第14話 フィーバータイム!
「おい、大変だ! マオ、いるか!?」
ヒナタさんの突然の宣言に、俺たちが驚いていた、その時。
ギルドの扉が勢いよく開き、血相を変えたカエデが飛び込んできた。
「あ、カエデ! ど、どうしたんだよ、そんなに慌てて」
正直、カエデが帰ってきて助かった。
ヒナタさんのあの真っ直ぐな視線にどう返していいか分からず、俺は避けるようにカエデの方へと向き直った。
「下級トレジャーダンジョンのフィーバータイムが始まったんだよ! マオ、のんびりしてる暇はないぞ。すぐに向かうんぞ!」
「えっ!? フィーバータイムだって? ……嘘だろ、一年前振りじゃないか!」
トレジャーダンジョンのフィーバータイム。
普段のそこは、モンスターもいなければ宝箱も空っぽという、ただの何でもないダンジョンだ。
だが、年に一度あるかないかの『フィーバータイム』が始まると話は別だ。
魔石や宝箱のドロップ率が異常なまでに跳ね上がる。
探索者なら、たとえ這ってでも行かなければならないボーナスタイムだ。
モンスターも湧き出すが、正直そこまで気にする必要はない。
ダンジョン内は金に目がくらんだ探索者たちでごった返す。
モンスターが湧いた瞬間に、ハイエナのような連中に叩き潰される『モグラ叩き状態』になるのが恒例だからだ。
「下級トレジャーダンジョン、ですか……」
傍らで話を聞いていたレイカが、ひどく残念そうに肩を落とした。
「そうだな。あそこはD級以下の限定ダンジョンだから、レイカは悪いけど留守番だ」
「うう、残念です……ですが、マオさん! 行くなら、これをお持ちください!」
レイカが食い気味に差し出してきたのは、見たこともないほど洗練されたデザインの超小型配信ドローンだった。
「え、これって……めちゃくちゃ高いやつだろ?」
「いいのです! マオさんの一部始終、この私が見届けさせていただきます。……師匠として!」
鼻息を荒くするレイカの目力に圧され、俺はなかば強引にドローンを押し付けられた。
申し訳ないという気持ちもあったが、それ以上に「一度は最新機器を使ってみたい」という好奇心が勝ってしまう。
「……分かった。ありがたく借りるよ、レイカ。俺の立ち回りで悪いところがあったら、後でアドバイスをくれ」
「はい! 楽しみに拝見いたします! よければ、お近づきの印に貰っていただけると嬉しいです!」
「お近づきって……こんな高いもの、もらえないよ……」
苦笑いしながらドローンの電源を入れる。
ブウン、と微かな駆動音を立てて起動したドローンは、俺の顔を認識すると、周囲を滑らかに旋回し始めた。
羽音一つせず、視界の邪魔にもならない。
どこからどう見ても、俺じゃ逆立ちしても買えない高級品だ。
「それじゃ行こうか、コロモチ。カエデ」
俺がギルドを出ようとした、その瞬間だった。
「……マオくん?」
ガシッ、と肩を掴まれた。
振り返ると、そこにはヒナタさんが立っていた。
「すぐ返事を求めてるわけじゃないけど……私の気持ち、ちゃんと伝えたからね?」
向けられたのは、底知れないほど艶やかな笑顔。
……不思議だ。
美人が笑えば普通は「可愛い」とか「綺麗だ」と思うはずなのに、その笑みの奥に潜む『何か』が、本能的な恐怖を呼び起こす。
いつもなら「マオは我のものだ!」と割り込んでくるはずのコロモチも、ヒナタさんの放つ威圧感を察したらしい。
俺と一緒にタジタジになって、首をぶんぶんと縦に振っている。
「えと……はい。わかってます……それじゃ、行ってきます……」
そうして、俺たちは目的地である下級トレジャーダンジョンへと向かった。
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「ほう。人間どもがウジャウジャとおるな。祭りか何かか?」
ダンジョン入り口に到着すると、そこはすでに人で溢れかえっていた。
コロモチが物珍しそうに周囲を見渡す。
「ああ、まあ……ある意味、祭りみたいなもんだな」
「すげぇ人だな……おいマオ! 全部取られる前にさっさと入るぞ!」
カエデの探索者ランクはD級。F級の俺より二つ上だ。
駆け出しだった俺にダンジョンのイロハを教えてくれた、口は悪いが頼れる先輩でもある。
小学生と見紛うような小柄な体躯だが、自分の背丈の倍はある巨大な斧を担ぎ、カエデはノッシノッシと人混みをかき分けていった。
中に入ると……そこはもう、地獄のような混雑だった。
狭い通路に汗臭い探索者たちがひしめき合い、怒号が飛び交っている。
「すごいなこれ……カエデ、どこから攻める?」
「1階は話にならないな。2階まで一気に潜るぞ!」
バーゲンセールに突っ込む主婦のような気迫で、俺たちは人の波を泳ぎ、二階層へと辿り着いた。
