第21話 キュルン!
その日の夕飯時。
リビングには、炒飯と餃子の香ばしい匂いが漂っていた。
俺たちギルド『アンバーローズ』の食卓には、ある鉄の掟がある。
それは、どんなメニューであろうとも必ず『味噌汁』が付くことだ。
「やっぱり、お味噌汁があるとホッとするよね。健康にもいいしさ」
ギルドマスターのヒナタさんが作ったこのルールにより、たとえメインがラーメンだろうがパスタだろうが、俺たちの前には湯気を立てる味噌汁が並ぶことになる。
具材は「わかめ・なめこ・しめじ」の三種類のサイクルによる無限ループ。
中学生の頃からこのサイクルに組み込まれている俺は、もはや安心感すら抱いていた。
隣ではS級探索者のレイカが、お嬢様然のような仕草で静かに箸を動かしている。
コロモチは「ふむ、やはり味噌汁は落ち着くのう」と、年寄り臭い感想を漏らしながら味噌汁をすすっていた。
今日の具材は、わかめと豆腐。
この『わかめ』には、俺にとって忘れられないトラウマがある。
以前、乾燥ワカメをそのまま食べていた時のこと。
塩気があってポリポリという食感がよく、一口二口と食べていたら、ヒナタさんにすごい剣幕で叱られたのだ。
「マオくん! 乾燥ワカメ食べたら、胃で膨張して爆発して死んじゃうよ!」と。
それ以来、俺はワカメを見るたびに恐ろしくなる。
俺は……このワカメに殺されるところだったのだ。
そんなワカメを箸でつまんで、ジッと見つめている時。
今日の、俺とコロモチの配信の話になった。
「マオさん、今日の配信は本当に素晴らしかったです! あんなに大活躍されるなんて、私、また感動してしまいました」
レイカがうっとりとした表情で切り出した。
その熱烈な視線に、俺は思わずチャーハンを口に運ぶ手が止まった。
「配信で活躍? マオくん、ついに配信デビューしたの?」
「ああ、ちょっと試してみたんだ。でも、予想外に視聴者が集まっちゃって……おまけに、ちょっとした問題にも巻き込まれたし」
「問題って……何があったの? マオくん、怪我はない?」
ヒナタさんが身を乗り出し、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
ヒナタさんの、家族を一番に想う優しさが胸に染みた。
「ああ、あのアホ面をした人間どもか。相変わらず、浅ましい奴らが絶えぬものよな」
コロモチが餃子を頬張りながら、他人事のように吐き捨てた。
ちなみに餃子は一人三つというだが、コロモチの皿にはすでに五つ目の餃子を食べている。
……俺の皿から二つ消えているのは、見間違いじゃないはずだ。
あさましいのは、今まさに俺の餃子を食べているお前だろ。
「『ジャイアント』ってギルドの連中なんですけど、俺が使った武器を動かす技術をよこせって因縁をつけられて。でも、きっちり追い払ったんで大丈夫です」
「そんなことが……許せないわね、すぐに抗議しなきゃ」
ヒナタさんが憤るが、俺は首を振った。
正直、これ以上揉め事は御免だ。
ドクアーク商会との件が片付いたばかりで、また別のギルドと戦争状態になるなんて考えたくもない。
今は俺だけが標的だし、抗議すればギルド同士の争いになるので、俺一人の問題じゃなくなる。
これが俺にとって、一番の問題だ。
「ヒナタさん、気持ちは嬉しいですけど……今は静観させてください。俺一人なら追い払えますし、配信を回しておけば証拠も残ります。ギルド全体を巻き込むような争いは、今は避けたいんです」
俺がそう告げると、食卓が一瞬、静寂に包まれた。
「え、俺、何か変なこと言ったか……? どうしたんだよ、みんな黙っちゃって」
「……マオ。いつの間にか随分と大人びたこと言うようになったと思ってよ。この間まで、鼻たれのガキだったのに、成長が早いな」
カエデがチャーハンを食べている手が止まりながら、感心したように答えた。
「あの……マオ様の武器を動かす技術とは、一体何でしょうか?」
イチカが真剣な眼差しで問いかけてくる。
確かに、浮遊する剣の事は伝えていない。
「ああ、言葉で説明するより見せた方が早いかな。ホイっと」
にゅるん、という独特の感覚と共に、俺の手の平から5本の剣が次々と出てくる。
「なっ……!?」
「きゃあ!?」
ガタンッ!
