表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代ダンジョンのF級探索者の俺、常に美少女魔王が1m以内にいるせいで一人になれず詰んでいる。  作者: 水乃ろか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/22

第4話 魔王の名は

 図星を突かれて尻もちをつき、へたり込んでいる魔王に手を貸して起こした、その時だった。


「あれ? マオ様、帰ってらしたんですね」


 ギルドの入り口から、涼やかな声が届いた。

 

 振り返ると、そこにはメイド服に身を包んだ八乙女(やおとめ)イチカが立っていた。


 艶やかな黒の長髪に、整った顔立ち。

 淡々とした口調のせいで冷たく見られがちだが、その表情は常に凪のように穏やかだ。

 

 彼女は本職のメイドではない。にもかかわらず、毎日メイド服を着てギルド内の掃除や洗濯、経理といった庶務を一手に引き受けてくれている。

 ギルマスのヒナタさんとは幼馴染らしいが、なぜか俺たちギルドメンバーを『様』付けで呼ぶため、余計にメイドっぽさが際立っていた。


 そういえば、イチカは俺を探しにダンジョンの方へ行ってくれていたんだった。

 

 ヒナタさんが、パッと表情を明るくして駆け寄る。

 

「イチカ! マオくん大丈夫だったよ! 探しにいってくれてありがとね!」


「そうだったんですね。ご無事で何よりです」


 イチカは深々と頭を下げた後、ふと真顔になって続けた。


「ですが、街の方は大変なことになっていますよ。カワグチ市の全てのダンジョンが、現在一時閉鎖しているようです」


「……全ダンジョンが閉鎖?」


 俺は思わず聞き返した。

 原因は……十中八九、俺の横で視線を泳がせている魔王(コイツ)だろう。


 だがそれよりもまずは、俺のために動いてくれたイチカに礼を言わなければならない。

 

「ありがとう、イチカ。わざわざ探しに行ってくれたのに、すれ違いになっちゃってごめん。帰ってきた時に、ちゃんと連絡を入れるべきだった」

 

「いえ、お気になさらず。マオ様が無事であれば、それが一番ですから。……しかし、スタンピードなんて大災害、本当に起きたんですか? 外、お祭り騒ぎどころじゃないですよ」


「え、外が?」


 イチカの言葉に促され、俺たちはギルドの外へ出てみた。


 一歩外に出た瞬間、熱気と怒号が肌にまとわりついてきた。

 駅前の大通りは、溢れかえった探索者と市の職員、そして野次馬で埋め尽くされている。

 まるで人間によるスタンピードだ。


 ダンジョン都市であるここカワグチ市において、ダンジョン封鎖は探索者にとって死活問題だ。

 仕事ができない=稼げない、ということと同義だからだ。


 さらに『スタンピード』という災害級の警報。

 討伐のために強制招集された探索者たちの殺気も混じり、現場は混沌としていた。


「スタンピードが起きたってマジか!? 避難しなくて平気なのかよ!?」

「おい! ダンジョンに入れない間の補償はどうなってんだ!」

「緊急要請で来たのに待機ってどういうことだ! 早くしないと魔物が溢れるぞ!」

「現在はスタンピードは収束しています! ただいま現状を確認中です! それまで落ち着いてお待ちください!」


 怒声が怒声を呼び、その怒声もまた他の怒声にかき消されていく。

 おいおい、少しは冷静になれよ……と言いたいところだが、その原因を作った張本人がここにいる以上、俺は貝になるしかない。

 

 俺はそっと、(かたわ)らに立つ魔王を見た。


 当の魔王はといえば、「ほう、人間も集まればそれなりの圧だな」とでも言いたげに、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回している。危機感ゼロか。

 

 本来なら、この状況や魔王の存在を、ダンジョンを管理している市に報告すべきなのだろう。

 だが、報告したとしてどうなる? 「こいつが魔王です」と言って、信じてもらえるのか?