ちなみに、俺もコロモチも特に変装はしていない。
何人かの探索者が「あいつ、噂の……」とこちらを見ていたが、今の彼らにとって俺たちは二の次だ。
何せ、そこら中に「お金」が落ちているような状況なのだから。
誰もが目の色を変えて、モンスターの奪い合いと宝箱探しに没頭していた。
そして2階層。
1階層よりはマシだが、それでもまだまだ人が多い。
「ここもダメかぁ。マオ、三階層に行くぞ!」
「3階層か? あそこから先はモンスターも強くなるだろ?」
「どうせ人だらけなんだ、どうにかなるって。まずは行ってみようぜ!」
カエデに押し切られる形で、俺たちは3階層へと足を踏み入れた。
すると、さっきまでの喧騒が嘘のように、人の気配がまばらになった。
「お、急に快適になったな」
「カエデ、本当に大丈夫か? 人が少なすぎるってことは、それだけリスクがあるってことだぞ」
「お前は心配性だなぁ。ま、まずは一匹、手頃なやつで強さを確かめてみようぜ」
通路を慎重に進んでいると、前方に緑色の肌をした小柄な影が現れた。
……ゴブリンだ。
「ギャギャギャ!」
「うわ、来たぞ!」
ゴブリンはこちらの姿を見つけるなり、錆びた短剣を振りかざして突っ込んできた。
「おらあぁぁぁぁぁ!!!!」
グシャッ!
カエデが軽々と振り下ろした大斧が、ゴブリンを正面から一刀両断にしていた。
ゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく霧散し、小さな魔石へと姿を変える。
相変わらず、カエデのパワーは凄まじい。
「へへ! 楽勝だったな!」
カエデが嬉しそうに笑顔で振り返った、その直後だった。
――ゴトンッ!
重く固い音が通路に響いた。
「……嘘だろ、宝箱か!?」
「すごい! 一発目で出るなんて!?」
「なんじゃ? この小汚い箱は?」
駆け寄ると、そこには古びた木箱が鎮座していた。
カエデが緊張した面持ちで、その蓋をゆっくりと持ち上げる。
中に入っていたのは、金属製の小手……ガントレットだった。
それも、左手用だけ。
「なんだよこれ……ボロボロじゃねーか」
カエデの言うように、それはお世辞にも逸品とは言えなかった。
表面はくすみ、無数の傷が刻まれている。
「ハズレか、まあいい。この調子でどんどん行くぞ! マオ、それ勿体ないから着けておけよ」
「お、おう……」
渡された小手を左手に装着してみる。
ずっしりと重く、何の効果があるかも分からないが、装備を身につけると少しだけ探索者らしくなった気がして、悪い気分ではなかった。
鼻歌混じりに先を急ぐカエデの後を、俺とコロモチが追う。
しばらく進んだ時、通路の角からか細い声が聞こえてきた。
「だ、だれか……たすけ、て……」
俺とカエデは顔を見合わせ、声のした方へ駆け出した。
そこには、一人の男が通路の脇で蹲っていた。
「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」
カエデが大斧を置き、男の肩に手をかけた、その瞬間。
男の体が、眩しいくらいの紫色の光を放った。
「うわっ!」
「な、なんだ!?」
強烈な閃光に目を細め、光が収まった時。
俺の目の前には、カエデが糸の切れた人形のように倒れていた。
そして、さっきまで助けを求めていたはずの男は、勝ち誇ったような卑劣な笑みを浮かべて立ち上がった。
「ふん、楽な仕事だったな。【帰還】!」
男がそう言った瞬間、その姿は霧のようにかき消えてしまった。
「なっ!? ……カ、カエデ! 大丈夫か?! カエデ!」
「う……うぅ……」
地面に横たわるカエデの肩を揺さぶるが、苦しげな呻き声を漏らすだけで意識が戻る気配がない。
「おいマオ! 今のは何だったのだ!?」
「分からない……クソッ、とにかくカエデを連れて帰るぞ!」
「お、おう……ん? あれはなんだ?」
コロモチが指差した先。
先ほどまで男がいた場所に、一枚のスキルカードが落ちていた。
コロモチがそれを拾い上げ、俺の目の前に差し出す。
そこには一枚のスキルカードが落ちていた。
そのカードに記載された文字を読んだ瞬間、俺の背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走った。
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スキル名:
【呪殺】
効果:
対象を24時間後に呪い殺す。
ただし、至近距離で使用する必要がある。
残り使用回数:
0回。
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