第19話 バズ……?
「おいマオ! お主、一体どうするんだ!?」
リビングのソファで、コロモチが俺の顔を覗き込みながら騒いでいる。
だが、今の俺にはそれに応える余裕なんて一ミリもなかった。
「どうするって言ったってな……こういうのは、ちゃんと考えないと……」
俺は頭を抱え、ハァと深いため息をついた。
さっきのカエデの顔が、目に焼き付いて離れない。
いつもぶっきらぼうなカエデが、顔を真っ赤にして、「返事はすぐじゃなくていいからよ!」と言って自室に戻ってしまった。
その時の、震える声と、潤んだ瞳。
――胸が、締め付けられるように苦しい。
なのに、どうしてだ。
カエデだけじゃない。レイカ、そしてヒナタさんまで。
俺は一体、どう応えればいい?
さらに、目の前で「ふんぬー!」と鼻を鳴らしているこのポンコツ魔王、コロモチの存在が思考をさらにかき乱す。
こいつはこいつで、俺のことを「夫」だと公言して憚らない。
ヒナタさんは、中学生の頃からこのギルドで俺を拾い、育ててくれた恩人だ。
いつも明るい笑顔で、太陽みたいな人。だけど、いざという時は誰よりも頼りになる、俺にとっての精神的支柱だ。
時折見せる天然な仕草に「可愛いな」なんて見惚れてしまうこともある。
ヒナタさんを庇って背中に刻まれた傷跡は、俺にとって勲章とさえ思える。
カエデは、俺より少し前よりギルドに居た俺の先輩だ。年齢は俺よりひとつ上の19歳。
言葉は荒っぽいが、その実、誰よりも繊細で優しい。
今、俺の前にあるコーヒーもそうだ。何も言わずに、俺の分を作ってくれる。
そしてコロモチのために、わざわざ甘いカフェオレを用意するような細やかな気遣い。
同じ孤児として、泥水をすするような苦労を共にしてきた。
カエデの不器用な優しさを思い出すたび、口角が緩んでしまう。幼馴染のような仲だ。
そしてレイカ。S級探索者で国民的アイドルのレイカは、高嶺の花だ。
誰もが羨む美貌。だけど俺に向ける眼差しだけは、どこか特別で熱い。
あの時、死に物狂いでレイカを救った。その対価にしては、レイカがくれる好意はあまりに重く、眩しすぎる。
レイカの積極的なアプローチを思い出し、耳たぶが熱くなるのを感じた。
最後にコロモチ。こいつは、俺の運命を根底からひっくり返した相手だ。
俺の一部であり、命を共有するパートナー。
ふとした瞬間に見せる、あどけない少女のような表情に、胸の奥が高鳴るのを止められない。
「……無理だ。選べるわけないだろ……」
全員が、俺にとってかけがえのない、最高に可愛い女の子たちなんだ。
顔で選ぶ? 性格で選ぶ? そんな次元の話じゃない。
俺の心は、パンク寸前の風船みたいに膨れ上がり、パンパンに張っている。
……誰か、正解を教えてくれ! 俺はどうすればいいんだ!?
