの少女――コロモチが現れ、1メートル以上離れることができなくなったこと。

 

 俺は一連の怪奇現象を、できるだけ冷静に、端的に説明した。

 話し終えて一息ついた、その時。


 ドォン!と、耳を劈くような音が響いた。


 目の前の太った職員が、力任せに机を叩いたのだ。

 隣のコロモチが、驚きで椅子の端っこまで飛び退いている。


 そして、太った職員は大声で俺に吠えた。

 

「ふざけるなッ! 真面目に報告しろと言ったんだ!」


 職員が顔を真っ赤にして吠える。


「そんなお伽話を信じろというのか? どうせ、どさくさに紛れてスタンピードを自分が解決したように見せかけて、売名を企んだんだろうが! これだから底辺ギルドのガキは……!」


「……いえ、全て真実です」

 

 俺が静かに、けれど明確に返すと、四条レイカが紅茶を置いて身を乗り出した。


「なるほどね。……そのスキルカード、ちょっと見せてもらってもいい?」


「ええ、構いません」


 俺は探索者カードをそのまま彼女に差し出した。

 実物を見せたほうが、この不毛な押し問答を終わらせるには手っ取り早い。


 レイカはカードを受け取ると、興味深そうに眉を寄せた。


「あら……? これ、抜けないんだ?」


「そうなんです。どう引っ張っても、スロットから外れなくて」


 あの【月の魔王】のエラッタカードは、まるでカード自体がスロットと癒着しているかのように、びくともしない。


 レイカが指先に力を込め、グググッとカードを引く。

 

 S級探索者の身体能力は化け物じみているらしい。

 握力だけで鋼鉄を握りつぶすと噂されるほどの力が込められているはずなのに、カードは一ミリも動かない。


「無理みたいね。これはこれで貴重な経験だわ」

 

「お、お前! 探索者カードに細工までしたのか!? これだから『アンバーローズ』の連中は! こんなことまでしおって!」


 ……なぜ、『アンバーローズ』の名前が出たんだ? 恨みでもあるのか?


 だが、その騒音を切り裂いたのは、俺の言葉ではなくレイカの冷ややかな一喝だった。


「あなた、ちょっと黙ってて。 さっきから、五月蠅(うるさ)いんだけど」


 静かな、けれど有無を言わせぬ拒絶。応接室の空気が一瞬で氷点下まで下がった。

 さっきまで威勢の良かったおっさんは、金魚のように口をパクパクさせた後、そのまま借りてきた猫のように身を縮こませた。


 訪れた静寂を、レイカが楽しげに破る。


「さて、マオさん。実はこれから、その初心者ダンジョンの再調査に向かうところだったの。当事者がいるなら、話が早いわよね。……一緒についてきてもらっても、いいかな?」


「え……? あ、はい。俺でよければ」


 俺の返答を聞くと、レイカは完璧なアイドルスマイルを浮かべた。


 それが、新たなトラブルへの片道切符だとも知らずに。



 ――――――――



 数時間後。

 初心者ダンジョンの入り口は、もはやお祭り騒ぎを通り越して暴動寸前の人だかりに包まれていた。


 目当ては当然、四条レイカ。

 S級探索者の姿を一目見ようと、野次馬やファンが押し寄せている。


 凄まじい人気だ。俺も、もし余裕があったらサインくらい貰っておけば良かっただろうか。

 いや、今はそんな場合じゃないか。


 パシャパシャと降り注ぐフラッシュ。周囲を旋回する何台もの配信用ドローン。

 「レイカ様ー!」「こっち向いてー!」という絶叫を、警察や職員が必死に防いでいる。


 そのS級アイドルのすぐ隣を、F級でしかない俺が歩いている。

 この光景自体が、何かの悪い冗談にしか思えなかった。


「おい、あの男誰だよ?」

「まさか恋人?」

「ねーよ、あんなパッとしない奴!」

 

 外野の勝手な憶測が耳に届く。不快感はあるが、反論するエネルギーすら湧いてこなかった。


 そんな喧騒を割るようにして、二人の女性が俺たちに歩み寄ってきた。

 装備を見れば一目瞭然、本職の探索者だ。


 一人は重厚な鎧を纏い、巨大な斧と盾を背負っている。間違いなく盾役(タンク)

 もう一人は透けるようなローブに身を包み、宝石のついた杖を携えている。魔導士だろう。


 二人が俺たちの前に来ると、四条レイカが説明してくれた。

 

「この二人はA級探索者。調査中のマオさんとコロモチさんの護衛を担当してもらうわ」


 レイカの紹介に、俺は思わず度肝を抜かれた。


 A級が二人も?

