第16話 決戦
俺たちはギルドのリビングで、今後の計画を練り上げた。
カエデをあんな目に遭わせた連中を、野放しにしておくつもりはない。
だが、まずは軍資金の確保だ。
あのボロボロのガントレットが、本当に2億円もの価値があるのなら、話は早い。
「魔道具の売却先でしたら、心当たりがあります。信頼できる場所です」
レイカの提案に従い、俺とコロモチは彼女の後を追った。
案内されたのは、街の一等地にある格式高い高級宝石店だった。
「……宝石店、か?」
「ええ、表向きは、ですけれど。ついてきてくださいな」
レイカが迷いのない足取りで店内に足を踏み入れた。
「これはこれは四条様。本日はどのようなお品をお探しでしょうか?」
頭を下げる店員に、レイカは涼しい顔で切り出した。
「魔道具の買い取りをお願いしたいの。いいかしら?」
「ええ、もちろんでございます! では、あちらの特別室へ。お連れ様もどうぞこちらへ」
促されるまま、俺たちは豪華な調度品が並ぶ応接間へと通された。
「それで、売却を希望されるお品はどちらに?」
俺は少し緊張しながら、あの左手用のガントレットを取り出し、テーブルに置いた。
「これは……こ、これは!? まさか!?」
「ええ、そのまさかですわ。おいくらになるかしら?」
「この【魔法無効のガントレット】につきましては……相場通り、2億でいかがでしょうか?」
2億。
テレビで言っていた通りの額を提示された。
信じられない額に、現実味がなさすぎる。
だが、隣のレイカは不敵な笑みを浮かべて返答した。
「なるほど。価値をご存知なのは結構ですが……では、今回の話はなかったことに」
席を立とうとするレイカに、店員が血相を変えて身を乗り出す。
「お、お待ちください! では、2億1千万……いえ、2億2千万でいかがでしょうか!?」
「……分かりました。では、それで。即金でお願いしますね?」
にっこりと微笑むレイカ。
……恐ろしい。
これがS級探索者の交渉術なのだろうか。
2億という大金を前に、俺はただ圧倒されるしかなかった。
「さて、資金もできたし、次の場所へ向かおうか」
店を出て、レイカとコロモチを連れて行った場所。
ここからが本番だ。
今回のキモである場所。
俺たちはそこで手早く必要な用件を済ませると、一度ギルドへと戻った。
次は、ヒナタさんと俺、そしてコロモチの出番だ。
俺たちは意を決して、あの忌々しい『ドクアーク商会』へと向かった。
商会のビルの前には、ジョロキアの部下と思われるガラの悪い男たちが立っていた。
「あぁ? なんだ、てめぇら」
「ジョロキアさんに、頼みごとがあって来たんですが」
「あ? 客か?」
門番は俺たちをジロジロと眺めた。
怯えるヒナタさんと、少女のコロモチ、そしていかにも弱そうなF級の俺。
「……フン、入れ」
鼻で笑われながら、俺たちは中へと足を踏み入れた。
やはり、俺たちの姿は脅威と見なされていない。都合がいい。
通された応接間は、成金趣味を絵に描いたようなギラギラとした金色の装飾で埋め尽くされていた。
ソファに座る間もなく、ゾロゾロとゴロツキどもが部屋に入ってきて、俺たちを威圧するように囲んだ。
どいつもこいつも、本当に悪い顔をしている。
「……マオ、なんだこやつらは。皆、薄汚い顔をしておるぞ……」
「大丈夫だ、コロモチ」
コロモチが不安げに俺の腕にしがみついてくる。
普段の傲慢さはどこへやら、今のコロモチはただの震える少女だ。
本当に魔王なのか疑いたくなるが、今は俺がしっかりしなきゃならない。
やがて、部屋の奥からあの男が姿を現した。
――ジョロキアだ。
「俺に頼み事だぁ? なんだ、金が返せねぇから泣いて命乞いにでも来たのか?」
「ええ、まあ……泣いて懇願という意味では……確かそうですね」
「ひひひ……そうかぁ、まぁ2億だからな。ちょっとぐらい返済日を伸ばしてやってもいいぜぇ? お前らの態度次第ではな」
ジョロキアは値踏みするような下卑た視線をヒナタさんに向けた。