 いや、信じられたら信じられたで、俺ごと実験施設送りになる未来しか見えない。

 

 そんな不安を抱えながらヒナタさんたちを見ると、同じことを考えていたのか、気まずそうに顔を見合わせ、小さく頷いた。

 俺たちは逃げるようにしてギルドの中へと戻った。






 ギルドに戻り、ロビーに置いてある古ぼけたテレビをつけた。

 画面の向こうでも、やはりスタンピードとダンジョン封鎖のニュースで持ちきりだ。

 

「なんかすげえ騒動になってんなぁ。これって結局、マオがやったんだよな? お前、有名人じゃん」

「よしてくれ。俺というか、やったのはこっちの魔王だし……」

「…そちらの方、魔王様なんですか?」


 イチカが静かに、けれど鋭い視線で魔王を見た。

 

 そうだった。イチカにはまだ事情を説明していない。

 それどころか、この銀髪の少女とは初対面だ。


「えーっと、順を追って説明するよ」


 俺はイチカにも、今日起こった出来事を全て話した。

 

 エラッタのこと。

 スタンピードの発生。

 魔王に乗っ取られたこと。

 そして帰還したものの、俺と魔王が1メートルしか離れられないことも付け加えた。


 イチカは一つも聞き漏らすまいとするように、真剣な表情で頷きながら聞いていた。

 魔王は特に口を挟むこともなく、ただ俺の横で出されたお茶をズズズと啜っている。


 俺は、この荒唐無稽な話を、あと何回説明することになるんだろうか。

 ふと、そんな遠い目になりかけた時だった。


「なるほど、魔王様ですか。初めて拝見しました。【月の魔王】とおっしゃいましたよね」


「う、うむ……我は月の魔王……だ。よしなに頼む」


 イチカの丁寧な一礼に気圧されたのか、魔王はカップを置いて小声で返事をした。

 ダンジョンでのあの高圧的な態度はどこへやら、完全に借りてきた猫だ。

 

「私は八乙女(やおとめ)イチカと申します。以後、お見知り置きを」

 

 イチカは魔王をじっと観察し、何かを思い出したようにハッとした顔をした。


「【月の魔王】……確か、本に載っていたような気がします」


 イチカが立ち上がり、部屋の隅にある本棚へ向かう。

 そこから一冊の分厚い本を取り出し、テーブルへと戻ってきた。


 背表紙には『カワグチ市史』と書かれている。

 

 イチカが手際よくページをめくり、ある一点で指を止めた。


「ここです」


 開かれたページには『カワグチ市の伝承:3人の勇者と7人の魔王』という見出しがあった。

 

 そして、イチカが指さした箇所に、それはあった。


 『【月の魔王】について』という項目。

 詳細はほとんど書かれておらず、ただかつて【月の魔王】という存在がいた、ということだけが記されている。

 

 しかし、その中にひとつだけ、無視できない記述があった。


 『【月の魔王】である()()()()は――』


 コロモチ? ……え、それ名前か?

 

「なあ魔王。お前、コロモチっていうのか?」

「うひっ!?」


 魔王――少女が変な声を上げて飛び上がった。どうやら図星らしい。


「コロモチちゃんていうのね。ふふ、見た目通り、かわいい名前だわ」


「じゃあ、コロモチって呼ぶか。『魔王』だと『マオ』と名前が似てて、ややこしくてしょうがなかったからな」


「コロモチ様。素敵なお名前ですね」


 ヒナタさんもカエデもイチカも、驚くほどスムーズにその名前を受け入れている。

 

 これが、この貧乏ギルド『アンバーローズ』の唯一にして最大の美点だ。

 どんな奇妙な存在でも、訳ありの人間でも、深入りせずに受け入れてくれる(ふところ)の深さ。

 才能も金もない俺が、こうして居場所をもらえているように。

 

 俺は改めて、隣の少女に向き直った。

 