 S級も人間国宝並みの人材だが、A級も超常的な存在だ。


 俺が慌ててぺこりと会釈すると、二人は頼もしげに微笑んだ。


「任せておけ! 私たちの後ろから離れるなよ」

「防御と回復なら自信があります。安心してくださいね」


 S級のレイカに、A級二人の護衛。

 そこにF級の俺と、不機嫌な魔王が加わる。


 地元の住民が見たら気絶しそうな超豪華パーティで、俺たちは見慣れたはずの初心者ダンジョンへと大歓声の中、足を踏み入れた。


 ダンジョンの中は、昨日までと変わらない。だが、様子は明らかにおかしかった。

 

 周囲をブンブンと飛び回るドローン群。

 レイカもA級の二人も、今回の調査をリアルタイムで配信しているらしい。


 すると、俺の袖がちょいちょいと引っ張られた。


「おいマオ、あの浮いている板はなんなのだ? 目障りなのだが」


 コロモチが不快そうに指さしたのは、空中に文字を浮かび上がらせているモニタードローンだった。


「ああ、あれは『コメントボード』。配信を見ている人たちの感想が、リアルタイムで流れてくるんだ」


「ふーむ、人間どもの戯言が視覚化されているのか。騒々しいな」

 

 賑やかに飛び回るドローンを横目に、俺たちは階層を進む。

 だが、すぐに決定的な「異変」に気づいた。


 スライムが、一匹もいないのだ。


「マオさん。このダンジョン、元々モンスターがいないんですか?」


 レイカの問いに、俺は首を横に振った。


「いえ、普段だったらそこら中にスライムがいます。こんなに静かなのは……初めてです」

 

 二層、三層と下りても、状況は変わらない。

 モンスターの気配が一切ないのだ。


 そして俺たちは四層、本来ならボスがいるはずのフロアに到達した。

 だが、そこもまた、空虚な空間が広がっているだけだった。


「何もないですね……」


 A級の戦士が斧を下ろした、その瞬間だった。


 俺たちの探索者アプリが、一斉に、悲鳴のようなアラートを上げた。

 

 ――ビー! ビー! ビー!


 *高魔力を検出*

 *階層構造の崩壊を確認*


 *落下に備えてください*

 

「えっ、嘘だろ!? またかよ!?」


 叫ぶ間もなく、足元の床が消え去った。

 俺たちは重力に身を任せ、暗闇へと投げ出される。


 落下中、レイカやA級の二人は驚くほど冷静だった。


 一方で、一番冷静さを欠いていたのはコロモチだった。


「ひえぇぇぇ!! 死ぬぅっ!! 死んでしまうぅっ!!」


 コロモチは俺にしがみつき、耳が痛くなるほどの絶叫を響かせている。

 だが、落下速度が限界に達する直前、魔導士の落ち着いた声が響いた。

 

「大丈夫だよぉ。……風よ!」


 その一言で、俺たちの身体がふわりと羽のように軽くなる。

 緩やかな着地。

 これがA級の魔法か。俺は感心するしかなかった。


 だが、安堵の暇はなかった。


 着地した場所で、ソレがいきなり姿を現したからだ。

 

 ――昨日見た、あのドラゴンだ。


 レイカと護衛の二人が、瞬時に戦闘態勢に移行する。


「私がやる。二人はマオさんとコロモチさんを頼む」


 レイカはそう言い放つなり、疾風のような速さで前に出た。

 

 しかし、彼女が剣を抜こうとしたその時。

 

 再び、探索アプリが狂ったように鳴り響いた。



 


 ――ビー! ビー! ビー!


 *高魔力を検出*


 *警告:スタンピード発生予兆*


 *階層構造の崩壊を確認*

 

 *落下に備えてください*


「えっ!? また!?」


 俺の言葉が終わるより早く、再び床が抜けた。


 俺たち、そして目の前にいたドラゴンまでもが、底の見えない闇へと落下していく。

 再び魔導士の風の魔法に救われ、安全に着地したが、異変はそこからだった。


 先に着地していたはずのドラゴン。


 高所からの落下でも無傷のはずのその巨体が、俺たちの目の前で、唐突に「真っ二つ」に割れたのだ。


「みんな! 下がって!」


 レイカの鋭い声が響く。彼女が斬ったのではない。


 絶命したドラゴンの骸の向こう側から、巨大な馬に跨った巨大な騎士が姿を現した。


 その騎士には、首がない。


 首無し騎士(デュラハン)


 だが、それだけじゃない。


 その背後には、ボロボロの法衣を纏った骸骨――リッチ。

 紫色の魔力を放つ巨牛――ベヒーモス。

 そして、赤い肌に一本の角を冠した、山のような巨躯の鬼。


 どれもが、教科書や伝説にしか出てこないような最上位モンスター。

 ドラゴンを一撃で屠るような化け物たちに、俺たちは完全に取り囲まれていた。


 宙を舞うコメントボードは、現実離れした光景に視聴者のコメントで更新され続けていた。

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