第17話 どの武器を選ぶ?
ギルドのリビング。
その日、俺たちはこれまでにないほど真剣な面持ちで、テーブルを囲んでいた。
テーブルの上座――いわゆるお誕生日席には、ギルドマスターであるヒナタさんが座っている。
両手の指を組み、鋭い眼光を放つその姿は、いつになく威厳に満ちていた。
その傍らには、補佐官のようにイチカが静かに控えている。
そして俺、コロモチ、カエデ、レイカの四人が、固唾を呑んでヒナタさんの言葉を待っていた。
先日手に入れた【魔法無効のガントレット】の売却益は、2億2千万円。
そこからドクアーク商会への借金返済に2億円を充てた。
つまり、手元にはまだ2千万円が残っているのだ。
万年貧乏の俺たち『アンバーローズ』に舞い込んできた、あまりにも身に余る大金。
お金の使い方を知らない者たちが集まれば、やることは一つ。
どうやって金を使うのかの緊急会議。
その名も――『アンバーローズ補完計画』。
「……コンビニの弁当を、値段を見ずに買ってみるのはどうだろうか」
「映画館という場所に、行ってみるのは?」
「古着ではなく、新品の服を買う……とか……」
「我の、我のためのおもちゃを買うのはどうだ!?」
……悲しい。
絞り出される意見のどれもこれもが、染み付いた貧乏性のせいでスケールが小さすぎる。
自然と、俺たちの視線はこの中で唯一『貧乏では無い』レイカへと集まった。
レイカは腕を組み、目を瞑って俺たちの意見を聞いていたが、やがて静かにその瞳を開いた。
「……僭越ながら、申し上げます。この『アンバーローズ』のギルドハウス、こちらの修繕が最優先かと存じます」
その一言に、俺たちは「あ」と声を漏らして顔を見合わせた。
確かにその通りだ。
このギルドハウスは、控えめに言ってもボロボロの限界集落状態だった。
歩けば床が悲鳴を上げ、風呂に入れば隙間風のせいで外より寒い。
身体を温めるための風呂で凍えるなんて、もはや哲学的な矛盾すら感じる。
コロモチなんて風呂に入っていると、寒さのせいで、くしゃみを連発している。
そして、そのくしゃみを裸の俺にぶっかけてくるのだ。
「へ……へ……へっくしょん!」
「つめてぇ! こら、コロモチ! 絶対わざとやってんだろ!?」
コロモチも裸のため、抵抗できない俺にたいしてのイタズラだ。
「ふふん! わざとではない! お主こそ、どさくさに紛れて我の方を見るではない!」
「くっ……! くそ! 覚えてろよ!」
……という感じだ。
まぁ俺はどさくさに紛れて、じっくりと見れるからラッキーなんだけど。
コロモチが俺にくしゃみをすればするほど、俺の脳内ライブラリーが満たされていく。
それに、2階の寝室も問題だ。
壁が薄すぎて、誰かが鼻をかんだ音さえ筒抜けになる。
どこかの部屋をノックすれば、「はい!」と、全員が自分の部屋の扉を開けてしまうくらいにはプライバシーが崩壊していた。
挙げればキリがない。
とにかく、我が家は崩壊寸前なのだ。
俺たちは無言で頷き合い、意思を固めた。
「では、満場一致だね……ギルドハウスの改修、決定です!」
ヒナタさんの宣言に、俺たちは歓声を上げ、子供のように手を叩いて喜んだ。
――――――
それから数日。
ギルドマスターであるヒナタさんが迅速にリフォーム会社と交渉し、ついに修繕工事が始まった。
リフォーム費用、占めて1980万円。
ボロボロすぎて立て直しに近いレベルだったらしく、業者からは「よく今まで無事でしたね……」と呆れ顔で言われた。
危うく寝ている間に、圧死するところだった。
そして、手元に残った金額は20万円。
「残った金の使い道だけど……もう1回、会議しますか?」
俺がヒナタさんにそう尋ねると、ヒナタさんが太陽のような明るい笑顔で身を乗り出してきた。
「うーん、あのさ、それについては私に提案があるんだけど、いいかな?」
ヒナタさんの提案に従って、俺たちが向かった場所。
そこは駅前にある、比較的カジュアルなチェーン展開の武器屋――『竹屋』だった。
「す、すげぇ! 本物の武器がこんなに……!」
店内に所狭しと並べられた鈍い光を放つ武具の山に、俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「おおー! 物騒なモノがたくさんあるのう!」
隣のコロモチも、目を丸くしてキョロキョロと辺りを見回している。
剣、槍、弓、斧、盾に鎧。
さらには魔導士用の杖や、変わり種の鞭、巨大な鎌まで揃っている。
考えてみれば、俺は今までずっと日曜大工で使うようなハンマーでダンジョンに潜っていたのだ。
F級探索者とはいえ、そんな格好で戦っていたのは世界広しといえど俺くらいだろう。
今日の目的は、新しい装備の新調。
だが、対象は探索者の俺とカエデだけではなかった。
「私は杖を選ぼうかな」
「わたくしは、ロングソードを。できるだけ取り回しの良い、軽いものを二振り」
……なんと、ヒナタさんもイチカも探索者カードを持っていたのだ。
何年も一緒に暮らしていたのに、今まで知らなかった。
聞けば、二人がこれまでダンジョンに出なかったのは、ギルドを留守にするとドクアーク商会の連中が何を仕掛けてくるか分からなかったからだという。
だから、どちらかが必ず番として残っていたのだ。
だが、あのドクアーク商会が失脚した今、ヒナタさんもイチカも自由に活動できるようになったというわけだ。
「おっしゃってくだされば、私が入手した武器をお譲りしますのに……」
レイカが少し寂しそうに口を添えたが、ヒナタさんは笑って首を振った。
「レイカちゃん、ありがとね! でも、こういうのはさ、自分で選んで手に入れてこそ愛着が湧くってもんだしさ!」
ヒナタさんはレイカの肩を優しく叩いていた。
「確かにそうですね。差し出がましいことを申しました。申し訳ありません」
「いいってこと! その気持ちだけで十分嬉しいよ! さあみんな、予算の範囲内で好きな武器を選んでね!」
そして俺はコロモチを引き連れて、広い店内を歩き回った。
「なあマオ、我も武器を選んでよいのか?」
コロモチがショーケースの中を見ながら聞いてきた。
「お前、戦えるのか? 魔王の力、今は俺が吸い取っちゃってるんだろ?」
「うむ。今の我は無力だ。ゆえに、自分の身を守る術くらいは持っておかねばと思ってな」
「ふーん。まあ、俺が隣にいる限りはコロモチを守るつもりだけどな」
「ふぇっ!?」
何気なく言ったつもりだったが、コロモチの顔が一瞬で真っ赤になった。
……なんだ? 俺、そんなに変なこと言ったか?