「コロモチ。俺はマオだ。灰咲(はいさき)マオ。よろしくな」


「私はこのギルド『アンバーローズ』のギルドマスターをしている小鳥遊(たかなし)ヒナタです。コロモチちゃん、よろしくね!」


「コロモチ。瑠璃垣(るりがき)カエデだ。よろしく」

 

「コロモチ様。改めまして、八乙女(やおとめ)イチカと申します。よろしくお願いいたします」


 次々と向けられる挨拶に、コロモチは顔を赤くしてモジモジしながらも、小さな声で答えた。


「……月の魔王の、コロモチだ。よ、よろしく……頼む……」


 その消え入りそうな一言を、俺たちは温かい笑顔で迎えた。

 

 もちろん、俺の身体を乗っ取ったことや、本質的には人間に仇なす存在だという事実は消えない。

 だが、今はとりあえず棚上げだ。目の前にいるのは、不器用でポンコツな一人の少女にしか見えないのだから。


 それよりも、問題は外の状況だ。

 スタンピードと、その不自然なほど急速な収束。

 この原因が俺たちにあることは明白だが、一番の懸念はこの魔王――コロモチの存在だ。

 

 もしバレたら、どうなる? 投獄か、処刑か。

 俺の脳裏に、最悪の想像がよぎる。

 

 俺は意を決して、ずっと気になっていたことをコロモチに問いかけた。


「なぁコロモチ。俺とお前は繋がっちゃってるんだよな?」

「うむ、そうだが?」

「変なこと聞くけど……もし俺がダンジョンで死んだら、コロモチはどうなるんだ?」


 ギルドの空気が一瞬で凍りついた。

 唐突すぎる質問に、ヒナタさんたちが息を呑む気配がする。

 

 だが、コロモチは驚く様子もなく、淡々と答えた。


「お前が……マオが死ねば、我も死ぬ。逆に我が死ねば、マオも死ぬだろう。何せ、今の我らは命そのものを共有している状態なのだからな」

「……マジかよ」

 

 なんとなく、そうじゃないかとは思っていた。

 だが、本人の口からはっきりと言明されると、その重みは桁違いだ。

 

 俺の命は、もう俺一人のものじゃない。

 俺がミスをして死ねば、この少女も死ぬ。

 逆に、こいつが何かヘマをして死ねば、俺も巻き添えで死ぬ。


 一蓮托生なんて生易しいものじゃない。俺たちは文字通り、運命共同体になってしまったのだ。

 

 その時、つけっぱなしだったテレビから、アナウンサーの興奮した声が響いた。


 『……では、今回のスタンピードの不可解な収束について、S級探索者が調査に乗り出す、ということでしょうか?』

 『ええ、そのようです。今回、現地調査を行なうのは、今もっとも話題になっているS級探索者、四条(しじょう)レイカさんです。明日にも現場入りするとの情報が入っています』


 S級探索者。

 その単語に、俺の背筋が冷たくなる。

 

 『S級探索者が出るということは、やはり未知の大災害や緊急事態が予測されるのでしょうか?』

 『断定はできませんが、彼女が動くということは、それなりの事態であることは間違いありません』


 テレビ画面には、凛とした表情の少女の写真が映し出されていた。

 芸能人にも(うと)い俺でも、彼女のことなら知っている。


 四条(しじょう)レイカ。

 伝説級の魔道具『竜刀』を自在に操る、神速の剣士。

 現役高校生でありながらダンジョン攻略の最前線に立ち、その様子をリアルタイム配信している超人気アイドル探索者だ。

 俺も「可愛くて超強い」という単純な理由で、何度か配信を見たことがある。

 雲の上の存在。住む世界が違う人間。


 テレビの中の黒い大きなリボンをした四条レイカは、鋭い眼光を放っている。

 

 ただの写真のはずだ。

 なのに、その鋭い瞳は、画面越しに「犯人はお前か」と俺を射抜いているような――そんな錯覚を覚えずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