「おいマオッ!!」
「うわああああっ!?」
鼓膜が破れるかと思うほど至近距離で叫ばれ、俺はソファから飛び上がった。
「な、なんだよコロモチ! 寿命が縮むだろ!」
「何度も声を掛けたのに、お主がアホ面でボーッとしておるのが悪いんじゃ!」
コロモチが腰に手を当ててぷんぷんと怒っている。
……ダメだ。このまま部屋にいても、モヤモヤが止まらない。
こんな時は体を動かして、このモヤモヤを無理やり吹き飛ばすしかない。
「……コロモチ、ダンジョンに行くぞ」
「お? なんじゃ、急に。飯ではないのか?」
「困ったときはダンジョンに行け、って言葉があるだろ?」
俺は準備を整え、コロモチを引き連れていつもの初心者ダンジョンへと向かった。
ここは俺の「掃除屋」としての仕事場だ。
湿った匂いと、微かに漂う魔力の気配。
「どうせならレイカに借りっぱなしの配信ドローンをつけてみるか」
ポケットから取り出した配信ドローンに電源を入れると、ブゥンという起動音とともにドローンが宙を舞う。
スマホで自分の配信を見ると、チャンネル登録者4人。ヒナタさん、カエデ、イチカ、レイカ。……俺の身内だけだ。
当然、現在の視聴者はゼロ。
「よし、ここならスライムしか出ない。安全だ。コロモチ、お前も暴れていいぞ」
「おお! ようやく我の出番じゃな! 見ておれ!」
コロモチは手からにゅるんと大鎌を出すと、ノロノロと地べたを這いずるスライムに狙いを定めていた。
「とおおーっ!」
気合の入った掛け声と共に大鎌が振り下ろされる。
スライムは抵抗する間もなく弾け飛び、小さな魔石へと変わった。
「ふふん! 見たか! これが魔王の一撃じゃ!」
スライム相手にドヤ顔で胸を張るポンコツ魔王をスルーし、俺も意識を集中させる。
俺は5本の剣を手から出現させて、宙に浮かばせた。
そして、スライムに狙いを合わせる。
「剣よ、行け!」
俺の指指した先へ、剣が射出される。
5本同時にスライムを串刺しにすると、その場に魔石が転がった。
「……これ、思ってたよりずっと楽だな」
自分の意思通りに、まるで手足のように動く剣に俺は驚きを隠せない。
ハンマーを振り回していた頃とは比べ物にならない効率だ。
俺は次々と剣を操り、地べたのスライムを掃討していく。
コロモチも負けじと、「とう!」「せい!」とモグラ叩き感覚で大鎌を振り回している。
しばらく無心で狩りを続けていると、コロモチがドローンに気づいて駆け寄ってきた。
「のうマオ。その飛んでおるドローンは、撮影しておるのか?」
「ああ、絶賛配信中だ。まあ、誰も見てないけどな」
「ふうん?」
スマホの画面をチラリと見るが、やはり視聴者はゼロ。
するとコロモチが、ドローンの目の前まで顔を近づけ、「あーん」と大きな口を開けて見せた。
「あはは! 何やってんだよコロモチ!」
画面越しに見えるコロモチの口の中。さらには変顔まで披露し始める始末だ。
コロモチの突拍子もない行動に、俺の抱えていた悩みも、少しだけ和らいできた。
「なかなか面白いのう! 我の美貌がしっかり映っておるか?」
「ああ、バッチリ映ってるよ。……なんか、お前の方が配信の才能あるんじゃないか?」
それから、俺とコロモチはダンジョン内をスライムを倒しながら練り歩いた。
途中から完全に飽きたコロモチは、ドローンを追いかけ回してはひたすら口を開けて食べようとしていた。
「コロモチ、それ高いんだから絶対に食うなよ……」
5本の剣がヒュンヒュンと宙を舞ながら、俺はコロモチに注意をした。
「食わんわ! 遊んでいるだけだ!」
しばらくスライムを倒して、ある程度魔石が手に入った。
といっても、全部で1000円くらいだけど。
だが、今の俺の心は、来た時よりもずっと軽くなっていた。
5本の剣の操作感も掴めたし、何より、悩んでいた胸のモヤモヤが汗と共に流れ落ちたような気がする。
「よし、コロモチ。そろそろ引き上げるか。いい運動になったな」
「うむ! 我も腹が減って動けんわ!」
空中に舞っているドローン。
ふと思って、スマホの配信状況を見てみた。
スマホの画面を覗き込んだ、その瞬間。
――俺の指先が、ガタガタと震え出した。
画面が、バグったように激しく明滅している。
いや、違う。バグじゃない。
読み切れないほどのスピードで、超高速のコメントが濁流のように下から上へと流れ去っていく。
『今の何!? 5刀流の自動追尾!?』
『女の子、可愛すぎんだろwww』
『待て。コイツ、レイカの彼氏じゃないか?』
『あれ、あの謎の美少女じゃん!?』
『美少女の口の中、最高なんだが』
心臓の鼓動が、一気に跳ね上がる。
画面右上の、視聴者数。
さっきまで「0」だったはずのそこには――
「……に、2万人……!?!?」
俺の絶叫が、静かなダンジョンにこだました。