コロモチは視線を泳がせながら、人差し指同士をツンツンと合わせ始めた。
「マオよ、こんな人の多い場所で……我を一生守るだなんて……お主、いつの間にそんな求婚宣言ができるほど男らしくなったのだ!」
「へ? い、いや……そんなつもりじゃなかったんだけどな……」
「ふふん! マオ、お主が我を守りたいという気持ちは、よぉく分かった! まぁ仕方あるまい? 我、こんなに可愛いんだし?」
一人で勝手に納得して悦に浸っているポンコツ魔王は放っておいて、俺は自分の得物を選別することにした。
だが、いざ選ぶとなると迷う。
予算は一人三万円。
やはり、探索者の華といえば剣だろうか?
だが剣という武器だけでも、たくさんの種類がある。
刃渡りの長さ。
両刃か、片刃か。
まっすぐな刃か、湾曲した刃か。
それによって、剣の名前も変わる。
ダガ―にショートソード、ロングソードにシミター。
バスタードソードにレイピア。日本刀もあれば、ショーテルもある。
「う~ん、悩むなぁ」
だが悩む俺の前に、魅力的なポップが飛び込んできた。
「これは……剣ガチャ? 1回5000円で、運が良ければ……伝説の剣が!?」
これだ。選ぶ手間も省けるし、何よりロマンがある!
これしかない!
「これ! 6回やります!」
そして、俺は剣ガチャを引いた。
1回目! ――ハズレ。残念賞!
「むむむ! くそ!」
2回目! ――ハズレ。残念賞!
「なに! まだまだ!」
3回目! ――ハズレ。残念賞!
「つ、次こそは!」
4回目! ――ハズレ。残念賞!
「まだだ! まだ終わらんよ!」
5回目! ――ハズレ。残念賞!
「く……次でラスト、だと……」
そして、最後の6回目。
俺がひいたクジは……ハズレの残念賞だった。
「ぐはぁ……っ!」
「マオ。お主、賭け事の才能は絶望的なようだな」
膝をつく俺の肩に、コロモチが哀れみのこもった手を置く。
「はい、お兄さん。ハズレ6回分ね。そこの棚から好き武器を、6個持っていっていいよ」
店員が指差したワゴンの中には、錆びついたものや刃こぼれしたものばかりが転がっていた。
6個もいらないが、貰わないのも勿体ない。
「しょうがない。マシそうなのを適当に選ぶか……」
俺が投げやりに剣を選んでいると、コロモチがワゴンの中を熱心に覗き込んでいた。
「なんだ、コロモチ。なんか欲しいものあるか?」
「え? 我も選んでいいのか?」
「ああ、この棚にあるやつだったらな」
コロモチが慎重に、かつ嬉しそうに選び出したのは、一本の古びたサイス――大鎌だった。
チョイスが随分と魔王らしい。やはり産まれで武器が決まるものなのか。
そして俺は剣を5個と、サイス1個を受け取った。
「ほらよコロモチ。お前の武器だ」
「う、うむ……!」
俺がコロモチにサイスを渡すと、コロモチは花が綻ぶような笑顔を見せた。
「ありがとな、マオ! 我、誰かから贈り物を貰ったのは生まれて初めてだ……絶対、大切にするからな!」
「え、初めて……?」
そうか……コロモチは魔王だから、こういう人間の文化は知らないのか。
そう思うと、こんなハズレ品のボロ鎌を渡したのが急に申し訳なくなってきた。
だが、本人はサイスを宝物のように大事そうに抱えている。
その純粋な笑顔を見て俺は改めて、このポンコツをちゃんと守ってやらなきゃな、と胸の内で誓った。
そして、それぞれ購入した武器を抱えて、俺たちはギルドに戻った。
「マオ、なんで5本も剣を持ってるんだ?」
帰り道、カエデが不思議そうに聞いてきた。
「いや、まぁたくさんあった方が便利かなと思って……」
「でもお前、腕は2本しかないだろ。残りを口にでも咥えて戦うつもりか?」
カエデの至極真っ当なツッコミに、俺は「ガチャで爆死しました」とは口が裂けても言えなかった。
だが、この時。
コロモチの助言によって、俺が5本の剣を同時に操る戦い方を身につけることになるとは、今の俺には想像もできなかった。