大きな音が響いた。
驚愕したヒナタさんとイチカが、反射的に椅子を引いて立ち上がった音だ。
「ああ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。俺、手から直接武器を出せるようになったんだよ。こんな風にさ」
俺は5本の剣を出したり引っ込めたりしてみせた。
イチカがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。
「……それは、もはや人間の技ではありませんね」
「いや、コロモチも出来るんだよ。俺の探索者カードには、【月の魔王】のカードが入りっぱなしだから、俺はコロモチの能力が使えるっぽいんだ。あと、こんな事もできるんだぜ?」
俺は空中に浮かせた5本の剣を、自由自在に舞わせてみせた。
銀色の軌跡が室内を走りまわる。
ヒナタさんとイチカが、空中の剣を凝視している。
「信じられません……これほどの技術、狙われるのも当然かと。マオ様、今後も注意が必要だと思いますが……」
「狙われるって……そもそも盗めるものじゃないからなぁ。だけど、注意はするよ。ありがとうな、イチカ」
仲間が自分のために真剣になってくれていることが、くすぐったくも誇らしい。
自然と、自分の笑みがこぼれるのが分かる。
「マオさん、私に良い案があります!」
レイカがビシッと人差し指を立てて宣言した。
「配信などで中途半端に見せると、帰って逆効果だと思います。私はS級探索者として活動していますが、認知されているからこそ、私に手を出そうとしてくる輩はおりません。ですので、いっそマオさんがもっと有名になられてはどうでしょうか? 協力いたしますよ。師匠として!」
……なるほど。
レイカの言う事も、もっともだ。
どうせ危険な状況にあるのなら、徹底的にその中へ突き進むしかないという事か。
毒を喰らわば皿……? みたいなやつだな。
だが、不安な事がある。
正直、コミュ障の俺としては目立つのは勘弁だし、静かに引きこもっていたいのが本音だ。
しかし、自分のせいでギルドの皆に危害が及ぶのだけは、絶対に耐えられない。
「ありがとう、レイカ。……それで、具体的にはどうすればいいのかな?」
「はい! ひとまず手軽なものとして、私とコラボしてみるのは如何でしょうか? 認知度を高めるには、これが一番手っ取り早いんです」
「俺がS級のレイカとコラボ……? そんなのって釣り合わなくないか? 俺、F級だよ?」
「マオさんの実力はすでにF級ではありませんし、なにより階級は関係ありません。目的は認知度の向上なのですから。それに……」
レイカは目線をコロモチにあわせた。
「コロモチさんを護る意味でも、やっておいた方が良いと思います。完璧に安全が保障されるわけではありませんが、今はマオさんとコロモチさんが標的になる可能性は否めません」
レイカの言葉に、俺はコロモチを見た。
たしかに、コロモチを狙われるのは不安だ。
こいつが狙われることだけは阻止しなければならない。
「ふむ。我も配信とやらには興味があるぞ。みんな、我のかわいい顔を見たいと言っているようだしな!」
コロモチは6つ目の餃子を食べ終え、俺のチャーハンを盗み食べながら言い放った。
コイツ、守る必要あるかな?
「じゃあ決定ですね! 明日、さっそくコラボしてみましょう! それに配信でお金を稼げるようになれば、探索者としての生活もぐっと楽になると思いますよ」
「おお! 我も配信して金を稼ぐとするか! ……見ておれマオ、我のこのポーズを使えば、人間などイチコロじゃ!」
そう言うなり、コロモチは不意にアイドルのような仕草を作った。
両手の拳を顎の下に添え、首をコテンと傾けて、上目遣いでこちらをじっと見つめてくる。
「キュルン! ……どうじゃ!?」
……どこで覚えたんだ?
あざとい。
あまりにもあざとい。
だが、悔しいことに、その破壊力は凄まじかった。
本物のトップアイドルであるレイカを横にしても、全く引けを取らないほどの愛らしさがそこにはあった。
「……まあ、見た目だけは認めてやるよ」
俺は動揺を隠すように、最後の一口のチャーハンを口に放り込んだ。
これから、この「見た目だけは超弩級に可愛い女の子」と一緒に風呂に入り、同じベッドで眠らなければならないという過酷な現実から、必死に目を逸らしながら。