「最低限、土下座くらいはしてもらわねぇとなぁ」
「……土下座、ですか?」
「ああ。ただし、服は全部脱げ。そんで豚みたいに鳴きながらな……ひっひひひ!」
……なるほど。救いようのないクズだな。
「ただし、そこの男……お前は別だ」
ジョロキアは、ペッと足元の床にツバを吐き捨てた。
「床が汚れちまったな。お前は、それを這いずりながら舐めて綺麗にしろ。そしたら考えてやるよ。ぎゃはははは!」
ジョロキアの笑いに合わせ、周囲のゴロツキどもからも「げっへっへ!」と下劣な笑い声が響く。
胸の奥で、冷たい怒りが静かに燃え上がった。
ちょうどいい。
こいつらに対して、俺はもう何の容赦も必要ないようだ。
「ヒナタさん、あれをお願いします」
「うん。……分かった」
ヒナタさんがスマホの操作を操作している。
「おい、何してやがる?」
「今、借金の全額、利子を含めてお支払いしました」
「……は? てめぇ、頭でも湧いたか?」
ジョロキアが鼻で笑ったその時、傍らにいた部下が震える手でスマホを差し出した。
「ボ、ボス……大変です、これ……!」
「あぁ? なんだぁ?」
画面を確認したジョロキアの顔から、みるみる余裕が消えていく。
「……どういうことだ。どこからこんな金を……」
「ダンジョンで少しばかり稼ぎましてね。それよりジョロキア。借金を返したついでに、お前の部下の世話になった奴に『挨拶』がしたくてね……おい! そこのお前だ!」
俺は、取り巻きの中に紛れていた一人の男を指さした。
ダンジョンの暗がりで、カエデに【呪殺】のカードを使ったあの男だ。
呑気にノコノコと、ここに来やがって。
だが、俺が指さしたことで慌てている。
「本当に……やってくれたな!」
「……な、何のことだよ! 俺は何も知らねぇぞ!」
「しらばっくれんな。お前がやったことは、全部わかってんだよ。人を殺そうとした自覚はあるのか?!」
「ひ、人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ! 証拠でもあんのかよ!?」
「証拠か? ……ああ、これだ」
俺はスマホを取り出して、動画を再生し、その画面をジョロキア達に見せた。
そこには、ジョロキアの手下がカエデに【呪殺】を使っている所がバッチリと映っている。
「なっ!? てめぇ! 配信ドローンを使ってねぇところでヤレって言ったろうが!」
ジョロキアが反射的に部下を怒鳴りつけた。
「そ、そんなはずは! 確かに周囲にドローンがいないのは確認しました!」
うろたえる部下。無理もない。
そうだ。これは配信ドローンで映っていたのだ。
ただ、普通の配信ドローンではなく、レイカの高級ドローンだ。
羽音もせず、超小型のため、ドローンが飛んでいるかどうかが、暗いダンジョンでは分かりにくい。
ゴロツキは、自分が撮影されているとも知らずに犯行に及んだんだ。
「それに……ジョロキア。今、自分から白状したな。『配信ドローンがないところでやれ』って言ったよな?」
「ぐっ! ……さ、さあな。俺はそんな事を言ってねぇ!」
「そうかい? お前も、これが見えてなかったみたいだな」
俺が頭上を指さすと、そこにはレイカの超小型ドローンが浮いている。
「なっ……! いつの間に!? おい、それを壊せ!」
「無駄だよ。今、この部屋の様子はリアルタイムで『配信中』だ」
「て、てめぇ……!!」
その直後、応接室の重厚なドアが勢いよく蹴破られた。
全員の視線がドアに集中する。
そこにはスーツに身を包んだ、鋭い眼光の男たちが立っていた。
「なんだてめぇら!」
ジョロキアがスーツの男たちに向かって吠えた。
「わたくし、ダンジョン保安庁の門倉と申します。ダンジョン内における殺人未遂、および傷害罪の疑いで、皆さんに同行を願いたい」
「ダンジョン保安庁、だと……?!」
「ボ、ボス!? これは一体?!」
慌てているジョロキアの部下たち。
「てめぇら落ち着け。この程度、なんの問題もねぇ。……これくらいじゃ俺は実刑になったりしねぇ!」
震える声でジョロキアが吠えた。
だがな、ジョロキア。
やはり、お前は忘れているのか。
お前が、俺に何をしたのかを。
俺の顔さえ忘れているような男だ。
そうだと思ったよ。
「ジョロキア……お前、未成年への暴行罪で執行猶予中だったよな?」
「あ……? 何を言って……なっ、きさま、あの時の……!?」
「ようやく思い出したか。ジョロキア。お前が以前逮捕されたのは、俺への暴行が原因だろ。執行猶予中にこれだけの証拠を揃えて刑事罰を受ければ、もう刑務所行きは免れないな?」
ジョロキアの顔が、一瞬で青白い色に変わった。
「終わりだ、ジョロキア。檻の中で一生後悔してろ」
「な、待て! 話せばわかる! これは誤解なんだ、助けてくれ! 俺が悪かった! じゃないと俺は……!」
ジョロキアの目から、みっともない涙が浮かんでいる。
「ジョロキア。俺が何しに来たのか、最初に言ったよな?」
「え? さ、最初に……?」
「ああ……お前が言っていたろ? 泣いて懇願だ。俺たちは、お前に泣いて懇願させに来たんだよ。今、その通りになったな」
呆然と立ち尽くすジョロキアの腕を、保安庁の職員たちが無慈悲に掴む。
「ジョロキアさん、連行します。できれば穏便に、ついてきてください」
「ち、ちがう! 俺じゃない! 俺はただ、言われたことをしただけでっ! ま、待ってくれ!」
喚き散らすジョロキアと実行犯の部下が、引きずられるようにして連れて行かれた。
門倉さんがこちらを振り返り、小さく会釈した。俺もそれに応えて会釈をした。
俺たちは宝石店に行った後、ダンジョン保安庁に行って、この件を相談したのだ。
嵐が去った後のような静寂の中、俺は隣にいたコロモチの手をギュッと握りしめた。
「な、なな、なんだ!? マオ、こんな時に急に! ま、まあ、我ほど寛大になればこのくらい許してやらんこともないが!?」
顔を真っ赤にしながらも、コロモチは俺の手をぎゅっと握り返してきた。
コロモチが指を絡める『恋人繋ぎ』にしているのは何でだろうか……
気恥ずかしいが、今はいい。
「コロモチ、ちょっと魔王の片鱗を借りるぜ」
「ん? どうしたというのだ?」
コロモチの手を握った事で、俺の中の魔王がゆっくりと目覚める。
手を握っているだけなので、ほんの少しの覚醒だが、今はそれだけでいい。
残されたジョロキアの部下たちは、ボスのいなくなった部屋でオロオロと立ち尽くしていた。
「おい、てめぇら!」
俺が声をかけた瞬間、ゴロツキどもがビクッと肩を震わせる。
「……俺たちのギルドに、二度と関わるな。逆らえば、どうなるか……わかってるな?」
そう言って、魔王の圧倒的な殺気を放ちゴロツキを睨む。
ビクっとするゴロツキ達。
ゴロツキたちは顔を青ざめさせ、何度も何度も必死にコクコクと頷いた。
……これで、これから逆恨みされることはなさそうだ。
「よし。……じゃあ、ヒナタさん、コロモチ。帰ろうか」
ギルドに戻ると、リビングではカエデとイチカ、そしてレイカが笑顔で迎えてくれた。
「おかえりなさい! 解決して本当に良かったです!」
「一緒に行けなかったのは残念だったがスカっとしたぜ! ありがとよ!」
「ヒナタ、マオ様、コロモチ様。お疲れ様でした。配信を拝見してて……最高の気分でした!」
みんな、ドローンの配信から状況を察していたようだ。
皆の笑顔を見て……長い間、俺たちを苦しめていた重い枷が、ようやく外れたような気がした。
「あのさ、これから……ささやかだけど、お祝いしない? といっても、いつもどおり食事をつくるだけなんだけど……!」
ヒナタさんが、心からの優しい笑顔で提案した。
「おお! 祝いの宴か!? よいぞ、我が直々に料理を作ってやろうではないか!」
コロモチのやる気の様子に、俺たちの笑い声がギルドに響き渡った。
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